さとりくんは、出会う
大上の道案内により、罠や魔物を華麗に回避しつつ、何度か通路を曲がりながらしばらく進むと、転移の石が三つ落ちていた。
昨日拾った水晶とは明らかに違う、赤くて魔石のようにも見える石。
……こうして通路に落としておくなら、もっと近いところに設置してくれてもいいと思うんだけど、設置にも制限とかがあるのかな?
”これに触ると、マスターに会えるよ!”
「三つってことは、俺と来と大上ってことだよね?」
”そうだよ!早く、行こう!”
そわそわと落ち着きなく動く大上は、俺に一番乗りを譲ってくれるつもりらしい。……でも、一番乗りは怖いから、いいや。譲ってくれた一番乗りは、譲るよ。
「大上、先行ってて。来、その赤い石に触ると、ダンジョンの入口の所みたいに転移するから触って。」
”毒る。毒る。(分かった。降りる。)”
大上が歓喜のあまり一声吠えて、赤い石を踏むように転移して行った。
内心が聞こえる影響か、吠えた声が「わおーん」という犬の声にしか聞こえなかったんだけど、気のせいだよね? 初めて会った時の攻撃性はどこに行ってしまったのだろう……その攻撃性を、俺に向けられても困るけど。
大上の鳴き声に呆れている内に、抱き上げていた来が腕の隙間からにゅるん変形しながら俺の腕を降りていた。そしてそのまま、赤い石に乗り上げるように触れて転移して行く。
……あれ、俺、最後になったかも。最後は最後で勇気がいる。けれど、パーティーメンバーが先に行ってると思えば、別に怖くも無いか。2匹とも魔物だけどね。
赤い石を拾いあげると、視界が変わり、転移していた。
___光景の変化に、思わず転移する原因となった赤い石を握りしめた。
行き止まりになった奥には、一抱えくらいの赤い立方体型の石が宙に浮いている。その周りは水晶なのか分からないが、透明以外にも青や紫やピンクに色付く石柱が、床・壁・天井から氷柱のように生えていた。
それらの石は、眩しくない程度に優しく光り、幻想的だった。
輝石のダンジョン。確かに、輝く石だ。……すごい、綺麗。
ただ、輝石のダンジョンという名前を教えてくれたフローライトの事を思い出すと、彼ならこの光景を見ても”高く売れそうだ。”という情緒の無いことしか思わないだろうという想像をしてしまい、気分が落ちた。そして、正気に戻った。
周りを見れば、来も大上も居る。もう一人が、マスター?
黒に近いダークブラウン髪に淡い茶色の瞳の女子がいた。
着ている黒のドレスは、足を隠すほどの長さがあり、袖の無い肩口が露となったデザインであるのに、不思議と色気よりも可愛さが勝っていた。
……不思議とというか、顔だちとか身長とか胸のサイズ的なものから少々の幼さを感じるような。
俺と同じくらいの年齢に見える女子だ。きっと成長途中。俺もそうだし、たぶんそう。
「あなた、人間?」
観察している内に観察されていたかもしれない。彼女の心情は、言葉通りの俺の存在を不思議に思うものだ。心を読み取ることそのものは、ブロックされていないようだ。
「俺は、里山優紀。ユウキでよろしく。普通の人間のつもりだけど、来とか大上の事だったら、スキルに魔物支配があるからだよ?」
「そうなの? 確かに良く懐いているのも気になったけど、私の所にいきなり現れたでしょ? そんなことが出来る人間なんていないと思うの。」
声については特に気にしてい無いようだ。隠しているだけで、想像よりも人間によくあるスキルなのかな? 転移についてなら、俺にそんな能力無いから、間違いなく人間だと断言する。……そうだよね?
「俺、異世界人なんだ。何らかの事情で此処に来たけど、転移の能力は持って無いよ?」
「そうなんだ。やっぱり、人間なの。」
”異世界人だから突然現れたんだ。それなら、問題ないかも? 確かに、エネルギーになったし、やっぱり人間なの。”
……人間だと断言されるのは、ちょっと嬉しい。仲良くなりたい。
「君も、人間?」
「私は、ダンジョン。」
「……うん? 何だって?」
ダンジョンって、無機物だよね?女子=無機物、が結びつかない。擬人化的なそういう事?
「私は、ダンジョンに生まれたの。ダンジョンの管理者だから、種族で言えばダンジョンマスターと呼ばれるみたい。」
ダンジョンで生まれたダンジョンマスターという種族。つまり、魔物とかの一種という事なのかな?
……人間じゃないんだ!? 確かに、マスターが人間ではない可能性も考えたけど、人間じゃないなんて!
俺が言葉を探して固まっていると、そわそわとしていた大上が彼女にすり寄って行った。
”撫でてー。撫でてー。マスター、会いたかった!”
膝をつき、口元を綻ばせて大上を撫でるは姿が可愛かった。大上、モフモフしてるし、可愛いよね。狼っていうより、犬だもんね。なんだか、わふわふ言ってるように聞こえるけど、犬だもんね!
ふと見れば、来もそわそわとしているように、体を揺らしている。
”毒る。毒る。毒る?(いいな。近く行きたい。行っちゃダメ?)”
「来も撫でて欲しそうなんだけど、いい?」
聞けば、笑顔で頷くので、来に「行きな。」と許可を出す。
俺のぷにぷよと、もふもふが取られてしまった。魔物に好かれやすいというのも、ダンジョンマスターの能力かもしれない。……パティーメンバーを取られて寂しい。
「ねえ、俺が来たことを見てたなら分かると思うけど、この世界に来たばっかりなんだ。君は人間のように見えるけど、ダンジョンマスターって魔物の分類ってことだよね? 人間とどう違うの?」
「人間だって、スキルの強弱や強さが違うから、私のスキルとしての違いを置くとして。
他は魔石の有無かな。ダンジョンの魔物はダンジョンから長く離れては生きられないし、死ぬと魔石のみしか残らないけど、人間や他の魔物だって、ダンジョンで死ねばダンジョンに取り込まれるから、ダンジョン内でならそれほど違いは無いと思うの。」
スライムの生体は分からないので横に置けば、初めに会ってフローライトに殺された狼も、頭を飛ばせば赤い血をまき散らして死んだ。森の角兎も同じように死ぬし、肉が食用になるらしいから、普通の獣との違いも、見た目と心の声と魔石くらいでしか判断できないかもしれない。
「じゃあ、君の体って、人間とそんなに変わり無い?」
「エネルギー源はダンジョンだけど、それ以外はほとんど同じだと思う。」
「そうなんだ。」
見た目は普通の人間と同じに見える。むしろ、可愛い方だと思う。
声に出した言葉と、思っていることにほとんど差異が無いから、素直な性格だろう。
ちょっとスキルとか、死んだり後の残り方が違うようだけど……この異世界ではスキルが分かってるのはまま有ることのようだし、死んだ後の事なんて気にしてもしょうがない。肉体的にエネルギー源が違うとしても、偏食の人だっているだろうし、大きな違いでも無さそうだ。
そうなると、どちらかと言えば魔物だけど、人間と言っても問題ないんじゃないかな?そうだよね?
「どうして此処に呼んでくれたのか分からないけど、俺、君と仲良くなりたい。仲間になってくれない?」
縁結御守でこのダンジョンで転移したなら、このダンジョンのマスターと縁を結ばれたかもしれない。可愛いし、人間っぽいし、素直そうだし、こんな彼女なら嬉しい。
異世界人だし魔物っぽいし、会ってすぐに好きだとかは無いけど、友達ならぬパーティーメンバーからなら有りだと思うんだ!
……ダンジョンから出ないなら、エクレアさんとも会わないから、すでに腐女子でない限り感染しないだろうしね。すでに、腐女子でない限り。(大事なことなので、二回言いました!)
「いいよ。私も、そのつもりで呼んだんだもの。このダンジョンの運営に来る人間が最近少なくて収支も悪いから、人間側からの意見が欲しいと思ったの。あなたなら、魔物とも仲が良さそうだし、人間だし、ちょうどいいでしょ?」
人間代表として、ダンジョンに協力するのか。この世界まだ3日目で、他のダンジョンは見たことも無い俺に何かいいアイディアが出せるだろうかな。
でも、ダンジョン運営とか、楽しそう。元々このダンジョンで活動するつもりだったし、それがダンジョン運営になっても問題ないね。
「俺に出来る事なら手伝うよ。この世界の事はあんまり詳しくないけど、知りたいことがあるなら、街に帰った時にギルドで聞いて来るようにしようか。」
「ありがとう。人間の仲間がいると、人間側の情報が入りやくて助かる。」
仲間になるなら、名前を考えた方がいいかも。ダンジョンマスターでマスターだから、舛田とか?もっと可愛い感じにするなら、髪の毛の色とかダークチョコ色だから、チョコで千代子とかどうかな?
「俺も仲間が増えるのは嬉しいよ。とりあえず、俺のことはユウキって呼んでくれればいいから。君の名前なんだけど……。」
「私はオペラっていうの。」
「え?あ、そうなんだ?よろしくね。」
「うん。」
魔物だから名前が無いかと思ったけど、有るのか。人間っぽいし、名前があっても不思議じゃないね。それにしてもオペラか。なんだか、歌いだしそうな名前だ。誰が付けたんだろう。気になる。他に人間っぽいのがいるのかな?
「オペラの名前って、誰が付けたんだ?」
「名前はもともと有ったよ。」
「生まれた時から?」
「うん。」
なるほど。魔物だというし、そういう事もあるかもしれない。人間でも時々、生まれる前の記憶の有る子供がいるって聞いたとこがあるし、そうなのかもしれない。
それにしても、思う事と言う言葉のずれが少ない。こういう人はたまにいるけど、一緒に居て疲れないから楽なんだよね。
魔物らしいけど、人間と言っても差し支え無さそうな感じだし、後は腐女子でなければかなりイイ。腐女子でなければ、彼女になって欲しいって頼もうかな?
……彼女が出来れば帰れるなんて推測は適当過ぎるけど、それ以外に帰る方法が思いつかないから、まずはそこから試すしかないと思うんだ。親も心配してるとはずだし、あんまり長引くと春休みが終わっちゃうよ。