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おっさんは、少女の例え話に感心する。


「ファイアスクロールを使う時に気をつけることは、筒を中心に球形に威力が広がる事だ」


 クトーは弁当箱をカバン玉にしまうと、改めて筒状の魔導具を取り出した。

 岩に腰かけたまま、それを指先でつまんでレヴィに示す。


「これって、矢とか投げナイフみたいなものじゃないの?」

「形こそ細長いが、発動と同時に外殻の筒は弾き飛ばされる。ファイアスクロールは爆発を引き起こす魔導具だ」


 気分が落ち着いたらしいレヴィは先ほどと違い、クトーが持つ赤い筒を興味深そうに見ていた。


 そもそも油蜜を使用したこの魔導具は応用の幅が広いが、使われ始めたのは山での鉱物採掘だった。

 魔導師の専売特許だった『爆発』という現象を起こす魔導具を鉱夫にもたらしたのは、バク・ベルハルト・ダンマと呼ばれる偉大な魔導師だ。


 どうにか魔力を持たない者の手で『爆発』を引き起こせないか、と、彼が試行錯誤を重ねた結果、ファイアスクロールの系統魔導具は生み出された。


 バク・ダンマは現在、爆発系魔導具の開祖と言われている。


「ファイアスクロールの基礎となった【ディナマイト】と呼ばれる魔導具は、伝呪線と呼ばれる魔力水を染み込ませた長い線から魔力を流し、魔力水と小さな魔法陣を反応させる事で安全な場所から魔力水と油蜜を混合する事を目的とした装置だ」

「伝……えっとよく分からないんだけど……」

「覚えておく必要はない。これもディナマイト同様、発動したら時間差で爆発が起こるという事と、近くで発動させてはならない事だけ、把握しておけ」

「これ、近くで爆発すると危ないの?」

「ああ。1度見ておくか?」


 クトーはファイアスクロールに対して念じてから、即座に指先で広い河原に向けて弾いた。


 飛んでいった筒は河原の中ほどに落ち、1度跳ねたところで発動する。

 ドン! という轟音と共に火の玉がふくれ上がって、周囲に爆風を撒き散らした。


「こんなものだな」


 ファイアスクロールの爆発は効果範囲外では途端に威力が弱まる。


 爆発によって広がった風が軽く頬を撫でて、外套の襟を揺らした。

 弾け飛んだ河原の石が、コンコン、と足元を跳ねていき、爆発音におどろいたらしき鳥が森から数羽飛び立っていく。


「今の火球の大きさを覚えておけ。魔物が複数居る時は、中心の魔物めがけて投げれば最大の範囲で巻き込める。地面にぶつけると少し威力は無駄になるが、地上を歩く魔物の足元を崩すことも可能だ」


 爆発によってポニーテールが軽く揺れたレヴィは、威力におののきこそしないものの、眉をひそめた。

 ファイアスクロールが炸裂した辺りの河原は浅く抉れて、レヴィが両手を広げたくらいの黒い跡が残っている。


「……これ、暴発とかしないわよね?」

「よほどの衝撃を与えない限りは、油蜜側は密閉されている。筒は踏んだくらいでは潰れん」


 赤い筒は外側からの圧に強く、瞬間的な高熱に弱い素材で出来ているのだ。


 新たな一本を取り出したクトーは、それをレヴィに手渡した。

 彼女の投擲(とうてき)技術なら、さほど苦労せずに遠くへ飛ばす事が出来るだろう。


「最悪、単純に投げても問題はない。投げる際の注意事項は範囲の他に、投げる前に念じる必要がある事だ。それをしない場合は投げても発動しない」

「念じるって?」

「『爆ぜろ』と強く思いながら投げれば、それを鍵として数秒後に内部の魔法が発動するんだ」


 ディナマイトのように伝呪線のないファイアスクロールには、魔法陣に遅延の術式が組み込まれている。

 即座に炸裂したら、ただの自爆装置になってしまうからだ。


「簡単な魔導具の使用に関して、魔法の専門的な話を理解している必要はない。注意事項と使い方が分かっていれば誰でも使えるのが、魔導具だからな」


 レヴィは、手渡したファイアスクロールを難しい顔で眺めながら問いかけて来た。


「魔力がなくても、念じれば使えるの?」

「可能だ。手に筒を摘む程度でもいいから、持ってさえいればな。指一本で触れているだけでは反応しない」


 筒の素材には思念を伝える特性もあり、内部の魔力水とこれを介して、使用者は魔法陣へ干渉するのだ。

 筒そのものもバク・ダンマが作り出した加工物であり、正直なところ、これだけのものを安価で作る事を可能にした偉人にクトーは敬意を持っていた。


 数々の破天荒な逸話と、柔軟な発想を持つ天才だったらしい。


 生きていれば一目会ってみたかったが、と思いながら、クトーは話を先に進めた。


「魔法とは、頭の中の架空の器に媒介を通して魔力を流し、術者の望む事象を発生させるものだ、とトゥスから聞いただろう?」

「うん」

「その魔法のタネは、この中に全て詰まっている。魔法陣と、極小の呪玉のカケラ、そして魔力を込めた特殊な水という形でな」


 クトーは筒を振った。

 この程度では爆発は起こらない事を、とっさに身構えたレヴィに伝えるためだ。


「この筒の節の部分に、炸裂の魔法陣を描いた板と、極小の呪玉が埋め込まれている」


 クトーは筒のちょうど真ん中辺りを指差した。


「だが、タネの最後の一つである、発動の鍵は入っていない」

「そうなの?」

「ああ。入れる事が出来ないからだ。魔法は、使い手の思念を加えることで発動する。そしてこの思念というものは小さな虫や植物ですら備えているが、生命でないものには存在しない」


 クトーが立ち上がると、レヴィも腰を上げた。

 平和な景色を見回してからクトーは彼女に目を戻す。


「天地には、力が満ちている。この『力』を利用するのがお前も使える『効果付き』装備やスキルであり、自身に備わる魔力を利用するのが魔法だ。……そしてどちらも、媒介と思念によって操ることが出来る」


 世界のありとあらゆる事象と同じく、魔法やスキルも世界の規律に根ざした同一の根元がある。

 それが天地の気と呼ばれるものであり、世界はこの気の循環の中に存在して派生していくものなのだ。


 東で語られる考え方に森羅万象というものがあるが、これが真理に1番近いものの考え方だとクトーは思っていた。


「えーと。たしか魔法は呪玉が、『効果付き』は武器が媒介になってるのよね。……じゃ、スキルは?」

「使用者の肉体そのものが媒介となる。適性に開花していないと使えないのは、ただの人の肉体では媒介としての役割を持てないからだ」


 スキルとは『適性』に開花した者が操る魔法に似た現象のことだ。

 適性持ちにとって魔導師の魔力に相当するのは、使用者がそのままの形で肉体に取り込めるようになった『天地の気』である。


 ちなみに『効果付き』と呼ばれる装備は、装備自体が天地の気を取り込む事で効果を発揮する。

 ただしスキル同様、効果付き装備も適性のない者には扱えない。


「生き物は、天地の気を体内に取り込んで自身の活力である『無の気』に変えている。素質のない者は、この体内に貯えた『無の気』を操る事が出来ない。これを適性なしで使える形に……すなわち魔力という形に変換できる者が、魔導師になれる」


 魔力とは『属性を持たない気』を変化させたものなのだ。

 ゆえにいくつもの属性を顕現させることが出来るが、本来の天地の気ではないため、スキルや『効果付き』の中でも天地の気を利用するものは使えない。


「……難しくてよく分かんないけど、魔力も天地の気とかいうのから生まれてるってこと?」

「基本的には間違っていないな」

「つまり、その『気』っていうのが、パンのタネみたいなものなのよね? 魔力をこね回すって言ってたし」

「分かりやすく言えばな」

「魔導師は自分で食パンもロールパンもクロワッサンも作れるけど、適性持ちみたいにレーズン入りやクルミ入りの食パンは作れないっていう感じ?」

「おおむね合っている」

「でも、この魔道具は何も入ってないロールパンを後は焼くだけってところまで用意してあるから、誰が焼いてもロールパンになる、って話よね?」

「よく分からないと言いながら、その答えにたどり着ける事がよく分からないが、ほぼ正解だ」


 むしろレヴィのような者にとっては、こうしたたとえ話の方が分かりやすいのかも知れない。


「では、実際に使ってみよう。実戦でな」


 きょとんとするレヴィに、クトーは川の向こうを指さした。


「ああ。もしかして、あの川の向こうからなんか音がしてるのって、魔物?」

「そうだ」


 クトーがうなずくのと同時に、ごそりと下生えの中から姿を見せたのはDランクの魔物だった。

 青いウロコに太く短い8本の短い足を持つ、長い首とドラゴンに似た口の大きい頭部を持っている。


 さほど珍しくはないが、群れになると少し面倒な魔物だ。

 幸い、今は一匹だけのようだが。


「ワイザラッシュ・アリゲーターだな。火が弱点なのは好都合だ」

「Dランクの護衛依頼してた時に、何回か戦った事があるわね」


 前髪をかき上げて、レヴィは不敵に笑った。

 相変わらず、戦闘に関しては自信満々だ。


「どうやって倒した?」

「戦士が棍棒で頭を叩き潰したりとか、私が倒す時は投げナイフで目を狙ったりとかしたけど。結構しぶといヤツよね」


 せかせかと短いが数の多い足を動かして移動するこの魔物はそれなりに素早く、首が長いので攻撃範囲が広い。

 が、確かにレヴィの目と速さがあれば、何も特殊な能力のないタフなだけの魔物だろう。


「奴の弱点は腹にある。背中側は強固なウロコに覆われているが、腹側にそれはない。地面とこすれて傷つかないように粘液を分泌しているが、焼かれると痛みに負けて動けなくなる」


 短い足は腹を守るためには有用だが、同時に攻撃を受けると弱点にもなるのだ。


「首の攻撃をかいくぐって、腹の下にファイアスクロールを投げ入れろ。動けなくなったら口の中にもう一本放り込めば簡単に始末出来る」

「最初から口に放り込んじゃダメなの?」

「練習だからな」


 失敗する可能性を考慮すれば、最初に動きを止めておくのが基本なのだ。

 レヴィは反論せずに肩を竦めるのを見て、クトーはもう数本、赤い筒を渡した。


 ペロリと唇を舌先で舐めたレヴィは一本だけを残して腰の皮袋に赤い筒をしまい、川を渡ってこちらに迫ってくるワイザラッシュ・アリゲーターへ向き直る。


「2本で終わらせるわ。……だってこれ高いもの!」


 そうつぶやくのと同時に筒を持たない手で腰からダガーを引き抜くと、レヴィは自分から魔物へ向けて地面を蹴った。

 

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