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おっさんは、少女に付き添ってギルドへ向かう。【修正あり】


 メリュジーヌの魔導具店を出たレヴィとクトーは、大通りに面したギルドへと向かった。


 王都の構造は、王城から四方門へと続く4つの大通りがあり、その道が街の周囲を囲う三重の壁によって隔てられている。


 外敵を防ぐ目的で残されているが、元々は王都の広がりによって外壁を広げていった結果、隔てられたものだ。

 壁の内側は、王城に近い方から貴族・富裕層・中流層・貧困層の住む区画に分かれている。


 ギルドは中流層と富裕層区画の壁近くにあり、クトーらのパーティーハウスもギルドのある表通りのそばに建てられていた。


 現在の王都は最外壁の向こうにも建物が立ち並び、そこでは流れ者や居住権のない者が暮らす場所になっている。


 貴族以外の民に関して、この国では特に居住権以上の位を定めているわけではない。

 貴族でない者は貴族区画には居住出来ないものの、富裕層よりも金がない貴族も普通にいる。


 王都の下級貴族は、辺境から登用された王城勤めの者などでない限り領地を持たないからだ。

 そのため普通に街中で働いている者もいて、現状、爵位については国になんらかの寄与した者に与えられる名誉的な側面が強い。


 元々力のあった貴族などは伯爵以上の位にあり、それらの人々は領地や生計の手段、あるいは王城で高い役職を持っている。


「貴族って、村のまとめをしていた領主様とかのことよね?」


 ギルドへ向かう道すがら、壁についての話を振ってきたレヴィにクトーが説明していると、彼女は軽く頬に手を添えて首を傾けた。

 その拍子に、ポニーテールが左右に揺れる。


「現状、貴族であるから領主というわけでもない。役職としては別だ」

「そうなの?」

「ああ」


 そうホアンに提案して実践させたのはクトーだが、それは言わない。


「元々住んでいた土地で評判の良かった貴族。これに関してはそのまま統治をしている事もあるが、民に圧政を敷いていた者は現王即位の後に首をすげ替えられている」


 ホアンは正当な王位継承者だったが、彼の叔父によって不当に王権を奪われていた。

 幼少の頃、クトーが育った村で現在の近衛隊長によって匿われていたのだ。


「当時の大臣も先王と共に、先々代の王や王位継承者暗殺の事件で共謀していてな。そのくらい王都の内部も腐敗していたんだ」


 実際には叔父は操られていただけで、裏には魔族の策略があったのだが。

 その、現王が王権奪取する時に協力したのが【ドラゴンズ・レイド】であり、その際にホアンの元へ集った有能な者を領主として振り分けていた。


「領主になる際に、平民だったので一代限りの爵位を与えられた者もいる。領主の勤めを果たす際に貴族位を与えられるのは、旧来からの貴族に平民ごときと侮られることを、ある程度防ぐためだ」


 現状、王権を取り戻して十数年程度のホアンの治世は強固なわけではない。

 (うみ)のような貴族こそ廃したが、野心がありながらも民を虐げるわけではない貴族については残した。


 誰も彼もを切り捨ててしまえば、それ自体が反乱のタネになる。


「代替わりを繰り返せば現状の制度で皆が貴族位にこだわる事もなくなるだろうが、性急すぎる方針変更は人の感情を逆撫でする」


 それは、タイハクやリュウ、そしてホアンからクトー自身が言われた事だった。

 合理的な再編を行うことを提唱した時に、彼らは言った。


 『理屈で動ける者ばかりではない』と。

 

 今なら、言いたい事も少しは分かる。

 当時は分からないままに、彼らを信頼して受け入れた。


「ふぅん。じゃ、うちのところの領主様が変わったのは、良い人じゃなかったからなのね? あんまり、昔が悪かったとか聞いたことないけど」

「……いや、お前の住んでいた辺りの交代は多分、元々は辺境伯だった人物が領主をしていた息子と入れ替わったからだな」


 クトーは、レヴィの住んでいた地域の人事を思い出しながら言った。


「そうなの?」

「ああ。そもそも辺境には特に優秀な者、かつ王に近しい者を配するのが普通だ。そうそう悪い治政を行う事はない」


 レヴィの住む南は、大森林を挟んで帝国と隣接しているので尚更だ。


 魔物の脅威と、帝国の脅威。

 その両方を守護する辺境伯として、暴君だったホアンの叔父ですら廃すことの出来なかった剛の老人が、現在はレヴィの住んでいた地域の領主を務めている。


「【雷迅のケイン】と呼ばれる、現王の大伯父にあたる人物でな。妾腹ながら次期王にと望まれるほどの才覚を示しながら『正当な継承者は弟だ』と王位を蹴ったという逸話や、数々の武勇伝が残る生ける伝説だ」


 彼の助力と後押しがなければ、王権奪取はあれほど上手くは行かなかっただろう。


 それを見届け、一通りの人事再編が片付いたとたんに彼は辺境伯を辞した。

 ビッグマウス大侵攻の際には、彼が嬉々として愛龍を駆って動き回り、武技の健在ぶりを見せつけていたとの報告も受けている。


 クトーの話を聞いて、レヴィが目をまん丸にしていた。

 ちょっとあどけなく見える。


「あのお爺ちゃん、そんな凄い人だったの?」

「会った事があるのか?」

「よく遊びに来て畑仕事手伝ってくれてたよ。ビッグマウスの時もリュウさんと親しそうにしてたし、なんか2人ってよく似てるなって思ってた」

「……」


 たしかに、思い返してみれば似たり寄ったりの性格をしている。

 初めて会った時は庭仕事をしていて身分を偽られたり、協力の見返りにと試練を課されて後で『ただのジョークじゃったのに本当にやり遂げるとはのう』と言われたり、イタズラ小僧のような爺様だった。


 付き合わされる方としてはたまったものではなかったが、性格が変わっていないなら現辺境伯もさぞかし苦労している事だろう。


 話しているうちにギルドにつき、中に入るとミズチに出迎えられた。


※※※


「お待ちしておりました」


 ひっつめ髪にギルドの制服姿をしている彼女は、今日も可愛らしい。

 レヴィを窓口に座らせてクトーが横に立つと、ミズチは自ら相手をしてくれた。


「では、Dランク昇格試験の受付と、昇格資格に関しての説明をしますね」


 ミズチはまず書類の内容を説明した。

 依頼書をまず取り出し、内容を1つ1つ指差しながら追っていく。


「Dランク相当の依頼ですが、今回の依頼についてはレヴィさんの受けた依頼傾向を見た上で、総合力を見るために選定しました」


 内容に目を走らせると、街中での依頼だった。

 昨日の朝に起こったようだ。


「……殺人事件?」


 レヴィが、内容を見て不安そうな声を出す。

 クトーも不可思議に感じた。


「これは憲兵の職分じゃないのか」

「それなんですけど」


 ミズチは動じず、微笑んだまま告げる。


「今回の件、明確に殺人と断定できる根拠がないのです。あくまでも依頼者がそう思っているという事です」


 少女はつい先日、街外れで倒れているのが見つかったらしい。

 外傷はなく、眠るように死んでいたのだそうだ。


「病死か何かだと、憲兵では判断しました。呪殺の気配もなく、夕方から行方不明になっていたものの縛られた跡などもない。彼女が街外れに向かった目的は分かりませんでしたが、死体に不審な点が一切なかったのです」


 たしかに不可解な話だった。

 だが、憲兵が病死と判断したのなら、蒸し返す理由が分からない。


 そこで、ミズチの表情が少し暗くなった。


「親御さんは、納得しませんでした。彼女は先日まで健康で、大病をわずらっていたわけでもないのです。それに、不思議な話があったそうで」


 少女は、行方不明になる前に『家の外に怖い人がいる』と口にしたそうだ。

 雇い人に外を探らせたがそんな人物はおらず、少女の気のせいだろうと判断したらしい。


「憲兵のブルームは人が良いですから、親御さんに紹介状を持たせてこちらへ斡旋したのです。ギルドはその依頼を受けました」


 事件に関する説明をしていた時の痛ましそうな表情を消して、彼女は少し茶目っ気をにじませた。


斥候(スカウト)の技能を持つ人材が昇格試験を受けに来るというので、ちょうどいい依頼かと思いまして」


 ミズチは空気を変えようと思ったのだろう。

 しかし横に座るレヴィは、ジッと依頼書に目を落として硬い表情をしていた。

 

 クトーが彼女の肩に手を置くと、ハッとレヴィが顔を上げる。


「入れ込み過ぎるな。依頼に対して感情を動かすなとは言わないが。……焦れば、しくじる」


 ミズチがこの依頼内容を選んだ理由は、おそらく彼女が最も苦手なタイプの依頼だからだろう。


 レヴィは短気だ。

 我慢強い一面もあるが冒険者としての経験は少なく、有り体にいって幼い。


 幅広い依頼を受けさせてはいたが、情緒面での不安から人の後ろ暗いところを見せるような依頼はまだ早いと思い、極力避けていたのだ。


 商人団の護衛などは依頼主との関わりこそあるものの、人を雇うような商人は基本的に自分の命や荷物を預ける相手である冒険者に対しても礼儀正しい。


 下手に刺激すると、冒険者自身が野盗に早変わりする危険もあるからだ。


 だが、我が子を殺された親への聞き込みや倒れていた区画の治安の悪さなどを見れば、むき出しにされた負の感情がレヴィの周りで渦を巻くだろう事は簡単に想像できる。


 少し経験を積んだだけの彼女が、不愉快な物事に対してトラブルを起こさずに耐え切れるかどうかが、まず問題だった。


「Dランク依頼としても難易度が高いと思うが」

「ええ、ですからレヴィさんに行って欲しいのは裏取り捜査です。死体そのものに不審な点はありませんでしたが、彼女の足取りに関してはまだ調査を行っていません。ご両親の依頼は『娘が何故あの場所に向かったのか』と『本当に殺人ではないのか』という2点を明らかにする事です」

「どちらもレヴィにやらせるのか?」

「いいえ。遺体や死因の調査に関してはこちらで行います」


 つまりレヴィの仕事は彼女の足取りを追う事になるようだ。


 こちらが納得したのを感じたのか、ミズチはレヴィに目を向け直した。


「依頼について、1つ注意点を言っておきます。足取り調査の際に、トラブルを起こさない事です」

「トラブル?」


 レヴィが不思議そうな顔をした。

 どういう意味か、彼女には理解出来ていないようだが、ミズチはそれについて詳しく話さなかった。


 おそらくは、不愉快な挑発に乗って喧嘩をするなど、素行の面で問題視されそうな部分の話だろう。

 自身の感情を制御出来るかどうかも、冒険者として昇格を認めるには重要な事項なのだ。


 特に【ドラゴンズ・レイド】の一員として他のメンバーと活動するのなら、最終的にはBランク以上……欲を言えばAランク試験に合格する事を求めたい。


 Bランク昇格の条件である、人格的に優れた責任感のある人間などは仲間内にもほとんどいない。

 それでも強い意志を持ち依頼を確実にこなすという点や、他人の意思を尊重し、目に余るような粗暴な行いをしない面に関して言えば、及第点を与えてもいい連中ばかりだった。

 

 レヴィにはそうなれる素質はある。

 だが、単純な力や素質だけで這い上がれるほど、冒険者という職業は甘いものではないのだ。


「ミズチ。俺は依頼に関してトゥス翁に同行してもらうつもりだったが、構わないか?」

「レヴィさんの経験の浅さを補わせるつもりであれば、試験にはなりませんね。不測の事態が起こった時のサポーターとしての同行なら、認めます」


 ミズチは、クトーがわざわざそんな事を口にした理由を正確に汲み取っていた。

 依頼の内容に関する調査を、トゥス主導で行う事は許さないという事だ。


 だが同行してさえいれば、レヴィが揺らいだ時にトゥスが助けになるだろう。


「聞こえたな?」

『嬢ちゃんにくっついてりゃ良いだけなら、これほど楽な事もねぇさね』

「自分の試験でズルしようなんて思わないわよ」


 姿を消したままトゥスが言い、レヴィは勝気な目を向けてくる。

 1つうなずいて、クトーはさらに言葉を重ねた。


「レヴィから相談を受けることに関しては?」

「実働がレヴィさんであれば認めますよ。捜査方針の決定については、責任は冒険者本人に帰属します。コネを使って知恵を借りるのは情報収集の範囲内と判断しますので、ご自由にどうぞ。他に質問は?」

「1つだけ」


 レヴィが、ミズチを真っ直ぐに見つめながら言った。


「この、死んだ子に会っても良いですか?」

「……ええ。遺体は今日の夜に親御さんの元へ返される予定ですから、詰所へ向かって下さい。ギルドから検分要請を出しておきます。他には?」

 

 レヴィが首を横に振ったので、ミズチは依頼書から2枚目の書類に話を移した。


「こちらの書類は昇格の条件について記しています。Dランク昇格依頼をこなす前に、装備品の質やこなしたEランク依頼の量などを纏めたものですね。またFランクからEランクへの昇格と違い、Dランクには条件が1つ追加されています。討伐数下限規定です」


 上から順番に内容を説明し、ミズチが指を止めたのは『レベル・討伐規定』と書かれた部分だった。


「現在のレヴィさんのレベルは15。倒した魔物の数は54体。Dランク昇格のレベル下限は15、魔物討伐数は40体以上なので、Eランク依頼達成数と合わせて、規定を満たしています」


 冒険者のランクは、数字とアルファベットで表される。

 例えば今のレヴィなら冒険者証に記されている内容は『レヴィ スカウト ランク15(E) 討伐数54』だ。


 レベルナンバーは討伐数と討伐した魔物の種類によって、アルファベットランクはこなした依頼の数と昇格試験の合否によって変動するものだ。


 またアルファベットランクに関しては、こなした依頼の数によって降格もある。

 一度Cランクに上がれば冒険者として中堅と認められる上に、ランクはC以下には落ちない。


 アルファベットランクはランクの低い仕事を受けて、単独の冒険者が割の良い低ランク依頼を独占する事を防ぐ目的で設けられている。

 その為、わざとランクを上げずに荒稼ぎしているような輩にはギルドから注意勧告する事もある。


「Cランク以下の昇格に関しては、他に特別な条件はありません。今は関係ありませんが、今後、レベル20への昇格の際にはギルドでの適性試験を受けてもらい、Cランク昇格の際にはなんらかの技能、あるいはスキルに熟練している事が条件に加わります」

「スキル?」


 ミズチの説明に、レヴィが口を挟んだ。


「そうです。例えば、何らかの適性を持つ事。レヴィさんは現在『〈風〉の適性』をお持ちですので、それらに関するスキルを扱えるか、または『効果付き装備』の効果を任意で扱える事が条件になります」

「もう1つの技能っていうのは何ですか?」

「優れた情報収集の腕や、鍵開け、変装、危機察知などの何らかの特殊技能の熟達している事です。こちらには昇格とは別に審査があり、どれか1つを満たしていないと、Cランク昇格試験は受けられません」


 レヴィはうなずき、ミズチの指示に従って手続きを終えた。


「では、Dランク昇格試験を受付けました。条件は『少女の死体遺棄現場までの足取りを明らかにする事』。期限は1週間、その間に解決すれば昇格。あるいは長引きそうなら、内容によっては期間を延長します」

「はい」

「また、今後のこちらの調査で、何らかの危険が予想される場合、Dランク以上の危険であると判断すれば依頼から外し、試験内容を変更する事に同意して下さい」


 それにも、レヴィはうなずいた。


「では、話は終わりです。頑張って」

「ありがとうございます」


 ミズチの励ましに対して、レヴィは立ち上がりながら答えた。

 

感想欄で指摘があったので、一部内容を変更しています。


変更点

・Dランク昇格依頼に関しては難しすぎる点を変更。

・合わせて、依頼達成の内容と事件発生日時を明確に。


ご指摘ありがとうございます!

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