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おっさんは、少女を奪われる。


『この中だねぇ』


 トゥスに導かれてたどり着いた先は、またしても貧民街だった。

 その中にある、鉄柵に囲まれた墓所。

 

「お、お墓……」


 レヴィは、日も暮れかけた中でその場を見て頬を引きつらせる。

 どうも彼女はこうした場所の雰囲気を苦手としているらしい、という事をクトーはようやく理解し始めていた。

 

 トゥスに初めて会った時や、ムラクやメリュジーヌの店へ赴いた時も同じような反応をしていたからだ。


「何が怖いんだ?」


 こういう場所を怖がる者たちが一定数いるのは、クトーも知っていた。

 3バカの1人である重戦士のズメイも、同じような気質だ。


「何がってあなた、逆になんでこの雰囲気が怖くないの!?」


 逆に問い返されて、クトーは目の前に見える墓所に改めて目を向けた。

 貴族街や中層にある墓所と違い、貧民街の墓は大体同じような墓がいくつも立っている。


 死者の魂は輪廻に還るものだ。

 しかし実際に墓を守る遺族などが、死者を悼む気持ちを墓に込めると言いながら、故人が生前に好んでいた物の石像などを立てたりするのだ。


 目の前の、墓所を彩る金もさほどない貧民街の墓は、盛り土に木の十字を刺したものが大半だ。

 木の質も良くなく、雑草などもそこらじゅうに生えてあまり手入れされていない。

 

 他の墓所は憩いの場として使われるが、貧民街の墓は忌み地だった。


 貧民街の墓には、貧困者の墓所として以外にもう1つの側面がある。

 処刑された罪人がまとめて埋められる『罪人の墓』が存在するのだ。


 そうした事情もあってあまり人が近づかないので、薄暗さを感じさせるのかも知れない……が。


「やはりよく分からんな」

「ウソでしょ……?」


 もはや理解しがたいものを見るような目を向けてくるレヴィに、クトーは手でメガネのブリッジを押し上げた。


「死体は死体で、墓は墓だ。それ以上でもそれ以下でもない」


 死体が、特に何かをしてくる訳でもないのだ。

 生きている人間を恐れる気持ちの方がまだ理解出来る。


「行くぞ」

「あ……!」


 クトーがさっさと先に進むと、レヴィは慌ててついてきた。

 メリュジーヌの店などではそれでも強がっていたが、夜も近づいていて疲れているのもあり、そうした余裕がなくなっているのかもしれない。


 今のレヴィに本当に戦闘ができるのか、という懸念が強まったので、クトーは歩きながらあらかじめ剣を抜いて、ピアシング・ニードルを出して腰に下げた。

 レヴィをかばいながら戦える程度の相手であればいいが。


 墓を歩いていると、幽霊そのものであるトゥスがぼんやりと浮かびながら、ヒヒヒ、と話しかけてくる。


『兄ちゃんは死者への敬意が足りねぇね。魂がそこになければ、亡骸はただの物かい?』

「アンデッドとして蘇れば、駆除対象だな」


 死者の魂や遺族の想いに敬意を払わない訳ではないが、死体や墓を作っている物は『そこにあるだけ』としか思えない。


「グズグズしていると、ここを管理する教会によって門が閉ざされる。急ぐぞ」


 夜が更けて壁門が閉められる程度なら、宿に泊まるなり非常手段を使うなりでどうにでもなる。

 しかし墓所そのものを閉ざされたり、見回りに来た者に見つかるのは避けたかった。


 墓荒らし扱いされる可能性もそうだが、個人的に神職者があまり好ましくないからだ。

 信仰心というものは、クトーにとって人の心の中で最も理解しがたいモノの1つなのだ。


 ここは仮にも王都にある墓所であり、管理する教会がすぐ側に建っている。


『ここだねぇ』


 トゥスが止まったのは、墓所の片隅、目立たない場所にひっそりと存在する物の前だった。

 盛り土の上に作られた石造りの逆さ十字に、死と輪廻の神ウーラヴォスの紋章が刻まれたクトーの背丈程度の墓で、膝丈程度の雑草に覆われた周りの地面はデコボコとしている。


 罪人の墓だ。


『気配はここで途切れてる。さて、どんな意味があるのかねぇ?』

「瘴気で、死骸をアンデッド化するつもりか?」


 この墓所は、神職者によって定期的に場が清められている。

 魔法や呪術を使わずに、瘴気に触れただけで死体がアンデッド化するような危険な状況ではない。


 それとも、こちらを始末するための手駒を揃えた上で誘き出したのか。

 そう考えるクトーに、トゥスは尻尾をユラユラと振った。


『そんな感じはしねーねぇ。瘴気の気配は、途切れてるんだ。残ってんのは残滓だけさね』

「……この場に来させるのが目的だったのか? (おとり)の可能性もあるな」


 別の場所で事を起こすのに、クトーらが中層に居る事、メリュジーヌの店に向かう事、あるいはネックレスに何かがあり、今それを調べられるとまずい理由があるのか。


 考えられる理由を口にしながら相手の行動に思考を向けるクトーの横で、レヴィが少し青ざめた顔をしながら腕をさする。


「こ、ここに来させる事自体が目的だったとか、は?」

「何のためだ」

「ヒント、とか?」


 レヴィの言葉の意味が分からず、クトーは眉をひそめた。


「何のヒントだ。相手が俺たちに利する行為をする理由が思い当たらんが」

『いや、ありえるかも知んねぇね』


 フッ、と煙を吐いて、トゥスが言葉を引き継ぐ。


『温泉街でもそうだったが、もし相手がブネなら、何か狙いがあるんじゃねーかねぇ』

「どんな狙いだ?」


 トゥスはこちらを振り返り、ニヤリと笑みを浮かべた。


『ブネの狙いは、温泉街では兄ちゃん達だったねぇ。わざわざ王都にいるってぇ事は、兄ちゃん達を追って来た可能性もあらぁね。ヤツの狙いが兄ちゃんなら、もしかすると『邪魔な相手が誰なのか』ってぇ部分が、間違ってるんじゃねぇかい?』

「……魔族同士が、繋がっていないかも知れない、という意味か?」


 協力してこちらを排除しようとしているのではなく、魔族同士が敵対しているという意味だろう。

 魔王を倒す前には見られなかった状況だ。


 だが、魔王という抑止がなくなった状態ならありえる話でもあった。


『魔族は下手すりゃ人間以上に利己的さね。兄ちゃんたちにご執心のブネが、別の魔族の狙いに巻き込まれて自分の獲物がむざむざ殺されるかも知れねぇのを邪魔してぇ、って事もあり得る話さね』

「ふむ」


 たしかに、魔族同士が繋がっている確証はない。

 魔族同士のタイミングの良さは、ブネが、こちらと同時に相手の魔族も見張っていたからと考えれば腑に落ちる。


「つまりこの場所が、もう1体の魔族に繋がっている場所だと?」

『ていう事も、考えられるってぇだけだけどね』


 罪人の墓が、何の手がかりになるのか。

 もし魔族同士が繋がっておらず敵対している場合、もう1体の魔族の狙いは。


「あ、ねぇクトー」


 レヴィが何かを思い出したような様子で、墓の中央に目を向けた。

 そこには墓所のなかではそびえるウーラヴォスの塔がある。


「その、丘の上にあの塔が立ってる場所ってある?」

「丘の上……?」


 クトーはレヴィの言葉に不審を覚えた。

 墓所には必ずあの塔が立っているが、レヴィが『丘の上の塔』を知っているはずがないからだ。


「お前は、俺と出会う以前王都に訪れた事があるのか?」

「な、ないけど」


 クトーが鋭い視線を向けたのに何を思ったのか、レヴィが肩をすくめる。


「では、なぜ丘の塔の存在を知っている」


 丘の塔は、以前この貧民街が出来る前に存在した塔だ。

 先王の悪政により増えた死人を今までにあった墓所では収容しきれず、それを埋めるために王都の外に建てられたもの。


 今は、もうない。……先王と共に悪政を敷いていた大臣が、先王を倒した後に墓地へ逃げ込んでアンデッドを大量に作り出し、追ったクトーらがその戦闘で破壊したからだ。


「ゆ、夢を見たの」

「夢?」

「そうよ」


 レヴィは、また唇を舐めた。

 体の中に水が足りていないのかもしれない。


 生ぬるい風にさらされた彼女の顔は、どこか火照っている感じがした。

 いつもよりも焦点があまり合っていない目で、彼女は告げる。


「試験を受ける前の日の夜に。女の子が1人、王都の大通りを歩いてて………その子が歩くと、街が崩れていって。最後にあの子が登ったのが、丘の塔で……」


 そこでクトーは、レヴィから魔力の気配を感じた。

 意識をレヴィに集中すると、彼女の腰袋の中から緑の光が漏れ出している。


「……!」

「あなたの名前をつぶやいて、あの塔から、身を投げたのは……」


 クトーは剣をそっと構えて、レヴィに向かって足を踏み込んだ。

 彼女は気づかない様子で最後の言葉を口にする。




「……ローラ……」




 腰の皮袋を、クトーは剣で貫いた。

 

 剣先にはネックレスのヘッドである緑の石。

 しかし、本来ならヒビくらいは入るだろう一撃を受けたネックレスは、不気味な緑の光で防御されていて傷1つ付かず。


 剣の勢いに引っ張られて引き裂かれた皮袋の中身をぶち撒けながら、体を捻ったレヴィが、飛んでいくネックレスに手を伸ばして掴み取る。


「レヴィ……!」


 呼びかけた瞬間、緑の光がレヴィの指先から体へと這い上がり、彼女の肉体を包み込む。


『……ゲゲゲ』


 レヴィの顔が、彼女本人であれば決して浮かべないだろう醜悪な笑みを浮かべ、耳障りな男性の声を漏らした。

 彼女はクトーを見ながら身をひるがえし、トゥスの助けもなしに常人に数倍する脚力で跳躍する。


『残念であったな、クトー・オロチ!』


 レヴィの口で喋りながら、彼女に取り憑いた何かが言う。

 クトーは答えずに剣を引いて追撃をかけようとしたが、たった三歩で視界から外れるほど遠くへと行って背を向ける。


「待て!」


 疾風の籠手の効果では追いきれないと判断したクトーは、ピアシング・ニードルを抜き出して自分の腕に添える。


(みなぎ)れ!」

『兄ちゃん! 憑くぜ!』


 呪玉を崩壊させながら発動した身体強化の補助魔法が、クトーの肉体に力を与えた。

 同時にトゥスが、クトーの肉体に冷気と共に入り込んで中に収まる。


 クトーは全力で跳ねながらレヴィを追った。


『やられたねぇ……さっきまで全く瘴気の気配を感じなかったのに、今はプンプン臭いやがる。なんなんだありゃ……』

「儀式系の呪具だったんだろうな」


 先にメリュジーヌの元へ向かうべきだった。

 情報が少ないと、こうした不測の事態が往々にして起こる。


 完全に魔族の手のひらの上で遊ばれていた。


「トゥス翁。追えるか?」


 クトー自身では、瘴気の気配が向かった大まかな方向は分かっても、トゥスほど詳細に気配を辿れない。


『嬢ちゃんなら視せてやる事も出来るんだがねぇ。兄ちゃんが相手だと邪魔になっちまう可能性もあるさね』


 彼と同じように天地の気を扱うレヴィと違い、魔力を使って戦うクトーは、トゥスの干渉を受けるとお互いに弾きあってしまう可能性があるのだ。


『口で言うから、その通りに動きな。……どうにもこの件は、最初から風向きが悪いねぇ。こっちの考えが読まれちまってるみてぇにね』

「考え、か」


 言われてみれば、そもそもの始まりから相手の仕業だった事を考えると、クトーの思考だけでなくレヴィたちの振る舞いまで読まれているようだった。


 こちらの慎重さを誘う程度の情報量と、被害。

 レヴィ達の考えが読まれたのは、1度接触しているからか。


「相手はバカではない。……そしてこちらの事を知っている」


 ブネではない、とクトーは思った。

 温泉街の件で慎重さを見せたのは、クシナダの依頼に関わる前だ。


 その時点でブネがこちらを認識していたわけではないし、レヴィ達が追ったのもブネではないという。

 とするのなら、考えを読んでいるのはもう1体の魔族。


「奴は、まさか……」

『心当たりがあるのかねぇ?』

「1人だけだがな」


 今まで関わりのあった魔族で、こちらの動きを読めるほどに相手をした上に生きている存在は、いないはずだ。


 クトーはもう1度、自分の思考をさらう。

 先王に関しては、魂までもが滅するのを確認したので可能性はない。


 ブネが生きていた事を考えると、魔王の配下だった魔族の誰かが生きていたのかとも思える。

 しかそトゥスに指示されて追っている相手の足取りの迷いのなさは、王都の状況にも精通しているように感じられた。


 そして最もあり得る可能性を、クトーは考え始める。


 罪人の墓。

 少女が殺された場所。

 先ほどレヴィの口にした塔のビジョン。

 そして、耳障りな声と喋り方。


 それらを考え合わせて、導き出される答え。


「だが奴は、魔族ではなかったはずだ……」


 アンデッドの禁呪に手を出し、魂を瘴気に侵されてはいたが、魔族化には至っていなかった。

 

 追いついた先で、レヴィは待っていた。

 毒牙のダガーを手にこちらの背を向けて立っているのは、当然のようにローラという少女の死んでいた場所。


「一体、どうやって蘇った?」

『ゲゲゲ。気づいたようであるな』


 レヴィが振り向き、享楽的な笑みを浮かべながら目を細める。

 美しい緑だった瞳が、禍々しい紅へと変化していた。


「ここは、元は丘があり塔の立っていた場所。……そして、お前が死んだはずの場所だ。元宰相ドラクロ」


 クトーの口にした名前に、ますますレヴィは……レヴィに憑いた邪悪な魂は、笑みを深める。


『気づくのが遅すぎるのであるよ、クトー・オロチ。しょせん貴様は、その程度の存在なのである!』


 ドラクロが、手にしたネックレスの宝玉を力を込めて握りしめた。

 パキン、と呆気なく宝玉が砕けると同時に、爆発的な瘴気が吹き付けてくる。


(さえぎ)れ」


 クトーはピアシング・ニードルで魔法を発動した。

 防御結界の亜種で、魔力に類する負の影響を中和する持続型の補助魔法だ。


 闇属性を祓う、黒竜の外套に付与されている耐熱耐性に似た作用がある。

 しかし瘴気そのものの影響は防げても、それによって発動される禁呪の影響は防げなかった。


 広がった瘴気はクトーの視界を歪ませ、体が浮き上がるような感覚を覚える。


 ほんの一瞬のめまいの後に、クトーが立っていたのは石を組んだ部屋の中だった。

 脇に見える窓に目を向けると、景色が一変している。


 赤い色をした太陽のない空に黒い雲が流れ、眼下には地平線まで続く墓標の群れがあった。

 その中に、不気味な気配をまとう崩れかけた王城と崩れた壁、廃墟と化した街並みが見えている。


 紛れもなく、迷いの結界の中だった。

 

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