おっさんは、権力者たちと会議に踊ります(前編)
「魔王の復活、というのは、間違いのない情報なのか?」
会談の口火を切ったのはホアンだった。
彼は、当然ながら部屋の一番奥、上座の中央に座している。
その後ろには、長い白ひげの老宰相タイハクと、近衛隊長であり剣術の達人でもある偉丈夫、セキが控えていた。
「間違いないですね」
そんなホアンを含む人々の視線を受けてうなずくと、ホアンは目を細めた。
「クトー。僕は忌憚のない話し合いを望んでいる。やる気があるのなら、普通に話すんだ」
ホアンはこの国の為政者であり、もっとも権力のある男だ。
自分と歳も同じくらいで、旧知の間柄でもある。
「単に、国主への礼儀を示しているだけなのだがな」
王族ではあるが、未だに婚姻はしていない。
彼は、リュウやクトーと共に小さな農村で育った、という変わった経歴を持っているので、許嫁などが存在しなかった。
「遠慮している相手から、まともな話が聞けるとは思わない」
ホアンはそう言うが、特に遠慮などしているつもりはクトーにはないのだが。
そう思いながら、あらためて部屋の中を見回した。
この場には、3つ……入り口近くの椅子に座ったリュウを筆頭とする【ドラゴンズ・レイド】も数に含むのなら、4つの派閥が集っている。
パーティーに属しているのは、リュウの横に腰掛けたクトー自身と、後ろに立つレヴィ。
そして、ジョカとミズチだ。
「とりあえず、状況の説明からよね」
ホアンに続いて口を開いたジョカは、筋骨隆々とした体格の、開襟シャツに身を包む角刈りに顎髭の男だ。
だが、その男らしい顔立ちには化粧をしており、女性のような喋り方をする、理知的だが奇妙な相手でもある。
「分かった」
すでに全員、大筋の事情を知ってはいるだろう。
が、詳しい内容まではリュウ以外とは話していない。
魔王自身の言葉を信じるのなら、現状、相手が力を失っていることや、あの場でクトーが行った契約とティアムの来訪などに関して、クトーは話した。
話を聞き終えた後、ホアンが頭痛でも感じているかのように顔をしかめる。
「クトー……相変わらず君は常識はずれだね」
「それは否定できないところですねぇ」
国王の言葉に、あくまでも軽い口調でジョカが同意を示す。
彼がこの場に同席を許されている理由は、パーティーに関係なくその素性によるものだった。
ジョカの家系は、このクーロン王国の成り立ちから存在する、王家の血が入る古い貴族だ。
旧権利者である貴族は、現在、力を削られてはいるものの、完全にその権益を奪い去ったわけではない。
反王家勢力は駆逐したが、親王家の勢力は残っているのだ。
現在の貴族連に、税率や治水事業、検問設置などの決定権こそないが、先祖代々育てて受け継がれた事業経営権や、財産はそのまま残している。
ジョカの家系は、その親王家貴族連の筆頭だった。
北の王国へ赴いていたのも、独自ルートによる鉱石輸入の交渉を行うため、だったらしい。
彼の立場は、その状況からしてクーロン王国と【ドラゴンズ・レイド】の間で中立くらいの立ち位置にあると言える。
クトーは、軽くメガネのブリッジを押し上げて、ホアンとジョカに言い返した。
「常識外れというよりは、他に手段が思いつかなかったから、だがな」
「手立てもなしに四将の一人と対峙して勝っちゃう辺りが、常識外れだって言ってるのよ」
「運が良かっただけだ」
「女神が自ら降臨されたことも、同じように言うのかい?」
ホアンのため息に、クトーは淡々と言い返す。
「結果として会っただけだからな。レヴィの助力がなければ、その結果もなかった」
「はぇ!?」
レヴィが、斜め後ろで妙な声を上げる。
ちらりと目を向けると、慌てて自分の口を押さえていた。
随分緊張しているようで、場にいる者たちの視線が集中すると、冷や汗を流している。
VIPを前にして緊張するなというには、まだまだ経験が足りない。
「レヴィさんに助けられたのですか?」
もう一人、この場にいる仲間のミズチがクスクスと笑いながら発言する。
「ああ。彼女の抵抗がなければ、今頃は喉を貫かれて死んでいた」
ミズチは今、円卓の東側に座るギルド総長、ニブルの後ろに控えていた。
紺色の髪に優しげな容貌を持つ美貌の魔導師であり、現在はギルドに出向していて、表向きの所属はそちらに移っている。
「それはそれは」
彼女は、含みのある目でホアンの方を見てから口を閉ざした。
「……?」
クトーは、その態度に不審を覚える。
ミズチは元来、こういう場で自分から出しゃばるタイプの性格ではない。
常ならば空気を読んで発言を控えるはずだが、何か狙いがあったのかもしれない。
しかし今、理由を問いかけるわけにもいかないので、何も追求はしなかった。
「改めて聞くと、本当に由々しき事態ですね。なぜ魔王を取り逃がしたのです?」
次に問いかけてきたのはニブルだった。
金髪碧眼の美男子だが、常に不機嫌そうな顔をしており、実年齢は50近い。
「そこを責めるのは酷ではない? 四将を一人で倒しただけでも十分な功績よ」
ミズチの横、ニブルの後ろに立っているユグドリアがそっと告げた。
彼女はギルド総長の護衛筆頭であり、ニブルの妻でもある。
「ユグドリアがそう言うのなら、追求はやめておきましょう」
ニブルは、一転して晴れやかな笑みでユグドリアを見上げると、あっさりと発言を撤回した。
ショートヘアで巨乳の美人妻。
クトーより少し上の年齢である彼女を絶対視している部分を除けば、ニブルは非常に優秀な男だ。
ただ、彼をコントロールするユグドリアの方も才女なので特に問題はない。
この二人が、三つ目の派閥である冒険者ギルドを、実質統括している。
ギルドは、こちらのパーティーと違い明白に国家への影響力を持つ存在だ。
彼らは、国家に属さない膨大な武力や権力・財力を有しているからだ。
複数の国家にまたがる組織であり、ホアンとの関係は、こちらのパーティーとは別の意味で対等と言える。
「そろそろ、話を先に進めようか。ニブル総長。そちらとしてはどんな対応を行うつもりでしょう?」
ホアンの問いかけに、ニブルは再び表情を不機嫌そうなものに変えた。
ユグドリアに見せるものと他人に見せるこの顔の二種類しか、彼には持ち合わせがない。
「大きく話を広げるのは、得策ではないでしょう。ギルド本部に現状できることといえば、子飼いの情報屋から怪しい情報を吸い上げる程度です」
基本的にギルドは、冒険者の互助組織だ。
構成員全員の力を束ねれば国家すら飲めるが、冒険者とは基本的に自由な者たちの集まりであり、信頼できる者の数も少ない。
本来ならクトーたちも冒険者ギルドの戦力に数えられるS級冒険者パーティーであり、その内実はとても流動的なものだ。
「魔王復活を、国王権限で公表しますか? 止めるだけの権利はこちらにはありませんが、出来ればやめていただきたいところです」
ギルド本部は有能な人材が揃っているが、それだけで国家に対抗できるわけではない。
形なき軍勢を有していても、本部だけでは決して強い立場とは呼べない。
そんなニブルの問いかけに、ホアンは悩ましげに美貌を歪めた。
「こちらとしても、安易な決断は出来ません。他国との調整もなしに、情報を提供することによる混乱も予測される。会談前にそれは避けたい」
国というのは、本来ならば強固な下敷きを持っている。
しかし先王の代にガタガタになったこの国は、法整備こそ整っているが、内実は国土や歴史に見合うほど成熟していない。
ホアンは若いが優秀であり、それを補佐する二人も、文武において百戦錬磨の剛の者たちではある。
しかし、それだけで即座に強い国になりはしない。
中央集権の支配体制。
それを元に善政を敷く彼らは国民からの信頼も厚く、国庫も数年前と比べれば飛躍的に潤い、軍備も整えている。
小国群の中でも北の王国に次ぐ程度の広さの国土を持っており、辺境を固める将兵も優秀な者ばかりだ。
勢いもあり、周辺諸国でもそうそう軽んじられない存在だが、盤石には程遠い。
「オレも賛成しかねますねぇ」
そんな彼らの頭を抑える可能性を持つ最後の一人が、口を開いた。
豪商、ファフニール。
裏社会を支配する組織の幹部に近い雰囲気を持つ男だ。
黒い礼服と、ネクタイの代わりに金のネックレスを身につけた彼は、ニブルとは犬猿の仲でホアンとも面識がある。
「何より今、この情報を知る連中が増えるのは良くねぇ。こっちの準備が出来てないんでね」
商売には誠実な男だが、こういう抜け目のなさは油断できない。
彼と国王を繋いだのはクトー自身で、ファフニールはかつて起こった災害の折には莫大な利益の代わりに国を支援した。
今、彼がこの王都にいるのも、小国連合に北の国を加えた会談をお祭り騒ぎにするためだ。
その為にクトーを利用して、国王の許可を取り付けた。
魔王のことが公表されてしまえば、会談そのものは行われる可能性は残るだろうが、お祭り騒ぎは確実に中止だろう。
「自分の利益のために隠しときたいってか。相変わらずだな、ファフニール」
薄く笑みを浮かべたリュウが、絡むような口調で言った。
そんな彼に対して、ファフニールは動じた様子もなく肩を竦める。
「何か悪いか? 目的が違っても、結論が同じならどうでもいいだろうが?」
「悪かねぇよ。気に食わねーってだけだ」
「リュウ」
軽く額に青筋を浮かべる幼馴染みに、クトーは呼びかけた。
「言い争うために、この場にいるのか?」
リュウに、人々を救うことに関して譲れない一線があることは承知している。
だが、今ファフニールの機嫌を損ねることに益はなかった。
「俺はそもそも、とっとと公表するべきだと思うんでな。魔王復活を知らないことで危険に晒される可能性もあんだからよ」
「それに関しては……」
リュウがクトーを睨むのに反論しかけると、ニブルがそれを遮って鼻を鳴らした。
「知らせたところで、無駄ですよ。仮に公表したとして、実際に魔王に太刀打ちできる相手がどれだけいると思うのですか?」
ニブルは冷めた顔のまま、腹の上で指を組む。
「この国の先王を含め、配下の四将にすらいいようにやられていた連中ばかりです」
「研究バカのクソ野郎に同意するのはシャクだが、俺もそう思うね」
ファフニールは、ニヤニヤとしながら大きく手を広げた。
「そもそもお前ら自身も、まんまと魔王に騙されてたんだろ?」
言葉が放たれた瞬間。
クトーは、部屋の温度が一気に下がったような錯覚を覚えた。
豪商に対して、リュウが殺意とまでは言わないが、それに近い敵意を向けたのだ。
「人のミスのとばっちりで、オレまで害を被るのは勘弁してほしいね」
「……ファフニール。そりゃ挑発か?」
「単に事実を述べているだけだ。実際に生きてたんだろ?」
先に挑発したのはお前だ、とでも言いたげなファフニールと、さらに何か言いかけたリュウを、ホアンがいさめる。
「お互いに口が過ぎるようだ。今回の案件よりも、その言い争いは重要か?」
彼の目は、部屋の空気に合わせたかのように侮蔑を交えていた。
意味のない諍いを、ホアンは好まない。
クトーは二人のやりとりに口を挟んだ。
「リュウ。公表をするかしないかは、まだ保留だ。それを決めるのは今すぐではないとも、言ったはずだ」
事前に話し合った事だったが、納得していなかったらしい。
その言葉に、リュウは鼻を鳴らして視線を背けた。
ホアンはそれに構わず次にファフニールに目を向ける。
「それに合わせて、会談の際に祭りを行う予定は、保留とします」
「陛下、冗談でしょう?」
ホアンの言葉に、当然ながらファフニールが反発した。
大げさに、軽い口調で驚いて見せているが、不機嫌になったように見える。
「今更、それが通るとでも?」
しかし喧嘩両成敗のつもりなのか、ホアンは引く様子を見せずに告げる。
「今回の会議内容次第では、継続も視野に入れますが。あなたがそんな態度を取り続けるのであれば、お約束はできませんね」
ファフニールは天井を仰ぎ、ため息を吐いた。
「左様ですか。では、仰せのままに黙りますよ、ええ」
実際に祭りの中止を彼に納得させるのは難しいだろう、とクトーは思った。
ホアンもそれを理解していて、さらにファフニール自身も分かっている。
これは、駆け引きだ。
国王としてのホアンは、彼に借りがある。
しかし、ファフニール側も優位なばかりではない。
彼は豪商であり、国土なき帝国と呼ばれる商会連合のまとめ役の一人でもあるが、あくまでも立場は一介の商人。
国内で手広い商売を行うための許可をホアンから得ているからこそ、今の地位の安泰がある。
だが同時に、流通の多くを担う商会連合へファフニールが働きかければ、一時的にでも国は困窮するだろう。
お互いに複雑に弱みを握り合い、だからこそ協力関係にあるのだ。
「殺しきれなかった、とはいうが、魂の不滅性まで把握できるはずがないだろう」
クトーは、本題に戻す形でファフニールを牽制した。
彼は、自分に有利なように話を進めようとしているのだ。
だからこそ、こちらの落ち度を突くような話をし始め、パーティーの後ろ盾だったホアンの責任まで追求しようとしたのだろう。
「今、それを知ったからこそ、魔王をどうするかを話し合っているんだ」
クトーら以外の全員が、それぞれの思惑に沿って話をしている。
そしてギルドと商会連合……ニブルとファフニールも、ホアンとの間にあるような関係を持っていた。
ファフニール側は、彼の傘下にある無数の商隊の護衛をギルドへ委託し、ニブル個人への研究費の貸付などで利益を与えている。
逆にニブル側は、そうした依頼に優先的に強い護衛を回すことで、彼の商隊がより安全を確保できるように計らっている。
「魔王を再び弑するために、何か手立てはあるのかい?」
ホアンの問いかけに、クトーはうなずいてみせた。




