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少女は、仙人と共に瘴気の原因を追う。


『ヒヒヒ。あのカードゥーとかいうのもまた、不可思議な魂を持ってるねぇ』


 レヴィが情報屋に聞いた場所へ向かう途中、トゥスがおかしげに話しかけてきた。


「魂?」

『そう。魂の双子とでも言うのかねぇ。別の場所にいる奴と繋がってるみてぇな感じだった。知恵の蛇とはよく言ったもんさね』


 彼の言っている事が全く理解できずに、レヴィは走るのをやめて首を傾げる。


「1人で納得してないで、口にするなら分かるように言いなさいよ」

『この世には【使者の杖】ってぇもんがあってね。尾で繋がった双頭の蛇が巻きついた意匠を施した杖頭があるんだがね。その蛇の事を『知恵の蛇』と呼ぶんだよねぇ』


 知恵の蛇とそれが巻きついた杖は、神族と魔族が神話の昔に和睦していた時に生み出された存在であり、交渉と融和の象徴とされている。

 故に、外交の使者がその姿を模して携えるようになったのだそうだ。


『知恵の蛇は、再び神族と魔族が争い始めた時に静観を選んだらしいねぇ。『求めには応え、それ以外は黙し、争う事はせず』とねぇ』


 それは確かに、カードゥーの在りようそのものに思えた。 

 トゥスの声音には、それ以外にも何か感じる事があったようにしみじみとした響きが宿っている。


『わっちもそう在りたいよねぇ。理想としてねぇ』

「はたから争いを見ていたいって事?」

『いんや。争いが起こっても、滅私のままに黙する強さが欲しいってぇ意味さね』


 レヴィは、目的の場所が見えてくると少し慎重に歩き出した。

 おそらくは姿を消したまま、間近に浮かんでいるのだろうトゥスの方から、ふー、と煙を吐くような音がする。


『魂の強さってぇのはね、嬢ちゃん。肉体の強さとは関係がねぇもんだと、わっちは思うんだよねぇ。真の強さってのは、そうした心持ちの内に在るんだとねぇ』

「意味分かんないわね」


 心が強いというのがどういう事かも、あまり興味がなかった。

 ただ見ているだけで、誰かを助けることは出来ないし、求められて助けるというのなら冒険者の依頼もそれは同じだ。


 レヴィは、それよりも、と少し離れた腰丈くらいの木箱のそばで立ち止まって、目的の建物に注意を向ける。

 貧民街の中ではそれなりにしっかりとした建物に見えるそれは、今はまだ閉まっているようだ。

板づくりで外壁の色は褪せているものの、ボロくは見えない。


「あれが『オーゴン』ね」


 レヴィは窓が締め切られている建物に近づかないように、ゆっくりとその周りの路地を移動しながら観察した。

 どこも窓やドアが開いているところはなく、耳を澄ませていてもそちらからは物音1つ聞こえてこない。


 レヴィは元の位置に戻った後、腰に手を当てて鼻から息を吐いた。


「二階に……どころか建物の中に人がいなさそうだけど」


 あれだけきちんと締め切っていれば中は暗闇だろうし、窓の隙間から光が漏れてもいなかった。

 そもそもこれだけ晴れていれば、窓を開けた方が灯りを使わなくて済むから安上がりだし、人がいれば締め切る理由がない。


 が、それも隠れて息を潜めているのなら分からない。


「中を調べたいけど……トゥス、入れる?」

『いけるんじゃねーかねぇ。ちょっくら見て来るかね』


 声とともにトゥスの気配が動いて、すぐに感じられなくなった。

 ふと、少し息苦しい感じがして、レヴィは乾いた唇を舐めてから深呼吸する。


 何が理由なのかはよく分からない。

 視界に映る建物は、くすんだ壁板で青空とのコントラストを描き、不気味さのようなものも感じない。


 風は凪いでいて土の地面は砂埃も立っておらず、気になる事といえば、照りつける日差しによって汗がじんわりと服の下を伝う不快さくらいだ。


 それでも南の生まれであるレヴィは、乾きに慣れている。

 腰の袋に収めた水を軽く口に含んでいると、トゥスが戻ってきたようだった。


『中にゃ、誰もいなさそうだ』

「困ったわね……」


 レヴィは唇を指でぬぐってかだ、自分のアゴに指を添えて腕を組んだ。


 誰かが現れるまで、待つしかないだろうか。

 だが、貧民街に詳しいわけではないので、あの酒場が毎日やっていたりするのかも分からないし、目的の男が今日、ここに戻ってくる保証もない。


「ねぇトゥス。何でもいいからあやしい事、ない?」


 自分が待つことで事態が進展するなら、別にそれでも構わない。

 しかしそれ以外にも出来ることはないか、と思ったレヴィが何気なく尋ねると、トゥスがなぜか隠していた自分の姿をさらしてニヤリと笑った。


 レヴィは思わず周りに目を走らせるが、見える範囲に人の姿はない。

 仙人はふよん、とレヴィの眼前に降りてくると、その目に楽しげな色を浮かべてレヴィをまじまじと見つめてきた。


「何?」

『いいね、嬢ちゃん。だんだん人を使うってぇ部分に頭を回すようになってきたねぇ』

「は?」


 投げかけられた声に面食らって目をぱちくりさせると、トゥスはヒヒヒと笑ってキセルをふかした。


『今日、兄ちゃんと話す前の嬢ちゃんだったら、きっとわっちにそんな事は聞かなかっただろう、ってぇ意味さね』


 そんな言葉に何かを言い返す前に、トゥスはふいっと顔を背けて表情を引き締めた。

 常とは違う真剣さの中にはいつもの小馬鹿にした様子はなく、時折見せる深い知性の色が感じられる。


『あの建物から瘴気がまた臭ってる。それも、だいぶ濃いねぇ』


 ざわりと毛並みを波打たせたトゥスに、レヴィは思わず腰のダガーを意識するくらいの危機感を覚えた。

 先程から感じている、妙な息苦しさはそれが理由なのだろうか。


「瘴気って……ヤバいものじゃないの?」


 もう一度建物を見るが、やっぱりそんな気配は感じない。


「それに『また』って?」

『わっちは自分から嬢ちゃんの手助けをすんな、と言われてるからねぇ……瘴気は、あの女の子が死んでた場所でもかすかに臭ってたのさ』


 レヴィは眉をひそめた。

 何故言わなかったのか、とは尋ねなくてもトゥスが答えてくれている。


 自分が訊かなかったからだ。

 その瘴気が、ネックレスを奪った男の住処で臭う、というのなら。


「ネックレスを奪った男から、臭ってるのかしら?」

『多分ねぇ』

「どこにいるの?」

『さーて。でもそれは、臭いを辿りゃ分かるんじゃねーかねぇ?』


 レヴィには出来ない事なので、少し判断に迷った。


「……それは、トゥスに尾行をお願いしても大丈夫なのかしらね」

『わっちの知った事じゃねーねぇ』


 突き放したような言葉の中身とは裏腹に、声音そのものな柔らかかった。

 どうでもいい、ではなく、自分で決めろという意味なのだろう。


「じゃ、お願いしようかしら」


 これを違反とされて試験に落ちても別に構わない。

 合否よりも事件の解決を優先する、と決めたばかりだ。


『追うのかい? 正直、気は乗らねーねぇ』

「なんで? 面倒だから?」


 そいつもあるが、とトゥスは爪の先で自分の膝をトントンと叩いた。


『追った先で……手に負えねぇもんが出てきたら、困らねぇかい?』


 トゥスが横目にこちらを見て、ピクピクと3本伸びたヒゲを震わせる。

 珍しく言葉を選んでいるようで、要はやめておけ、と彼は言っているのだ。


「でも、今追えるなら、追うべきじゃない? 逃げられたらどうするの?」

『……』


 トゥスは黙って肩をすくめる。

 自ら、準備もなしに危険に飛び込むな、というのはクトーの教えでもあるが、レヴィは人を雇っているわけでもなく、代わりに誰かに任せていいことでもない。


 自分なりに考えたレヴィは、折衷案を口にした。


「なら、見つけるだけならいいわよね。尾行して、見つける。それ以上は何もしない。どう?」

『しゃーねぇね』


 トゥスは、ヒクヒクと何かの臭いを嗅ぐように鼻を震わせた。


『視界を共有しようかね。姿が消えてちゃ、嬢ちゃん自身がわっちを見分けられねぇしね』

「うん」


 魂の尾をレヴィに刺したトゥスの気配に身を震わせると、視界がもう一つ頭の中に浮かび上がる。

 これで似たような状況は3度目なので、慣れたものだ。


 レヴィは、少し先を進むトゥスの視界を確認しながら、その後を追い始めた。


※※※


 向かった先は、ローラが死んでいた場所の近くだった。


『見つけた。あいつだねぇ』


 トゥスの言葉に立ち止まって視界を確認すると、彼の視線の先に1人の男が立っている。

 レヴィのいる曲がり角の先だ。


 入り組んだ裏路地の中を抜けてきたので、今の位置がレヴィ自身が少し分かりづらい。

 それでも感覚が正しければ、大通りからさほど離れてもいない場所のはずだ。


 立ち尽くし、特に何をするでもない様子で立っている男に、レヴィは不審を覚えた。


「何を……? ーーー!?」


 不意に、男がぐるりと振り向いた。


 レヴィはその顔を見て息を呑む。

 白目を剥き、食いしばった歯は全て犬歯のように尖っていて、着ているシャツの前面が何かに掻き毟られたかのようにズタズタに破れていた。


 肌まで傷つき、血まみれになっている。

 男が、唸りながら明らかに常人以上の脚力で上空へと跳ねた。


『……ッ! 嬢ちゃん!』


 トゥスの焦った声と共に、レヴィはとっさに前に向かって飛び出した。

 ダガーを引き抜きながら振り向くと、先ほどまでレヴィが立っていた角に着地した男の姿が見える。


「グルルル……」


 男が喉を鳴らして、ゆっくりと体を起こした。

 その両手の爪が、鋭く尖っている。


 男の体から、黒い(もや)のようなものが立ち上っていた。


「なんで気づかれたの!?」

『分からねぇが、逃げな! 瘴気が濃くなってる! 吸うと毒に侵されるさね!』


 レヴィは言葉に従って、男を警戒しながら大通りのあるだろう方角へ向かって駆け出した。

 ぐらりと視界が傾ぐような感覚に一瞬襲われて、すぐに元に戻る。


 走るのに支障があるほどではない、ほんの僅かな違和感。


「……?」

「ガァ!」


 吼えて追ってくる男の胸元に、緑の石が飾られたネックレスが掛かっているのを目にしたレヴィは、意識を男に戻した。


「あのネックレス……!」


 しかし全力で走り始めたにも関わらず、後ろを向いたトゥスの視界で見える男はレヴィとの距離をグングン詰めてきている。


「っもう! 速すぎ!」

『嬢ちゃん!?』


 身を翻して迎え撃つ姿勢を見せたレヴィに、トゥスがさらに焦った声を上げる。


「このまま逃げようとしても、逃げ切れないでしょうが!」


 レヴィは男が近づくのに合わせて息を止め、腰から引き抜いたナイフを投じた。


 男が腕を振るってそれを弾く。

 レヴィは同時に、振るった腕の外側へと斜め前に向けて足を踏み込んだ。


 トゥスが、レヴィに憑依する。


『足さね!』


 腕力ではなく脚力を補助してくれたのだろう、レヴィは言葉を受けて身を沈ませてから全力で上に跳ねた。

 男がこちらの姿を見失うのを視界の隅に収めながら、脇にあった建物の屋根へと着地する。


 大通りは、すぐそこだった。

 だが人の姿がまるでない。


「なん……」

『結界ーーーだねぇ』


 苦々しいトゥスの声を聞きながら、レヴィは足場の悪い屋根の上から大通りへと降りた。

 不気味な静寂に包まれた大通りへと、男がゆっくりと歩み出てくる。


「なんなの、アイツ」

『随分と不味い状況さね。多分こいつは【迷いの結界】。嬢ちゃんは、あいつの領域に取り込まれたんだろう』


 予想以上の力だねぇ、と体の中でトゥスの気配が動き、いつものように腕力が増す。


「倒すしかなくなった訳ね……」

『やっぱり、やめとくのが無難だったねぇ』


 今更言っても仕方がない。

 レヴィは、改めてダガーを男に向かって構えた。

 


明日も投下してペースを元に戻します。

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[一言] 慎重な偵察だったはずなのに、相手が悪すぎる……
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