おっさんは、少女と共に出かけるようです。
その日、クトーはリュウに事務処理の引き継ぎをして事務作業部屋を出た。
以前は実質自分専用だったが、最近はリュウやズメイなどもよく使っている。
ローテーションが組めるようになると、クトーが大部屋にいることも多くなった。
「レヴィ」
「あ、おはよ」
その大部屋の中には、レヴィがいたので声をかけた。
昨日、この時間にはここにいるように、と申し伝えてあり、きちんとそれを守ったようだ。
レヴィは基本的に真面目である。
おそらくは苦手なはずの本に向き合い、難しい顔でそれを読んでいた。
「ふむ」
その様子を見て、クトーはアゴに指を当て、レヴィを観察した。
黒髪をポニーテールに結い、前髪の片方を温泉街で購入した【センツちゃんの髪飾り】で留めている。
上半身は竜皮の胸当てを外した状態で、緑を基調したタンクトップに半袖のシャツ。
下も、遠出をする時はズボンを履いているが、今は太ももが見える丈のキュロットにハイニーソックスという健康的な足の見える活動的な服装。
そして、彼女の脇に置かれた【トゥス顔カバン】。
「……何?」
視線に気づいたレヴィが顔を上げるのに、クトーは大真面目につぶやいた。
「着ぐるみ毛布の破壊的な可愛らしさには及ばんな」
「は?」
「飾りの小物が足りないか。あまりゴテゴテしすぎるのも問題があるが……皮袋の意匠でも考えてみるか」
「ちょっと、何の話!?」
何か嫌な予感でもしているのか、頬をひきつらせるレヴィに、クトーは平然と答えた。
「もちろん、お前をより可愛らしい姿にするためにどうするかを」
「考えなくていいわよっ!!」
みなまで言い切る前に、先回りで否定されてしまった。
「だが、胸当てを身につけるとますます可愛らしさが薄れる」
今でも十分だという見方もあるだろうが、まだクトーからしてみれば味気ない。
「ダガーの鞘なども、可愛らしい色合いに飾り布を被せたいところだ。淡い桃色や薄い空色と控えめな色合いに、ワンポイントの刺繍などを施せば……」
「却下よ! この可愛い病患者!!」
「むぅ……」
なぜそんなにも嫌がるのか。
眼福だと思うのだが。
クトーは眉根を寄せたが、これ以上の議論はやめておく。
いづれ機会があれば、また交換条件を出すのだ。
「話は変わるが、その基礎指南書の内容は理解できたか?」
「あー、うん……そもそも読み書きあんま得意じゃないからあれだけど、でも、一回は目を通したわ」
「どうだった?」
「難しいわよ」
レヴィは本を閉じて、腕をあげて、んー、と背筋を伸ばした。
「イマイチ納得いかなかったり、よくわかんなかったりするし。クトーに習うほうが楽でいい」
「例えばどんなことだ?」
問いかけると、レヴィは本の上に手を置いて目次をめくった。
「地図の書き方とか、探索、戦闘の基礎の動きみたいのも書いてあるけどさ、地図の書き方はもう教わったし、探索の動きなんて、こんなの場所によって違うじゃない?」
「そうだな」
「なんか、詳しくないし」
「基礎だからな」
「戦闘も、魔物相手なら、魔物によって違うじゃない。クトーは観察しろって言ってたけど、この本には情報を仕入れろって書いてあるし」
「間違ってはいないんだがな」
クトーは、不満が出ているらしいレヴィに、ふむ、とアゴに指を添えた。
「事前に情報が仕入れられるのなら、そちらの方がいい」
「でも、ラージフットの時みたいなこともあるでしょ? 『大型の魔物に対しては囲って撹乱して後衛で仕留める』って書いてあるけど、後ろが崖で足場も狭いと出来ないじゃない」
彼女の主張を理解して、クトーは一つうなずいた。
「お前がそうした部分が気になるのは、すでにその部分に関しては座学で習う段階を終えているからだな」
「そうなの?」
きょとん、と綺麗な緑の瞳をまたたかせるレヴィの頭を、クトーは軽く撫でた。
少し顔をしかめたが、抵抗はせずに、代わりに口を尖らせる。
今日も可愛らしくていいことだ。
「子ども扱いしないでよ」
「そんなつもりはない」
成長を喜んでいるのはその通りだが。
クトーは、彼女の頭から手を離した。
「基礎はあくまでも基礎だ。様々な条件を加味するのは応用に当たる。お前は戦闘と探索に関しては実践を終えているからな……」
3バカに付かせて上位の魔物との戦闘も見させたし、上位魔物が生息する地域は生態系が狂って通常とは違う様相を呈するので探索経験も積んだ。
自身でも、何度か低ランクの魔物を単独で狩っている。
魔物狩りの際はパーティーの仲間を護衛として必ず一人は同行させているが、戦闘は単独でそつなくこなしていたようだ。
また、街道で護衛依頼をこなす事で注意力も養っている。
「だが、その本の中でも武器種の扱いや、街中で事前に行う情報収集に関しても書いてあっただろう? そうした部分については?」
「投げナイフは、なんかあんま参考にならなかった。やってみたけど、ちゃんと飛ばないのよね」
「《風》の適正持ちにはよくあることだ。大気の流れを読んでいる以上、それに関しては特に問題はない。他には?」
「ダガーの使い方は参考になった。鎖は試してみたけど、自分じゃしっくり来ない感じ」
一人で、色々試してみてはいるらしい。
元々好奇心は旺盛な方だろうし、鎖の適正に関しては、一度見てみる必要があるかもしれない。
「鉤縄を投げる技術だけは身につけるべきだな。山での移動に役に立つことがある」
「習えないのは、王都に戻ってからのクトーの付き合いが悪いからでしょ!?」
ガルル、と唸るように文句を言うレヴィに、クトーは軽く首をかしげた。
「他の連中にでも聞けばいいだろう。大体、数人はこの部屋に待機させている」
「……」
しかし、レヴィはますますむくれるだけでそれには答えなかった。
よく分からないが、何か気に入らないらしい。
「今日からしばらく一緒に行動するから、機会もあるだろう。暇を見て教えてやる」
「ほんと!? ……って、しばらく一緒って?」
クトーの言葉に笑みを見せたレヴィが、すぐに不審そうな顔になる。
「理由はすぐに分かる。情報収集は?」
「それが一番よく分かんなかった部分」
レヴィは、途端に眉をハの字に曲げた。
膝の間に垂らした両手を組み、人差し指をこすり合わせる。
最初は単に何かを考える時の仕草だと思っていたのだが、彼女はそれを自信がない時にもやるのだと、クトーは最近になって理解していた。
「事情を知ってそうな奴に話を聞きに行く、ってそんな当たり前のこと言われてもだし、それをどうやって見つけるのかとか分からないんだし……」
「アタリのつけ方に関しても書いてあったはずだが」
「だって私、情報屋とかまだ一人しか知らないし。それに、街の地図見て進路を辿るとかの方法は書いてあったけど、そもそも人がどう動くか、なんて分かるわけないじゃない」
「……」
そこからか。
クトーは目を閉じると、軽く眉根を指先で抑えた。
その方法は断片的な目撃情報を集めて線で繋ぐだけなのだが、事務方向での頭の使い方が相変わらずダメなようだ。
そもそも、最初から苦手意識があるのをなんとかしなければならない。
レヴィは、決して頭の出来が悪いわけではないのだが。
最初にダガーが当たらない時もそんな状態で、教える際には実践で克服させたが、捜索依頼も同じようにやらなければいけないようだ。
「ちなみに聞くが、数度受けさせたペット捜索依頼の時はどうした?」
「え? 縄張りが被ってそうな同種の獣を探して追ったけど」
「……どういう意味だ?」
「ほら。あの手の獣って、自分の匂いを被ってるところに置いとくじゃない? だから」
何が、だから、なのか。
ごく当たり前のように、逆に不思議そうな顔をされても困るのだが。
「知識としては知っているし、野山では危険な獣や魔物がいるかどうかを見分けるのに使いもするが。もしかして見つけた獣を片端から追ったのか?」
「ううん。複数の獣が被るポイントって餌が多いから、何匹か追ってそういうとこ探して待って、似た獣見つけてビンゴ」
探し方が野生に近い。
この娘は、それらの獣同様に本能で生きているのではなかろうか。
クトーはそんな疑惑を抱いたまま、街中での簡単な捜索依頼がレヴィが人探しをする為の訓練には役立たない事を心のメモ帳に書き置いて、話を続けた。
「まぁいい。今から出かけるから支度をしろ」
「どこに?」
「例の会談の、準備を行う人物同士の顔合わせだ」
レヴィはうなずいて立ち上がった。
しかし、あれ? と言いながら本棚に指南書を仕舞ったレヴィが問いかけてくる。
「でも、準備ってクトーがやるんじゃないの?」
「……一人だけで出来るような規模だと思うのか?」
逆に聞き返すと、彼女は軽く肩をすくめた。
「よく分からないし」
「少しは頭を使え」
レヴィは最近、どんどんリュウに似てきている気がする。
奴は『お前に任せる!』という発言を聞くたびに鉄拳制裁を加えて多少マシにはなったが、レヴィに手を上げるわけにもいかない。
クトーは二人で連れ立ってパーティーハウスを出ると、どこか嬉しそうなレヴィに、道中話をすることにした。




