少女は、リドルに苦戦するようです。
迷宮の地下三階で、クトーらは走っていた。
通路を駆け抜けながら、突然レヴィが吼える。
「なんなのここ、本気で罠だらけじゃない!!」
「高位ダンジョンというものは、大体こんなものだ」
「そーだな」
地下3階は、ここに来るまでに無数の罠があった。
さすがにリュウも、二回も罠を体で受けて意識が切り替わったらしく、理屈よりも嗅覚で罠を嗅ぎ分けていた。
が、罠の種類が扉を開けたとたんに毒霧、などが可愛いものだったせいで、いくつかは結局発動し……現状のクトーたちも、罠によって追われている最中だった。
「さて、どうしたものか」
「落ち着いてるけど、これあなたのせいだからね!?」
「む」
ここは、緩い下り坂だ。
その背後から、ゴロゴロゴロゴロ、と不気味な音が迫ってきている。
大岩が、通路を塞ぐギリギリの幅で転がってきているのだ。
石畳の上を、徐々に加速しながら。
このままだと、追いつかれるのは時間の問題だった。
「ってか、なんで逃げてんのよ!? 別に逃げなくて良くない!? 砕けばいいんじゃないの!?」
レヴィが、走りながら器用に後ろを指さすのに、クトーは平然と答えた。
「魔力耐性がある物体だと感じたからな」
「あれをぶっ壊す威力で吹きとばしたら、最悪、迷宮崩れて生き埋めだぜ?」
クトーに続いてニヤニヤと告げるリュウ。
そんな2人に、レヴィは怒鳴り返す。
「じゃ、どうするの!?」
「とりあえず逃げる」
「だな」
そもそものことの発端は、緩い上り坂を延々と上がっていき、行き止まりに着いた時だった。
地図を元に先に進んでいたのだが、そこに壁があったのだ。
手前の床が、一段高くなっている。
『あれ? 行き止まり?』
『いや、これも幻影の壁だろう。この向こうに通路が続いている表記がある』
『じゃ、進むか?』
『少し待て』
そこで、クトーは考えたのだ。
『これは罠かもしれない。一段高くなっている部分を踏むと発動するんじゃないのか?』
『ならどーすんだ?』
クトーはアゴに指を当てて、これから進む先を観察した。
床を踏まずに迂回する方法がある、のかもしれないと思ったからだ。
が、それがいけなかった。
立ち止まっていると、がこん、と音がして、一段高かった床がスロープのような下り坂になった。
『む?』
そして、天井が開いて大岩が現れ、現在はそれに追われているのだ。
「罠だと疑って、立ち止まると発動するタイプだったな」
「はっは、お前の慎重さが裏目に出たな。ザマァ見やがれ!」
リュウは、クトーが罠を発動させたのが嬉しいのか笑顔で言う。
気心知れているので、こちらの目的を察しているのだろうが、その物言いに気分を逆なでされた。
「意地の悪い罠だ。が、お前が警戒せずに進んでいたら、傾いた床に足を取られてそのまま岩の下敷きだっただろうな」
「おいおい、負け惜しみか?」
「俺は初めて引っかかった。お前は5回目だ」
「いちいち数えてんじゃねーよ。それに、前に立ってんだから当たり前だろうが!」
「言い合いしてる場合じゃないでしょ!!!???」
レヴィは本気で追われていると思っているのだろう、通路の先を見て顔色を青ざめさせている。
「行き止まりよ!!!」
レヴィは、進む先の床が開いて大穴になっているのを見ていた。
もちろん、クトーらも認識している。
通路はちょうど、岩の横幅と同じなので、通れる脇道などはない。
「ふむ。飛び越えるには長いな」
目算20メートルは床が抜けており、飛び越えるには少々天井が低い。
しかも、穴の底が見えなかった。
「どどどど、どーするのよ!?」
穴の前で立ち止まって動揺しているレヴィには答えず、クトーは後ろを振り返る。
大岩がここにたどり着くまで、おおよそ15秒。
「これだけ深いと、この穴の下に通路がある可能性はなさそうだな」
「だな。大岩の罠を通り抜けて、元の場所まで戻るのが正解っぽい感じがする」
クトーは、リュウの腕を掴んだ。
そのリュウは、反対側の腕でレヴィをひょいっと抱え上げる。
「逃げ場があるのはありがたいな」
「おう」
「はぇ?」
レヴィは、わけが分からなそうに首をかしげた。
そして10秒後。
大岩が、轟音と共に床の穴に落ちて姿を消した。
「逃げ場があるのは、詰めが甘いのか想定外か、どっちだろうな?」
「浮遊魔法や飛翔魔法の使い手は少ないからな」
クトーは、大穴の上で、勇者の鎧を展開して翼を広げたリュウの腕を掴んでぶら下がっていた。
レヴィはリュウの肩に座らされている。
冷や汗を手で拭いながら、はふ、と息を吐いた。
「助かった……」
「元々特に問題はなかった。最悪、リュウに受け止めさせるか、偃月刀で防壁を展開すれば済んだ話だ」
「だったら最初からそう言いなさいよ!?」
「言わなくとも分かるかと思ってな」
防壁も鎧もレヴィに見せている。
最初に大岩を止めなかったのは、大岩を落とす穴の下に通路がある可能性と、無理に止めても砕く手間が発生するからだ。
「この迷宮を作った魔族は意地が悪いな」
「あん? 決まりなのか? この迷宮自体が古代文明の産物かもしれねーんだろ?」
ふよん、と再び通路に舞い降りたリュウに、クトーは首を横に振る。
「元はそうかもしれんが、古代文明の罠ならカラクリ兵や光の魔法を使うだろう」
古代文明の罠は『セキュリティ』という名称で呼ばれている。
大岩や毒霧は、そういう類のものではないだろう。
「文明の作り出したものを利用して、住み着いた魔物の影響で罠が発生した、と考えたほうが合理的だ」
「はん。どっちにしろ面倒なことに変わりはねーな。じゃ、改めて行こうぜ」
元のツナギ姿に戻ったリュウがレヴィを下ろし、親指を立てて上り坂を示した。
元の場所に戻り、警戒しながら幻影の壁に頭を突っ込むと、そこに通路が続いている。
「とりあえず、これ以上の仕掛けはなさそうだな」
「ちょっとくらい休憩したいわね」
「そんな暇はない」
疲れ顔のレヴィにそう言って、クトーは歩き出そうとしたが。
「おい、ちょっと待てよ」
リュウの制止に振り向くと、壁のところで膝をついたリュウが手招きをしていた。
「どうした?」
「面白ぇもんがあるぜ」
彼が示したのは、スロープになって床が凹んだことで現れた壁面だ。
後ろから覗き込むと、そこに細長い切れ込みが入っている。
切れ込みの中には、二行の文字列が石に浮き彫りになっていた。
「……なんて書いてあるの?」
「古代文字だな」
クトーは文字列に目を走らせて、一つうなずく。
メガネのチェーンがシャラリと鳴った。
クトーは、口に出して文字列を読み上げる。
『邪魔者がいる。押し消して不規則を規則とせよ。2の数が基準となる』
『トタツツツツナツロオ』
それを聞いたレヴィは、ますます眉をひそめた。
「……意味が分かんないんだけど。てゆーか、この文字読めるの?」
「魔法学の講義で習った。こういう事だな」
クトーは、浮き彫りになった文字列のうち、下の『ロ』の左の棒を壁に押し込んだ。
ゴン、と音がしてゆっくりと横の石壁が動き、やがてドア程度の大きさの穴が壁に開く。
ぽかんとそれを眺めるレヴィに、クトーは告げた。
「リドルだな。金庫の暗号みたいなものだ。この隠し扉の鍵だったんだろう」
「り、リドル?? てゆーか、なんで答えが分かるの?」
「ふむ?」
隠し扉の中を覗き込むリュウは放っておいて、クトーはカバン玉から紙と羽ペンを取り出した。
それを使ってさらさらと、訳したものを書き付ける。
「少し考えてみろ。子どものナゾナゾのようなものだ」
レヴィには少し難しいかもしれないので、ヒントとしてもっと分かりやすい言葉に噛み砕く。
『この文字は規則性を持って並んだ、ある文字列の二番目だ。この文字列で、邪魔な棒が一本ある。それはなんだ?』
『一番最初の文字の前は、『イ』。後は『ュ』になる』
「文字列……で、正解が『ロ』の左側……」
レヴィが考え出したので、クトーはリュウに続いて隠し扉の中に入り込んだ。
部屋の中は殺風景で、特にめぼしいものが置かれている様子もない。
が、入り込んだリュウが、小さな台座を前で手になにかを持っていた。
振り向いた彼に目線で問いかけると、リュウは珍しく戸惑ったような顔でクトーに向かって手を差し出す。
それは真っ白な卵だった。
が、サイズが小脇に抱える程度には大きい。
「なんだそれは」
「多分、ドラゴンの卵だ。しかも生きてるっぽい」
クトーは軽く眉を上げた。
古代の迷宮、それも人が入り込む余地のない王城の地下にあるにしてはおかしい。
「ドラゴンが住んでいるのか?」
「だが、どうやって生きてる? もし生体でつがいなら、どっちも高位龍だぞ。確実にAランク以上だ」
クトーは、表情を引き締めたリュウの言葉に考え込んだ。
ドラゴンは高位になるほど知性が高く、種類によっては、トゥスのように霞を食って生きるような霊的存在になる事がある。
「永きを生きた龍は争いを好まないこともあるが……そんな強大な力は感じないぞ」
「竜気の気配もない。封印されている可能性は?」
「それなら、ここに卵があることがおかしいだろう。動いた残滓すら感じられないなど、ありえるか?」
リュウは、ありとあらゆる生物の気配を読み取る。
竜気を扱える者の特権であり、本来なら人の身には強大すぎる力なのだ。
「もしここに親が卵を置いたのなら、人間が入れる程度の入り口をくぐれるサイズであることもおかしい」
「ドラゴンは強くなるほどデカくなる、か? だが、小型種もいねぇ事はねぇし、化身の可能性もあるぜ?」
「化身するにも竜気が必要だろう」
もしその気配すら完全に断てるのなら、Sランク以上である可能性もある。
かつて対峙した邪竜は、Sランクの中でも群を抜いて強大だった。
「……やめるか?」
リュウは、ちらりとドアの外に目を向ける。
自分たちだけならまだどうにかなるかも知れないが、レヴィが対峙するのは危険すぎるとの判断だろう。
妥当な判断であり、さらに、この迷宮の上には王城と王都があるのだ。
クトーとリュウが全力を出して戦えば、下手をすれば迷宮ごと崩壊する。
「……とりあえず、卵は回収しよう」
「いいのか?」
決断して大きな皮袋を取り出すクトーに、リュウが疑問を投げた。
「もし、そんな強大な存在がここに生息しているのなら、すでに感知されているだろう」
クトーは、部屋の奥に目を向けた。
そこには台座のようなものがあり、古代文字による魔法陣が刻まれている。
複雑すぎて読み解けないが。
「おそらくそれは、時間凍結に類する魔法陣だ。親ドラゴンがここにいる可能性よりも、はるか古代に、この卵がなんらかの目的で封じられた可能性の方が高い」
「じゃ、進むのか?」
「仕掛けてくるなら、今から戻っても仕掛けてくるかもしれん。最悪は、迷宮を撃ち抜いて上に出る」
「……被害が出るぜ」
「それも、浅い階層で親ドラゴンと対峙したところで変わらん事実だ」
迷宮の構造から、最終的な目的地は王都の外れに位置する。
スラムや入口のある外壁からは外れた場所だ。
「親ドラゴンが存在しない方に賭けよう」
「賭け事は嫌いなんじゃなかったか?」
「どちらにせよ、賭けるしか術はない」
親ドラゴンが存在するのなら、出くわさずに居られると考える方が、楽観的に過ぎるからだ。
「それに」
「それに?」
「このまま卵を放っておいて、親ドラゴンが存在しなければ、温められもしないままではその卵の中身が死ぬだろう?」
クトーの言葉にまばたきをしたリュウは、意味の読めない笑みを浮かべた。
「お前な」
「なんだ?」
「いいや。なんでもねーよ。お前はお前だと思っただけだ」
「……?」
言葉も意味は分からないが、悪い感じはしなかった。
結局答え口にしなかったリュウは、卵を皮袋に入れてクトーに渡した。
「ちょっとクトー! 全然分かんないわよ!」
そこでレヴィがひょいと顔を見せて、クトーに噛み付くように紙をひらひらと振る。
いらだった顔をしているところを見ると、よほど苦手らしい。
クトーはため息を吐いて、レヴィに言った。
「なぞなぞレベルだぞ」
「分かんないんだから仕方ないでしょ!?」
「数を数えてみろ」
「え?」
部屋から出ながらクトーが言うと、レヴィは数を口にし始める。
「いち、に……」
「違う。別の言い方でだ」
「別の? ……ひとつ、ふたつ、みっつ?」
「そうだ」
クトーは、手渡した紙を示した。
『トタツツツツナツロオ』
「ひ『ト』つ、ふ『タ』つ、み『ッ』つ、だ。最後から二番目はこ『コ』のつ。つまり9だ」
「あ……」
「ゆえに邪魔な棒は、『ロ』の左側だ」
しばし沈黙してから、徐々にレヴィの耳が赤くなっていく。
ぐしゃ、と彼女は手に力を込めて紙を握りつぶした。
「なんて……くだらない……!」
「だからなぞなぞレベルだと言っただろう」
だが、解けなかった者のセリフではない。
クトーは卵の由来を気にしながら、幻影の壁をくぐって通路の先へと進んだ。
その背後で、付いてくるレヴィとリュウのやり取りが聞こえる。
「リュウさんは分かったんですか?」
「いんや。考えてもいねー。だってクトーが解けりゃそれでいいし」
「聞こえているぞ脳筋が」
こいつらは、少しは物を考えるということを知らないのだろうか。




