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おっさん二人と少女は、最深部に辿りついたようです。


「ここが目的地だな」


 迷宮の地下でたどり着いた先は、その辺りだけ、今までと感じが違う場所だった。

 地図上では、北を頂点に最下層の東にある小部屋だ。


「金属の扉? 壊れてるわね」


 そこにある両開きの扉を見て、レヴィが首をかしげた。

 不思議な光沢の滑らかな素材で出来ているが、合わせ目が破壊されてへしゃげ、裂けている。


「なんか不思議な扉ね」

「先に近づくなよ」

「分かってますよー」


 レヴィが興味津々な様子で扉を眺めるのを、リュウが軽く注意した。

 彼は、壊れて中が覗けるようになっている扉を前に、頭を掻きながら言葉を続ける。


「見た感じ、古代文明の遺跡そのまんまだな」

「迷宮の最奥部が別の場所なのか、魔物の影響から外れるような素材で出来ているのか、が問題だな」

「多分、後者だろ」


 リュウが、裂けた部分を指差す。


「破壊されてるのに壊れたとこが錆びてねぇし、瘴気の影響を受けた様子もない。多分、ミスリル鉱じゃねぇか?」

「俺も同じ見解だな。これ自体は抗魔処理をされているのか、破邪の性質を保っているのか……」


 ミスリル鉱とは、魔法処理と鍛え方によって硬くなる素材銀の一種だ。


 元々から破邪の性質があり、魔族の瘴気による影響を受けない。

 そのため、この銀が多く産出される場所は『聖域』や『魔除けの場』として昔から大切にされている。


 もっとも、掘り尽くせば普通に魔物が湧くので、廃坑が危険なダンジョンに変わることもあったが。


「ミスリル、って高いんじゃないの?」


 レヴィの問いかけに、クトーはうなずいた。


「そうだな。が、それはあくまでも加工前や武具、魔導具の状態であればの話だ」

「どういうこと?」

「古代文明の技術によって作られたものは、再加工ができない」


 昔から研究されてはいる。

 だが未だに、どうやって作るのか、などは解明はされていない。


 持って行くべき場所にこの扉を持っていけばそれなりの値段で売れるが、あくまでもそれなりだ。

 クトーの手にした魔銃も古代文明の遺産である可能性が高く、量産は難しいかもしれない。


 こちらは高い値段がつくだろう。

 売るつもりはないが。


「利用できるものの方が、市場価値が高い。研究というのはあまり儲からんものだ」


 クトーは、メガネのブリッジを押し上げた。

 新しい何かを産もうとすればそれなりに金がかかる割に、元を取れるようなものはあまりない。


 学術的に有用な研究であっても、すぐに利益に繋がらない研究へ出資する者は多くないのだ。

 魔術的な素養に加え、道具や古代文明への知識も必要になるため、人材も少ない。


 真面目に取り組むのは魔導協会か酔狂な金持ちが個人出資した魔導師くらいだろう。


「俺のやろうとしている壁の研究も、根本的な技術の解明よりも応用だからな。原理が分かるにこした事はないが、使い方や作り方さえ分かれば、それ以上触れるつもりもない」


 その製法や使用法も、得られるかどうかは未知数だ。

 レヴィに話をする間にゆっくりと扉の周りを遠巻きに回ったリュウは、その後、しゃがみこんで中をのぞいていた。


 足を広げて、非常にガラが悪い姿勢だ。


「どうだ?」

「罠はねぇな。入るか」


 リュウが立ち上がって慎重に穴をくぐり、手招きされてクトーらも続いた。


「ここに、王家の宝とかいうのがあるのね。……でも正直、クトーって防具とか必要あるの?」

「む。あるに決まっているだろう」


 見回した部屋の中は、広大だった。

 発光する部屋であるのは今までと変わらないが、その壁や床には継ぎ目がない。


 表面はツルツルで、歩けばコツリと、部屋そのものが金属なのかと思われる音が反響する。


 広く四角く、天井が高い。

 先に入ったリュウが、だらりと剣をぶら下げたまま部屋の奥を見ていた。


「防具が必要な理由は?」

「防具は、旅をする上で欠かせないものだ。寒暖や草木から体を保護してくれるしな。そして通常装備で防御力を求めれば非常に重くなる」


 旅の危険は魔物ばかりではない。

 平らにならされていない道や起伏の激しい道、あるいは道無き道を歩き続ける行為は、体力も消耗する。


「保護具としても、耐熱や耐冷ができる装備であるほうが有用だ」


 黒竜の外套のように外気を遮断するものがいい。

 同じように新しいものをしつらえてもいいのだが、黒竜の生息地は遠い上に、クトーのつけていた外套は『古竜』と呼ばれる歳経た強大な魔竜を加工したものだった。


 それですら、ブネの攻撃には耐えきれなかったのだ。

 思うことを語り、クトーは最後にこう付け加えた。


「万一に備えられる上に有用な装備など、なかなかない」

「えーっと、要は軽くて、暑かったり寒かったりしなくて、普通はいらないけど万一の時に役に立つ丈夫な防具が欲しいって事?」

「そうだな」

「わがまま……で、その万一の場合ってどんな時?」


 わがままとは心外だった。

 より快適に過ごすことを目指すのは合理的な思考だ。


 しかしそうした議論はせず、レヴィの質問にクトーは軽く答える。


「偃月刀による防御結界、あるいは少しランクを下げても、ピアシング・ニードルによる防御結界を貫かれた場合でもある程度耐える程度の強度。それが万一の場合だ」

「……つまり普通はいらないと」

「戦闘面だけで言えば、一人で四将クラスの相手と対峙するような事態はそうそうないな」


 魔王との対峙は十分にありえるというか、ほぼ確定事項なのだが。

 力を失った魔王、というものがどの程度の存在なのかにもよるが、少なくともブネより弱いということはないはずだった。


「そんな万が一、普通考えないわよね……」

「考えはする。必要がなければ積極的に集めようと行動はしないが」


 特に偃月刀による強化や防御は、Aランクの魔物でもそうそう破れるものではない。

 レヴィはなぜか、うんざりしたように言った。


「一番は、旅する時に重いのが困るのね」

「何が言いたい?」

「そのわがままのために今日はすごく色々酷い目に遭ったなと思って」


 頭のトゥス耳すら垂れそうな様子でそう告げるレヴィに、クトーは首をかしげた。


「連れてきたのはお前の修練のためだ。色々知れただろう」

「うぐっ……」

「それに今から、今日一番の厄介なものを相手にすることになる」


 クトーは、レヴィが無駄話を続けていた理由に気づいていた。

 リュウが何も茶化してこないのは、彼がすでに臨戦態勢に入っているからだ。


 ビリビリと空気を震わすほどの気配を纏う彼の向こうに、巨大なものが見えていた。


 レヴィは、故意に意識を逸らしていたのだろう。

 嫌そうにチラリと目を向けてから、クトーに尋ねてくる。


「それで、あれは何? ビッグフットより大きいんだけど」

「ゴーレムだな」


 古代文明のカラクリ兵中で、最も多く迷宮に存在するタイプの『遺産(セキュリティ)』だ。

 

 むしろここまで魔物と罠だらけだった方がおかしい。

 レヴィの比べたビッグフットは、レヴィの二倍程度の大きさの魔物だが、このゴーレムは座った姿勢でもラージフットと同じ程度のサイズがある。


 立ち上がれば、優に5メートルはあるだろう。

 ゴーレムは通常、人間と同じかそれより少し大きいくらいのカラクリ兵だが、今回のそれは明らかに規格外だった。

 

 正面に静かに鎮座していたそれに、不意に魔力の気配が現れて、ブォン、と目が輝く。

 濃密な魔力の気配とともに、カラクリの駆動音が聞こえた。


 ゆるゆると立ち上がったゴーレムは、目算通りのサイズだ。


「……デカい獲物だ」


 そう呟いたリュウの声音は、隠しようもないワクワクとした響きを帯びている。

 

 戦闘狂め。

 相手が強いほど燃える気質を持つ相棒に、クトーはため息を吐いた。


「まずは相手の特性の把握だ。無闇に突っ込むなよ」

「おう、後ろ任せた」


 一応声をかけたが、どう考えても聞いていない。

 クトーは卵の入った皮袋をレヴィに手渡した。


「持っておけ。落とさないように守るんだ」


 カバン玉には、生きているモノは収納出来ない。

 卵であっても命は命だ。


「どうすればいいの?」

「今日は見学だ。リュウが本気になっている」


 戦闘に参加させるには、バカが一人猛り過ぎていた。

 一緒に前衛として突っ込ませるにも難があり、後衛として補助に入るのなら、リュウの動きに集中する必要があるだろう。


「おそらく、あのゴーレムはかなり強い。攻撃を避けることに集中しろ」

「……分かった」


 クトーの真剣さを嗅ぎ取ったのか、今日は不満そうな顔ながらいつもの反論はなかった。


「じゃ、行くぜ」


 リュウが、軽く地面を蹴ると同時に、その姿が搔き消える。


 そして案の定。

 竜の勇者の名を持つバカは、クトーの警告などまるっと無視して、目の前のゴーレムに突撃した。

 

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― 新着の感想 ―
[気になる点] んんん?レヴィが何でクトーの防具いらないととか我儘だとかって方向に考えてるのかがわかりませんでした… 今後一切、クトーは強い敵と戦うことがないとでも思ってないとこんな発言出てきませんよ…
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