さとりくんは、異世界トリップする
”とりあえず助けたが、冒険者じゃなさそうだ。何かの事件か?座り込んだままで、動く気配が無い。お荷物か。面倒だ。”
……まずい、異世界トリップ早々に、助けてくれた鎧の剣士に見捨てられそうだ。
とはいっても、あんなデカい狼と戦おうとしても、無理がある。武器もないし。
冒険者とか言っているくらいだし、小説的チートな魔法攻撃能力が増えていることを期待して狼と対峙してみるとか?これが夢だったとしても、僕にそこまでの行動力は無い。
”見捨てて探索を続行するのと、助けて貢献ポイントを稼ぐならどっちがマシだろうか。そもそも、ただの迷子なら助け損か。それなら…”
……待って!見捨てないで!
”どうする?引く?戦う?”
”弱そうな方から狙う?強そうな方?”
”突然現れたから、魔術師?でも弱そう”
狼からも狙われてる!見捨てられたら、殺されるパターン!
様子を伺っている4匹の狼をじっと見つめて祈る。
『お願い。引いて!ここは引くの一択で!!』
………あれ?今なんか狼と目が合ってる気がする。
鎧の騎士の様子を伺いながら、4匹の狼はゆっくり後退して、視界から消えて行った。
助かった……?
「いなくなったか。突然現れたように見えたが、何をしていた?」
”出口は近い。障害が無いなら、街に連れて帰るくらいは問題ないか。生きて街に辿り着いた時に俺が見捨てたのがバレた方がマズいな。”
「ええと、僕もよくわからなくて。気が付いたら此処にいました。」
「誘拐か何かか?」
「わかりません。本当に分からなくて…あの、此処はどこですか?」
狼が引いたことで、この鎧さんは助けてくれる気になったようだ。
縁結びの効力を期待したいところだが、低音の声はたぶん男。
残念だが、もし女だったとしても、僕を見捨てようとしたのは知ってるし、この人と縁を結ばれてもまったくもって嬉しくないから、良かったかもしれない。
ともかく、このまま何事もなく安全な場所まで連れて行って欲しい!
「ここは、ダンジョンの中だぞ。誘拐かもしれないな。どこから来た?」
「ダンジョン!?え、僕は日本から、神社に居たんですけど!」
「ニホン?ジンジャ?知らないな。ともかく、街まで連れててやる。」
”聞いたことのない地名だ。見たことのない服だが、高そうだし、貴族か何かか?助けたら報酬が期待できそうだ。……突然現れたように見えたが、もし罠でないなら、異世界人の可能性もあるか?保護するべきだな。”
……え、異世界人、普通に居るの?
ともかく、保護をしてくれる気になっているようなので、全力で乗っかろう。
「すみません。何が何だか分からなくて…。ダンジョンというのもよくわからないので、助けてもらえると嬉しいです。」
「分かった。このダンジョンは、輝石のダンジョンとか転移迷路とか言われているが、聞いた事が無いか?」
「まったく。」
「わかった。」
”説明とか。めんどくせぇ。”
マズい。面倒がられた。この人、すごく面倒くさがりだな!
ダンジョンとかゲームっぼいな。ゲームとかだと、パーティーを組んでダンジョン攻略しそうなものだけど、鎧の人は一人だけのようだ。…この人、こんなだからパティーメンバーいないんだよ。
なんて、心の中で悪口を言うと、鎧の人がため息をついて数歩動いた。なんだ?聞こえたのか?この世界では、読心能力のある覚なんて、珍しくないのか!?
一瞬焦ったが、勘違いだったようだ。
先ほど切り殺した狼の死骸のあった場所に、死骸は無く、生首も無く、代わりに赤い石が落ちていた。
鎧の人がその石を拾い、腰の皮袋に仕舞った。
「あの、それって何ですか?」
「何って、魔石だ。ダンジョンでは、魔物を殺すと魔石になる。他の素材は滅多に採れない。知らないのか?」
「はい。魔石も初めて見ました。」
「そうか。立てるか?」
”箱入り息子か、異世界人か。素直そうだし、連れてくのは大丈夫か。”
異世界人は保護してもらえそうだ。少し安心する。
ゆっくり立ち上がる。膝も大丈夫そうだ。
手を見ると、先ほど付いた赤は無くなっていた。服の汚れも無くなっている。あんなにリアルな返り血だったのに、すぐに無くなるなんて、ファンタジー現象だな。
「はい。立てます。」
「よし。今から街に向かうが、俺の後ろに付いて来い。気を付けるのは、壁に絶対に触るな。そして、床に落ちている石にも触らないように避けろ。床に何か模様があったら踏むな。以上だ。」
「気を付けます。もし、その、触ったりするとどうなりますか?」
「転移の罠があれば、ダンジョンのどこかに跳ばされる。気を付けろ。」
”そうなったら、面倒だから見捨ててもいいか?”
「うわぁ!わかりました!!すごく、気を付けます!!」
「そうしろ。」
何この人!怖い!っていうか、このダンジョンも怖い!足元注意する!
歩き始めた鎧の人に着いて、足元に時々転がる拳サイズの石を避けながら、細心の注意を払って進んだ。
途中何度か分かれ道があったがまっすぐ進み、他の魔物に会うことも無く、しばらくしたところで鎧の人が止まった。
「この青い転移陣から戻れる。俺が先に触るから、同じようにしろ。」
壁に両手を広げたくらいのサイズの魔法陣のような模様が有り、青く光っていた。
鎧の人は、先ほど壁に触るなと言っていたのにも関わらず、あっさりとそのその模様に片手を乗せた。
そして、鎧の姿は見えなくなる。
出口に転移したのだろうか。ファンタジー現象だ。
ちらりと後ろを見ると、分かれ道の方から顔を覗かせている、先ほどの青い狼が見えた。
目が合っているが、敵意の無い顔で見つめられると、まるで大きな犬だ。
……うーんと、取り合えず、放置で。
相変わらず青く光っている模様に、鎧の人と同じように片手を乗せた。
そこで視界は変わる。
薄暗いトンネルに似たダンジョンから、外にでたようだ。
暖かい日差しにほっとする。
「行くぞ。街はすぐそこだ。」
辺りを見渡せば、木の茂る森のようだ。
歩き出す鎧の人に着いて歩き出す。
進行方向に、高い塀が見える。あれが、街ということだろう。
「あの、壁に触ると、どこかに跳ばされるって言ってましたよね?どうして、外に出られたんですか?」
「青く光るのは、外に出られる。赤く光るのは下の階層に行く。光っていないのは、どこに跳ぶかは分からない。」
「そうなんですか。光ってないものは、多いんですか?」
「多い。ここのダンジョンは他のダンジョンと比べて、魔物の数が少なく、下層でも魔物の強さはほとんど変わらないから、推奨レベルが低いんだ。そのかわり、転移の罠が多くて、帰り道が分からなくなって戻って来れなくなる奴もいる。」
「戻ってこれないって…。」
「死んでるんだろ。人間もダンジョンで死ぬと、ダンジョンに取り込まれて残らなくなるから、犯罪で利用されることもあるな。ただ、さっきも言ったようにあのダンジョンは変わっているから、犯罪に利用される可能性は低いはずなんだ。」
”やっぱり、異世界人か?そうすると、異世界人保護の報奨金が出るはずだ。どれくらい出るだろうか。”
「そうですか。」
何も知らずに、そんな転移トラップの多いダンジョンを彷徨うことにならなくて済んだのは良かった。助けられたのは、ありがたい。
でも、異世界人の保護で報奨金が出るって、何かさせられるのかな?ちょっと不安だ。
こっそりと、頬をつねってみた。痛い。
やっぱり夢じゃないよな……。
異世界トリップと認めよう。
保護と言っているくらいだし、酷いことにならないように祈ろう。
そういえば、何か忘れていると思ったら、鞄が無い。筆記用具とアルバムと携帯と財布の入った鞄…残念だ。
今の装備は、卒業した中学の制服。御守りが、御守と厄除けと縁結びの3種。ハンカチが一枚。
……もし、売るとなら制服は売れるだろうか。高そうだと鎧の人も言ってたし、何とか生きて行けるように頑張りたい。
ああそうだ。ここで生活していくなら、一人称を俺にしないと。
じゃないと、また、悲しいことになる。
”優紀ちゃんが、俺って言った!似合わない!でも、可愛い!格好つけようとしてるのが、可愛さ爆発!!”
可愛いやめて!なんで、俺って言ったら可愛いになるんだよ!塩原さんが可愛いって言うから、対抗策で俺にしようとしたのに!
”俺か…まだ早いんじゃないか?ちびっこだし。”
ちびっこいうな!身長はこれから伸びてるんだ!確かに中里には負けるけど…いつか抜かす!
”俺って感じじゃないよね。僕の方が似合ってるのに。大人になろうと頑張ってる感が残念。”
残念って何!?っていうか、佐倉も身長は同じくらいなのに一人称は俺じゃん!?なんで残念なんだよぉ!!
よみがえってきた回想シーンに、思わず泣きたくなってきた。
口では誰も言わなかったが、心の声は正直だった。
結局、心の折られた僕は、一人称を変更するのを諦めた。今後のクラス替えのタイミングでと思っていたが、3年間、塩原さんと同じクラスだったため、俺に変えても可愛い攻撃から逃げられないという意識から変える踏ん切りが付かなかったんだ。
中学を卒業して、高校生になる今。そして、異世界に来た今。
この異世界トリップが、縁結びの御守りのおかげというなら、運命の出会いがあるはずだ。
可愛いと言わせないために、まずは一人称から何とかするんだ!
……なんとかなるよね?