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おっさんは、何か面白いことを思いついたようです。


「明るいな」


 迷宮に入ってすぐに、クトーはそれに気づいた。

 

 このダンジョンには光源……ヒカリゴケや火を灯したロウソク立てなどがないにも関わらず、視界が鮮明なのだ。


「そういえばそうね」

「魔力の気配がするな」


 レヴィとリュウが口々に言うのに、クトーは壁に近づいた。


 石のタイルを組んだような壁面。

 だがその表面は滑らかに磨き上げられており、顔が映りそうなくらいの光沢を見せている。


 触ると、ひんやりとした感触を想像していたのだが、かすかに暖かかった。

 手触りは、見た目同様に引っかかりも凹凸もない。


「……どこかの光源を増幅して反射しているのか……? いや……」


 コートで影を作ろうとしたが、そもそも影が出来なかった。

 よく見ると、足元にも自分の影がない。


 クトーがしゃがみこんで床に改めて手のひらをかざすと、グローブの内側に光が照り返すのが見えた。


「なるほどな」

「何してるの?」


 不思議そうな顔で聞いてくるレヴィに、クトーは淡々と答えた。


「壁や床そのものが光っているんだ。服に隠れた部分以外に影が出来ないのはそのせいだな」


 触れた感覚が暖かいのはそのせいだろう。

 光は、基本的に熱を帯びるものだ。


 常時発光しているのなら、熱を帯びていてもおかしくない。


「……それがどうかしたの?」

「また妙なこと調べ始めたな。手短にしろよ?」


 レヴィの苛立たしげな口調と裏腹に、リュウはニヤニヤと腕を組んだ。


「ああ」


 壁そのものが発光するには、何か光を放つ性質があるもので出来ているか、あるいは光を生むなんらかの要因がある。

 リュウが言う通り微弱な魔力の気配があり、壁自体がヒカリゴケなどの性質を利用して加工したものなのかもしれない。


 クトーが考えに沈みながらさらに発光の意味を探っていると、リュウがレヴィに話しかけた。


「ちょっと待ってろよ、レヴィ。クトーがなんかに興味を持つと、面白ぇことになる可能性が高い」

「そうなんですか?」

「おう。一番最近だと、お前見つけてきたこととかな」

「ふぇ!? 私!?」

「そうだよ」


 リュウは、大げさに後退るレヴィに片目を閉じた。


「お前めちゃくちゃ面白ぇんだよ。最初、賭博場で会った時は、また妙ちきりんなの見つけてきたなーと思っただけだったけどよ」


 腕を組んだままピッと彼女を指差して、リュウが喉を鳴らした。


「クトーに物怖じしねぇし」

「う……でも今さら態度変えられないじゃないですか!」


 レヴィがクトーを【ドラゴンズ・レイド】の一員と知ったのは、リュウたちと合流した後のことだ。


「それでも、普通の奴は態度を変えるさ。しかも、メタクソになってもドラゴンに立ち向かうクソ根性もありゃ、機転利かせて俺に借金押し付けるずる賢さ、なのに捜査技術はそりゃもうヒデェ。あげくにゃ魔族に体を乗っ取られたのに自力で奪い返す」


 次々と列挙される自分のやらかした事に、レヴィの顔が青くなったり赤くなったりしている。


「えっと、その辺は夢中だったりとか……借金以外は……」

「で、小さかった時に俺にもケインの爺さんにも会ってる。爺さんもお前の事気に入ってたし、人脈の運も強ぇ。これだけ色々あんだぜ? 面白いじゃねぇかよ」


 自分のことだからか、あー、うー、と返事に四苦八苦するレヴィ。

 そこで、考え事を終えたクトーは二人に話しかけた。


「大体分かった。どんな魔族が作ればこんな風になるのかはイマイチ把握できないが、よく出来ている」

「おう。なんか使えそうだったか?」


 あっさりレヴィをからかうのをやめたリュウに、クトーは頷きかける。


「これは光石だな。それも、天地の気を利用したものだ。魔族が作ったものにしては、随分と魔術的な臭いが強いが」


 魔導具の性質に極めて酷似した建材なのだ。

 だが、人間や亜人種の間でも、まだ魔力同様の自由度で天地の気を利用する方法は開発されていない。


「ある種の永久機関だな。東洋のほうから伝わってきた書物に書いてあった、陰陽五行という考えに近い形で迷宮が作られているようだ」


 陰陽五行とは、天地の気を利用する方法を模索する思想だ。

 九属性や魔力を基礎とする魔法体系とは別の体系に属するが、その書物では天地の気は結局、現在は自由利用できないものとされていた。


 遥か昔にはそれを利用した結界術なども存在したようだが、失われた技術だ。

 もしかしたら、この場所は古代文明の産物なのかもしれなかった。


「もう少しじっくり調べてみたいところだな。基礎的な部分を解明すれば、もしかしたら光石の商業利用よりも有益な結果が得られるかもしれない」

「ああ、なんか前に言ってたな……それ、頓挫したんじゃなかったのか?」

「一時保留にしていただけだ。光石は、生産が追いつかない状況をどうにかしなければならん」

 

 国家予算の支出を抑えるという観点でいえば悪くない考えだったのだが、もっと根本的な問題として、魔術師側が得られる利益が薄すぎたのだ。


 需要がないから生産されていないだけで、光石が高価になるわけではない。

 まともな魔導具を作れない魔術師を集めるにしても、そうした者は卒業までに育成機関から除名されるのが常であり、足取りを追うのも一苦労。


 大概貴族なので、別に生計の道もある。

 わざわざ光石作りをする必要もないのだ。


 しかし光石を作るためだけの人材を育成し始めるにしても、実用化までに時間がかかる。


「育成機関所属の魔術師が、片手間にする小遣い稼ぎが精々だろう。供給の有効な手段には程遠い」


 現在、魔術師学校の総代に掛け合って、適する人材の選定や、あるいは実務演習という形で取り入れることで生産体制を確保できないか試行錯誤している。

 

 クトーは、コンコン、と石壁を叩いた。

 

「特に商売にしないのなら、これを一枚引っぺがして持って帰って材質を調べ、同時にこの地下迷宮の構造や地理からどうやって天地の気を利用しているかを解明する方が面白いかもしれん」


 金勘定は得意だし、無駄遣いは嫌いだが、金そのものにあまり興味はない。

 元々は、大通りの光源である油の代わりとして使えないかどうかを考えていたのだ。


 すでに王城を含む一角では一部実行に移させており、コスト面でも低減が確認され、また煙や臭みなどがないことなどを重宝する声も上がっている。


「あっはっはっは、天地の気の利用法の解明ってお前、自分が何言ってるか分かってるか?」

「どういう意味だ?」


 いきなり笑い出して、リュウが額に指を添えておかしげにニヤニヤとクトーを見る。

 何もおかしなことは言っていないはずなのだが。


「だから、お前が一番面白ぇんだよなー」

「私もよく分からないんですけど……」

「なぁ、レヴィ」


 リュウは笑うのをやめずに、パッと両手を広げた。


「天地の気ってのは、魔力になる前の力の流れのことだ。命の源、そのものっつってもいい」

「? はい」

「んじゃ、今まで個人でしか使えなかった……古代文明が滅んでから誰にもできなかった天地の気利用したモン本当に作れたら、それってヤベェくらいの功績だと思わねぇか?」

「あ……」


 軽く口を開くレヴィにリュウは片手の拳を握る。


「そうなったら、地位も名誉も思いのままだ。莫大な財産も手に入る。で、クトー」

「なんだ?」

「お前、それを何に使うつもりだ?」

「街の大通りの街灯だな。永久利用できるなら、コストが削減できる」


 な? とリュウがレヴィを見て、彼女は信じられないものを見るような目をこちらに向ける。

 

「街灯……そんな凄いものを作ろうとしてるのに、利用目的が街灯ってあなたバカじゃないの!?」

「む」


 バカ呼ばわりとは心外だ。

 どんな技術だろうと、所詮は目的達成のための手段でしかない。


 クトーはメガネのブリッジを押し上げて、レヴィに言い返した。


「だが、物を光らせるだけの技術だぞ?」

「で、ホアンから金取んのか?」

「手間賃だけだな。地位にも名誉にも特に興味はない」


 過ぎた金も同じで、ファフニールのように、それ目当ての相手が寄ってくるだけだろう。


「お前も一緒だろう?」


 もしそんなものが欲しいのであれば、【ドラゴンズ・レイド】というパーティーはすでに存在していない。

 リュウは、まぁな、と言いながら大きく肩をすくめる。


 それから、ポン、とレヴィの肩を叩いた。


「な? 面白ぇだろ?」

「……それを面白いの一言で済ませるリュウさんも、大概おかしいですけどね……」


 なぜか、レヴィは沈痛な顔をしてから、すぐに頭を振った。


「私、お金は欲しいけど……まぁ確かに、必要以上に持っててもしょうがないかも。重たいしね」


 まだカバン玉も自分のやつないし、というレヴィは、それでもまだ釈然としない顔をしていた。


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