おっさんは、それもお宝と見なすようです。
ガァン、と音を立てて、ゴーレムにリュウの剣が叩きつけられる。
ゴーレムの持つ赤茶色の装甲に刃が食い込んだ……ように見えたと同時に、鋼の刃が破砕した。
小手調べの一撃だが、竜気を纏わせていたのだろう。
通常の武器は、竜気を纏わせると破砕するのだ。
クトーは、それを眺めながら横に跳ねた。
【双竜の魔銃】の射線上からリュウを外すと同時に、剣が叩きつけられたゴーレムの足を目視する。
剣の刃が付けたにしては、範囲の広い凹み。
だが、通常の鋼が叩きつけられた程度の損傷に見える。
「竜気が通っていない……」
つぶやきながら、クトーも双銃の引き金を絞った。
炎と雷、二種類の弾丸がゴーレムの胸元に炸裂するが、バチリと弾ける音と同時に発動せずに消滅する。
「魔力もだな」
クトーは、リュウが飛び退ると同時にもう一度、今度はゴーレムの顔に向けて風と氷の銃弾を放った。
が、結果は同じ。
「ふむ」
「はっは、硬ぇなァおい!」
砕けた剣を放り捨てたリュウに対して、ゴーレムが反応した。
それまでの鈍重な動きから一転、ふわりと滑るような動きで巨体が動く。
「お? 力比べか!?」
全身から竜気を放つリュウが、頭上から振り下ろされたゴーレムの拳に叩き潰された。
「リュウさん!」
クトーのさらに背後で、ゴーレムから遠ざかるように動いていたレヴィが、声を上げる。
しかし、リュウは片手で平然とその巨拳を受け止めていた。
「はん、俺の方が力は上だな。硬いだけか?」
もう片方の拳を腰元で握りしめたリュウは、ゴーレムの巨拳を反らすと同時に跳ねる。
ドン、とリュウの足裏の形に、金属の床が陥没していた。
「せー……のぉ!」
砲弾のように打ち上がったリュウが、捻った体をバネのように戻し、腰だめの姿勢からゴーレムの胸元へと、拳を突き上げる。
鈍い音と共に、ゴーレムの装甲が先ほど剣を叩きつけた時よりも深く陥没した。
軽く体を反らすゴーレムだったが、すぐに元の姿勢に復帰する。
ブォン、と目が再び明滅し、その色が白から赤に変わった。
大きく両手を振り上げると、両手の装甲が展開して呪玉が露出する。
魔力の輝きを察知して、クトーは声を上げた。
「リュウ! 下がれ!」
警告とほぼ同時に、リュウがこちらに向かって跳ねた。
直後にゴーレムの拳が地面に叩きつけられ、周囲に衝撃波が発生する。
「防げ」
クトーが加護の腕輪で防御壁を貼ると、衝撃波がカーテンの揺らめきと相殺された。
服の裾がバタバタと強くはためく。
ちらりと後ろに目を向けると、衝撃波はレヴィまで届いていないようだった。
「ありゃ、何だか分かったか?」
衝撃波をただのジャンプで飛び越えたリュウが、着地しながら軽く手を振っている。
痛みを散らすような珍しい仕草だ。
「えらく硬ぇ。内功はともかく外功は軒並み無効化されるぜ」
リュウの手は、ドラゴンの鱗に似たもので覆われていた。
竜化の魔法で攻撃に適した形に自身の肉体を変化させているのだ。
「魔力遮断装甲型だな」
読み取った情報から、クトーは自分の推測を口にした。
トロル型は、カラクリ兵の中でも非常に特殊な存在だ。
外装に魔力遮断処理が施されており、魔法の類が一切効かない。
この遮断処理を施した外装を、トロル・ミスリル装甲と呼ぶのだ。
装甲板を剥がして取っ手を付けたものが、一部【抗魔の盾】と呼ばれるBランク以上の装備として出回っている。
「だが、あそこまで巨大なものは初めて見る。トロル・ミスリル・ゴーレムの亜種か」
「ふん。魔力以外でぶっ叩けってことか?」
「そうだな」
リュウが手を差し出すので、クトーはカバン玉から2つの装備を取り出して放った。
一つは、温泉街でも使った炸裂型のひゃくとんハンマー。
もう一つは、最硬金属製のウォーハンマーだ。
「衝撃耐性と硬度が見たい。両方叩きつけろ」
「おう」
クトーはウォーハンマーを放ると、今度は偃月刀を取り出した。
「漲れ」
呼びかけに応えて、偃月刀による身体強化の魔法が発動する。
対象は、自分とリュウだ。
魔法剣化に意味はなさそうなので、偃月刀には特に何も付与せず、斬撃耐性を見るために使う。
真竜の偃月刀は神秘金属製の武器であり、世界最高クラスの装備だ。
これで切り裂けないことはないだろうが、痛みを感じないゴーレム相手には効果が薄い。
が、カラクリ兵の核となる、古代文字で刻まれた魔法陣をなるべく壊さずに崩すには有用な攻撃になる。
「出来れば壊し切らずに無力化したい。大破させるな」
「理由は?」
「この迷宮の壁と同じだ」
リュウは両手それぞれに持ったハンマーを、軽々と持ち上げて、ニヤリと笑った。
「好きだな、お前も」
それ以上無駄口を叩かず、再び突撃してきたゴーレムを挟み込むように、リュウとクトーは散開した。
※※※
「ぜ、全然参考にならない……」
2人の戦闘に、レヴィは冷や汗を流していた。
なるべく離れて観察しようとしているのだが、クトーの速度強化の後は、あまりにも動きが速すぎて見えないのだ。
それに、クトーたちには劣るが、ゴーレムも大きいのにめちゃくちゃ速い。
青竜の闘衣の効果でどうにか攻撃圏内からは逃げることが出来ているが、以前三バカの戦闘を見た時と同じ気持ちを、レヴィは感じていた。
ーーーまだ、全然届かない。
【ドラゴンズ・レイド】の人たちは化け物ばっかりだ。
邪魔にならないように逃げ続けるうちに、レヴィは入り口と反対側まで来てしまっていた。
ふと視界に映った壁の窪みに目を向けると、そこに二つの道具が安置されていた。
一つは籠手で、もう一つは白い宝玉。
どんな宝物なのか興味はあったが、背後で大きな炸裂音や、金属同士がぶつかるガィン! という音が聴こえて、慌てて目線を戻した。
油断していられるような状況じゃないのだ。
卵を保護するという役割に徹していないと、自分だけ無事でも意味がない。
護衛の仕事で、レヴィはそうした事を覚えていた。
ゴーレムは二種類の衝撃を受けて揺らいだようだが、大きなダメージにはなっていなさそうだ。
「ヒャッハァ! 楽しいなコイツ!」
「油断しているとやられるぞ」
2人のやり取りには余裕がある。
リュウは、単にハイになっているだけかもしれないが。
「固いが、そこまで強くねーだろ!?」
「大規模魔法も、竜気の攻撃も効かん上に使えんだろうが。地道に叩くしかない相手が硬いのは厄介だ」
「お前が潰すなって言うから手加減してんだろ!」
気分を害したような声とともに、ぴょんぴょんとゴーレムの巨体の上を跳ね回っているリュウが、ゴーレムの頭を蹴り飛ばす。
バラバラと装甲が撒き散らされ、ゴーレムの顔が半壊した。
地響きのような音を立てて、その巨体が倒れこんでこちらへ滑ってくる。
「一撃で終わらすぞ!?」
「やめろ」
「だったらさっさとコアを見つけろや!」
「今見つけた。顔だ」
大して強くない相手であるかのようなやり取りだが、レヴィは半壊したゴーレムの顔がこちらを見たように感じた。
壊れた顔の奥に、半分くらい露出した魔法陣が見えている。
まだリュウたちの方が近い、と思っていたら、ゴーレムが起き上がりざまにこちらに突撃してきた。
「え!? なんで!?」
レヴィは避けようとしたが、ゴーレムの大きく広げた両手に阻まれる。
その腕の装甲が展開して、呪玉が輝くのが見えた。
ーーーさっきの衝撃波がくる!
レヴィは、グッと大きく足をたわめようとして……踏みとどまった。
後ろに跳んで自分が衝撃を逃せても、皮袋の卵が割れるかもしれない。
その迷いの間に、ゴーレムが眼前に迫っていた。
「ッ! 守護者特性か!」
「……?」
リュウの焦った声を聴きながら、レヴィは覚悟を決めた。
息を大きく鋭く吸い込み、そしてグッと止める。
そして、ゴーレムの手のひらが地面に叩きつけられる直前に、前に跳んだ。
目指したのは、ゴーレムの足元。
その足の上に飛び乗り、全力で跳躍する。
ドン! という衝撃波の炸裂音とともに、足が取られる感覚があった。
ぐるん、と体が宙で回り、頭が下になる。
ほとんど避け切ったが、足先がゴーレム自身に当たって弱まった衝撃波によって、跳ね上げられたのだ。
「……ッ!」
姿勢を立て直せない。
レヴィは卵を守ろうと体を丸めて、お腹の辺りに抱え込んだ。
そして、襲ってくるだろう衝撃に備えていると。
「防げ!」
クトーの声とともに、自分を包む結界が発生した。
球体の結界がレヴィを中心に発生し、先に結界が地面に触れることで落下の威力が弱まる。
ゴロン、と結界が転げて、頭が上になったレヴィは、視界に映る景色に目を向けた。
偃月刀を突き出したクトーが、そのままゴーレムに斬りかかろうと身を翻す。
ゴーレムはこちらを見ており、リュウもひゃくとんハンマーを投げ捨てて、両手で握ったウォーハンマーを構えながら突っ込んで行く。
そして、安置された宝の片割れである、白い宝玉が……突然、カッと輝きを放った。




