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少女は捜査の手がかりを得る。


「君か……」


 レヴィが憲兵の詰所に到着すると、現れた顔見知りの男は微妙な表情を浮かべた。

 ブルームという名前の彼は、レヴィの住むこの地域で分隊長を務めている。


「遺体との対面は、あまりおすすめしたくないなぁ」


 頭を掻きながら言うブルームに対して、レヴィは首をかしげた。


「なんで?」

「君も知っている子だから」


 そう言われて、レヴィはますます不思議に思った。

 依頼書に書かれていた『ローラ』という名前に見覚えはなかったからだ。


「誰?」

「前に、商家に強盗が入っただろう? あの時に、君が助けた子だ」

「あの時の……!?」


 レヴィは、頭を殴られたような衝撃を感じた。


 以前、クトーやリュウと共に強盗の立てこもり事件を解決したことがある。

 その時に人質に取られて、レヴィ自身がブルームに受け渡したのだ。


「なんであの子が!?」

「それは、聞かれても分からない。だから君に依頼が回ったんじゃないのかい?」


 ブルームの困ったような顔に、レヴィは唇を噛んだ。

 黙っていると、彼は気遣うようにまた声をかけてくる。


「どうする? 慣れてないなら、僕はやめておいた方がいいと思うけど」

「……いいえ、会うわ」


 若い女の子の不審な死。

 それだけでなんだか嫌な気分になっていたのに、顔を知っている子だった。


 強盗の時は、そんな目に遭う理由がなかった彼女を無事に助けられたのに。


 ブルームは見上げたレヴィに対して肩をすくめると、それ以上は何も言わずにレヴィを中に案内した。

 安置所は石造りの壁でひんやりとしており、明かり取りの窓も小さい。


 ずらりと台が並んでいるが、薄暗い中に白い布を被せられたものは1つしかなかった。


 不気味なのは嫌いだが、今はあまり怖さを感じない。

 頭の芯が痺れている事もそうだが、奥の祭壇からどこか神聖な雰囲気が感じられるからだ。


「死体がいっぱい、っていう訳じゃないのね」

「この辺りは、そうそう人死にが起こる場所じゃないからね。貧民街の方は身元も知れない浮浪者が凍え死んだり餓死したりが多いけど」


 ブルームの平然とした物言いに、レヴィは前に属していたパーティーと過ごした頃の事を思い出した。

 あまり金をかけない彼らと一緒に泊まった場所では、明らかに身なりの良くない者ややせ細った者が多く、ケンカもすぐに起こった。


「こんなに盛えた王都でも、やっぱり多いのね。そういう人」

「まだ、荒廃してた頃から10数年しか経ってないからね。逆によく復興したもんだと思うよ」


 安置所の中は、声がよく響いた。


「僕が子どもの頃は、貴族が住む内壁以外は全部貧民街みたいな感じだった。……リュウさん達が、陛下を連れてきてくれるまでね」


 尊敬のにじむ口調に、レヴィは村に来た詩人の語った【ドラゴンズ・レイド】の功績を思い出す。


 王家の血を引く若者を助け、辺境伯を味方につけ、先王の軍と操られていた先王と大臣を倒したという武勇伝は、この国では魔王を倒した事に次いで語られる話だ。


 レヴィは、そんな伝説のパーティーの一員なのだ。


 それを、人から話を聞くたびに思い出す。

 だって普段の【ドラゴンズ・レイド】は、ちっともそんな凄い人達には見えないのだ。


「普段、全員、すっごいふざけてるけどね」

「それは否定出来ないなぁ」


 ブルームが、笑みを苦笑に変えて口もとに手を当てた。


 リュウさんは大体ヘラヘラしながら、軽いノリで色んな事をしでかすし。

 そして毎度バレてクトーに罰を受けているのを見て、メンバーは場末の酒場にいる連中みたいにヤジを飛ばすし。


 クトーはクトーで、ピンクのカーテンを買ってきて大部屋の窓に付けてみたり、触れただけで肌がただれる猛毒の液体を分泌する花を飾ったりするし。

 凄い人であるはずのメンバーが泣きついて来るから、そんなクトーを説得するのはいつの間にかレヴィの役目になってるし。


 事あるごとにレヴィを着飾ろうとするし。


 しかも大真面目な顔で。

 全て『可愛いから』という、ただそれだけの理由で。


 あれさえどうにかなれば、といつも思う。


「安置所って、祭壇があるのね。祀っているのはティアム様?」

「いいや。死者の魂は、死と輪廻の神ウーラヴォス様のものだからね」


 つまり祀られているのは死の神らしい。

 世間では不吉なイメージがあるが、本来は安寧の神様なのだとブルームは言った。


「ウーラヴォス様の伝承は、死後の裁きに関するものが多いけど。そこで赦された者、罰を受けた者は再び輪廻の輪に返って、前世の行いに見合った生を得る。……この子も、次の生では幸せになると良いよね」


 言いながら遺体に近づいた彼は、白い布をそっとまくった。


 あどけなく目を閉じたローラの様子に、レヴィは胸が痛む。

 顔色こそ白くても、本当に眠っているような。


「本当に死んでるの?」

「触らないで欲しいけど、体は冷たいし心臓も止まってる。これで生きていられる人はいないだろうね」


 レヴィは、しばらく服を着た彼女を観察した。

 

「……本当に、何もないの?」

「外傷と呼べるようなものは、首筋についたかすり傷だけだね。これで人は死なないし、多分ネックレスでもつけていて浮浪者に奪われたんじゃないかな」


 言われて首を見ると、確かに左側の首筋にうっすらと線のような傷があった。

 目を閉じて、彼女の姿を頭に焼き付けたレヴィは、ブルームに礼を告げた。


「ありがと。もう良いわ」


 詰所を出るレヴィを見送ってくれたブルームは、最後に言った。


「今夜親元に返す。葬式の準備がもうすぐ終わるからね」

「じゃ、今日は行かない方がいいのかしら」

「夜なら、良いんじゃないかな。故人とのお別れの時間は遺族の方々も落ち着いているし」


 葬式までの間は、死者との別れを惜しむ時間だ。

 レヴィは、ブルームに別れを告げて歩き出した。


※※※


 しばらく進んで人通りのないところに差し掛かったあたりで、不意にトゥスが姿を見せた。


『嬢ちゃん。もし辛ぇなら、別の依頼に変えてもらっちゃどうだい?』

「何で?」


 全くそんなつもりがなかったレヴィは、トゥスの言葉に顔を向ける。

 相変わらず、半透明の体で宙にあぐらを掻いている獣のような仙人は、手にしたキセルを吸って煙を吐いた。


『えらく入れ込んでる。これからどこに向かう気なのかねぇ?』

「どこでもいいでしょ。捜査に口出しは厳禁じゃなかったの?」

『ヒヒヒ。考えつきもしねぇんだろ? 目が曇ってるからさね。兄ちゃんの懸念が当たっちまってるよ』

「どこが曇ってるっていうのよ?」


 ムッとしてトゥスを睨むと、そういうとこさ、と逆にキセルで顔を指してきた。


『ランクに上がる時間は延びちまうみてぇだが、わっちはやめとくべきだと思うねぇ、今のまんまじゃね』


 昇格試験を降りるのは『不達成』扱いになり、ランクが今よりも上であるため依頼失敗にはカウントされない。

 代わりに、再びDランク試験を受けるにはまたEランク依頼を幾つかこなす必要があった。


「続けるわよ。大体、入れ込んで何か悪いの?」


 やる気がなく依頼をこなすよりよほど良い、と思うレヴィに、トゥスは大きく眉を上げた。


『さっきから言ってるねぇ。目が曇ってるのさ』

「曇ってないわよ!」


 プイッと顔を背けると、縛った髪が大きく揺れた。

 後頭部の方から、トゥスのからかい混じりの声が投げられる。


『わっちはどうでもいいがね。ガムシャラに頭に血ぃ上らせて駆けずり回ったあげくに結局成果なし、とくりゃ、誰も幸せにならねぇさね』

「でも、やりたいのよ! 私なら出来ると思ったから回された依頼でしょ!?」


 ふよん、とまたレヴィの前に回り込んできた仙人にレヴィは噛み付いた。


 助けた時のローラの笑顔を覚えている。

 ありがと、という小さい言葉も。


 嬉しかった気持ちを思い出したら、また焼け付くような情動が胸を走る。

 

 死んだ理由は不審なのだ。

 なのに、殺された理由が分からないから殺人じゃない、と憲兵は判断した。


 健康で、死ぬような病気にかかっていた訳でもなかった女の子が、死んでいるのに。

 両親が納得できない理由も今なら分かる。


 しかしトゥスはそんなレヴィに、ヒヒヒ、と笑う。


『不幸の連鎖を、招かねぇと言い切れるかい? お前さんが失敗するのは、お前さんの勝手さね。だが手がかりも人の記憶も時間とともに薄れ、感情は整理されて胸の奥底に仕舞われちまう。そっから別の誰かが依頼をこなしたとこで、お前さんが諦めなかったせいで成果を得られない事も、あらぁね』


 そこで仙人は、笑みを消した。

 深い、レヴィには分からないものが見えているかのような底知れない目で、煙と共に言葉を吐き出す。


『……手に余る事を続けるってのは、そういう責任を負うってこった。出来ると思った? そう、お前さんが冷静なら(・・・・)出来ると思ったのさ』

「……!」

『今、冷静かねぇ? 例えば兄ちゃんがこの依頼を受けたとして、今のお前さんのようになると、そう思うのかい?』

「クトー……」


 『焦れば、しくじる』……彼は、レヴィが依頼を受けた時にそう言っていた事を思い出した。


『兄ちゃんは内心煮えくり返ったところで、あの頭は鈍らねぇだろうねぇ。意気込みはするかもしれねぇが、目は曇らせねぇ。それが一番いけねぇ事と知ってるからだ』


 歩いている内にまた人の姿が見えるようになると、トゥスは姿を消して、耳元でささやくような小声になる。


『いいかい、嬢ちゃん。人には分があり、分不相応ってのが一番良くねぇ。己の身の程を知って、そんでも自分に何が出来るかってのを考えるのは重要な事なのさ』


 トゥスは、自分に関係ないと言いながらもお喋りをやめない。


『自分は出来る、と思うのはいいさね。ただ『それが冷静に考えた結果なら』という但し書きがいるんだよねぇ』


 分かったような物言いに思わず反発したくなる。

 レヴィは奥歯でそれを噛み殺し、トゥスと話しても不審に思われないような場所を目指して路地を一本横に逸れた。


 その間も、ささやきは止まない。


『闇雲にやりたいと思っても、出来やしねぇのさ。それだけじゃ、お前さんの目に見えてる『成功』はただの幻想さね。『やるためには、どうするか』を考えないとねぇ』

「……どうするか?」


 人の姿が消えたところで、レヴィは立ち止まった。

 人が2人すれ違えるかどうかという細い裏路地で、壁に背中を預けて腕を組む。


 真正面に姿を見せたトゥスは、尻尾をゆらゆらと揺らした。


「言ってる意味がまるで分からないんだけど」

『望みがあるなら、それを幻想じゃなく、きっちりした目標に仕立てるのさ。兄ちゃんが前に言ってただろう? 具体性ってやつだ』


 クトーは仕事の合間に、事あるごとに言っていた。

 『目的を定めたら、今度はそれを成す為にどうすれば良いのかを考えない者は、いつまで経っても成長しない』と。


「やりたい事を、具体的に」

『そう。自分はこうしてぇと思う。嬢ちゃんだったら、あの子の死の原因を突き止めたい。だったら、突き止める為には何が必要なのかねぇ?』


 言われて、レヴィは考えた。

 理由が知りたくとも、その理由を知っている人はいない。


 だったら、まずは知っている人を探さなければいけない。


「手がかりがない、のよね……」

『ヒヒヒ。だから聞いただろ? どこに向かうのかってねぇ』


 どこへ。

 どこへ行けば、手がかりが得られるのか。


『全部知ってる奴はいなくとも、断片を知ってる奴はいるかもしれねぇ。それを辛抱強く拾って行かなきゃいけねぇ』

「最初の目的になるものを、探さなきゃいけないって事ね?」

『良いねぇ。そう、それを常に頭に置いとくこった。感情を置いといて、考えな』

「知ってる誰かを探るには、まずローラがどう家から貧民街に向かったのか、よね……」

『……』


 トゥスは待つ姿勢に入ったようで、そっぽを向いてのんびりとキセルを吹かしている。

 時間は、そろそろ夕方になろうとしていた。


「あの子が、貧民街に向かった道……かしら」


 しかし、それは無数にある。

 レヴィが今いる道を通っても、表通りを通っても、パーティーハウスや自宅に戻れるのと同じだ。


 まず道筋を調べないといけない。


「必要なのは、地図?」

『それもいるだろうねぇ。が、それを見なくても、あの子の足取りを知ってそうな所が幾つかあるねぇ』


 トゥスはニヤリと笑った。


『手がかりが落っこちてそうな場所が、嬢ちゃんには思いつくかい?』

「幾つか?」


 1つは家だろう。

 もう1つは死んでいた場所の周辺。


 でも、両親が知らないなら従業員もいつローラが出て行ったか知らないかもしれないし、貧民街は当日にそこにいた人を探るところから始めないといけない。


 1人では時間がかかるし、トゥスの口調だと他にも何かありそうだった。


 レヴィは、頭の中で街の形を思い浮かべてみた。

 道を全て知っている訳ではないけれど、ローラの家である商家はパーティーハウスやギルド王都支部のある地域。




 そして貧民街は……最外壁と、この辺りを仕切る壁の間だ。




「壁門……!」

『だいぶ冷静になったねぇ。そう、壁を飛び越えて行ったんでなきゃ、絶対に通るとこさね』


 三重の壁に囲まれた王都は、それぞれの壁を抜けるための壁門がいくつかある。

 貴族街へ向かう分については常に入壁書か身分証明を示す必要があるが、他の壁に関しては憲兵の監視があるだけだ。


「似顔絵を持って壁門を回れば、もしかしたら覚えてる人がいるかも!」

『似顔絵くらいなら、詰所で貰えると思うけどねぇ』

「戻るわ!」


 手がかりの可能性を得たレヴィは、元来た道を再び詰所へ向かって駆け出した。

 

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