おっさんの行動に、少女は不満があるようです。
「ちょっとクトぉおおおおおおおおおおおッ!?」
バァン、と自宅のドアを開けて、レヴィがクトーの元へ怒鳴り込んできた。
「騒々しいぞ」
自宅でちょうど夕食の支度を終えたところだったので、レヴィに対して不快感を覚える。
眉根を寄せて、彼女に対して注意を口にした。
「人をいきなり怒鳴りつけるような行為は、正しい振る舞いではない」
「正しい振る舞いですってぇ!? そんなの、あなたが言えたことじゃないでしょうがああああああッ!」
「何をそんなに猛っている?」
理由が分からないまま、クトーは首をかしげた。
メガネのチェーンが、動きに合わせてシャラリと鳴る。
「ただでさえ暑いのだから、少し頭を冷やせ。のぼせるぞ」
「そのクッソ暑そうな格好でそれ言う!?」
「む」
クトーは、仕事終わりに湯屋に寄り、そのまま着ぐるみ毛布に着替えていた。
普段はあまり外では着ないのだが、黒竜の外套がなくなったので、他に外気を遮断する着衣がなかったのだ。
「中は氷の魔導具で冷やしている。非常に快適だ」
「見た目の話をしてんのよ見た目のぉおおおおおおおおお!」
レヴィは汗だくだ。
ズカズカと詰め寄ってくるレヴィに、クトーはカバン玉から手布を出して、彼女に手を伸ばした。
「コレも冷やしてあるぞ」
額に浮かんだ汗をぬぐってやると、ほぅ、とレヴィの表情が緩む。
「あ、気持ちい……じゃないわよっ!」
和らいだ表情を可愛らしいと思っている間に、レヴィに手を払われた。
が、きっちりと手布は奪われている。
「危ないだろう」
クトーは手に持っていた大皿を傾けないように気をつけながら、コトリとテーブルに置いた。
今日の食事は、パスタだ。
暑いのでさっぱりとしたものを食べたいと思い、冷やしたパスタにトマトと大葉をあえたものを用意した。
艶めくトマトの赤色と、大葉の青色が目にも優しく、それぞれに放つ独特の香りが鼻腔をくすぐる素晴らしいものだ。
しかしレヴィは、会心の出来であるパスタには目もくれず、真っ赤になった顔でビシッと手元の皮袋を指差した。
「ちょっとクトー、あなたねぇ……」
「水も飲むか?」
「聞きなさいよぉ!」
「しかしそれだけ汗を掻いているのなら、水分は必要だろう」
自分の首をタオルで拭いながら口を開きかけたレヴィを制して、クトーはコレも冷やしてある水差しからコップに中身を注いで手渡した。
「飲め」
「ああもう!」
ひったくるようにコップを手に取ったレヴィが、それを一気に煽る。
ゴキュゴキュと喉を鳴らす彼女の形の良いアゴを、こぼれた水が褐色の肌を伝う。
行儀が悪い。
「ぷはぁ!」
首にかけた手布でこぼれた水を拭ったレヴィにため息を吐きながら、クトーは問いかけた。
「それで、何の用だ」
「コレよ!」
レヴィは、改めて布袋をクトーに突きつけてきた。
「それは?」
「私が発注してた、軽量の兜!」
「ああ」
そういえば、今日『出来上がった』と連絡があり、レヴィに伝えていた。
早速取りに行ったらしい。
「それが?」
「それがじゃないわよぉおおおお!!! 何よこれぇええええ!!!」
レヴィが布から取り出したのは、白い兜だった。
額当てや鉢金に近いそれは、頬と頭の部分を覆うもので、幅広の止め紐の部分にも金具が打ってある他に、カチューシャのように頭に刺す部分がある。
耳あてもついており、十分な防御力も備えている。
レヴィのポニーテールをそのままに、頭の保護も出来る代物だ。
「何か問題があるか?」
クトーは首をかしげた。
レヴィが欲しいと言っていた機能は要望通りに備えているし、軽量金属で出来たそれは彼女自身が選んだものでもある。
「大ありでしょうがああああああああッ! この形も!! それに色も!!!」
レヴィが特に言及しなかったデザインに関しては、クトーが注文先と相談の上で決めていた。
白くしたのは、彼女の肌に映えると思ったからだが。
「ふむ」
クトーはアゴを指ではさむ。
レヴィが指差したのは、カチューシャの部分。
ーーーそこに、トゥスの耳を模した飾りが備わっていた。
「多少金は上乗せしたが、いい出来だな」
「……言いたいことは、それだけかぁああああああああああああッ!」
ぶちん、とレヴィの頭から音が聞こえそうな顔で言い、彼女がしなやかな上段蹴りを放ってくる。
アゴを狙ったそれを、軽く体をそらして避けた。
「いきなり何をする?」
「こっちのセリフでしょうがああああああああああッ! 何してくれちゃってるのよぉ!?」
「……非常に可愛らしく仕上がったと思うが、一体何が不満なんだ?」
クトーは、本気で意味が分からずにますます首をかしげた。
「何もかもよぉおおおおおおおおッ! 可愛い必要ないでしょうがぁああああ!」
「実用性があるなら、可愛い方がいいに決まっているだろう」
何を意味の分からないことを言っているのか。
なぜか絶句するレヴィを前に、クトーは少し考えて、理由に思い至る。
「ああ、安心しろ。加工料はお前にツケていない。俺の金から出した」
「聞いてないわよそんな事! 当たり前でしょッ!?」
「むぅ……」
どうも、怒っている理由は違うらしい。
可愛らしい容姿をしていて、確実に似合うのになぜこんなにも頑なに拒否するのか。
「返品よ返品! まともなの寄越しなさいよッ!」
「それは出来ない」
「何でよ!? 依頼主が不満があるって言ってるのよ!?」
「実用面での問題がないのに、職人が丹精込めたものを返品など出来るわけがないだろう。大体、返品しても手間賃分だけ損をする」
「あなたが出しなさいよぉおおおおおおッ! 勝・手・に・加工したんでしょ!?」
ぜー、ぜー、と肩で息をするレヴィだが、クトーはテーブルのパスタが気になっていた。
せっかく冷やしたのに、ぬるくなってしまう。
出来れば手短に済ませたいところだが、と思いながら、口を開いた。
「どうあっても身につけるつもりがないんだな?」
「ずっとそう言ってるでしょ!?」
クトーは、軽く目を細めた。
レヴィの不満と職人からの信頼を秤にかけた場合、彼女を説得する方が利益は大きい。
となれば、方法は一つ。
餌で釣るのだ。
「では、ダンジョンアタックの講義は先にしよう」
「は?」
クトーが告げると、レヴィがぽかんと口を開けた。
「どういうこと?」
「実は、ホアンから一つ提案があってな」
失われた、自分の装備に関する話だ。
クトーはカバン玉から束になった紙を取り出して、レヴィに掲げた。
「何これ? 地図?」
「ああ。会議の際に通った、地下迷宮を覚えているか?」
「さすがにそんな最近のことは忘れないわよ」
「あの地下迷宮には、宝物が置かれているらしくてな」
呼び出しを受けて宰相のタイハクから聞いた話によると、あの地下迷宮はどうも建国時に初代の王が退治した強大な魔物の住処だったらしい。
「そこに住まう魔物を退治した後、初代の王が魔物素材を加工した宝具を奥深くに安置した、という記述が古文書の中に書かれていたようだ」
「……なんでわざわざ?」
「そこまでは知らん。だが、あの規模の地下迷宮を作り上げる魔物であること、そして記述に照らすと、Sランク相当の力を持っていたようだ」
建国神話と区別がつかないので、誇張されている可能性もあるのだが。
「また、地下迷宮の地図らしきものも同時に見つかった」
書類はその地図の写しだ。
ところどころ不明瞭な点はあるものの、入口から地下の宝物がある部分までの道筋が階層ごとに描かれている。
「恐らくは、魔獣系ではなく食物を必要としない死霊や屍体系、あるいは温泉街で相手をしたスタンダウト・シャドウのような幻影系の魔物が住んでいるだろう」
強さも、それなりだ。
死霊系の魔物は、瘴気によって複合した負の魂の集合体など。
屍体系は、ゾンビやスケルトンなど。
幻影系は、影のような魔物や、あるいは霧のような姿の魔物がそれに相当する。
「リュウと相談して、妨害がなければ一日で踏破できるという結論を得た」
方向感覚を狂わせる迷宮なので、その対策は必要だが。
クトーの説明に、レヴィが顔をしかめる。
「で、それが、私の兜とどんな関係があるのよ?」
「もし潜った先の魔物が手に負える程度の存在ならば、そのまま一気に攻略して宝物を手に入れるつもりだ」
得たものは自由にしていい、とホアンは言っていたらしい。
自分には必要ないそれが、魔王の脅威に対抗できる可能性になるのなら、と。
「道中で得た物も、俺たちの戦利品に出来る。中には有用な物があるかもしれん」
そこでようやく、クトーは本題を口にした。
「だから、お前にも分け前と講義がてらついて来させて経験を積ませようと思ったのだが」
「だが……?」
レヴィが、もの凄く嫌そうな顔をして、じり、と後じさった。
「それを付けないのなら、同行は無しだ」
「言うと思った! 何でよ!?」
「危険だからに決まっているだろう」
クトーは、ヒョイ、とレヴィの手からトゥス耳型の兜を取り上げて、顔の横に置いた。
「いいか。この装備は防御力そのものはBランク相当だが、俺が持っていた素材の中では軽量であり、お前に支払わせた素材代もかなり安くした」
「う……」
レヴィが装備を整えたいと言ったので、元々使い道もなく余らせていた素材をクトーが提供したのだ。
魔王がどういう手を打ってくるか分からない以上、レヴィの装備も整えなければ近くにいて危ういかもしれない。
青竜の闘衣を貸与し、この兜を身につければ防御力は格段に増す上に、動きも今まで以上に軽くなるだろう。
「新しく同じ程度の装備を作らせている時間はない。ダンジョンアタックはちょうど明後日が俺の休みなこともあり、すぐに向かう」
危険であれば戻るが、そこまでではないだろうという読みがあった。
地下迷宮と王宮を繋ぐ道は聖なる加護で守られており、今まで魔物に遭遇したことがない。
つまり生息しているのは、その加護をくぐり抜けるほどの力がない魔物だと考えられる。
「それでも、装備のランクが低いままのお前を連れてはいけない。危機管理よりも個人の嗜好が大事なら、仕方のない話だろう?」
「だ、誰もそんな事言ってないでしょ!?」
焦ったレヴィの声に、クトーは即座に切り込んだ。
「では、この兜を身につけるか? その日だけでも、だ」
「……っ!」
レヴィは、苦悩するように兜とクトーの顔を見比べた。
「そ、それをつければ、連れて行ってくれるのね!?」
「ああ」
「も、もしそれで気に入らなかったら、クトーが買い取りなさいよ!? 使ったものは、返品できないでしょ!?」
「いいだろう。だが、中古品の下取り手数料はお前が支払え。そしてもう一つ、これが有用だと感じればそのまま使え。嘘の申告は許さん」
「い、いいわよ! そんなゴテゴテしたものが、使い勝手いいわけないし!」
ふん、とない胸を張るレヴィに、クトーは薄く微笑んだ。
「では、食事にしよう。せっかく来たんだから食べていけ」
「え? いいの?」
「ああ」
大皿に盛ったパスタは、二人で分けてもそれなりに腹の膨れる量だ。
レヴィが拒否しなかったので、クトーは台所に取り分け用の皿を改めて取りに行く。
どうしても成功させたかった説得が功を奏して、クトーは満足していた。
この装備に関する話も迷宮に関する話にも、一切の嘘はない。
だがこのトゥス耳兜を彼女に付けさせる、クトーにとって最大の利益は。
ーーーこれを身につけたレヴィが、間違いなく可愛らしい、という一点だった。




