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おっさんは、少女を連れてどこかへ向かいます。


 今日はまだ、日差しが穏やかだった。

 風も心地よく街の中を吹き抜けており、本格的な暑さが来る時間まではまだ間がある。


 そんな中を軽く杖をつきながらギルドに向かいつつ、クトーはレヴィに問いかけた。


「例えば、依頼を受けた後に冒険者はどうする?」

「どうするって……依頼をこなして解決するんじゃないの?」

「目的はそうだな」


 だが、それは彼女の『なぜクトー以外に、この案件を担当する人間がいるのか』という疑問の解消にはなっていない。


「 もし仮に、自分一人では手に負えない強い魔物の退治をする時には、パーティーを組むだろう?」

「そうね」

「では、パーティーを組む理由は?」


 クトーの返答に、彼女は唇に指を当てて軽く目線を下げた。

 んー、と桜色の唇を尖らせている。


「旅の安全を確保したり、魔物を退治するためよね。でも、事務仕事に襲ってくる敵はいないじゃない」

「直接的に命に関わる暴力は襲ってこないな。だが、こうした案件は間接的により多くの人を殺す。対応が遅れれば遅れるほどな」


 クトーは、彼女の答えに首を横に振った。


「ギルドで、最初に教えただろう。冒険者のルールは、冒険者自身の命を守るために定められている、と」

「聞いたけど……」

「理解できないのなら、言い方を変えよう。例えば、ただ退治するだけでいいのならば、手に負えない魔物の相手をする必要はない。別の、できる人間に任せればいい」


 そう伝えると、彼女はますます難しそうな顔をした。


「でも、自分で倒さないと報酬が手に入らないじゃない……」

「それが正解だ」

「え?」


 レヴィは、疑問を口にしたつもりだったのだろう。

 だが、本質はそこなのだ。


「手に負えない依頼を手に負えるものにし、自分の手で依頼を達成するため。それがパーティーを組む理由だ」

「……そんなの、当たり前じゃない」

「当たり前でない話をした覚えはないが」


 物事の根本とは、基本的には単純なことなのだ。

 だが、往々にして忘れている者が多い。


 難しく考えれば考えるほど、理解しがたいのがこの手の話だ。


「単純でいいんだ。なぜパーティー、あるいは臨時のチームを組むのか。それは問題を解決して目的を達成し、報酬を得るためだ」


 最終的な目標が、目的を達成することなのか、報酬を得ることなのかは人によるが。


「それは分かるけど、今回は魔物を倒すんじゃないわよね?」

「分けて考える必要などない。相手が魔物だろうと事務仕事だろうと、目的に対する障害の大きさを考慮して戦う人数は決めるんだ。そして事務仕事も、対応の遅れが人命を奪う」


 いまいち理解出来ていないようだが、レヴィは横を歩きながら上目遣いにクトーを見る。


 理解しようという気はあるのだろう。

 彼女は、難しい顔をしながら何かを考えて、ゆっくりと言葉を口にした。


「えっと。つまり今回の件は、クトー1人じゃ手に負えない、ってこと? 対応が遅れるほど? 事務仕事なのに?」

「俺個人にできる事というのは知れている。俺がパーティーの雑用を一人でこなせるのは、ほんの20人足らずしかいないからだ」


 規模が大きくなればなるほど、仕事は加速度的に増えていき、より良くしようと思えばそれをこなす人間が複数必要になる。

 クトーは指を一本立ててから、それを二本、三本と増やしていった。


「例えば、畑仕事。規模が小さければ一人でもこなせるだろう。だが『一人では耕すのに半年かかる畑』を一人で任されたら? その年に、どれだけの種を蒔いて収穫が上げられる?」

「あ……」


 レヴィの理解は、こういう形で持っていくのが一番早い。

 彼女は元は農民で、経験があるからだ。


「耕すだけでそれだけ掛かっちゃったら、蒔ける範囲も時期も決まってるし、畑が無駄になる……」

「そして収穫も減る。手を入れられない部分は荒れる。畑だけならば荒れるだけで済むが、もしそこから取れる食料がないと餓死する村人がいたら?」


 レヴィは、何度もうなずいた。


「それが、間接的に人を殺す、ってことなのね? だから人手を増やす……二ヶ月でそれだけの畑を耕して、種を蒔いて世話をしないと必要な時に収穫出来ないから!」

「そう。現場を畑を耕して食物を作る部分とするのなら、事務仕事とは、納期や期限に間に合うために必要な人手や道具を集めたり、手順を決めたりする部分のことをいう」


 事務仕事の内容には当日の指揮なども含まれるが、それは現場の連携を取るためで、迅速性が求められることに変わりはない。

 だが現状、最重要なのはそうした部分ではなく『今から当日までにどれだけ準備ができるか』という部分だ。


「組織は、より大きな報酬を手にするために、あるいは万全を期すために人を、金を、物を増やす。特に今回の件については、国家規模の問題になる」


 魔王のことに関しても。

 小国連の会談も。

 それに合わせて打つ興行も。


 本来なら、どれか一つだけでも重大な事案なのだ。


 クトーが信頼でき、かつ共に仕事をこなせる人材など、本来はそうそう見つかるものではない。

 これほど短期間で揃ったのは、前回の会議に参加した権力者全員が、それぞれの目的のために団結して事に当たろうとしているからだ。


「大きな問題を解決するには、指揮者自体も一人では足りない」

「えーと……【ドラゴンズ・レイド】にはリュウさんっていうリーダーがいるけど、その仕事を肩代わりするクトーがいる、みたいな話? 村長を含む幹部連の集会みたいな?」

「そうだ」


 だんだんと理解が追いついてきたらしい。

 クトーがうなずくと、レヴィはホッとしたような顔をした。


「目的を達成する、報酬を得るという結果に対して、問題なく向かうために、あるいは問題を解決するために一番必要なものは、なんだと思う?」

「……また難しいこと言われても、そんなすぐに分からないんだけど」

「分からなくてもいいから考えろ」


 重要なのは正解を知ることではなく、正解に至れるような思考力を養うことだ。


「苦手なのに……」


 レヴィはブツブツ言いながらも、それを考え始めた。

 やがて、自信のなさを表すように視線をさ迷わせながら口にする。


「えーと、一番必要なのは、人手、かな? 畑を耕すなら」

「間違ってはいないな。だが正解でもない。その集めた人手を動かすのは、一体何だ?」

「……指揮者、じゃないのよね?」


 うーん、と悩むレヴィに、クトーはヒントを出した。


「合っているが、正確ではない。その指揮者は、何を元に集めた人手を動かす?」

「集めた人を動かす……人を動かすっていうのは、畑を皆で育てたり収穫したり、みたいなこと? よね……えっと、じゃあ『誰が何をやるか』を最初に決めること!」

「考えたら分かっただろう。そう、計画だ」


 クトーは満足した。

 そもそもの計画や明確な目的。


 これがなければ、問題が発生した時にどう解決するかという指針がないままに進むことになる。

 臨機応変は、対応策を柔軟に考える段階で生きる考えであって、無計画なまま物事に対応することを指すのではない。


「人手を必要な時に集めるだけ集められれば早い。しかし問題になるのは、時間や人手が限られている場合だ」


 人手や金銭が潤沢で、完璧な状況を得ることは、普通は出来ないのだ。

 クトーは手に握った杖の柄を指先で叩きながらレヴィに対する講義を続ける。


「まずは『何をやるか』を把握し、『最低ラインどの程度の人手が必要なのか』あるいは『限られた人手でいつまでに何が出来るのか』という部分を、最初からあらかじめ計画に組み込んでおく事だ」

「全員でタネを蒔いたら早いけど、誰が撒くかよりも、日暮れまでに何人いればタネを撒けるのか、って方が重要ってことね」

「そうだな。畑の面積が広くなればなるほど、大事なことだろう?」

「うん」


 レヴィは、理解出来ていることが嬉しいのか、ニコニコとうなずいた。

 相変わらずの百面相だが、足取りまでが軽やかになって、くるりとこちらを振り向いて後ろ歩きを始める。


「コケるぞ」

「そう言われて、コケたことないじゃない」

「では、人にぶつかる」


 午前で空いているとはいえ、それなりに人通りのある道なのだ。

 レヴィに後ろ歩きをやめさせると、クトーは改めて話を続けた。


「今後、俺が相手をする畑の広さは『王都全域』と呼んでもいいくらいの広さだ」


 会談や祭りを開催する表通りや会場。

 治安維持のために警備を置く、貴族層・中流層を仕切る壁だけでなく、不穏な気配がないかどうかを監視するスラムへ送る人材。


 それらの情報を統合して指揮を出す本部。

 大きな物事には莫大な人員が必要になり、同時に動かす人間も必要になる。


「それがクトーなのよね?」

「ああ。だが、もし俺自身が欠員したらどうする? その時のために代わりとなる人材も必要になる。そもそも、【ドラゴンズ・レイド】の雑用を一人でやっていた俺に、それではダメだと休暇を取らせるようにしたのはお前だろう」

「あ、そっか」


 レヴィはぽん、と手を打った。


「じゃ、今から会いにいく人たちは、万一の時のクトーの代わりなのね」

「どちらかと言えば、共同で事に当たる相手だな」


  部下ではなく、対等な関係だ。


 元々【ドラゴンズ・レイド】のスケジュールを組む時でも、ギルドとの打ち合わせ段階で常に予備を作っていた。

 その中に自分の休暇を考慮していなかっただけだ。


「不測の事態はどんな形で起こるか分からない。そういう時に、動ける人手がなければ手詰まりになる」


 余剰人員までを含めて『組織の最低ライン』というのは定めなければならない。

 レヴィは、クトーの話を聞いて新たな疑問が浮かんだようだった。


「でもさ、普通のパーティーには余分な人とかいないじゃない?」

「いい質問だ。通常、パーティーというのは2〜10人と人数が少ないからな。代わりに『役割分担』があるだろう」


 クトーは、軽くメガネのブリッジを押し上げた。


「囮となる者、これを兼用する前衛、補助する後衛、どちらもこなせる遊撃など。この遊撃、が余剰人員に当たる。そして戦闘以外にも、パーティー全員がそれぞれの役割をこなせることが望ましい」


 誰かが倒れた時に、即座にそれを代替できる人材がいること。

 あるいは、旅の過程で必要な技能を全員が持っているのならば、なおいい。


「それって無理なんじゃない? 前衛の代わりは、魔術師には出来ない気がするけど」

「それぞれに得意な分野というものは勿論あるし、能力の優劣もあるが、全く無理だという状況よりはマシだろう?」


 クトー自身が、雑用が得意で戦闘が苦手、そうであってもある程度は全ての役割をこなせるのと同じだ。

 三バカ含む数人もそれぞれに指揮を含む役目を、ある程度は出来る。


「指揮者だけが優れていても、有能な組織にはなりづらい」


 かつては、ジョカがいれば彼に指揮を振ることも多かった。

 貴族で為政者教育を受けていた経歴から、人を動かすのが上手く、信頼も厚かったからだ。


 魔王打倒を目指していた時は、パーティーを一時的に分けなければならないこともあった。

 今となっては、クトー自身が小分けにしたパーティーの指揮を取ること、そのものが少ないが。


「それに戦闘以外にも、日常的なこと……料理や薪集め、地図読みなど、それらが出来る人員が複数いて、ようやく『指揮』は生きる。明確な指針の元に、全員が柔軟に役割をこなし、あるいは動けることが、パーティーの理想だ」

「それはそうかも知れないけど、それってリュウさんたちだから出来るんじゃ……」


 納得いかなそうに首をかしげるが、レヴィは少し自分たちを理想化し過ぎているきらいがある。

 リュウとクトーは元農民、三バカは町のチンピラ程度の存在だったのだ。


「全ては教育と経験次第だ」


 自信を持って頷きながら、クトーは話を締める。


「今から会う人材はおそらく、この巨大な動きの『指揮』の部分をこなせる人材だ」


 専門職は、国・ギルド・そしてファフニールの商会に頼めば集められるが、意思決定を行える人材とは最初の段階から密に接して動かなければならない。


「お前たちに休養を取れと言われるし、俺も少しは自由に動ける暇が欲しい」

「そうなの?」

「できれば、装備を整えたいからな」


 それも、生半可ではなく優れた装備が。

 クトーが視界の先に見えてきたギルドに目を向けると、レヴィが頭の後ろで手を組んだ。


 なぜそうもコケたら危なそうな仕草が好きなのか。

 レヴィがそんなクトーの内心を知るはずもなく、全然別の質問をぶつけてくる。


「で、なんで私も連れてこられたの?」

「いい質問だ」


 クトーが軽く微笑むと、レヴィは目を見開いてから、慌てて口を開く。


「ねぇちょっと待って、なんか嫌な予感がするから別に答えなくてい……」

「こんな大規模な案件は、そうそう経験できることじゃないからな」


 クトーは、容赦なく早口を遮って、はっきりと告げたー


「当然、この件に関してお前を、教育含めてこき使うためだ」

 

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