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おっさんは、祭りの主要メンバーと顔合わせをする。


「よう、来たなクトー」


 案内されたギルドの貸し会議室に入ると、ファフニールが声をかけてきた。

 シンプルな板張りの部屋を見回すと、他にユグドリア、そして見知らぬ女性と顔見知りの男がいる。


「……意外だな」


 男の顔を見たクトーは、思わず首をかしげた。

 ユグドリアが持ってきそうな人材の中で、一番この場に来そうにない男だったからだ。


「フヴェル。ーーーお前が、要請に応じるとは思わなかった」


 クトーの言葉に、顔見知りの男は舌打ちでもしそうな顔で答えた。


「国家規模の興行(こうぎょう)の補佐と言われて来たが。……まさか担当は貴様か、ムッツリ野郎」

「そうだ」


 壁にもたれたその男は、真っ白な髪をした白い礼服の男だった。

 抜けるように白い肌に赤い瞳の男で、耳が尖っている。


 だが、エルフではない。


 人間と変わらない体格は、胸元の魔導具【霜の誓約】によって擬態した姿……彼は本来、亜人種の中でも強大な力を持つ種族、氷の巨人族だ。


 かつてニブルやユグドリアと共に、パーティーを組んでいたメンツの一人。

 眉の太い、彫りの深い顔立ちを嫌そうに歪めた彼は、おかしそうにやり取りを見守っていたユグドリアに目を向けた。


「我は降りる」

「あら、一度は引き受けたのにそれはないでしょう?」


 ユグドリアが頬に手を当てて、唇の端を上げた。


「相手がこのムッツリ野郎と知っていれば、引き受けはしなかった」

「そのために約束を反故にするの? 氷の一族の矜持が許すなら、それでもいいけれど」

「ぐぬ……」


 ユグドリアの言葉に、フヴェルはギリ、と歯を噛み締めた。


 巨人族は約束と誇りを大切にする種族である。

 どうやらユグドリアは、顔合わせの前に引き受ける約束をさせていたらしい。


「確認を怠ったのは、あなたの責任でしょ?」

「ユグドリア女史。まさか俺のことを伝えていなかったのか?」


 言葉を聞き咎めてクトーが眉根を寄せると、ユグドリアが特に悪びれた様子もなく肩をすくめた。


「一番適任かと思ったから。大体、相手が誰かなんて仕事に関係ないでしょう?」

「関係はあるだろう。少なくとも、約束の前にそうした面での情報は伏せるべきではない」


 人を雇い入れる時に、あえて本当のことを言わずに済ますようなやり方は好ましくなかった。

 嘘はついていなくとも騙されたと思えば、仕事を任された相手はやる気を削ぐだろう。


「やる気のない相手を割り当てられても迷惑なだけだ」

「何だと……?」


 腕を組んでいたフヴェルは、自分の肘を掴むの指先に力を込めた。

 

「それは侮辱か、ムッツリ野郎」

「礼服にシワがよるぞ。短気も相変わらずか」

 

 しかし、侮辱とはどういう意味だろう。

 やり取りに齟齬がある気がして内心疑問を覚えていると、後ろでレヴィがミズチにこっそりと話しかける。


「また天然で煽ってる……ミズチさん、あの二人は仲悪いんですか……?」

「……以前、クトーさんに魔力比べを挑んで負けて以来、何かとライバル視してるんです……」

「へー」


 フヴェルが、ますます不機嫌そうな顔になった。


「聞こえているぞ、紺色髪。負けてなどいない」

「それは失礼いたしました」


 恨みすらこもるような呻きに、ミズチは笑みを含む謝罪を返した。


「相変わらず、どいつもこいつも気に障るクソパーティーだ」

「フヴェルではなく、ミズチで良いんじゃないのか? ユグドリア女史。現状はギルドの身内だろう」

「あら、人には向き不向きがあるでしょう? 貴方のことを好む人材で周りを固めるのも悪くはないと思うけど」

 

 ユグドリアは紅を引いた口もとを軽く笑ませて、頬に手を添えて流し目をくれる。


「この件に関していえば、フヴェルの方が適任よね? あなたが欲しいのは、補佐ではなく『自分の代わり』でしょう?」

「……」


 それに関しては、返す言葉がない。

 実際に、やる気さえあればフヴェルほど求める能力を備えている人材もいないのは、クトーも認めるところだ。


 しかし、どちらにせよ本人の意思次第でもある。

 クトーは一旦フヴェルを放っておいて、初めて見る顔の方に目を向けた。


「そちらの女性がお前の娘か。ファフニール」


 ファフニールは椅子に踏ん反り返ったまま、うなずきながら顔を上げる。

 その顔がニヤニヤとおかしそうに歪んでいた。


 爆笑したいのをこらえてでもいるような様子で、ファフニールがアゴをしゃくる。


「そちらの女性、だってよ。おめー、ちょっと名乗ってやれ」


 言われて、静かに控えていた女性が一歩前に出て、優雅に頭を下げた。


 長い茶色の髪を後ろで三つ編みに結った女性で、ブラウスにフレアスカートという、おおよそ商人に似つかわしくない格好をしている。

 非常に若そうで、レヴィより少し上だが、ミズチよりは下だろう。


「ナイル・ファーフナーです。お久しぶりでございます」


 その名前に、クトーは軽く眉を上げた。

 名前に聞き覚えがあったからだ。


「ナイル?」

「驚かれましたか?」


 はにかむような笑みを浮かべて、女性は軽く恥ずかしそうに肩をすくめた。


 彼女に、かつて見た子どもの姿がダブる。

 以前、彼女の兄が死んだ時に出会った彼女は、まだ10歳だったのだ。


 その頃は可愛らしくはあったものの、まるで男子のような服装をしており、兄に付いて回るやんちゃな印象の少女だった。


 今の、落ち着いて優雅な笑みを浮かべている女性には、言われてみれば面影は残っている。


「娘を連れてくるっつったろ?」


 ククク、と喉を鳴らすファフニールに、クトーは首を横に振った。


「お前の子どもが何人いると思っている。まさか彼女だとは思わなかった」


 ファフニールは、愛人との子を含めて十数人の子どもがいる。

 想い人を守って死んだ長男以外にも、世界各地に散って親譲りの手腕を振るっている者ばかりだ。


「不足はねぇはずだ。ガキどもの中でもずば抜けて賢い。勉強させてやってくれや」

「褒めすぎですわ、お父様。クトーさんと一緒に働ける機会を聞いて、気合いを入れて参りましたの」


 そう言って恥じらう様子は、非常に可愛らしい。

 クトーはしみじみと呟いた。


「本当に見違えた……」


 クトーのつぶやきに、今度は後ろでじっとりとした声音が聞こえた。


「あの可愛い大好き病、絶対今、鼻の下伸ばしてるわね」

「……クトーさんですから」

「可愛らしい存在は、いつ見ても良いものなのだから仕方があるまい」


 レヴィとミズチに言い返すと、さらにナイルが頬を染めて俯く。


「あら、そんな…」


 二人の視線が、ますます険を含んだものになる。


「あっそ」

「あざといですね。見習わなければ。……クトーさん、今はそれより仕事の話をするべきでは?」

「む」


 鼻を鳴らしてレヴィが目を背け、微笑んでいるがどこか冷ややかな目をしたミズチにはそう言われてしまった。


 しかし、確かにその通りだ。

 このまま雑談を続けると、ただでさえフヴェルの機嫌が悪くて淀んだ空気が、さらに悪くなりそうな気配も感じる。


 クトーは、話を戻すことにした。


「ファフニール。彼女は事情を承知しているか?」


 魔王のことは伝えているか、という問いかけだった。

 ファフニールは、目を細めて笑みを凶悪なものに変える。


「ああ。危険を承知で、それでも来ると言った。やめると言ったらオレが入るつもりだったが、流石にオレの娘だけあって度胸がある」


 ファフニールは大げさに両手を広げ、どこか怒りを含んだ目をして続けた。


「これで俺は楽に動ける。俺を利用しようとした魔族の捜索も、ハメられて失った利益を補填する手段を講じる機会も得られる。……このオレを利用したことを後悔させてやる」


 彼の怒りに火をつけたのは、おそらくは魔王にハメられてダシに使われたことよりも、それによって利益を一部失ったことだろう。

 ファフニールに金のことで恨まれて潰された相手はいくらでもいる。


 単なる商売としてではなく、本気になったファフニールは仲間である限りは頼もしい存在だ。

 クトーは、再び氷の巨人に目を戻した。


「よし、フヴェル」

「……なんだ」

「あとはお前だけだ。やめる気なら消えろ。俺のことが嫌いなのは構わないが、先ほども言った通り、やる気がない奴に用はない」


 ファフニールが本気になったのとは対照的だ。

 どれほど優れていても、やる気がなければその能力は活かせない。


 クトーの言葉に、フヴェルの赤い目が燃えた。


「貴様、調子に乗るなよ」

「能力だけは認めているが、邪魔をされては問題があるから言っている」


 フヴェルから、濃厚な氷の魔力が放たれた。

 部屋の温度が一気に下がるほどの冷気の噴出に、クトーは自分も氷の魔力を放って勢いを相殺する。


「魔力耐性がない者もいる。怒りに任せて不用意な真似をするな」

「ムッツリ野郎。度重なる侮辱を、口にできる立場か、貴様は……!」


 どういう意味か。

 歩み寄ってくるフヴェルにクトーが軽く眉をひそめると、ユグドリアが間に割って入った。


「フヴェル? ここでケンカを始める気?」

「いいや……安心しろ、ユグドリア。仕事は引き受ける」


 魔力が吹き荒れたのは、さほど長い間ではなかった。

 しかし、フヴェルの怒りは治っていない。


「ナメられたまま引き下がるつもりはない。邪魔だと? そんな無様な真似をするような我だと思うか」


 それでも彼は、指をクトーに突きつけながら押し殺した声で告げた。


「引き受けてやる。貴様こそ、手を抜くな。今度、何か一つでも我を失望させるような真似をすれば、即座に引き摺り下ろす」


 今度、何か。

 その言葉は、すでに一度、クトーが何か彼を失望させるようなことをした事を意味している。


 一体、何をしたのか。

 クトーは考えながらうなずいた。


「いいだろう。では、このまま大まかな方針の話に入ろう」


 フヴェルはうなずきもせずに踵を返すと、また元の位置まで戻る。

 一触触発の気配になにかを感じたのか、レヴィが少し不安そうな声で言った。


「……これ大丈夫なの?」


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