おっさんは、双子の竜を手に入れたようです。
光る石壁を調べた辺りから少し進むと、道が左右に分かれていた。
立て看板があり、矢印が右を向いている。
その前で立ち止まったクトーは、地図と道を見比べて、ふむ、と一つうなずいた。
「これって右に行けってことよね?」
レヴィが素直に従おうとするのを、襟首を指で掴んで引きとどめる。
「ぐぎゅ」
首が絞まったらしく妙な声を上げたレヴィが、手を払いながらクトーを睨みつけてくる。
が、トゥス耳兜を付けた状態では非常に可愛らしいとしか思えない。
「何するのよ!?」
「軽率な真似をするな」
「え? だって矢印あるし、左は行き止まりじゃないの!」
噛み付くように、ビシッとレヴィを指差した先には確かに通路を塞ぐ壁があり、袋小路になっている。
クトーはチラッとそちらを見てから、カバン玉に触れた。
引き抜いたのは【風竜の長弓】だ。
ダンジョンアタックでのは【翼竜の短弓】という、風の属性を矢に込められるBランク装備を使うのだが、こちらは長弓と違って矢を消費するので、余計なことであまり使いたくない。
「見ていろ」
それなりに広い通路で弓を構えたクトーは、風の矢を作り出して壁を射抜いた。
実物の石壁があればそこで壁を穿って消滅するはずの風の矢が、ヒュン、と通り抜けて消える。
壁には傷ひとつない。
「あれ?」
「絵を浮かべる魔導具のようなものがあるんだろう。高位ダンジョンではよくあるフェイクだ」
「じゃ、あっちにも通路があるの?」
「こっちが正解なんだろうよ。右に進んだら、またトラップでも仕掛けられてんじゃね?」
ひょい、と先に進もうとするリュウに、クトーは弓を下ろしながら声をかけた。
「リュウ。ちょっと待て」
「あん? 何でだ?」
振り向いたリュウはすでに体を半分、壁の幻影に潜り込ませている。
「弓仕舞うならさっさと仕舞って来いよー」
言いながら壁の向こうに消えていくリュウに、クトーはため息を吐きながら手をかざした。
「防げ」
「って、またぁ!?」
レヴィが声をあげて身構えるのと同時に、炸裂音が響き渡る。
防護カーテンが威力を弱めた風が、クトーの外套やレヴィのポニーテールをなびかせた。
狭いところで炸裂したため、入口辺りでの爆風よりも幾分威力が高まっている。
「レヴィ」
「……何?」
静かにクトーが語りかけると、レヴィが顔をかばっていた腕を下ろしてこちらを見上げてきた。
「分かったか?」
「何が?」
スッとクトーが前を指差すと、しばらくして何かが破壊されるような、バキ! という音の後に、頬や手足に軽いかすり傷を負ったリュウが向こうから戻ってくる。
手に、何かを持っていた。
「なぜ先ほど分かってて行かせたのか、という問いの答えが、これだ」
リュウは、超回復によって手足の傷が見る間に修復していく。
そんな彼に冷たい目を向けたまま、クトーは鼻を鳴らした。
「ーーーこのバカは、止めても聞かんことが多い」
「ああ……うん……」
「お前、また騙しやがったな!?」
「人聞きの悪いことを言うな。声はかけただろうが」
クトーは弓を仕舞っていると怒鳴ってきたリュウに対して、眉根を寄せる。
「この地図上では、正面が正解の道だ。どうせ行き止まりだったんだろう?」
「そうだよクソ!」
矢印看板の後ろも壁だが、弓の先を軽く壁に添えるとするりと潜り込む。
ダブルトラップだったのだ。
「止めるならなんで肝心なことを先に言わねーんだよ! お前はいっつもいっつも!」
「どう考えても八つ当たりです、リュウさん……」
「その通りだ。少しは止まることを覚えろ突撃バカ」
こちらに近づいて、歯を食いしばって犬歯をむき出しにするリュウに、クトーだけでなくレヴィまでも苦言を呈する。
「誰がバカだこのムッツリ野郎! じゃ、てめーが前歩けや!」
「どうせ役割を決めても勝手に前に行くだろうが。お前から頑丈さを取ったら何も残らん。大人しくレヴィの反面教師になっていろ」
「ンだとぉ!?」
お互いに睨み合っていると、レヴィが間に割り込んで引き離す。
「ちょ、ちょっと落ち着いて! クトーはもう、なんでリュウさん相手だとそんなガキみたいな悪態つくのよ!?」
「む?」
ごく普段通りなのだが、何か違うだろうか。
首をかしげて、クトーはリュウを見る。
「何か違うか?」
「俺に聞いても知るかよ」
ケッ、と顔を背けるリュウだが、わりとどうでもいいので、クトーは改めて問いかけた。
「ところで、その手にあるものはなんだ?」
「あん? ああ、行き止まりのとこに宝箱があってな。どーせこれも罠だろと思って蹴り壊したら中から出てきた」
罠だと思ったら、本物の宝箱だったということなのだろう。
先ほどの爆発で死なない奴も珍しいだろうし、隠し部屋に宝があるのはよくある事だ。
「どんなものだ?」
「知らね」
ポンポン、とリュウが片手で放り投げてきた二つの黒いものを掴み取って、それを見た。
竜を模した、くの字型の何か。
だが、少し形が違う。
共通するのは、弩のような引き金が腹の部分にあり、翼に当たる撃鉄が小さく上部についている事。
だが、どちらも『弓』に当たる部分がない。
代わりに首のように伸びた筒と、先端には竜の頭を模した意匠。
筒の入口には呪玉のようなものがはめ込まれている。
尾にあたる部分からはナイフの刃に似たものが伸びていて、無色の小指の先程度の玉が6つずつ並んでいる。
同様に、引き金の少し上の左右に1つずつ、同様に少し大きめの球が埋め込まれていた。
先端の二つは無色だが、4つの玉の色は全て違い、赤と緑、黄と青という組み合わせだ。
少し違うのはその首と腹の部分で、片方には回転しそうな別の筒がはめ込まれていて首が少し細い。
もう片方は、太く真っ直ぐな首をしていた。
「……何だこれは」
魔導具だろうか。
引き金がついているということは、グリップして竜の頭側から何かを射出するように見えるが。
「あれ、これ銃?」
横から興味津々に覗き込んできたレヴィの言葉に、クトーはちらりと目を向けた。
「銃?」
「そう。なんか前に、変な人が話しかけてきて見せてくれたのに似てる。『やっと出来たんだ! カヤクが!』とか意味の分かんないこと言ってたけど」
「どういう使い方をするか分かるか?」
「さぁ……そっちはもっと筒の部分が長くて、球は嵌まってなかったよーな。でも、小さい鉄の塊みたいのを撃ち出すんだって言ってた」
やはり、弩と似たような武器なのか。
しかし話だけではよく分からないことも多かった。
「そいつの名前は?」
「デストロたちと旅してた時に、途中で会っただけだし……ば、バグ……バグ・ダン? うろ覚えだけど、なんかそんな感じの名前だったよーな」
「バグ・ダン」
爆発系魔導具の開祖、バク・B・ダンマと似た名前だが、偶然だろう。
かの偉大なる発明家が存在した時代から、すでに数百年以上経過している。
「試しに撃ってみたらいいじゃねぇか」
どうやらこれが武器らしいと言ったからだろう、リュウが目をキラキラと輝かせている。
この男は、目新しいものが大好きだ。
「だが、もし定量魔力消費型でなければ壊れる可能性があるぞ」
「どーせタダで手に入れたもんなんだからどーでもよくね?」
「……一理あるな」
「いやないわよ!?」
リュウの言葉に理を認めたクトーに、レヴィが慌てて口を挟む。
「どう見てもなんか高そうじゃない! 宝石埋まってるし!」
「呪玉だ。それに、一つ壊れてももう一つあるだろう」
クトーはその銃というらしいものを弩のように握ると、回る筒がはめ込まれたほうの小さな撃鉄を起こした。
カチリ、と回る筒が少しだけ動く。
同時に魔力が吸い上げられる気配がして、ナイフの刀身に埋め込まれた玉が赤と緑に交互に染まった。
定量魔力消費型のようだ。
「そういう問題じゃーーーー!」
レヴィが言い切る前に、クトーはリュウが爆発トラップを受けた壁に竜の頭を向けた。
「リュウ。念のため防御しろ」
「おう」
返事と同時に、引き金を引く。
反動と共に、撃鉄が落ちて竜の頭がくわえた球から炎の塊が射出された。
幻影の壁をすり抜けた炎球が、ズガン! という音と共に炸裂したようで、リュウの防壁の向こうで少々風が吹いて小さな石が跳ねる。
「ふむ」
衝撃が収まるのをまって、クトーは幻影の壁の向こうに慎重に頭を入れた。
中は、黒く煤けた壁と、発動を終えた魔法陣、そして壊された宝箱。
正面の行き止まりにある壁に、おそらくは炎球を受けて拳より大きなくぼみが出来ていた。
頭を引き抜いて手元の銃を見ると、ナイフの呪玉が一つ赤から無色に戻っている。
「どうやら、魔法銃とでも呼べるような代物らしいな。一度の魔力吸い上げで放てる魔法は6発。二つで計12発。引き金を引けば発動する。残量がこれで見えるようだ」
クトーは、自分の確認がてら口に出し、改めて銃を見つめた。
「撃ち尽くしたら再充填だろう。赤で炎ならば、緑は風、黄は雷、青は水か氷だな」
取り回しもよく、軽く横の壁にナイフを立ててみるが、乳白色の刀身はかなり鋭く硬質なようだった。
刃先が壁に傷を入れたのを見て、クトーは頷く。
「で、どうだ?」
おかしげにニヤニヤするリュウに、短く答えた。
「良い拾い物だ。この場では、短弓より使えるな」




