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おっさんは、全員の役割を決めたようです。


「今回の件に関しては、目的が二つある」


 クトーは、集まったメンツに対して、指を二本立てた。


「一つは魔王に妨害させずに、会談を無事に終えること。そして興行を成功させて利益を得ることだ」

「それが最高の状況よね」


 ユグドリアが言い、クトーは腕を下ろしながらうなずいた。


「ああ。これを達成出来るのならやり方は問わない。そのために誰がどの範囲を主に受け持つかは、大まかに決めておく。情報は全て共有するが、判断は基本的に担当者が行う」


 それがクトー自身が中心となる時の基本のやり方だった。


 トップダウン、と呼ばれる軍隊のような命令系統ではなく、ボトムアップと呼ばれる、それぞれの上げてくる成果や意見を纏める方向だ。

 【ドラゴンズ・レイド】もスケジュールそのものはクトーが割り当てるが、やり方は問題がない限りそれぞれに好きなようにやらせていた。


 有効な方法を考えてきたり、何かの成果を上げてきた時は、それを全体集会で披露して共有する。

 しかし今回の件については、もう少しやり方を詰めなければならない。


「まず、警備計画。これは以前に言った通り、ユグドリア女史の担当だ」

「ええ」

「今日は忙しくて来れないという連絡があったが、主に王国軍の総大将と密に連絡を取ってもらうことになる。主体となるのはあくまでも女史だが、国防を担う相手の意見は無視できない」

「それはもちろん」

「女史に立てて欲しい計画は、当日の警備計画の他に、事前のスラムや中流層での調査計画。そして会談を行う際に出入りする貴族や世話係の身辺調査だ」


 国防の要である将軍と、国王近衛隊長。

 彼らには、国賓や国王の安全を守る義務がある。


 そしてここまでは、割り当ての範囲内。

 ここからがそれぞれの協力度によって、チームとして得られる利益が変わる部分になる。


「ギルド側で、効率的で大規模な情報共有方法があれば、それを全員に公開して欲しい」


 クトーが言うと、全員の視線がユグドリアに集中した。

 本来、情報収集の手段というのは、組織の生命線でもある。


 クトーはギルドの内情を知っているが、機密とされているような部分をニブルの許可なく公開するつもりはなかった。

 ましてこの場にいるファフニールは、ギルドにとってある種の商売敵でもある。


「それは、命令ではないのよね?」

「俺は命令する立場ではない。あくまでも、纏めとしてここにいる」

「ギルドのやり方全てを公開するわけにはいかないし、提供もニブルの許可がないとね。それに、仮に知ったところで使えなければ意味がないし……」


 おそらくユグドリアは全権をニブルから委任されているだろうが、微笑みに内心を隠したまま部屋を見回した。


「そうね。大勢での早期伝達・情報共有の方法に関して。提供できる手段をニブルと相談してみるわ」

「助かる」


 ユグドリアが提供するのは、おそらく【思念の宝珠】と呼ばれるアイテムを使った連絡手段だろう。

 このアイテムは特殊な素材で出来ている上に、並大抵の魔導具作りの腕では真似できない、結界魔法と風の魔法を複合させたような機能を持つ精密で高価なものだ。


 風の宝珠の上位互換とも呼べる、一度に複数の、どれだけ離れた相手とでも思念でのやり取りが可能になる。


 使用条件が厳しいが、今回のような規模の案件なら特に気にする意味もなかった。


「頼む。事前に聞いておきたいことは何かあるか?」

「そうね。警備人員の確保はどの程度可能なのかしら?」

「案に沿って、必要な人員を集める。三交代で回すとして、街中へ割く人員は将軍との相談の上で動かせるだろう」


 全軍、ではない。


 この案件は元々、国賓を迎える会談だ。

 対魔王という側面がなければ、総大将が国賓護衛の全権を握っただろう案件なのだ。


 完全に主導権を握れないため、意思統一という面では難しくなる。

 が、ユグドリアであれば上手くやるはずだ。


「それにプラスして、ギルドからの応援を出し、足りなければ人を募るのね」

「ああ。会談を行う建物は決定次第間取りを入手し、どこに誰を置くかという希望は事前に打ち合わせる。うちの人員も使うからな」


 【ドラゴンズ・レイド】の面々はそれぞれが一騎当千であり、国で五指に入る腕前を持つ相手でも相性次第で一蹴できる。

 奴らを要所に上手く配することで、警備はより強固になるだろう。


「王都内への大まかな警備の配置は、国賓の移動ルートをどの程度国側が公開してくれるかが分からない段階では決めかねる。全てのルートを外部の人間が知れば襲撃計画が立てやすくなる」


 最悪、こちらにすら情報を明かしたくないという結論になれば、信頼できる人間を選定し、王都の各ブロックに分けて総大将に預けることになるだろう。


「それ以外の部分については、興行の内容次第だな」

「分かったわ」


 ユグドリアがニッコリとうなずき、クトーは他に言っておくべきことがあるかを考えた。

 情報収集について、は、王国側を気にせずにやれる。


「情報収集については、事前に王都内各支部を設置する段階まではこの場の上位陣で組み、あとは現場に任せて情報を吸い上げる。人員の確保に関しては大半は国側にやってもらうが、Aランク以上の冒険者はなるべく確保してくれ」

「期限は?」

「なるべく早くだ」


 Aランク以上で確保可能な冒険者であっても、この王都に来るまでに時間がかかる人物もいるだろう。

 その辺りは、緊急依頼でノウハウを貯めてあるギルド側に任せる方が効率がいい。


 クトーは杖をカツン、と鳴らして、次の人物に目を向けた。


「ナイル」

「はい」

「お前には、興行の総括を俺と共に行ってもらう。周知のための広告や、希望する商人の参加表明やそれに伴う競合の取りまとめの他、特に力を入れて欲しいのは祭りに来る者たちの輸送ルートの増強に関してだ」

「輸送ルートの増強……」


 一瞬、考えるような表情を見せたナイルは、子どもの頃にはなかった鋭さを秘めた目をしていた。

 手を腹の前で合わせて直立不動の姿勢で佇む様子は、有能なメイドのようだ。


「通常の移送手段だけでは不足する、というお考えですか?」

「人の移動は金になる」


 その程度のことは、輸出入業を生業なりわいとするナイルには分かりきったことだろうが、きちんと口にしておく。


 商団は、金を払って護衛を雇う。

 冒険者や乗合馬車の御者から見れば、その商談側、つまり運ぶ人間が金になる荷物なのだ。


 その荷物は、目的地に持っていくだけで金になる他に、道中の街や宿にも金を落としていく。


「通常よりも多くの人々が移動することで、いつもより街道が混雑すれば危険も増す。街道を歩く者と、輸送手段を使う者をなるべく分けたい」


 ナイルは数秒間、ジッと宙を眺めてからクトーに目を向けた。


「理解しました。混雑を避ける目的の他に、輸送手段の予約によって王都入りする人数を把握できれば、利益の最低ラインも算出できますね」

「そうだな」


 流石に、金勘定に関しては頭の回転が早い。

 事務面で有能な人材が揃うことは、クトーにとっても喜ばしいことだった。


 なによりも、話が早い。


「できる限り、ドラゴンや怪鳥系統の魔物に騎乗出来る者を多く集めろ。緊急時の空輸手段としても使えるし、資材確保も楽になる」

「資材、というのは興行の設備に関してでしょうか?」

「それ以外にも、宿泊所の増設が必要になる可能性が高い」


 一時的とはいえ王都を訪れる者が爆発的に増えれば、当然ながら現状の宿はパンクする。


 野外で雑魚寝されてしまえば治安面でも問題がある。

 ある程度の準備は進めるが、道中護衛を任された冒険者も、祭りがあると知れば王都に泊まる者も増えるだろう。


 人員の流入を規制することも視野に入れなければいけないが、その結果王都の壁外に居住する者が増えるのは好ましくない。


「流動的な人の動きや規模に合わせた調整には即断が求められる。今告げた全てを、俺と共にこなせるか?」

「お任せくださいませ」


 ナイルは即座に返事をして、優雅に頭を下げた。

 話がひと段落したタイミングで、ファフニールが自信満々に口を挟んでくる。


「ハッ、オレの娘だぜ? 引き受けた以上、出来ねーとか言わせるかよ。もし万一にでもミスったら、容赦なく行けや」

「ああ。お前が下手を打ったことを指摘して取り分を減らしてやったように、ナイルに対しても応じれば良いんだろう?」

「……出来たら金以外の部分にならねーか? なぁ?」


 一瞬で渋面になったファフニールに、クトーは薄く笑った。


「お前には一番効果的だろう? そもそも、下についた人間のヘマは上役の責任だ。……が、過剰に期待はしない。限界を超えそうであれば早急に言え、ナイル」

「そう致します」

 

 最後にクトーは、こちらに目も向けないまま黙り込んでいる白髪赤目の男に目を向けた。


「……フヴェル」

「なんだ、ムッツリ野郎」

「お前は、それらの統括を俺と共に行う副官になれ」


 今回は、本来ならクトー自身がニブルやファフニール、ホアンの補佐に当たる立場だった。

 だが、魔王が絡んでいることが発覚した以上、問題が起こった際に悠長な意思確認をしている暇はない。


「この一連の件に関して、俺は優先権を国、ギルド、ファフニールに主張し、約束させた」


 余計な口を出さない以外に、対魔王においてはこちらの判断を優先する、という条件を加えたのだ。


 それぞれの利益と、会談までの安全を確保する限りにおいて。

 クトー、そして【ドラゴンズ・レイド】は3勢力の意思確認なしで行動し、計画を指示・実行出来る。


 対魔王戦においては何よりも迅速性が求められることを、あの脅威を経験している者は皆知っている。


「前回は直接戦闘。今回は情報戦だ。本当にやるか?」

「愚問だな、ムッツリ野郎」


 フヴェルはクトーに対して、嘲りを含む自信に満ちた笑みを浮かべた。


「あの魔物どもの親玉は、我の仲間を殺した。その恨み、未だ忘れていない」


 その言葉に、クトーは、フヴェルがいつにも増して不機嫌だった理由をようやく悟った。

 ユグドリアがこちらの顔に目を向けてから、軽く唇を引き結ぶ。


「フヴェル?」

「いや、いい。ユグドリア」


 クトーは、何かを言いかけた彼女を制して、フヴェルの目を見返した。

 

 魔王に仲間を殺された、というのは、魔王城へ向かうための第三の鍵を手に入れたダンジョンでの出来事だ。

 フヴェルやユグドリアの仲間は、そこで魔力炉の暴走を止めるために命を散らした。


 彼自身は、その恨みを抱いて魔王城での最終戦闘にニブル、ユグドリアと共に参戦した。

 【ドラゴンズ・レイド】が一人も欠けずに魔王の前にたどり着いたのは、彼らが途中で敵を引き受けてくれたからだ。


『必ず、親玉を殺せ! 竜の勇者、そしてムッツリ野郎!』


 魔物の猛攻を抑えるために、自分が直接、魔王の元にたどり着くことを諦めた彼は、自分たちにそう告げたのだ。

 そして、今の言葉。


 フヴェルは、必ず殺せという願いを託され、その約束を破ったクトーに怒っていたのだ。


「すまない。……お前に対して、約束を破っていたことを詫びるのが、最初だったな」


 フヴェルは、そんなクトーに舌打ちして立ち上がった。


「そういう鈍いところが気に食わんのだ」

 

 フヴェルは、再びクトーに歩み寄ってきた。


「気づいたからといって、ただ素直に謝れば我が許すと思っているわけではないだろう?」

「ああ。ーーー今度こそ、殺す」


 うなずいたクトーに対して赤い目を鋭く細めながら、フヴェルは拳を差し出す。


「いいだろう。次に誓約を破れば、今度は我が貴様を殺す」

「好きにしろ」


 彼と拳を軽く打ち合わせたクトーは、最後にファフニールに目を向けた。


「お前は、以前に言った通りだ。貴族連筆頭のジョカ家、ニブルと共に、自分の役割をこなしながら北の情報を探って逐一こちらに送れ。あそこの動きや狙いが読めれば、対策が打ち易くなる」

「分かってるよ」


 ファフニールは、ひらひらと手を振りながら、ニヤリと笑みを浮かべた。

 どれほどへこませようとしても懲りないのがこの男の持ち味だ。


 そして、金の恨みが深いのも。


「オレはオレ自身の利益を守るためなら、あのカマ野郎や慇懃無礼とも笑顔でハグして、仲良しこよししてやるよ」

「口にした以上は本当にそうしてくれ」

「言葉のアヤだよ」

「商人は信用が命だろう? 仲違いはするな」


 どうせ何かあれば独自に動き始めるのがこの男だ。

 そのための代理ナイルなのだろう。


 できるだけ、協力を期待したり動きを計算に入れないように動かなければならない。


 基本的な方針だけを確認して、結局その場は解散になった。

 

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