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おっさんは、おっさんと少女に警戒を促す。

「あっはっはっはっは! スゲェ似合ってるぞ、レヴィ!」


 レヴィと食事を取った、2日後の朝。

 メリュジーヌの店の前に来たリュウが、レヴィが嫌そうに身につけた兜を見て大笑いした。


 薄曇りの日で、湿り気を帯びた空気はじっとりとしている。


「笑わないで下さいよ!!」


 レヴィが、頬を真っ赤に染めながら敬語で言い返した。

 からかわれても、リュウにはどうも強く出れないらしい。


「何でだよ? いいじゃねぇか。なぁクトー?」

「うむ、非常に可愛らしい」

「ジロジロ見ないでくれる!?」


 クトーが満足してその姿を眺めていると、怒るレヴィ。

 今日は彼女のランク以上のダンジョンに潜るので、特別にフル装備だった。

 

 トゥス顔カバンと毒牙のダガーは相変わらずだが、服装は落ち着いた色合いをした前合わせの服……青竜の闘衣を身につけている。


「着心地はどうだ?」

「……体が凄く軽いわね。それに大きいと思ったのに、着たら本当に体に合わせて縮んだわ」

「そうだろう」


 クトーが尋ねると、レヴィは服を不思議そうに撫でながら言った。

 Aランク装備には特殊な効果があるものが多いのだが、青竜の闘衣の特殊性はリュウの持つ勇者の装備に近い。


「って、リュウさんはその格好で迷宮に行くんですか?」

「おう」


 対するリュウは、普段と変わらない格好をしていた。

 頭に手布を巻き、ツナギの上着から腕を抜いて腰で巻いた人夫のような姿だ。


 クトーは、さすがに黒竜の外套なしで皮の装備は薄すぎるため、魔銀で作った胸あてをしている。

 今回は前衛にリュウがいるので、長弓を扱いやすいように片胸だけを覆うタイプのものだ。


 笑顔でレヴィに向かって親指を立てて、リュウは言葉を続けた。


「俺は適当な装備とか着れねーからな」

「何でですか?」

「壊れるから。脆いんだよなー」

「お前が規格外なんだ」


 クトーは、まるで装備の方が悪いとでも言いたげなリュウに、呆れて言い返した。


「壊れる?」


 きょとんとするレヴィに、クトーは説明した。


「女神の勇者であるリュウは、竜気を扱う」

「何それ?」

「簡単に言えば、本来なら高位竜だけが使うことのできる特殊な魔力だ」


 この竜気を纏うのは、いわば非常に頑健な鎧や、あるいは魔力結界を張るのと同様の効果がある。


「フライングワームが使っていた自己強化魔法の上位版とも呼べるな。その密度を高めれば高めるほど強固に、かつ素早く動けるようになる。攻撃そのものも、素手でAランク装備に対抗出来るほどにな」


 クトーの言葉に、レヴィが頬を引きつらせる。


「す、素手で……?」

「おう。代わりに、あんまり凝縮しすぎると装備の方が竜気に耐えきれねーんだよな。下手に使うと武器がひん曲がったり、竜気の圧力で防具が吹き飛んだりしちまう」


 あっはっは、と笑うリュウだが、笑い事ではない。

 クトーは目を細めて、能天気な幼なじみを睨みつけた。


「俺が力任せ以外の戦い方を覚えろと言ったのに、お前が散々無視したんだろうが」

「はん。ちまちますんのは性に合わねーってのを、俺も散々言ってんだろ」

「そのワガママのせいで、被害が大きくなるんだろうが。すぐに熱くなって加減を忘れる」


 おかげで、リュウに渡せる依頼は街中での大規模な戦闘が発生しないだろうものに限られるので、スケジュールを組む時に少し手間が増えるのだ。


「力ばかり大きい無能め」

「お前にだけは言われたくねーよ! 魔力制御出来ねーくせによ!!」

「……どっちもどっち……」

「俺のは不可抗力だ」


 クトー自身は制御できないのではなく、制御しても威力が大きくなり過ぎるのだ。

 力を抑える努力もしないリュウと同じにされてはたまったものではない。

 

「うん。俺は金がかからねーが、お前はかかる。その一点だけ見ても俺の勝ちだ!」

「ふざけるなよ野蛮人が。お前が吹き飛ばしたものの賠償額よりは俺の装備のほうが安い」

「なんか言ったか唐変木。てめぇの賠償額も計算に入れろや」

「もういいから中入らない……? やっぱりどっちもどっちだし……」


 レヴィに疲れた顔で促され、釈然としないながらもクトーは口をつぐんだ。

 メリュジーヌの店に入ると普段通りの彼女に挨拶をする。


「ピアシング・ニードルはもう少し待ちな。まだ束で渡せるほどじゃない」

「構わない。急いでくれているんだろう? それに今日はリュウがいる」

「クトーと2人で迷宮か。マジでどんくらいぶりだろうな」


 んー、と大きく背筋を伸ばしながら、リュウが言う。


 まるで緊張感が感じられないあくびに、流石に注意した。


「もう少し真面目にしたらどうだ」

「あん? 俺とお前がいて、なんか心配することあんのかよ? 真竜の偃月刀も渡したしな」

「そういう問題ではない」


 たしかに偃月刀はすでに自分のカバン玉に入っていて、リュウと二人なら大概のことはどうにかなるのも事実だ。

 しかし、地下迷宮で、使わなければならないような事態に陥る方が問題がある。


 油断は、常に危機を呼ぶものだ。


「相変わらずだねぇ。騒々しいからさっさと行きな」

「ああ。失礼する」


 3人で転送魔法陣の部屋に入って転移する。

 地下迷宮に入って少し進むうちに、レヴィが再び口を開いた。


「リュウさん」

「おう」

「その竜気っていうやつで、勇者の装備は壊れないんですか?」


 レヴィの質問に、リュウは二束三文の剣を適当にカバン玉から引き抜きながら、ニカッと笑った。


「そもそも、竜気を吸い込んでいっしょに強くなる装備が、勇者の装備って呼ばれてたんだよ」

「というか今も身につけているぞ」

「え?」


 クトーが口を挟むと、レヴィが目をぱちくりとさせた。


「見せていいのか?」

「ああ」


 リュウが、悪戯小僧のような笑顔でパチンと指を鳴らすと、彼の服が一瞬で変化した。


 黒と赤を基調とした、軽装鎧のような鎧にツナギの姿が変わって全身を覆い、頭のタオルが竜の頭を模した兜に。

 そして、背中に身長以上の大剣……真竜の偃月刀と同じ大きさの呪玉が鍔の位置にはめ込まれた【真竜の大剣】が空中から染み出すように現れる。


「え? ツナギが!?」

「そうだよ。お前の着てる青竜の闘衣と似たようなもんだ」


 すぐに装備を元の姿に戻して、リュウが両手を広げた。

 

「ま、最近大剣とかほとんど使わねーけどな」

「本気で振るったら山が割れるようなものを、そうそう使われてたまるか」

「山……なんかもう、改めて会話がおかしい……剣で山……」

「それでも魔王の相手はやばかったけどなー」


 肩を落として虚ろな目をするレヴィと、からからと笑うリュウを放っておいて、クトーは地下迷宮の地図を取り出して眺めた。


「ここから先が、分かれ道だな。この先に扉があるようだ」


 普段ならまっすぐ向かう十字路の横道を指差して、クトーは2人を促した。


「そこに入ると、地下の方へ向かう道に続いているらしい」

「迷う、とかいうのはどうするんだ?」

「これを使う。覚えてるか?」


 取り出したのは、中に一筋の光が伸びる黒い宝玉だった。

 

 【玄武の球】と呼ばれるアイテムで、同じような性質を持っていた北の山脈の周辺、迷い森を踏破する時に使ったものだ。

 通常の方位磁石は狂うが、これは常に中の光が南北に伸びる代物で、ティアムの作り出した神器の一種だと言われている。


 地図と照らし、慎重に方位を刻みながら進むのだ。


「懐かしいな。ってかまだ持ってたのか」

「売るようなものでもないだろう」


 クトーはリュウの発言に呆れた。

 値段もつけられないような類の品だ。

 

 扉の前に着くと、周囲の雰囲気が変わった。

 光苔の姿が消え始め、扉の前だけ足元が石畳に変わっている。


 扉の大きさは、一番背の高いリュウが上に手を伸ばして上端に届く程度だ。

 広大な迷宮の入り口にしては、こぢんまりとした扉である。


 意匠だけは禍々しく、何者ともしれない魔物の姿が描かれている。


「レヴィ」

「何?」


 扉の前で声をかけると、レヴィがダガーを引き抜きながら答える。


「お前が後衛だ」

「え? なんで?」

「あのな」

 

 まるでただ出かけただけ、のようにリュウとレヴィに緊張感がない。


「この迷宮は、おそらくCランク以上の魔物が生息している場所だ。場所が整っているのも人が手を入れたからではなく、魔族の影響によって作り出されているからだ」


 高位魔族が長く住む場所は、魔力によってその魔物が生息しやすい空間として作り直されて行く。

 ダンジョンや魔物の森、天空に浮かぶ島や海中にある大都市など、その種類は千差万別とも言えるのだ。


「お前のランクは」

「Dだけど。戦闘になるんでしょ?」

「未知の場所、ランク以上の空間。危険度が度を超えている」

「心配し過ぎよ」


 レヴィが不満そうな顔でそう口にするのに、クトーは大きくため息を吐き、リュウは楽しそうに彼女の肩を叩く。


「相変わらずいい自信だな! やらせてやったらいいんじゃねーか?」

「だってパーティーの前に立つのがスカウトの仕事でしょ? それに私、サポートとか苦手だし」

「ダメだ」


 戦いと聞けば自信満々になるのは、何度痛い目を見ても変わらないようだ。

 だいたい今日は、装備によって力が底上げされてはいるが、トゥスもいない。


「前衛ならリュウがいる。せめて遊撃に回れ。投擲ナイフのストックは十分あるはずだ」

「むー……」


 不承不承、という顔で、レヴィが頷いた。

 聞き分けは多少良くなったようだ。


「そんな過保護にされたら、ちっとも強くなれないじゃない……」


 それでもブツブツと文句を言う彼女に、クトーは現実をわからせることにした。


「リュウ。扉を開けろ」

「おう」


 ぷらぷらと扉の前に進み出て、リュウが何の警戒もなく扉を開ける。



 ーーーその瞬間、扉の奥から一斉に炎の矢が飛来して、リュウに突き刺さって爆煙が巻き上がった。


「防げ」


 クトーは加護の腕輪の効果を発動し、防護カーテンでその余波を遮断する。


「り、リュウさん!?」


 レヴィが声を上げるが、爆煙が収まった後に元の姿勢のまま立ち尽くす、無傷のリュウがいた。


「このように、ダンジョンには開幕トラップというものがある」


 クトーは淡々とレヴィに説明した。

 リュウが、多少煤を被った姿でプルプルと肩を震わせ始める。


「あそこのバカのように、魔力装置の気配すら考えずに無警戒に扉を開けるような愚行を、しないと言えるか?」

「……」


 レヴィは、無言のまま頬に一筋汗を伝わせた。


「もし前に行かせて、こういう事が起こった場合。お前なら黒焦げだ」

「俺でも熱いんだから分かってたんなら言えやぁあああああああ!!!!」


 リュウが振り向いて怒鳴りつけてくるのに、クトーは軽く鼻を鳴らした。


「バカかお前は。初歩の初歩だろうが」

「俺じゃなきゃ死んでるよーなトラップなんだろうが!?」

「お前だから行かせたんだろう。何を訳のわからないことを言ってるんだ?」


 クトーは、肩をすくめて歩き出すと、リュウに向かって手を振った。

 いくら高位ダンジョンのトラップとはいえ、入口付近でリュウが死ぬほどのものはない。


 高位魔族の影響が薄いのが、外縁だからだ。

 

「緊張感がないようだから、罰だ。この先は少しは考えて行動しろ。で、さっさと行け。道は指示する」

「この野郎……」


 呻くリュウに、レヴィは申し訳なさそうに口にする。


「ごめんなさい、リュウさん。なんか今回はクトーが正しい気がする……」

「わざとトラップ食らわせるような奴が!?」

「それは思うけど、まぁ、リュウさんだし……」


 だんだん、レヴィもものの考え方が分かってきたようだ。

 そう思いながら、クトーは改めて地図に目を落とした。


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