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おっさんは少女の素質に感心する。


 間に合った。


 クトーは安堵しながら、掲げていた腕を下ろした。

 結界が効果を失って消えるのを見て、レヴィを振り向く。


 【防魔の腕輪】による魔力結界と黒竜の外套の効果で、レヴィに炎は届かなかったようだ。

 クトー自身は、結界の効果に加えて魔力耐性があるので火傷などはしていない。


 先ほどのやり取りで何がレヴィの気に障ったのかは分からなかったが、一人で夜の山歩きはやめて欲しいところだ。

 もし大声を上げてくれなければ、籠手による脚力強化の力で駆けてもここまで来れなかっただろう。


 レヴィは怪我をしていた。

 頭から血を流し、それが左目に入り込んでアゴに伝っている。


「癒せ」


 クトーが怒りを覚えながら【四竜のメガネ】のブリッジを押し上げて命じると、メガネの縁が白い光を纏い、レヴィの体に向けて流れ出す。

 頭から溢れた血が巻き戻って傷が塞がり、肩と腹の、服が擦れたように破れかけている辺りも光が覆って消えた。


 四種の魔法を定量魔力で発動できるメガネだ。

 このメガネの回復術では瀕死の傷は癒せないが、レヴィが負った傷ならば許容範囲だった。


「無茶をしたな」

「……」


 クトーの言葉に、レヴィは顔を伏せた。


 おそらくレヴィは、逃げようとせずに立ち向かったのだろう。

 その場に留まってくれたのは結果的には好判断だったと言えるが、Cランクの魔物を相手にするには彼女ではまだ力不足だ。


 クトーはレヴィから目を離して、魔物に目を向けた。


「この魔物は、フライングワームという最下級のドラゴンだ」


 しかし本来なら、こんな場所に生息しているような魔物ではないはずだった。

 フライングワームは、実力差を悟っているのか警戒して今は襲って来ないが……クトーの方が、逃すつもりが毛頭なかった。


 一時とはいえ、パーティーを組んだ以上、レヴィは仲間だ。

 彼女を傷つけた代償はきちんと支払わせる。


 レヴィの知識の一部になってもらおう。


「講義の時間だ、レヴィ。目を上げていろ」

「え……?」


 不思議そうな声を上げるレヴィを振り向く事はせず、クトーは足元に落ちていた太い枯れ枝を剣で手頃な長さに斬って、拾い上げた。


「まずは、特徴から。この魔物の攻撃手段は、牙と巨体を生かした突撃、そしてブレスだ」


 クトーが両手を体の脇にだらりと下げたまま殺気を込めて一歩踏み出すと、フライングワームは体をたわめて襲いかかってきた。


 敵の攻撃に対して真正面からさらに踏み込み、大きく開いたアゴに手にした枝をつっかえ棒のように突き込む。

 そのまま捻るように地面へとフライングワームの体を逸らすと、魔物の巨体が自分の勢いで地面を削りながら横倒しになった。


 首を踏み付けて動きを阻害し、クトーは剣を握るのと逆の手で片翼の根を掴む。

 そして、剣を逆手に持ち変えて一息に尾に突き込み、地面に縫い付けた。


 木の枝でアゴを閉じれなくなった魔物は暴れようとするが、首と翼、尾を動けないように抑えている。


「フライングワームの噛みつきはそれだけで脅威だが、さらに注意事項として、全ての牙に強力な酸毒の分泌器官がある事を覚えておけ。痺れ毒ではないが、噛まれると服や体が溶ける」


 それを示すために、クトーが魔物の頭に手を添えてレヴィの方を向かせると、口の端から滴った黄色い唾液が地面の落ち葉を焼いて、シュゥ、と煙を立てた。


「もう一つ、フライングワームは翼を持ってはいても、飛べない。滑空は可能だが、この翼は魔力補助との併用で自身の巨体を素早く動かす為に使用している」


 頭から手を離し、次は掴んだ翼が淡く赤い色に光っているのをレヴィに示す。

 講義をしながら目を向けると、レヴィは(ほう)けた顔をしていた。


「聞いているか?」

「あ、うん……」


 曖昧な返事をするレヴィにクトーは眉根を寄せる。

 ぼんやりと聞いていても、まるで身にならないというのに。


「講義は真剣に聞け。次に遭遇した時にどうすれば良いか、という事を知っていれば、より上手く対処出来るはずだ」

「いやあの、それは良いんだけど……え? なんでそんな簡単に突けるの?」


 レヴィが指差す場所に目を向けると、尾を縫い付けている剣があった。


「硬かったか?」


 どうやら一撃を加えたらしいと察したクトーは、胸の内で感心しながら訊ねた。


「うん、なんか鉄の塊みたいな感じだった……」

「疑問を持つのはいい事だ。ドラゴン種は先ほど説明した通り、浮遊やブレスといった魔法を扱う事が出来る。加えて、身体強化の魔法も使えるんだ。おそらく、レヴィが突き刺した時にはフライングワームは浮遊魔法を使う代わりに、何かで体を支えていたはずだ」

「えっと……木に巻きついてた、ような」


 レヴィは思い出すように、外套を肩にかけて座り込んだ姿勢のまま、視線を空中に向ける。


 危機的状況にも関わらず、相手の動きを見極めていたらしい。

 やはり、レヴィはありとあらゆる意味で目が良いのだ。

 

「魔法を使うが、フライングワームの魔力容量(キャパシティ)や一度に行使できる魔力量はさほど多くはない為、攻撃、補助、肉体強化の魔法は併用できない。翼に魔力を集中しているタイミング、あるいはブレスを放った直後ならば、低ランクの武器でも傷つけることが出来る」

「そうなんだ……」


 もし知っていれば、フライングワームを倒せはしなかっただろうが傷つける事は出来たかも知れない。

 負けん気の強さといい、レヴィは予想以上の逸材なのかも知れなかった。


 自然と指導にも熱がこもるのを感じながら、クトーは続ける。


「故に対処法は、攻撃をしてきたタイミングでカウンターを加える事。手足がない為に、この魔物には攻撃手段が巻きつきと噛みつき、そしてブレスしかない。長い体に囲まれないように気をつけて、噛みつきは避け、ブレスが来そうならタイミングを合わせて直前に距離を詰めるか、あるいは逆に距離を取ればいい」


 クトーはレヴィがきちんと理解しているか表情を見たが、彼女は真剣だった。

 ちゃんと付いてきている、と判断して、講義を進める。


 翼を両手で掴んで、クトーは広げて見せた。


「さらに、フライングワームは翼を落とせば弱体化する。噛みつきの時は、地面に体が落ちた時に隙が出来る。ブレスを避けた直後も同様だ。そこで翼を狙え。浮遊の魔法が行使出来なくなり、動きが格段に鈍る」

「ただの大きなヘビになるってことね?」

「そうだ」


 クトーは尾から剣を引き抜くと、根元から翼を断ち落とした。

 魔物が尾を跳ねさせてこちらの顔を狙ってくるが、首を傾けるだけで避ける。


 同じ要領でもう片方の翼も断ち落とすと、また振り上げられた尾を掴んで、レヴィに問いかける。


「講義は終わりだ。何か質問は?」

「……その状態で肉体強化されたら、無力化しても殺せないんじゃ?」

「良い質問だ」


 考えてからレヴィの口にした言葉に、クトーは満足した。


「防御魔法は、使用魔力量に応じて硬化時間が長くなる。多くの魔力を使えば長い時間硬化するが、この魔物の魔力量は?」


 あえて最後まで口にせずにレヴィに質問を返すと、彼女は調子を取り戻してきたのか鼻を鳴らした。


「さほど多くないから、フライングワームは長時間魔法を継続出来ないのね」

「正解だ。そして体力同様、魔力はいずれ尽きる」


 クトーは最後にフライングワームの首を断ち、剣を納めてから。


「終わったぞ。……そろそろ、正体を見せろ」


 動かなくなったフライングワームに声をかけた。

 

※※※


「……クトー? どういう意味?」


 横に近づいてきたレヴィの問いかけへの答えを、クトーはフライングワームに向けて語ることで示す。


「フライングワームは本来、温暖な地域に生息する魔物だ。山に住むとしても活火山か、あるいは地表に近い温水が湧く場所に棲む。……この山は修行山であり、水温が低く冬場には凍結する場所もある」


 以前相手にした時には『断崖の壁』と呼ばれるマグマ山で大量に生息していたので、生態を調べた事があるのだ。

 火属性の息吹を使う竜は、総じて冷気に弱い。


「誰かが意図的に呼び寄せなければ、この場にいないはずの魔物だ。何が目的でレヴィを襲った」


 すると、不意に。

 ヒヒヒ、と楽しげな笑いがフライングワームから聞こえた。


「うぇっ!?」


 喉を鳴らしたのはレヴィで、クトーの服にしがみつくように体を寄せる。

 まるで死んだはずの魔物が喋ったように感じたのだろう。


 しかしクトーは、その魔力波動から別の存在がフライングワームの中にいる事を察知していた。


「人間か」

『少し違うねぇ。体は持っちゃいないからよ』


 ぼんやりと魔物の腹の辺りが光り、ふわりと球のようなものが出てくると青白く透けた獣の姿を形取った。

 魔物にしては随分と小さく、レヴィの膝あたりまでしかない。


「ゆゆゆゆ、幽霊!?」


 怯えてますますしがみついてくるレヴィだが、胸元の感触がないのは薄すぎるからか、とクトーは考えた。

 口に出したらしばらく無視されそうなので黙っておく。


『それも、ちょっと違うねぇ。言うなれば残滓(ざんし)ってとこだね。兄ちゃんのおかげで助かった』


 獣は白虎のような毛並みに、竜に似た小さな翼を生やしたもので、今まで見たことはない。

 額に黒い丸の模様が眉のように二つある獣は、人間のような仕草で地面に腰を落として胡座をかくと、手に握っている透けた煙管(キセル)を吹かした。


「お前の名は」

『自分から名乗っちゃどうだい? 良い腕してるお兄さんよ』

「レヴィとの話を聞いていたなら知っているだろう」


 切り返したクトーに、獣は器用に皮肉そうな表情を作ると、片方の目を大きく見開いて後足を前足でポンポン、と叩いた。


『いいねぇ。賢いヤツは好きなんだよ』


 何がおかしいのか、ヒヒヒ、と笑って獣は名乗った。


『わっちはトゥスさ。この山で遊んでた小僧の残りカスさね』

「トゥス……修験者達の開祖の名だな」


 偶然の一致、ではないだろう。

 目の前の、自らを残滓だという存在からはどこか静謐な気配を感じる。


 口調の荒さ、仕草の俗っぽさ、そういったものと裏腹に、瞳は深い知性を宿していた。


『別にわっちは修行なんざしてた覚えはねーんだけどねぇ』


 トゥスは肩をすくめた。


『山に枕し、自然と共に生きてきただけさ。その内に(かすみ)を食って腹を満たせるようになり、道を駆けるように空を駆けはじめ、しまいには肉が失せてものんべんだらりと過ごせちまってるってーだけだ』


 この煙だけは手放せなかったがね、と、トゥスは美味そうにキセルを吹かす。


『こうなってから、飢えたヤツに餌をくれてやった事もあらぁね。したらわっちを徳のある仙人と勘違いしたヤツが、自分も同じになろうとこの山に住み始めたってーのが真相さ。あいにくと同じになったヤツは見た覚えがねーが』

「だから、その姿か」

『そう。人の姿をしてると、たまに拝んでくるのとか追いかけて来るのとかがいて、鬱陶しくてねぇ。わっちは別に何か力がある訳でもねぇ。出来る事といや、死にかけの魔物に取り憑くくらいさね』

「そして人を襲うのか」


 クトーが目を細めると、こちらが怒っている事を察したらしいトゥスは、キセルでコンコン、と困ったように頭を叩いた。


『言い訳するとねぇ。別に嬢ちゃんを襲うつもりじゃなかった。こいつは歳で上手く動けなくなって、飢え死にしそうだったのさ』


 フライングワームを痛ましそうに撫でる仕草をしたトゥスは、ちらりとクトーに意味ありげな目を向ける。


『この山の、地下でねぇ』

「飢え……」


 レヴィが、その言葉に肩をピクリと動かした。


 クトーは思考を巡らせる。

 この山に地下洞窟などがあるという話は聞いた事がない……つまり、秘匿されているのだろう。


 誰が隠すか、などという事は決まっている。


「修験者達に、儀式の場か、あるいは荒業の場として使われている洞穴があるんだな。この山の地下に、フライングワームが棲めるくらい暖かい場所が」

『良いねぇ。兄ちゃんは本当に賢い』


 トゥスが、ニヤリと笑った。


『今は封じられて入る者もいないが、洞穴には抜け道がいくつかある。こいつは、あまり仲間との付き合いが上手くなくてねぇ。地下で共食いされそうになってたのさ。魔物とはいえ、死にかけに無体なこったよ。わっちは、こいつに死に場所くらい自分で決めさせてやりたかったのさ』


 だがトゥスが取り憑いて動けるようになった魔物は、飢えの意識が強すぎ、またそのまま死ぬことに我慢が出来なかったらしい。


『やめろと言ったのに、獲物の匂いを嗅いでわっちから主導権を奪ってねぇ。そんで襲った。結局、兄ちゃんに殺される羽目になった。バカなヤツだよねぇ』


 トゥスは、目の前のフライングワームに心から同情しているようだった。

 レヴィを傷つけた事は許しがたいが、事情を聞けばフライングワームのせいではあっても、トゥスの落ち度とは言えない。


 なのでクトーは、いつの間にかしがみつくのをやめて、ジッとフライングワームを見ているレヴィに訊ねた。


「どうする、レヴィ」

「どうって?」


 目も向けないまま、肩に羽織った黒竜の外套をギュッと握りしめていたレヴィが、おうむ返しに問い返してくる。


「トゥスが襲わせたのではないらしい。それでも怪我を負ったのはお前だ。トゥスをどうするかは、お前に決める権利がある」


 傷つけられた事が許せないなら、とクトーは剣の柄を握った。


「斬り捨てる方法がない訳でもない」

「別に望まないし、そんな事」


 レヴィが呆れた顔で、上目遣いにクトーを見上げる。


「生きてるし、それでいいんじゃないの?」


 クトーはうなずいて、黙って煙管を吹かしていたトゥスにうなずきかけた。


「レヴィが許すのなら、俺が何かする理由もないな。好きに消えると良い。……が、このフライングワームはもらって行っても良いか?」

『何に使うんだい?』

「そうだな……ギルドに持って行ってもいいが」


 クトーは腕を組んで、アゴを撫でた。


「この魔物の死を、少しでも意味のあるものに変えるというのも、悪くないな」

「意味のあるものに?」

『変える?』


 二人はクトーの言っている意味を理解出来ないようで、二人して首を傾げた。


「そう。丁度レヴィの装備を仕立てなければならなかったからな。しばらくは、この山を越えた先にあるクサッツに留まるつもりだ。余さず、レヴィの身を守る役に立ってもらおう」


 竜の外皮はそれなりに強靭で軽い。

 Cランクなので大した装備にはならないが、それでも今の装備に比べれば格段に良いものであるには違いない。


「償いとしては、上等な部類だと思わないか?」


 レヴィはトゥスと顔を見合わせた。


「……私としてはありがたいけど」

『ヒヒヒ、この兄ちゃんは、本当に変なヤツだね。魔物に償いと来るかよ』


 トゥスの言葉に、クトーは眉根を寄せた。

 何も面白いことを言った覚えはないんだが。

 

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] レヴィに資質があったこと。 かわいいだけじゃダメだよね。 [気になる点] 変なキャラが増えて、どうやって話としてまとめるのか気になるぜよ。 [一言] 面白い。
2021/01/25 20:28 退会済み
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