表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/365

おっさんは、おっさんに北を探らせる。


 タイハクから依頼を受けて数日後。


 依頼で王都の外に出ていたリュウが戻り、クトーはパーティーハウスの大部屋で彼の依頼達成書を確認していた。

 書類に目を通しながら、タイハクらから引き受けた仕事の話をしておく。

 

「……というのが、受けた依頼の概要だ。達成書の書式は問題ないな。処理済みの箱へ入れておいてくれ」

「ああ。……そりゃなんだ?」


 依頼達成書を指で挟んで腕組みしながら、リュウはクトーが作っていたものを指差す。

 木製の長机の上には、ちょうど金具を打ち終えて完成した革カバンが置いてあった。


「【トゥス顔カバン】だ。可愛らしいだろう?」


 わざわざ高価な白い魔物皮を取り寄せて作った頑丈なもので、留め金部分が鼻と目になっている。


「……お前が使うのか?」

「ファフニールにも聞かれたが、レヴィ用だ」

「理由は?」

「今レヴィが使っているものは、可愛らしさが足りない」

「そんなこったろーと思った」


 なぜか呆れたように頭を振ったリュウは、ため息を吐いてから話を戻した。


「それにしても、えらく厄介な依頼を受けたな。お前また休みなくなるんじゃねーの?」

「忙しくなればな。だが今はまだ、それなりに暇だ。ファフニールが補佐をよこすまでは、ユグドリア女史と警備スケジュールの第1稿を考えるくらいしかする事はない」


 ファフニールの補佐は自分の商会から呼び寄せる敏腕らしく、向こうで引き継ぎをしてから来るらしい。

 そんな風に答えつつクトーがカバンの出来栄えを最終確認をしていると、リュウは笑いのにじんだ口調で言葉を投げてくる。


「で、俺は何を手伝ったらいいんだ?」

「珍しく話が早いな」

「派手好きなファフニールが祭りを盛り上げるんだろ? 面白そうじゃねぇか」


 遊びじゃないんだがな、と思いながら、クトーは祭り好きの幼馴染に向かってやって欲しいことを告げる。


「近いうちに北へ向かってくれ。時期はこちらで指示する」

「このパーティーのリーダーって、つい忘れがちだけどお前じゃなくて俺だよな?」

「嫌だと言うなら別に構わないが」

「いいや、そんな事は言わねぇよ。が、手伝う代わりにお祭りに参加する権利くらいは要求してもいいよな?」


 目を向けると、タオルを頭に巻いたリュウは精悍な顔に嬉しそうなニヤニヤ笑いを浮かべていた。


 祭りの内容は腕を競う類のものになるだろう。

 リュウは、イベントの表舞台に参加したいのだ。


「裏方だけでは嫌だ、という事か?」

「祭りは、前準備から本番までもれなく楽しむ主義だ。当然だろ?」

「参加は構わないが、当日の運営も手伝え」

「屋台とかか?」


 ふざけているのか、と目を細めるが、リュウは堪えない。

 クックと喉を鳴らしてから、椅子に座って片足をもう片方の足に乗せた。


(にら)むなよ怖ぇな」

「寝言は寝てから言え。お前に与える役目は、トラブルに備える遊撃に決まっているだろう」

「つまんねーなクトー。ほらあれだ、屋台やりゃレヴィの売り子衣装とか作って着せれるぜ?」

「む」


 それは非常に魅力的な提案だった。

 クトーは少し考えてから、即座に計画の中に屋台運営を入れ込めるかを考える。


 リュウとレヴィ以外にそれ専属で屋台を仕切る人々を集めれば、今の時期からなら十分に可能な事に思えた。


「クシナダと料理長を呼ぶか……」

「いやただの冗談だぞ? てかお前、高級旅館の女将と従業員がンなもんに乗るわけねーだろ!?」

「来るだけの利益がある、と示せば良いんだろう?」


 屋台そのものの売り上げは、正直に言えばいくら稼いだところで【ドラゴンズ・レイド】として稼ぎ出す金に比べれば些細なものだ。

 クシナダらにとってもそれは同様だろう。


「つまり、屋台をやる事そのものに金銭的な意味は薄い。だが可愛らしい格好をする女性がそこにいるとなれば、俺にとっては話が別だ」


 可愛らしい女性の姿を眺める機会を得るか逃すか。

 非常に重大な案件であると言える。


「屋台の利益は、差し引き0+俺のタダ働きで十分だな。クシナダに対しては交通費を支給し『顧客というコネを作れる状況』を対価にしよう。ファフニールやユグドリア女史を紹介し、そこで慰安旅行の約束を取り付ける営業が出来るとなれば断りはしない」


 むしろ喜んで来る可能性もある。

 妄想を即座に具体的な交渉に落とし込んだクトーに対して、リュウは頬を引きつらせた。


「マジで連れて来る気かオイ。お前、なんかレヴィと会ってからムチャに拍車がかかってねーか?」

「そんな事はない。ごく通常通りだ」

「いやいやいや、クサッツの老舗を屋台の小間使いに引っ張り出すとか、普通に考えて常識外れ過ぎんだろーが!?」


 国家規模の依頼を請け負う時にまで、自分の楽しみを優先しようとする奴にだけは言われたくない。

 クトーはそう思いながらも話を本筋に戻した。


「屋台をやりたいと言い出したのはお前だ」

「冗談だっつってんだろ!?  責任取らねーからな!」

「別に構わん。それよりも、報酬にプラスで条件を加える以上は、仕事をきっちりこなせ」


 喉が乾いたクトーは、冷気の魔導具である【冷やし箱】をカバン玉から取り出し、中の果汁ジュースを2本取り出した。

 リュウに1本放ると、自分用のものからコルク栓を抜いてあおる。


 エコール地方のマーナ産オレンジを使用した果汁100%ジュースは、少々値は張るものの甘みが強く喉越し爽やか、一本飲めばやみつきになると言われるほどで、相変わらず素晴らしい味わいだ。


「北か。懐かしいねぇ」


 このマーナオレンジジュースは、かつて北の地を訪れた時に北の王に提供した手土産だった。

 リュウも飲んで、口の端から軽くこぼれたジュースを指で拭う。


「……この国が魔に侵されてるってのを教えてくれたのも、ミズガルズだったな」


 ミズガルズ・オルム。

 それが北の王の名だった。


 リュウはジュースのラベルを眺めながらビンを1つ振り、底に溜まった果肉を舞わせた。


「北に行って、何をすりゃ良いんだ? あの頑固なおっさんが何を企んでるか暴けばいいのか?」

「ミズガルズは死んだらしい。今は別人がその名前を使っていると聞いている」


 リュウは、教えた情報に対してスッと笑みを消した。


「おい、何の冗談だ?」

「事実だ」


 クトーはタイハクらから聞いた北の事情をリュウに話した。


「国内に入って現在の状況と、北の王の評判を探ってくれ。他に軍事に関する動きとして、希少金属、魔物素材、鉄鋼といったものの流通はどうなっているか。こちらに逐一送ってくれると助かる」


 彼は、向き直って見つめるクトーに対して興味のなさそうな顔で耳をほじっていたが、フッと小指の先を吹いて真剣な目を向けて来る。


「ミズガルズが、本当に殺されたと思うのか?」

「そこに疑問を覚えるのなら、会いに行ってみたらどうだ」


 クトーはジュースを干すと、テーブルにコトリと置いた。


 実際に、リュウが訪ねれば会う可能性は高い。

 ミズガルズとクトーらが知り合ったのは、ホアンが王家の血筋だった、と知った後の事だ。


 ホアンを南域に住んでいた辺境伯ケインの元へ送り届けた後、【ドラゴンズ・レイド】は魔王が住まう場所の手がかりを探った。

 同時に自分たちの村に安置されていた【竜の装備】……魔王の瘴気による暗黒結界を(はら)う力を失っていた勇者の武具を復元できる職人を求めて、北へ向かったのだ。


「元々、この国と北の仲は悪かったが、ミズガルズがここを攻めようとしてた理由は、自分の利益のためだけじゃなく義憤だった」

「知っている」

「あのおっさんは、ただの悪党じゃねぇ。この目で事実を見るまで、殺されたなんて話は信じねぇ」


 リュウは静かな口調だったが、目の奥にはまるでクトーを射殺そうとするような怒りが滲んでいた。


「俺が言った訳じゃない。そういう情報だというだけの話だ」


 気に入った相手に対する入れ込み具合は相変わらずだ。

 微かに漏れ出しているリュウの神霊力が、ビンに残ったジュースの中身を揺らしていた。


「お前には、ズメイ・ヴルム・ギドラの3人を付ける。もし何かあったとしても、暴走するな。約束が守れないなら、他の連中を任務に当てる」

「俺が行く」

「なら、落ち着け」


 リュウに告げると、彼はしばらくしてから、ふー、と大きく息を吐いて目を閉じた。

 徐々に、力の気配が収まる。


 以前にミズガルズと反乱軍の停戦交渉をしたクトーらだったが、ある意味ではミズガルズに利用されたとも言えた。


 王都から北西へ向かうと温泉街クサッツがあり、そのさらに北には、現在クサッツで魔物総合加工師をしているムラクとルギーの住んでいた2つの村がある。


 そこで村同士を争わせようとしていた魔族が漏らした言葉で、クトーらは北の国に大物の魔族がいると知ったのだ。


 この国よりも大規模に、北の国を荒らそうとしていた魔族。

 その魔族が四天王と呼ばれる魔族の腹心であり、異空間に存在する魔王城への『第1の鍵』を持つ者だった。


 第2の鍵を持っていたのは、魔族化していたこの国の先王だ。

 ミズガルズは各国が魔族に侵されている事と、自国もそうなろうとしているのを知っていた。


『他にやる者がいないのなら、俺がやる。全ての国を呑み、魔王を(しい)す。貴様らが魔族の侵攻を食い止められるというのなら、やってみせろ』


 停戦交渉を行った後に、ミズガルズはクトーらにそう言った。

 『勇者でなくとも、人々と己の力をもって生き抜く』というミズガルズの意志を受けて、ただの侵略者としてしか北の王を認識していなかったクトーらは、彼の見方を変えたのだ。


 リュウはジュースの中身を残したまま立ち上がると、クトーに歩み寄った。


「お前に、思うところはねーのか?」

「北の王が死んでいたとして、彼が俺たちに復讐を望むと思うか」


 仮に殺されていたのなら、付け入られ、地位を奪われた自分の責任だと、彼ならば言うだろう。

 しばらくクトーを睨んでいたリュウは、クトーが置いたビンの横にジュースを並べてクルリと背を向けた。


「3バカどもも、今は依頼で出てるんだろ? さっさと終わらせろと伝えとけよ」

「ああ」


 すぐに感情を揺らすのは村を出た頃から変わっていないが、リュウとて魔王を倒した勇者だ。


 成長はしている。

 感情を揺らさないのではなく、揺らしたとしても揺れている事をきちんと自覚するようになった。


 そういう意味でリュウを信頼していない訳ではないが、旅程の手綱(たづな)を握るズメイとやる気がない分冷静なヴルムには一言、言い含めておいた方が良いだろう。


 そう思いながらパーティーハウスの奥へ引っ込むリュウを見送ったクトーは、片付けを始める。

 すると今度は、別の来客が姿を見せた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ