おっさんは、暇が足りないようです。
「時間がないな……」
椅子に腰掛けたクトーが言うと、パーティーハウス内の空気が凍りついた。
「む?」
一体どうしたと言うのか。
急に変化した空気を不思議に思いながら顔を上げて首をかしげると、銀縁メガネのチェーンがシャラリと鳴る。
その場にいた全員の視線がこちらに向いている中、大部屋の隅にいたレヴィが、読んでいた本をパタリと閉じて立ち上がった。
手にしていた本は、クトーが読めと言って渡していた、斥候職の基礎についてまとめた本だ。
黒髪をポニーテールに結っている、褐色の肌をした斥候の少女は、つかつかつかとクトーの目の前に歩み寄ってきた。
「どうした?」
「ちょっとクトー、あなた頭大丈夫!?」
声をかけると、彼女はいきなり失礼な言葉を投げてきた。
もっとも、レヴィの物言いに関しては今に始まった事ではない。
特に気にもせずに、クトーは言い返した。
「極めて正常だが」
「嘘つくんじゃないわよ! 熱でもあるんでしょ!?」
そう言って、手を伸ばしたレヴィが断りもなく額に触れてくる。
「って、あれ? 熱ないわね」
「だから、極めて正常だと言っているだろう」
何故いきなり体調不良と決めつけたのだろうか。
キョトンとするレヴィのひんやりとした手を、クトーは軽くどけた。
そのまま、手にしていた書類を脇の長テーブルに乗せて、横に目を向ける。
「リュウ」
「なんだよ?」
ニヤニヤとこちらを眺めていたリュウが、長テーブルに頬杖をつきながら返事をした。
一人だけ動じていないようだ。
彼は、クトーの所属するパーティー【ドラゴンズ・レイド】のリーダーを務める黒髪の男だ。
引き締まった体をツナギのような服装で包み、頭に手布を巻いている。
クトーの幼馴染みであり、同い歳でもある。
外見こそ若々しいが、クトーと同じく三十代のおっさんだった。
「今は、装備を整えなければならん時期だ」
「おう。そんで?」
「それを手に入れるための時間がない」
クトーがそう返事をすると、ようやく凍りついていた空気が緩んだ。
集まっていた仲間が次々に声を上げ始める。
「スケジュール管理の鬼が、何を言い出すかと思ったら」
「単に、外に出る時間がねぇって意味か。またなんかダルい話かと思ったぜ」
「今、街を離れられないスもんねぇ」
カードに興じていた三バカが、安堵の息を吐く。
発言順に、幼顔に無精髭の拳士ギドラ、眠たげな目のやる気がない剣闘士ヴルム、真面目な性格のハゲた大男である重戦士ズメイだ。
本来なら、リュウを含めたこの四人は、既に北の国に旅立っているはずだった。
同盟を望みながら、不穏な動きをした北の国との小競り合い。
その真相を探るためだ。
だが、それが魔族の策略であると判明し、彼らは呼び戻された。
北の国がどう関わっているのか、あるいは関わっていないのかは不明だが、それよりも重大な案件が発生したからだ。
「装備か……」
「ああ」
リュウが、笑みを浮かべたまま目を細めて腕を組むのに、クトーはうなずいた。
三バカは興味を失ったのか、再びカードでの遊びに戻る。
「どういう話?」
首をかしげるレヴィに、クトーは淡々と説明した。
「魔族との戦闘で、俺は装備を失った」
Aランク装備である黒竜の外套に、魔法の媒体であるピアシング・ニードル。
愛用していた皮の胸当てに、速度強化の魔導具である疾風の籠手。
メガネと片手剣こそ無事だったが、防具をあらかた破壊されてしまったのだ。
「中に関しては、魔王のとこに行った時の装備があんだろ?」
あまり気にもしていない様子のリュウに、クトーは眉根を寄せた。
「……青竜の闘衣か」
「おう。大体、皮の胸当ては安モンじゃねーか。いくらでも替えがあるだろ」
「愛用品だったんだ」
同じものは手に入っても、愛用していたものとは違う。
安物かどうか、に関係なく失われて非常に惜しい気持ちを感じていた。
「それに外套があれば、中はあれで十分だったしな」
あの装備はクサッツの総合魔材加工職人、ムラクのお手製だ。
防刃性、対衝撃性、耐熱性以外の魔法耐性。
どれもそれぞれの特化装備には劣るが、総合的には高水準なものだった。
「替えの装備は、どれもランクが下がる」
「だから闘衣を使えって言ってんだよ」
リュウは、何がおかしいのかニヤニヤとした顔を崩さない。
「性能面だけで見れば、お前の言う通りだが」
クトーは眉根を寄せた。
魔王城へ入るための、第三の鍵が置かれていたダンジョンで入手した速度強化の効果がある装備だ。
あれと黒竜の外套で、クトーは魔王との最終決戦に挑んだ。
性能だけでなく、装備者の体に合わせて大きさまで変える便利な服、なのだが。
「あれは今、あまり役には立たん」
「なんでだよ?」
「自己強化魔法を、真竜の偃月刀で発現するのに邪魔だからだ」
「ああ……」
リュウはそれで納得したようにうなずくが、やはりレヴィが分かっていない。
「その装備、強いのよね?」
「ああ、Aランク装備だ。魔法耐性もあり、非常に丈夫で軽い。しかも常時速度強化の魔法を発動してくれる優れた魔導具でもある」
もう少しランクが上がれば、レヴィに有償で譲ろうと思っていたものだ。
待っていられない状況になれば貸与も検討するし、次の装備までの間に合わせであれば自分で使っても構わないのだが。
クトーがそう思っていると、レヴィが両手を広げてぐるりと目を回した。
「十分じゃない。何が役に立たないの?」
「この間のようなことが起こった場合、あれでは使い勝手が悪くてな」
クトーは、ついクセでレヴィに詳しい説明をし始めた。
この間のこと、というのは、レヴィと共に魔族に嵌められ、ブネと名乗っていた元・魔王軍四将と闘うことになった件だ。
「俺が全力で戦う時は、今は真竜の偃月刀を使うんだが」
「うん」
「青竜の闘衣を身につけると、一定時間で速度系の自己強化魔法を弱い方向に上書きされる」
「……ん〜?」
レヴィは、美しい緑の瞳を天井に向けて、困ったような顔でアゴに人差し指を添えた。
何かを考えているようだが、その仕草は非常に可愛らしい。
やがて、ポニーテールを揺らしながら目をクトーに戻して、ズバッと言った。
「それって欠陥品なんじゃ?」
「違う。言っただろう? 青竜の闘衣は、速度強化の魔法を常時発動する装備だ」
「聞いたけど」
「闘衣よりも偃月刀を使った強化魔法の方が効果的だが、装備の常時発動は止められん。装備の問題ではなく、俺の問題だ」
速度強化魔法には、自己強化と他者強化の二種類がある。
基本的には同じ魔法なのだが、定量魔力によって発動する疾風の籠手のような魔導具ではない場合、他人を強化する際には効果がワンランク下がる。
青竜の闘衣で掛かる速度補助は、クトーの他者強化魔法と同じくらいの効果。
しかしピアシング・ニードルで行う魔法補助よりは効果が高い。
つまり、同じパーティーに属する者が身につける分にはクトーの手間が省けるが、自分で着ると逆に邪魔になるのだ。
「クトーが使える魔法って、中級魔法までじゃなかったっけ?」
「そうだが」
今は女神の加護を得て、聖魔法は最上級まで使えるが、特にそこを指摘する意味も感じられなかったので返事だけしておく。
するとレヴィは、とてつもなく微妙そうな顔をして腰に手を当てた。
「……Aランク装備より効果が高い中級魔法って……」
「だから俺の問題だと言っただろう」
装備を身につけてデメリットがあるのは、このパーティーではクトーだけなのだ。
本来なら非常に優れた装備である。
「いや、レヴィが呆れてんのはそこじゃねーだろ。普通の中級魔法はAランク装備の効果を超えることなんかねーってところだ」
「む? だが超えてしまうのだから仕方があるまい」
「皮肉だ皮肉!」
リュウにまで呆れた顔をされ、クトーはますます眉根を寄せた。
「別に、効果があるなら等級などなんでもいいだろう。何かおかしいか?」
そんなクトーに、レヴィはリュウと目を見交わして肩をすくめた。
二人は通じ合っているようだが、クトーにはさっぱり意味が分からない。
なので、とりあえず話を戻すことにした。
「新たな装備の素材を狩りに行く時間がない。ピアシング・ニードルはメリュジーヌに頼んでどうにかしてもらえそうだが」
メリュジーヌは、魔導具店を営む老婆だ。
時間がない、と言ったら呪玉と金を大量に取られたが、普通に依頼するよりは早く作り上げてくれると約束してくれた。
「それも、無駄に金がかかるのとストックに継戦能力が左右されるのは非常に問題がある」
今まではどうにかなったが、今後も同じとも限らない。
「まぁ確かに、この状況だとお前の装備は必須だな。何か手はねーもんか」
リュウが何か思案するようにこめかみを掻く。
「偃月刀、常に持っとくか?」
「それも有用だが、どちらにせよお前がいないと攻撃魔法が使えないからな」
街中であれの攻撃魔法を使うと、下手をすれば街ごと吹っ飛ぶ。
「加減が出来ねーってもの困りもんだな」
「俺には大したセンスがないからな」
生まれ持った魔力が人より大きいだけの常人だ。
「雑用だけしていれば良い状況であることが、個人的には望ましいのだが」
「ま、それに関しちゃしばらくは望み薄だな」
装備品の調達が早急に必要な理由。
それは、リュウが旅立たずに王都に留まっている理由と同じだった。
王都は、現状では空けられない。
クトーは考えに沈みながら、改めて国王との会談を思い出していた。
本日12時にもう一話、17時に最後の分を投稿します。
それ以降は、隔日更新です。
また、装備品の名称を一部変更しています。
真竜の薙刀→真竜の偃月刀




