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少女は、おっさんと共に魔導具屋を訪れる。


 レヴィは夢を見ていた。


 夕暮れ時のような赤い光に満ちて、しかし空は厚い灰色の雲に覆われている。

 城の方から順番に、まるで砂のように崩れ去っていく王都の街並み。


 その景色をどこかも分からない場所から俯瞰しながら、レヴィは1人の少女に目を止めた。


 誰もいない大通りをフラフラと彼女が歩くと、その左右にある街並みが崩れ去っていくのだ。

 それは異様な光景で、やがて彼女は街外れの墓地に辿り着く。


 墓地は中心の丘を囲むように作られていて、その上には背の低い塔が立っていた。

 死者の審判と刑罰・安寧を司る死神を祀る紋章が刻まれた塔を登り、少女は最上部に辿り着く。


 塔と墓地は、崩れ去らなかった。


 少女の顔は見えないが、彼女はレヴィの方を見上げる。

 そのまま自分の胸元に手を当ててしばらく立ちすくむ彼女の口元だけが、不意に鮮明に見えた。


 レヴィに何かを伝えるように、ゆっくりと少女の口元が動く。




『クトー・オロチ……』




 自分がよく知る名前を言われて、レヴィが目を見開いた直後。

 少女は、塔からその身を投げた。


※※※


「……ッ!!」


 レヴィが衝撃とともに目覚めると、闇が見えた。


 混乱するが、ヒュー、ヒュー、と寝汗で濡れた体を意識しながら深い呼吸を繰り返す間に、目が闇に慣れる。

 ぼんやりとしていた思考が少し戻った事で、レヴィはそこがいつもの自分の部屋であり、ベッドに仰向けに眠っている事を知った。


「何、今の……」


 珍しく見た悪夢に顔をしかめながら、体を起こす。


 夜中だが、寝巻きが濡れて気持ち悪いので着替える事にした。

 集合住宅の1部屋、そこがレヴィの暮らしている場所であり、明かりを点けなくても服が置いてある場所くらいは分かる。


 最近暑いし、自分しかいないから……と、普段は下着とシャツくらいしか着ていないが、きちんとお風呂に入りに行って寝巻きに包まった日に限ってこれだ。


「明日は、何だったっけ……」


 眠さで明確に回らない頭で考え、レヴィはクトーの試験に受かった事を思い出す。

 

「明日は魔導具屋に行って……Dランク昇格依頼……」


 もぞもぞと着替えながら、服を着た理由を考えた。

 体調が悪くて受かりませんでした、風邪をひいて試験が伸びました、など目も当てられないと思ったからだ。


 レヴィは、早くランクを上げたかった。


 正確には、腕を磨きたいと思っていた。

 この2ヶ月の間に、1度だけパーティーメンバーの依頼について行った事がある。


 温泉街で紹介された【ドラゴンズ・レイド】のメンバー……拳闘士のギドラ、剣闘士のヴルム、重戦士のズメイの3人組に割り振られた依頼についていって、初めて行く場所での斥候のやり方を学べ、という話だった。


 訓練そのものはすごく有意義だったけど、そこで目にした戦闘のレベルが違いすぎた。


 まず、彼らの動きを目で追えなかったのだ。

 魔物に遭遇した段階で、レヴィ自身はズメイに守られながら戦闘を見ていただけだったが……レヴィと同じ〈風〉の適性を持つギドラの動きは、特に凄かった。


 適性を持つ者には、魔力を消費して魔法を扱う者とは違って、天地の気を取り込んで発動する事ができる『スキル』というものがある。


 自分の動きや肉体を強化するスキルや、レヴィ自身も使える『弱点看破(ウィークポイント)』のスキル、それらを扱うだけの修練と、それによって強化された効果による戦闘。


 相手もAランクの魔物であり破壊的な暴威を振るったが、〈地〉の適性を持つズメイの盾による防御を、相手の攻撃は1つも抜けなかった。


 ヴルムに至っては、戦闘開始からギドラの引きつけた魔物に背後からトドメを刺す瞬間まで〈闇〉のスキルで自らを覆い隠していて、存在すらも忘れていた。


 以前見た、リュウがビッグマウスを薙ぎ払う姿よりも、さらに高みの光景だった。


 今の自分のままじゃ、絶対に勝てない。

 嫌でも理解せざるを得なかった。


 しかもそんな人たちが、口を揃えて『クトーは凄い』と言うのだ。

 同行する間に彼の色々な話を聞いて、レヴィはクトーが普通に見えたのは、単に相手に合わせて動いていたからなのだと知った。


 あの薙刀で魔族を相手にしていた時ですら、実力の半分も見せていなかったらしい。


 そんなとんでもない連中の中にいる、Eランクの自分。

 自信を失ったわけではないけど、まだまだ届かないという事を目の当たりにして……凄く、悔しかった。


「強くならなきゃ……」


 焦る必要はないと言われたところで、今のままじゃいつまで経っても見習いのままだ。


 フラフラとベッドに戻りながら、レヴィはさらに考える。

 クトーに昇格試験を受けさせて欲しいと言ったのは、そういう理由だった。


 彼に並びたいと、思ったのだ。

 何故そう思うのかは分からないけど。


 結局、クトーに説得されて1ヶ月間、急く気持ちを抑えて依頼をこなした。

 彼の言う事も、分かるからだ。


「追いついて……」


 布団にくるまり、ウトウトとまた眠気に身を委ねる。

 こんなところで立ち止まったりしている場合ではない、という気持ちだけを残したまま、レヴィは再び眠りに落ちた。


※※※


「ここが魔導具屋?」

「そうだ」


 レヴィの問いかけに、クトーはうなずいてさっさと店の中に入っていった。


 裏通りにある、看板すら掛かっていないレンガ造りのこじんまりとした建物で、昼間だというのにカラスがガァガァと鳴きながら屋根の辺りを何羽も舞っている。

 レンガにはツタが()い、屋根を妙な草がこんもりと覆っていた。


 どう見ても怪しい。

 クサッツに居を構えている、魔物素材総合加工職人のドワーフであるムラクの工房を訪れた時も思ったが、クトーの連れてくる店というのはなんだってこう、怪しげなところばかりなのだろうか。


 不安を覚えながらもクトーについて中に入り、その不気味な雰囲気にゴクリとツバを呑んだ。

 夜の山など自然の場所は平気なのだが、レヴィは墓地などが非常に苦手なのだ。


 この店は半円形になっているようだった。

 天井まである棚が入り口の左右から曲線を描いており、奥で繋がっている。


 棚には生き物の内臓っぽいものや、水晶や宝石に似た道具が並んでいて、薄ぼんやりと淡い青や暗い赤の光を放っている。

 また店の中には、細長い筒のようなカゴや、テーブルの上にザルで置かれた得体の知れない道具が並んでいて入るのをためらわせた。


「何をしている?」


 さっさと店の奥へ進んだクトーが振り向いて、不気味な光に照らされながら首をかしげた。

 銀縁メガネに光が反射して、ちょっと怖い。


「ななな、なんでもないわよ!」


 言いながら、なるべく周りを見ないように奥へ進むと、間仕切りなのだろう黒いカーテンの隙間にカウンターがあった。


「ひっ!」


 思わず足を止めて、レヴィは固まる。

 カウンターの中にいたのは、いかにもな黒いローブとフード姿の魔女で、水晶玉をカウンターの上に置いていた。


「おや、いらっしゃい……クトー、随分と可愛らしい連れじゃないか」


 フェッフェ、と笑う魔女の声はしわがれていた。

 目深に被ったフードの奥にある顔もしわくちゃで、頬すらもが垂れている。


「彼女はレヴィという。うちのパーティーに見習いとして入った。レヴィ、彼女はメリュジーヌ女史だ」

「よろしく、レヴィ」

「よよ、よろしくお願いします……!」


 思わず敬語で言い返して、レヴィは背筋を伸ばした。

 冷や汗が流れているのを悟られていないか、不安になる。


 メリュジーヌは口もとに得体の知れない笑みを浮かべたまま、少しの間こちらを見ていたようだが、すぐに首を少し動かしてクトーに話しかけた。


「その、あんたの肩の上に隠れている方は紹介してくれないのかい?」

『ヒヒヒ、見抜かれちまった』

「だから無駄だと言っただろう」


 ゆらりと姿を見せたのは、トゥスだった。

 クトーと共に山で野宿をしていた時に知り合った仙人で、獣の姿をしている。


 手にはキセル、だらしなく着た服の尻から尾が生えており、半透明な体に青い燐光をまとわせながらあぐらを掻いていた。

 人とは違う口もとを歪めて、トゥスは笑い混じりの声を上げた。


『トゥスさね。わっちがこの店に世話になるこたーねぇとは思うけどねぇ』

「人の縁ってのは分かんないもんだ。お互いを知っておくと良いことも悪いこともあるかもしれないだろう?」

『おや、話の分かる人だったかい。こいつは失礼しちまったようだねぇ』

「気にする必要はないよ。わずらわしい事が嫌いなんだろう? ワタシもそうさ」


 2人ともごく自然体だった。

 メリュジーヌの方もトゥスの容姿に驚いた様子を見せないのは、この手の存在に慣れているのだろうか。


 2人のやり取りは、それだけだった。


「それでクトー、今日は何の用だね?」

「この油蜜を【火遁の序(ファイアスクロール)】に加工してくれ」


 クトーがカバン玉から、油蜜の皮袋を1つ取り出してカウンターの上に置いた。

 それを骨ばった指で取り上げ、ゆったりとした動きで反対側にあった(はか)りに乗せる。

 

「……ふむ、100個、ってところかね。加工賃を油蜜買取でまかなうなら、30に減るよ」

「今の取引価格なら40じゃないのか?」

「それは昨日までの話だねぇ。今日は35だよ」


 フェッフェ、と笑う老婆にクトーは頷いて、もう1つ油蜜の袋を取り出した。


「では、70だ」

「追加で、銀貨を10枚寄越しな。それで100にしてやるよ」


 2個目の袋も量りに乗せてから返事をした老婆に、クトーは軽く眉を動かした。


「ここからさらにマケるのか? 珍しいな」

「ワタシはあるとこから取り、ないとこには回すのさ。使うのはあんたじゃなくてレヴィなんだろ?」


 メリュジーヌが、笑みと共に手のひらを上にしてレヴィのほうを示す。

 クトーはちらりとこちらに目を向けて、少し困ったように問いかけてきた。


「銀貨10枚、持っているか?」

「持ってるけど……そんなに高いの? これ?」


 銅貨20枚で、銀貨1枚。


 つまり3回分の食費になる。

 昼を抜いて節約すると、銀貨10枚で半月も食いつなげるのだ。


 ポンと出すには高すぎる金額をためらうレヴィに、クトーは軽く首を傾げた。

 店内が静かなのでシャラリとメガネのチェーンが鳴る音が聞こえる。


「むしろ安いぞ。本来なら、これ1つで銅貨10〜13枚。30個で銀貨15〜20枚程度だ」

「にじゅ……!?」


 1ヶ月分の食費に相当する。

 つまり、普通に100個買うと銀貨50枚……3ヶ月暮らせるくらいのお金が必要になるのだ。


 レヴィは、その使い道すら分からない道具の高さに頬を引きつらせた。


「な、なんでそんな高いの!?」

「魔導具はまず素材が高いし、さらに作るには技術の他に生来の魔力的素質も必要だ。また、作り手である魔導師の腕で性能が左右される。……メリュジーヌ女史はかなり良心的な方だぞ。彼女の腕で作られた物なら1つ銅貨20枚でも欲しがる奴がいるだろう」

「おや、ならそんだけ払うかい?」


 クトーは、その言葉に対していつも通りの表情でうなずいた。


「メリュジーヌ女史がそう望むならな」

「冗談だよ。ワタシは公正な相手には公正に応える主義でね」


 市場価格でいい、というメリュジーヌは、レヴィに対して説明してくれた。


「これはね、レヴィ。簡単に言えば、魔法が使えない奴でも火の魔法を使えるようになる魔導具だ。汎用魔導具っていうんだけどね。威力は大した事ない。けど、それでも上手く使えばCランクの魔物に手傷を負わせる事くらいは出来る」


 それは大した事がない威力とは言わない。

 レヴィのダガーが刺さらなかったフライング・ワームに傷を負わせれるなら、結構な威力だと思う。


「それに油蜜採取の道中、トライムと遭遇しただろう。これを使えばもっと簡単に倒せる」


 火が弱点の魔物にはさらに効果がある、という意味だろう。

 補足されたが、それでもレヴィはとりあえず尋ねた。


「これを持っているのは、強くなるために必要?」

「強くなるというのが力だけの話なら、答えは否だ。だが、使うための知恵や冒険者としての備え、そうした部分まで含む話ならば、こうした汎用魔導具を扱える事は間違いなく強さだな」


 クトーの話は、いつも明快だ。

 力だけが強さではない、のは、クトーと出会ってから散々痛感している。


 知っている事、備えている事は間違いなく強さなのだ。


「別にお前が出せないというのなら、30はどちらでも良い。払うのはお前だからな」


 そしてクトーは、選択を強要しない。

 いつだってその青い冷静な目で問いかけ、レヴィに選ばせてくれるのだ。


 どうしたいか、と言われれば、答えは決まっていた。


「……出すわよ。お買い得だって言うなら、逃す手はないでしょ?」


 ふん、と、レヴィはいつも通りに鼻を鳴らした。


 銀貨を腰の皮袋から取り出して、メリュジーヌに手渡すと、ひんやりとしているかと思った彼女の手は暖かかった。

 不思議に思っていると、老婆が問いかけてくる。


「どうしたね?」

「あ、えーと……あったかいな、と思って」


 お婆ちゃんの手じゃないみたい、とは口に出せずにそう言うと、メリュジーヌの雰囲気がどこか和らいだ。


「聡い子だね。ほんに、クトーは人を見る目があるよね」

「そうか?」

「良い奴の周りには良い奴が集まるもんだ。その逆はあまり見ない」

「人が良いから利用される奴を散々見てきたが」

「そういう奴は、頭が悪いのさ」


 平然と老婆が切り捨て、骨ばった指でテーブルの上にあるザルを指差した。


「そこにあるのを持って行きな。質は良いからね」

「いいのか?」

「時間は惜しむもんだ。若者と違って、このババアにはヒマな時間がたっぷりあるからね。のんびりと同じだけ作ったって変わりゃしない」


 あっさりと言うメリュジーヌが指さした方をレヴィが見ると、赤い木のような質感の筒が山盛りに積まれている。


「これがファイアスクロール?」

「そうだ。扱いは後で教える」


 クトーはスクロールをきちんと数えてカバン玉にしまった。


「では、失礼する」

「あ、ありがとうございました」

「またおいで」


 フェッフェ、と老婆が笑い、トゥスがキセルを吸って煙を吐いた。


『居心地のいい店さね。冷やかしで入っても構わないのかねぇ?』

「もともと道楽の店だ。話し相手にも困ってるからね」

『なら、わっちはここに残ろうかねぇ』


 どちらも別の意味で正体の掴めない仙人と魔女は、何か通じ合うところがあるようだった。

 しかし2人の交流に、入り口に向かったクトーが水をさす。


「すまないが、トゥス翁。これからレヴィの昇格試験を受けに行くし、俺にはこれから用事がある。今度にしてくれ」

『そっちは気が乗らねーねぇ』

「なら、レヴィを1人で放っておくか?」


 問われて、トゥスが少し目を細めた。


『……それはそれで、後々厄介なことになりそうだねぇ』

「どういう意味よ」


 これでも、Eランク依頼はきっちりこなしている。

 頬を膨らませると、トゥスは大人しくこちらにくっついて店を出ながら、ヒヒヒ、と笑った。


『そうやってすぐに膨れるトコが、まだまだ放っておけねぇって言われる理由さね』

 

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