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少女は、情報屋から手がかりを得る。


 トゥスを伴って、レヴィは貧民街へ向かった。

 

「あ、あの憲兵さん、今日もここなのね」

『見張りってのは、大体同じヤツがやらねぇと意味がねーからねぇ』


 姿を消しているトゥスが、見張り台を見上げたレヴィの声に応えた。


 壁で区切られた先にある貧民街へ抜けるためには、当然ながら壁門を通る必要がある。

 門は東西南北の壁に1つずつしかなく、貴族街へ入るのと違って中層と外層の行き来は閉門時間でなければ基本的に自由だ。


 人波に乗って歩いていくと、壁に沿って掘られている内堀が見えてくる。

 堀を越えるために門の前にレンガ造りの巨大なアーチ状の橋がかかっており、レヴィはその上を歩いて壁門に向かった。


 壁の半分程度の高さがある大扉、その中ほどに見張り台があって、左右の台から憲兵が行き交う人々を見下ろしていた。

 今日はその台に、以前レヴィが似顔絵を出して話を聞いた憲兵の1人が立っていて、こちらを目ざとく見つけて胸に拳を当てる。


 レヴィは憲兵に手を挙げて応えてから、居心地悪くて身じろぎをした。


「……よくこの人混みでこっちを見つけられるわね」

『それがヤツらの仕事さね。怪しい奴を見つけるのも、行き来の流れを滞らせないのもねぇ。驚くようなことかね?』

「それでも、凄いものは凄いじゃない?」

 

 憲兵が礼儀正しいのはレヴィ自身を認めてくれたからではなく、面会を求める時に見せ依頼書に記された【ドラゴンズ・レイド】の文字のおかげだろう。


「でも、あんな風にわざわざ挨拶されたら、人の手柄で偉そうにしてるみたいでなんか気分良くないわよね」

『そう思うなら、看板を嫌うよりもそれに見合う実力者になりな』


 ヒヒヒ、と笑う仙人に、レヴィは鼻を鳴らした。

 どうせ未熟だと言いたいのだろうが、あいにくと別に卑下しているつもりはない。


 クトーにスカウトされたのだから、努力次第ではなれるはずだ。

 『今はまだ』そうではないので、ちょっとだけ気分がよくなかっただけで。


「言われなくても、すぐに追いつくわよ」


 今すぐには無理でも、諦めるつもりはない。

 そんなやりとりをしながら半分程度開かれた門を通り抜けると、外堀側にかかっている橋は、縄と木で出来たものだった。


 かなり頑丈なものに見えるし実際に頑丈なのだが、同時に特定の縄を切れば落とせる橋らしい。

 その理由を、レヴィは最初お金の問題かと思っていたのだが、クトーは『攻められた時にすぐに落とせるようにしてある』のだと言っていた。

 

「えーと、どの辺だっけ……」


 クトーから受け取った藁半紙を邪魔にならないところで広げたレヴィは、風の中にどこか獣くささのようなものを感じていた。


 王都は、本当に壁を1枚通り抜けただけで景色が変わる。


 例えばギルドやパーティーハウスのある中層区画は大通りに市があり、流し売りなどでも基本的には身綺麗な者が多い。


 それなりに暮らしていけるだけの金を稼げる人々が住んでいる地域で、物を売る方もそういう人々を相手にするからだ。


 貴族の住む地域にはレヴィはまだ行った事がないので分からないが、きっともっとお上品だろう。

 そして逆に、貧民街と呼ばれる外壁区画はありていに言って下品な雰囲気なのだ。


 と言っても、レヴィにしてみたらこちらの方が慣れ親しんだ空気に似ている。

 規模こそ違うが、住んでいた開拓村と似通った雰囲気を感じるのだ。


 貧民街は外から王城へと向かう大通りだけがレンガ造りであり、他は馬車用の板すら敷いていない土の道ばかりだ。


 道の脇に立つ建物にあまり統一性はなく、あばら家のような家屋や、作りだけは大きいがあまり質のよくない板づくりの宿、火除け地でもないのに放置された原っぱなども多い。


 夏も近いからか、上半身裸の男の子たちが草の伸びた空き地を駆け回っており、かと思えばその横で人夫らしき男たちが座り込んで昼間から酒を飲んで笑っていた。


『同じ活気でも、壁の中みたいな空気よりこういう雑多な雰囲気の方が良いねぇ』

「トゥスもそう思うの?」

『人間ってのはバカなもんさね。お上手にそれを隠してるよりも、開けっぴろげにしてる方が見てて面白ぇからねぇ』

「あなたはそういうヤツよね……」


 藁半紙を見て、自分のいる場所から目的地への道筋を大体頭に叩き込んだレヴィは静かに歩き出した。

 情報を頼りに動いている姿を外で見せるな、というのがクトーの教えだからだ。


 仮に見張られていたり、何か人に危害を加えようとする人間がいた場合は付け入られる隙になる、と。


 『お前の堂々とした態度が役に立つ、数少ない場面だ』と言われた時はバカにされているのかと思ったが、実際に護衛依頼などで商人に話を聞いたりすると本当のことらしかった。


「1、2、3、4……」


 大通りに沿って歩きながら横道の数を数え、8になったところで左側を見る。


 そこには、クトーの情報通りに男が座っていた。

 皮で出来たボロボロの帽子に裾がほつれて破れかけた外套をはおる、物乞いにしか見えない人物。


 ムシロという名前の草を編んだ敷物に座りこみ、背中を後ろの壁に預けている彼に近づいた。


「あなたがカードゥー?」

「……いんや」


 名前を呼びかけると、男は目線も上げないまましゃがれた否定を返してきた。


 彼の前には小さな器が置かれていて、中には何も入っていない。

 レヴィは、その中に銅貨を1枚投げ入れた。


 チャリン、と音を立てた銅貨に、男は丁寧に頭を下げる。


「『杖の片割れは貧困』?」


 言いながらもう1枚銅貨を投げ入れると、男は濁った目でレヴィを見た。


「『無知の知は、時に賢さに勝るもの』」


 言いながら3枚目の銅貨を落として、レヴィは腰に手を当てる。


「『その知恵を分け与えて欲しい』……で、合ってるかしら?」


 定型のやり取りらしい言葉を口にすると、それまで丸まっていた男の背筋が、流れるようにスッと伸びた。

 途端に彼のくたびれたような印象が消えて、物静かな雰囲気をまとう。


 その変化にレヴィが驚いていると、男は薄く笑った。


「……どのようなご用件でしょう?」


 言葉遣いから、声の調子までもが変わっている。

 男は、銅貨3枚を手を合わせてから取り上げて胸元にしまうと、再び顔を上げた。


 汚れて黒ずんだ顔に、剃ってもいないヒゲ。

 しかしどろりと濁っていた彼の目は、今は優しげな光をたたえている。


「カードゥーです。以後、お見知りおきを」


 貧民街に巣食う、知恵の蛇。

 広い見識と豊富な情報を持つ人物、とクトーが評していたのに相応しい、そのたたずまい。


 彼は、綺麗な角度で三たび礼をしてから、流麗な口調で言った。


「未来の事は知り得ず、過去の事は鮮明に覚えています。現在は、愚者たる身ではあまりにも広いものではありますが、それでも知りえる事に限ればお教えしましょう」

「もって回った言い回しね」


 少し言っていることが難しかったが、それでもレヴィは彼の言うことをどうにか理解した。


「知りたいのは、数日前に貧民街で起こった殺人のことよ。ローラという女の子が殺されたの。その件に関して、何か知っている事はない?」

「話の早いお方だ。銀貨1枚のお恵みを」


 レヴィは、言われた通りに銀貨を投げ入れた。

 カードゥー相手に値切りをしてはいけない、と教わった。


 彼は正当な対価を望み、それが過剰であっても足りなくても口を開かない、と。


「ローラという少女の件は、私の耳に届いております。寡聞(かぶん)にして犯人は知り得ませんが、その死体を漁る男を目撃した者が1人、いました」

「……男」


 レヴィのつぶやきに、カードゥーは申し訳なさそうに軽く眉をひそめてアゴを引く。


「はい、目撃者に関しての情報は明かせません。また、奪われたものについては憶測になりますので、現状では申し上げられません。また犯人についても同様です。調べるのであれば、追加でお恵みと時間を頂戴することになります」

「そこまではいいわ。でも、現状での憶測を教えて欲しいんだけど」


 少なくとも、奪われたものに関してくらいは把握しておきたいが、レヴィはあまりお金を使える状況にはない。

 カードゥーは断るかと思ったが、そんな事はなかった。


「憶測に関しては、お代を頂きません。ですが同時に責任も負いません。また、尋ねに対して応える形でのみお受けしております」


 あくまでも確定的な情報だけが、彼の扱う商品だという事なのだろう。

 律儀だが、こちらから尋ねないと答えも貰えないらしい。


「奪われたのは、ネックレス?」

「と、聞き及んでおりますね」

「奪われたネックレスの行き先は?」

「寡聞にして存じません。ですが、ネックレスを奪った男の名は存じております」

「教えてもらえる?」

「では、銅のお恵みを」


 レヴィが銅貨を1枚入れると、カードゥーはネックレスをコソ泥したという男の名を口にした。


「ニュート、と名乗る貧民街に住む男です。主にゴミ漁りと盗みを生業にしています。『オーゴン』と呼ばれる酒場が、ここから南に2本の路地を折れて4件目にあります。そこの二階にある宿が、奴の寝ぐらです」


 ネックレスの手がかり。

 奪われたものは売り払われていたら取り戻せないだろうけど、死体を見た男なら何かを知っているかもしれない。


 もしかしたら、犯人の姿を見ているかも。


「他にお尋ねになりたいことは?」

「……ないわ。でも、もしかしたら今後もう一度頼るかも知れない」

「その時は」


 カードゥーは、両手を重ねて上に向けたままかかげ、レヴィに頭を頭を下げた。


「お恵みと、敬意の言葉を賜れれば、またいつでもお訪ね下さい」

「そうするわ。ありがとう!」


 レヴィがうなずいて礼を口にすると、カードゥーは微笑んで器の中身を全て懐にしまった。

 そして再びへにょりとその背中が丸まったかと思ったら、目の色が濁って缶を見つめたまま動かなくなる。


 演技なのか、別の理由があるのか。

 ひどく謎に満ちた情報屋の正体は気になったが、レヴィは頭を切り替えてその場を後にした。

 

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