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おっさんは、おっさんの思い出を少女に語るようです。


「ちょっと冗談じゃないわよおおおおおおおおおおおおッ!!!」


 レヴィの叫び声とともに、【火遁の序(ファイアスクロール)】の魔導具が発動した。


 炸裂する炎が、フロアの中に満ちている幽霊型の魔物……ゴースト・バースターを吹き散らしていく。


 他にスタンダウト・シャドウなどの影型の魔物もいるが、レヴィがスクロールで吹き飛ばしているのは、主に白い幽霊のように宙を舞うゴースト・バースターの方だ。


「ひぃいいいいいいッ!」

「大げさに悲鳴を上げている割に、余裕がありそうだ」


 白い耳付き兜がピョンピョンと魔物の隙間から飛び跳ねているのに、クトーはボソリとつぶやいた。


 レヴィは自分の身体能力をフル活用して逃げ回りながら、近寄って来たシャドウの方は投擲ナイフとダガーで的確に弱点を突いて始末している。


 惜しげもなくファイアスクロールを使っているが……全部終わって冷静になったら後悔していそうだな、とクトーは考えた。

 

 レヴィにしてみれば、高価な消耗品だ。

 今いる迷宮の地下二階は広大なワンフロアで、まっすぐ歩きさえすれば地下三階に向かう階段に着く、はずだったのだが。


「あっはっはっは、まさかの魔物湧きフロアだったな」


 剣閃だけで周りの幻影系をなぎ払いながら、たまたま近くに来たリュウが笑った。


 魔物湧きフロア、とは、その名の通りに魔物が大量に湧き出してくるフロアのことだ。

 どういう理屈かは未だに解明されていないが、魔物が生まれる場所なのではないかとも言われている。


 たまに高位迷宮の中に存在しており、次から次へと無尽蔵に湧き出してくる魔物が空間を埋め尽くしていくのだ。

 しかし無限に魔物を生むにしては、そこから溢れた魔物が周りにの街に被害を撒き散らす話も、モンスターフロアから抜けた後に魔物に追撃された、という話も聞いたことがない。


 どちらかと言えば、クトーには王都での事件で取り込まれた異空間のほうが近いように思えた。

 この空間の中でのみ、魔物の幻影が湧き出しているのではないかという推測だ。


 もっとも幻影とはいえ、攻撃されれば傷つき、普通に死ぬので油断していいという理屈にはならないが。


「レヴィのやつ、ユーレイ苦手なんだろ? ほっといていいのか?」

「動きは見ている。どんな魔物の相手も経験だ」


 苦手だと言っても、冒険者である以上は幽霊型魔物と不意に対峙する危険は0ではない。


「いい機会だ。今回で慣れてもらおう」

「お前ってほんとスパルタだよなー」


 そう言って笑うリュウも、本気で心配しているわけではないだろう。

 言いながら、襲ってくる相手に顔も向けないままに、無銘の剣で神速の三連撃を放つ。


 彼の剣先は、同じ数の魔物をあっさりと屠った。


 カランカラン、と音を立てて床に落ちるのはコアのカケラだ。

 幻影系の魔物は、スライムのように本体までは回収出来ないが、粉にすると魔物素材を接ぎ合せる強固な媒介になる。


「で、そいつの使い心地はどうだ?」


 リュウがのんびりと周りを見回したのは、おそらくは出口を探しているのだろう。

 ただの広々とした空間ではあるが、方向は見失っていない。


 下への階段は、もうすぐ近くにあるはずだ。


 レヴィを好きにさせているのは、彼女の逃げている方向が進路だからである。

 クトーは、手元の武器を見下ろしながら薄く笑った。


「悪くない。……いや、むしろいい」

「お。お前がそこまで言うなら相当だな」


 ヒュゥ、と口笛を吹くリュウにうなずきながら、クトーはそれらを構える。

 【双竜の魔銃】とでも呼べる武器を。


「おそらくこれは、Aランク以上の装備だな」


 本来なら、あんな浅い階の隠し部屋にあるような代物ではない。


 これが新手の武器である場合、ギルドでの武器登録手続きの際に鑑定があるが、そこでクトーの読み通りに認定されるだろう。

 今まで直接見たことも書物で読んだこともない武器なので、古代文明の遺産である可能性は高い。


 そして、そんな表面的な物事が割とどうでも良くなるくらい、クトーは魔銃に満足していた。


「この武器は、非常に性に合う」


 両手の銃を左右に伸ばして構えたまま、迫ってくる白い霊と影の魔物に狙いを定める。

 そのまま、無造作に引き金を絞った。


 反動と共に炎と雷の弾が射出され、それぞれの魔物を消し炭にする。


 次いで、クトーは滑るように別の二匹に近づいた。

 その片方、幽霊を回転式の方に備わった刃で引き裂き、筒型の方で影のほうを刺し貫く。


 すると、刃の球から光が消えると同時に、引き裂いた刃から風刃が生まれて霊を吹き散らし、貫かれた影がバキバキと凍りついてから砕け散る。


「短弓からダガーまでの射程レンジ内全てに対応している上に、定量魔力弾。刃で攻撃すれば点灯している光に合わせた魔法剣化。それぞれの威力も丁度いい。……惜しむべきは、弾種や剣種をその都度選べないことくらいか」


 回転式の方は炎と風の属性が交互に、筒の方は雷と氷の属性が交互に出るようで、順序が変わらない。


 続いて刃で引き裂けば炎と雷の魔法剣となり、弾を撃っても同様の属性になるのだ。

 特定属性が効かない相手や、回復する相手には気をつけなければならない。


「しかしそれを差し引いても、あつらえたように俺向きの武器だ」


 この場に、特定属性を無効化する魔物はいない。

 クトーは踊るように外套の裾を翻し、連続で引き金を絞りっぱなしのままその場で回転した。


 残量に合わせて連続で射出された弾丸がこちらに迫る魔物達に暴威を撒き散らし、ついでにレヴィの背後を狙っていた一匹を貫く。


「しばらくこの魔銃がどのような挙動をするか、調べる。素材は回収しているな?」

「おう。だが、カバン玉を満タンにしようと思ったら、丸一日くらい粘らねーと無理じゃねぇか?」


 クトーが倒した魔物の素材に向けてリュウがカバン玉をかざすと、複数の素材が一気に吸い込まれていく。


「どうせ大した値の素材ではない。漏らさずに回収だけしておけ」

「安いのにガメついのは変わんねーな」

「金は金だからな」


 あえて稼ぐ必要はないが、そのまま打ち捨てておく必要もまたない。


「だったら俺は、そろそろレヴィのサポートでもしようかねぇ」


 剣を肩に担いでのんびりと言うリュウが、お、そうだ、となにかを思い出した顔でクトーに目を向ける。

 

「レヴィがよ」

「ああ」


 お互いに少し距離が離れ、魔物の相手をしながらだが、声は聞こえている。

 リュウは面白がるように、言葉を続けた。


「お前が俺と一緒にいる時はガキに戻るって言ってたが、お前気づいてるか?」

「何にだ?」


 問いかけの意味が分からずに首をかしげていると、リュウはレヴィの元へ遠ざかりながら、最後に一言を投げかけてきた。




「レヴィと絡んでる時のお前も、他の奴と喋ってる時とは態度が違うって話だよ」




「……?」


 クトーは、その言い草に眉をひそめた。

 しかしそれ以上問いかけるには距離が離れすぎている。


「ひょおおおおおおおおおお!!」


 ……レヴィの悲鳴もうるさいし、大きな声を出しても届かないだろう。


「態度が違う……」


 ことさら何かを変えているつもりは全くないのだが、そう見える、ということなのだろう。

 何が違うというのだろう、という疑問は芽生えたが、今考えることでもなさそうなので頭を切り替えた。


 今はこの魔銃の特性を把握し、より良い使い方を模索する時間だ。


 良いものを手にして軽く高揚している自分を抑えながら、クトーはさらに、敵に向かって跳ねた。


※※※


「よう、レヴィ。楽しんでるか?」

「りりりり、リュウさぁん!!!」


 にこやかに歩いてきたリュウに、レヴィは半泣きになりながらその背後に隠れた。


「楽しいわけないじゃないですかぁ!! なんなんですかあの魔物ぉ!!」

「魔物は魔物だろうが」


 レヴィの目では追いきれないが、リュウの攻撃が魔物たちを始末しているのは、ヒュンヒュンと鳴る風切り音と共に魔物が消えていくことで分かった。


「ビビりすぎだろ。いつもの自信はどこ行った?」

「ゆゆ、ユーレイは魔物じゃないですっ!!」

「いや魔物だって……そもそも幽霊っぽいだけで単に半実体ってだけだぞ? スライムとなんも違わねーじゃねぇか」

「大違いですよぉ!!」


 理屈が分かったって、元々持っている苦手意識を克服出来るわけじゃない。

 

「クトーやリュウさんみたいに、何も動じない方がおかしいんです!!」


 それは、特に何かを考えながら言った言葉ではなかった。

 が、続くリュウの声音の種類が変わる。


「動じない……ねぇ。そんな事もねーんだけどな」

「え?」


 思っていたのと違う反応だった。

 レヴィは、スタンダウト・シャドウに投擲ナイフを投げてからリュウの顔を見上げる。


 彼は両目の大きさを変えて、からかうような顔でこちらを見ていた。


「クトーは短気だぜ? 気づいてねーのか?」

「え?」


 短気。

 それほど彼に似合わない言葉はない、とすら思うような話に、レヴィは一瞬思考が停止した。


 リュウは肩をすくめて、遠くで舞っているクトーを見る。

 相変わらず、舞のような動きで、ゆったりとしているように見えるのに気がつけば凄い距離を移動して、敵を淡々と葬っていた。


 銀縁眼鏡の細いチェーンや、その両手にある武器の軌跡すらもが、決められた動きをしているかのような錯覚を覚える。


「あいつはな、昔は人形みてーな奴だった。すぐに何でも出来るのに、少しもそれを誇らずに『出来て当然だ』とすら思ってなさそうな奴でな」


 あまりにも不気味すぎて、村の子どもたちの間でも敬遠されていたらしい。


「俺だって同じように思ってた。俺もたいてい他の奴より何でも出来たが、いっつもあいつの方が早くてな。友達の多さくらいしか勝ってなかった」


 リュウは、そこで軽く舌打ちする。


「ったく、人が話してんのに襲ってくんじゃねーよ。レヴィ、頭下げろ」


 言われたと同時にリュウから殺気が吹き出し、慌てて頭を下げると、ポニーテールのすぐ上を凄まじい風圧が通過していく。


 リュウが無造作に、横に一回転させるように振るった剣が、周りの全てを薙ぎ払うような剣閃を生み出したのだ。


「あ。壊れた」


 頭を上げると、リュウを中心にぽっかりと魔物の空白地帯が出来ていた。

 彼の手の剣は、刃が摩滅したように擦り切れて、刀身だけでなく柄にまで無数のひび割れが走っている。


「脆いんだよなー。ちょっと力入れたらすぐ壊れやがって」


 リュウが惜しげもなくぽいっとそれを捨てて、新しく似たような剣を取り出した。

 投げ出された剣は床に触れた瞬間に、カシャン、と軽い音を立てて無数の砂と化して崩れ落ちる。


「ちょっと、力を入れただけ……?」

「ああ、竜気だよ」


 事もなげに首をかしげ、リュウは話を続けた。


「関わりがなかったのが変わったのは、奴が自分から話しかけてきた時だ。4歳くらいだったかな? 『自分に劣る奴と遊ぶのは楽しいか?』っていきなりよ」


 鬼ごっこをしていて、絶対に捕まらないリュウに対して、心底不思議そうにそう尋ねてきたらしい。

 レヴィは、あまりにも直接的な物言いをするクトーが容易に想像できて、頬が引きつる。


「そりゃ誰もそんな奴と遊びたくないでしょうよ……ナチュラルに見下してるじゃない……」

「当時は俺もそう思ったね。今となっちゃ事実を口にしてただけなんだと分かるが」


 リュウは懐かしそうに言う。


「しかも俺は、負けん気が強かったからな。そういう話をするならと奴と2人で鬼ごっこをし始めた。……勝負は付かなかった」


 底なしの体力。

 自分についてくる身体能力。


 そして先回りされる圧倒的な読みの速さ。


「俺の方が早いのに、いつのまにか追いつかれてる。山を越えるくらい全力で駆け回ってたら、罠まで張られた。俺は全部避けたが、後であまりにも巧妙すぎて村の大人たちが軒並み引っかかってな。告げ口したら何でか2人で怒られて撤去させられた」


 納得行かなそうなリュウに、レヴィは当たり前だと思った。

 昔から2人ともずば抜けていたんだろうから。


「4歳児の鬼ごっこじゃない……」

「そうか? まぁ、そっからだよ。コイツスゲェって思って、ツルみだしたの。気がつきゃ腐れ縁で、気づいたことがある」

「な、何にですか?」


 リュウが、レヴィの問いかけに真剣な顔になって、こう言った。




「ーーークトーには、他人の感情が理解できないんだよ」




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