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おっさんは、不利な戦闘を強いられる(前編)


 先ほどの部屋に似ているが、窓のない部屋。


 トゥスの火の玉が弾けて闇が払われ、光源が存在しないにも関わらず視界が利くようになっていた。

 正面に立つブネの後ろで、ドラクロがダガーを構えている。


「グルだったか」

「ドラクロを目覚めさせたのは私だ」


 あっさりとそう告げたブネは、感情の浮かばない目をしていた。

 

『こりゃ、思った以上に難儀だねぇ……』


 圧倒的に不利な状況に、クトーは奥歯を噛み締めた。

 魔族が憑いた状態のレヴィを相手にするだけでも、相当に厳しい。


 この上、ブネまで出て来たのでは。


「思った以上に、今回の策は功を奏した」


 事が思い通りに運んでいるからか、あるいはこれがブネの素の状態なのか。

 戦意を静かに放ちながらも、淡々とした調子で言葉をつむぐ。


「……レヴィを解放する気はあるか」

「愚問だな」


 クトー自身にも分かりきった返答だった。

 この状況で、ブネ側がレヴィを手放す理由がない。


 相手がただの魔族2体であれば、まだやりようがあるという、微かな可能性は潰れた。

 ブネが、黒檀のような爪先をこちらに向ける。


「真竜の薙刀を持たない貴様は、自分の魔力も満足に練る事も出来ないただの人間に過ぎん。今の実力は、せいぜいAランク程度だろう?」


 ブネの目は正確にクトーを見抜いていた。


 クトーは魔導戦士(ブラックウォリア)であり、万能型と言えば聞こえはいいものの、実質は器用貧乏だ。

 魔法は特化型に敵わず、武器の技量についても同様だった。


「持ち前の魔力とその針によって上位魔法に迫る威力の魔法を扱え、各種武器に精通・所持しているとしても、現状における貴様の真価は、連携にあるのだろう?」

「……」

「戦術指揮と、誰が相手でも即座に応じて補助する事が可能な技術。それらは仲間がいて始めて成り立つ強さだ」


 ブネが、クトーの周りを手のひらで示してゆっくりと広げる。

 当然ながら、そこには誰もいない。

 

「仲間が強ければ強いほどに、その強さは際立つが……1人で戦う場合、あくまでも貴様は、ただの優れた戦士でしかない」


 加護も持たず、突出した攻撃手段も武器もない。

 1人では真の脅威に対抗し得ないーーーそれが、魔王を倒すまでの間に、クトーが自分に下した評価だった。


 真竜の薙刀を得たのは、魔王を倒した後のこと。

 それも、今はない。


 ブネはそれらの全てをわざわざ言葉にしたのだ。

 意図は読めないが、クトーは自身の不利を改めて認識していた。


「薙刀さえあれば、と思っているだろう? その為に、わざわざ手間をかけて北の国境の件を仕組んだ。あっさりと、踊らされたな」

「何……?」

「北との小競り合いの情報は、我々が仕組んだフェイクだ。が、女神の加護を受けた勇者はすでに発ったのだろう?」


 北との小競り合いを仕組んだ。

 それが北を利用してこの国とあの国を争わせたのか、それとも『そう見える』情報を作り上げただけなのか、は、ブネの口調からは読めなかった。


「……何故、北を利用した?」


 別に帝国でも、他の小国でも良かったはずだ。

 結局騙されはしたが、北と緊迫状態のままであれば、逆に信憑性の高い話となっただろう。


 だが、和平交渉を行う姿勢を表向きとはいえ北が見せた状況で、あの国を利用する特別な理由は考えられない。


 あるいは意味などないのか、とも思っていると、不意にブネが小さな笑みを見せた。


「私は、魔族の中では変わり者だ。人を手のひらの上で弄ぶよりも、強い者との命の奪い合いを好む」

「残虐さという意味では、どちらも似たようなものだと思うが」


 魔族に対抗しうる者の存在がそもそも少なく、ブネは以前戦った感触から確実にAランク以上だ。

 命の奪い合いといったところで、相手が恐怖に怯える様を愉しむのか、向かってくる者を全力で叩き潰すかという違いしかないだろう。


「その通りだ。つまり、私にもわずかながら、人の苦しみを愉しむ気持ちがあるという事だ」


 ブネは胸元に手を当てて、笑みのままで言う。


「なぜ北を利用したのか。当然、貴様らを悩ませるためだ。この国に来ている豪商は、ファフニールと言ったかな? 耳が早いのは、何も商人の専売特許ではない」


 つまり、和平の話が出ているからこそあえて北を利用したということだ。

 やはり魔族は魔族でしかない。


「無駄話はそろそろ終わろう、クトー・オロチ」


 ブネは、静かに両腕を持ち上げて拳を構えた。

 腰の高い自然体だが、隙はない。


 クトーも剣を持ち上げて、半身になった。

 片手剣の切っ先を軽く差し出すように構える。


「貴様ら【ドラゴンズ・レイド】には致命的な欠点がある。情に流されやすいという欠点がな」

「それがどうした」


 クトーはブネの動きに注意しつつ、言葉を投げ返した。


「小競り合いが実際にはなかったのなら、リュウを喚び戻してしまえば形勢は逆転する」

「ついに欺瞞に頼るしか手がなくなったか? この結界を崩壊させれば、我々は逃げる。レヴィという少女の魂は喰われ、肉体はドラクロのものとなる」


 ブネは揺れなかった。

 こちらの手の内は全て読んでいる、という事だろう。


 リュウを喚ぶ召喚魔法を行使するには、ミズチとも連携を取る必要もある。

 結界を崩壊させた直後に逃げを打たれれば、絶対に間に合わない。


「なんのために、わざわざ少女をドラクロに即座に喰わせずに生かしていると思う? 殺せば貴様の枷が外れるからだ」


 来る。

 そう思った直後に、ブネの姿がかき消えた。


「確実に貴様を殺すために、私は動いたのだ」


 間近で聞こえた声に、応える余裕はなかった。

 かすかに視界の端に捉えたブネに対して剣を合わせると、拳と剣がぶつかり合って、こちらが弾かれる。


 その勢いに逆らわずに身を翻して距離を取りつつ、クトーは部屋の中で円を描くように駆け出した。


「逃げるのか?」

「戦術の基本だ」


 言い返しながら、クトーは急に動く方向を変えた。

 後ろから迫っていたブネの拳が背中を撫でて、擦れた黒竜の外套がジッと音を立てる。


 逃げながらも、クトーはブネの話に納得していた。

 なぜレヴィを即座に殺さないのか、あるいは取り込まないのかと、違和感を覚えていたのだ。


 ドラクロも口にしていたが、クトーを確実に殺すためだった。

 そう、レヴィは生きていなければ、こちらに対して人質としての価値がないのだ。


 逃げるクトーに対して何を思ったのか、ドラクロが自分の腕に毒牙のダガーを添える。


「つまらぬのである。それ以上逃げ回り抵抗するのなら、こいつを少しずつ傷つけるのである」

「やめろ」


 その制止の声を上げたのは、ブネだった。


「私はクトーと戦り合いたいのだ。本来ならば、全力でな。……この程度で我慢をしているのに、これ以上弱くなってもらっては困る」

「なぜ全力でやり合わない?」

認められていない(・・・・・・・・)からだ。非常に残念なことにな」


 その物言いに思考を巡らせる前に、三たびブネが仕掛けて来る。


「逃げているだけで私は倒せんぞ」

「ッ……防げ!」


 避け切れない一撃に対して、クトーは防御魔法を行使する。

 ガン、とブネの拳が障壁に突き刺さるのと同時に、防壁展開の効果時間を捨てて、クトーは無防備なブネの胸元へ向けて刺突を放った。


 が、ブネも読んでいたのか、軸足を起点に逆の足で半円を描いて、半身になりつつ刃を避ける。

 クトーは剣から手を離して、突き出した腕を即座に肘鉄に変化させた。


「ほう」


 ブネが首を傾けたが、その頬を肘がかする。

 人の姿をしていながら、まるで鋼鉄のような感触を感じた。


「やるな」


 クトーは腹に向かって膝を打たれて、痛みよりも重い衝撃を先に感じながらも、肘鉄を振り抜いた。

 体がねじれるのに合わせて、宙に放り出した剣を逆の手で掴み取り、ブネの首筋に柄尻を叩きつける。


「……!」


 攻撃を受けながらも、3撃目がブネを捉えた。

 大したダメージはないようだが。


 クトーは捻った体をバネのように跳ね戻し、ブネの胸元に掌底を叩きつける。

 吹き飛ばせはしなかったものの、少し距離が空いたのでクトーは後ろに跳んだ。


 出来たらこの隙に魔法を使いたかったが、残念ながらピアシング・ニードルに魔力を込めている余裕はなかった。


 腹への蹴りは重く、時間差で襲って来た痛みに集中力を乱されている。

 1度だけ深く息を吐いてから吸い込むことで、無理やり意識を整えた。


 ブネはその間に、掌底によって反らさせた上体をゆっくりと戻す。

 見ていたドラクロが、愉悦に満ちた声を上げた。


「……ゲゲゲ。どちらにせよ、なぶり殺し……であるな。その内に無様な姿を見せるのを、存分に楽しんでやるのである」

「……口ばかりよく回る」


 言い返しはしたものの、それ以上の意識をドラクロには向けなかった。

 隙を見せれば、ブネは即座に踏み込んで来るだろう。


「いいぞ、クトー・オロチ」


 以前圧倒した時とは違い、ブネは強大に感じられた。

 薙刀の有無もあるだろうが、1番の理由はブネが準備を整えているからだろう。


 温泉街では、おそらく遊んでいたのだ。


「楽しませてくれる」

「1度負けている割に、余裕がありそうだな」


 挑発してみたものの、効いてはいないだろう。

 レヴィならば、すぐに乗ってくれたかもしれないな、と思いながら、張り詰めすぎないように気を緩める。


「これだけのお膳立てを整えて、こちらがこれ以上つまらない真似をしては、貴様の立つ瀬がないだろう?」


 ジリ、ジリ、とすり足でブネが構えながら、こちらへの距離を詰めて来る。


「さぁ、魔王様にすら認められたその頭脳で、この状況を打開してみせろ」


 相手の優位を利用して油断を誘うことは、どうやら出来ないようだった。

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