おっさんはギルド総長と面会する。
昇格試験の手続きを終えた後、レヴィと別れたクトーはギルド本部へ向かった。
王都の冒険者ギルドは2ヶ所あり、普段利用しているのは『王都支部』である。
依頼の受付など、冒険者と直接関わる業務を行なっている。
対して『ギルド本部』は貴族居住区画に存在しており、各ギルド支部で対処しきれないような大規模事件や各ギルドの人員及び資金源や物資流通の調整を行いながら、支部の意見を集めて大まかなギルド方針を決定している。
「よぉ」
「待たせたか?」
ギルド本部に着くと、ふらりとファフニールが姿を見せた。
昨日はかなり呑んでいたが、酒は残っていないようだ。
彼はあまり気乗りしていなさそうな顔だが、今日はクトーと同様、礼服に身を包んでいた。
貴族区画に入る際に、騎士や護衛の印を持たずに私服であったり武器を目に見える形で携帯していると、不審者扱いで衛兵に見つかるたびに止められるからだ。
「相変わらず飾り気のねぇ建物だな」
「必要ないんだろう」
貴族区画では異色な、質実剛健で飾り気のない建物だ。
集合住宅のような三階建てであり、周囲の屋敷に比べればさして大きくもない。
「ギルドは相互扶助組織だ。自身の権威ではなく、冒険者の自由を守る為にある」
「ンな大義名分、今時通用してねーよ。大体、相手にナメられないハッタリは大事だろーが」
「そういう考えもあるな」
クトーは、建前でものを語らないファフニールの気性が嫌いではないので、軽く笑みを浮かべてみせた。
「だが、ハッタリの大きさに頼るのは中身がないとも言える」
「言ってくれるじゃねぇか。中身に見合った装いも礼儀の内だろ? この窮屈な礼服と同じだよ」
タイを結んだ首元を嫌そうに撫でるファフニールに、クトーは再びギルドの建物に目を向けた。
ギルドは設立当初から役割自体はほとんど変わっていないが、大規模化して内部で制御の出来ない部分が出てきたので、ギルド本部を設立したのだ。
人に害を及ぼす行動をする冒険者の除名や国をまたいで犯罪行為を行う者の排除。
それらを実行する実力者の動員権をギルド本部が持っているのも、暗殺部隊を組織したのも、そもそも冒険者側からの要請があってのことだ。
自由と無法は違う、と、多くの冒険者がそう思っている。
ギルド本部は王城に近い場所に居を構えているが、そこは『特別区』と呼ばれる教会や商業連合支部などがある地域であり、大使や国賓などが一時滞在する建物もこの辺りに存在していた。
建物に対して目を細め、クトーはアゴに指を添える。
「この外観が、むしろ中身に見合った誇りなのだろうな」
ただ自由を求め、己の力を信じ、自らの道を切り開かんとする者こそが冒険者だ。
クトーは、開拓の民だったレヴィや一代で豪商にのし上がったファフニールにも、同じ匂いを感じている。
「どこの国のギルド本部も同じような外観だろう? つまり冒険者の本質は、飾り立てた外見とは別の場所にあるということだ」
冒険者ギルド本部は、この国だけでなく北の王国や帝国を含む全ての王都に設置されている。
商会連合同様の合議制を取っているが、明確なトップのいない商会連合と違いギルドは各本部の中から『ギルド総長』を選出する形式を取っていた。
現在のギルド総長は、この国の冒険者ギルドを纏めている男だ。
気難しいが、決して愚鈍な男でもない。
「この建物こそ、己を飾らず心に忠実である冒険者の気質を明快に表している、と俺は思うがな」
「ふん、おめーも、冒険者として自分の心に忠実なのか? 人助けに駆けずり回ってて、ちっとも好きなことしてるようには見えねーけどな」
「そういう生活が性に合っている。俺も、身を飾らなくていいなら飾らない」
常から礼服で過ごしてはいるが、個人的には着ぐるみ毛布で日常生活を送ってもいいくらいだ。
人がどう思おうとクトー自身にはあまり関係がない。
礼服を着るのも、そうした方が良いと仲間に言われて納得するだけの理由があったからだ。
依頼を受けるのは、依頼者が助けを求めるからではない。
目に見える場所が平和であればそれに越した事はない、とクトーが思うからだ。
自分の気持ちに忠実であるということは、そういう事だ。
他者を押しのけて我を通す事だけが、自由であるということではない。
だが、ファフニールは納得しなかった。
「はん。ギルドもお前も、ケチくさいだけじゃねぇのか。金は稼いだらじゃんじゃん使って、使った以上に増やすもんだ。使わずに溜め込んでてどーすんだよ」
「お前らしい意見だ。が、ギルドも俺も別の場所で幾らでも金を使っている。知っていて突っかかっているんだろう?」
アゴから指を離してファフニールを見ると、彼はケッと吐き捨てながら口もとを歪めた。
「これから起こる不愉快な面会のストレスを先に吐いとこうと思ってな」
「お前は本当に総長が嫌いだな」
「ウマが合わねぇヤツってのは、どこにでもいるだろうが」
ファフニールは、悪態を垂れて少しは満足したのか、建物に向かってアゴをしゃくった。
※※※
2人で中に進んで総長に面会を求めると、内装も味気ない本部の中でしばらく待たされた。
やがて三階に案内され、案内人がドアノッカーを叩く。
「入れ」
ドアが開くと、声の通りに不機嫌そうな男が正面に見える執務机に座っていた。
金髪碧眼の美男子であり、神経質そうに常に眉をしかめている男。
彼こそが、現在のギルド総長、ニブル・ニーズヘッグだった。
「これはこれは、利益のみを追求する俗世の欲に忠実な使徒が、何故この場におられるのかな? 私はクトー・オロチとの面会と聞いていたが」
部屋に入ってドアが閉まると、いきなり流れるような口調でニブルが言った。
彼は非常に若々しく見えるが実年齢はクトーより20近く上であり、そろそろ50に手が届こうとしている。
強力な回復術師であり、同時に地の神の加護を強く受けている彼は『不老長寿』という特別なスキルを持っていて、老いが常人よりも遅いのだ。
「すいませんね研究バカのクソ野郎。こちらとしてもお会いしたくはなかったんですが、クトーとちょっとした取引がありましてね」
入る前とは打って変わってニコニコとした表情のファフニールだが、言葉には毒が滲み、その額に青筋が浮かんでいる。
「言葉使いは相変わらずのようですね。いかに知性のない俗物といえど、それでは商売に差し障りが出るのでは? 具体的にはギルドからの魔物素材買い付けの禁止などの措置、という危険性ですが」
ピクリと眉を震わせ、鋭い眼光でにらみながら脅しをかけるニブルに、ファフニールも挑発するようにアゴを上げた。
「どーぞやって見晒して下さいな、若作りのジジイ様。真理の探究とやらに必要な商業連合からの支援金を軒並み打ち切られたいなら、ですがね」
バチバチと火花を散らす2人に、クトーは軽く口を挟んだ。
「仲良くじゃれ合うのは結構だが、本題に入ってもいいか?」
「仲良くだぁ?」
「貴方は認識が人とズレているようですね」
2人の感情の矛先がこちらに向くが、特に気にはならない。
会えば嫌味の応酬をし合うが、どちらもそれで仕事に差し障りを出すような愚鈍な連中ではないからだ。
分かっていてやっている以上はじゃれ合いだろう。
「北が会談に参加する、という情報の裏は取れたか?」
「直接タイハクに確認しましたよ。事実のようですね」
クトーが嫌味を無視して告げると、ニブルもあっさり話を切り替えた。
慇懃無礼という言葉がこれほど似合う男も少ないだろうが、付き合い方さえ知っていれば有能である事に疑いはない。
「陛下は、対応策をギルド側に要請しなかったのか?」
「その点に関しては、次の会議で話し合うつもりだったようですね。……その打診を王が受けたのは、5日前だそうです」
ニブルは、チラリとファフニールに目を向けた。
「随分と耳の早い誰かが絡んでいるのかと疑わしく思いますね」
「情報の鮮度は商売人の命ですからねぇ。とうに死んだ人間の繰り言ばっかりを相手にしていたら分からないでしょうがね」
「ギルドという組織をナメている下衆がいるようですが、我々よりも早く情報を得られるのは、何かいかがわしい事をしていると疑われるには十分です」
「偶然、というものがこの世には多いもんですよ頭でっかち。会談と祭りの噂を聞いて調べていたら、風の噂が流れただけのこってす。オレは運が良いのでね」
気持ち悪いほど動かないニコニコ顔のままファフニールが言うが、内心良い気になっている事は疑いがないだろう。
国家に匹敵する二大勢力のトップと幹部のはずなのだが、両者ともに内面に関してはレヴィとさほど変わりない。
「誰の運が良くてもどうでもいいが、北が入るのなら警戒が必要だろう?」
「そうですね。ギルドとしてもみすみす戦争の火種を見逃す気はありません。せっかく平和になり、下らない話に手を煩わされる事も少なくなったのですから」
ニブルは能力はあるが、自ら望んでギルド総長の立場にあるわけではなかった。
本来なら彼の妻である女性がその立場にと望まれていたのだが、彼女は『アタシには向かない』の一言であっさりと蹴ったのだ。
そしてニブルにやれと命じた。
「そこの無知な男が属する組織は、戦争という儲け話を歓迎するかもしれませんが」
「望むわけないでしょう。金勘定に関してはザルな頭をお持ちのようですが、戦争ってのは見た目に動く金はデカくても全体で見れば利益が薄いんですよ。荒れるんでね」
他国への侵略は、武勲を立てた者が土地を得る。
戦争によって武器や食料などを売れば一時的に利益は得られるが、既に多くの国にまたがる商売をしているファフニールにとっては、構築し終えた流通ルートを荒らされる危険も同時にあるのだ。
そこに商機を見出すのはまだ成功していないか失う物のない商人だけだろうし、武勲を立てた者にしたところで侵略した土地に住む者の平定は容易なことではない。
「お前たちは、いちいち嫌味を言わなければ会話も出来ないのか?」
「つっかかってんのは、オレじゃなくてあっちだろ」
「機密事項を話し合う場に、疑わしい者がいれば確認を取るのは当然です。足元をすくわれますからね」
クトーはメガネのブリッジを押し上げた。
どちらの言い分にも理があるが、どちらの言い分も屁理屈だ。
お互いに、普通に喋ればいいだけの話なのだから。
そこで、外と繋がるのとは別に、部屋の脇にあるドアがガチャリと開いた。
「連れて来たわよー」
言いながら姿を見せたのは、飾り気のない格好をした長身の美女だった。
飾り気がない、といっても装飾品を身につけていないだけで、化粧ははっきりとした目鼻立ちにきっちりと施しており、洒落た紫の貫頭衣と細身のズボンを身につけている。
髪が短く、ともすれば美貌の男性に見えそうな外見だが、布地の胸元を押し上げる巨大な膨らみがそれを否定していた。
笑みを浮かべた時に片方の頬に現れるエクボが可愛らしい。
「戻りましたか、ユグドリア」
今のいままで不機嫌そうな顔をしていたニブルが、彼女を見た途端に晴れやかな笑顔を浮かべた。
まるっきり同一人物とは思えないほどに声音も柔らかい。
ニブルがユグドリアにベタ惚れなのは、相変わらずのようだった。
「あら、もう来てたのね。遅くなってごめんね、クトーくん」
「気にしていないが」
元々、クトーが面会を求めたのはニブルであり、彼女の同席を想定していたわけではなかった。
ユグドリア・ニーズヘッグ。
人を包み込むような晴れやかな笑顔でクトーに手を振る彼女がニブルの妻であり、同時に以前共闘した時に【ドラゴンズ・レイド】を気に入ってくれた人だ。
以来、なにくれとなく融通を利かせてくれる。
そんなユグドリアに笑顔を向けられたクトーに、どこか執念が込められているように感じるニブルの視線が突き刺さった。
「ユグドリアが謝っているというのに、その態度はいかがなものかと思いますが」
「あら、アタシは気にしないわよ?」
「なら良いです」
そんなニブルを見て、ファフニールがものすごく嫌そうな顔をしている。
「相変わらず気持ち悪いな……そして何度見ても、この女性が変人の嫁とは信じられん」
「そうか?」
特にそんな風に考えた事もなかったクトーは首を傾げた。
彼女もクトーより年上で、成熟した女性特有の雰囲気をまとっている。
気さくで親しみやすい人物だ。
「それで、連れて来ましたか?」
「ええ。ちゃんと準備を整えて待っていてくれたわよ」
ユグドリアが後ろを振り返ると、そこからもう1人の人物が姿を見せた。
それを見て、クトーは軽く眉をひそめる。
「……タイハク老?」
「しばらくぶりじゃの」
そこに立っていたのは、白いヒゲを長く蓄えた老人。
この国の宰相をしている、タイハクだった。




