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おっさんは少女を見守る。


「あっつぅぅううう!?」


 バチン! という音と共に火の粉が弾け、手に軽く浴びたらしいレヴィが叫んだ。


「なかなか上手くいきませんね」

「初見ならそんなものだろう」


 のほほんとしたミズチの感想に答えてから、クトーは悪戦苦闘するレヴィに声をかける。


「だから不用意に近づくなと言っている。火傷するぞ」

「そんな事言ったって、近づかなきゃ採れないじゃない!」


 クトーが声をかけると、フーフー、と手を吹きながらレヴィが言い返して来た。


 彼女の前にあるのは、奇妙な植物だ。

 割と背の高い太めの(くき)を持っており、クトーの胸程度の高さで咲いた花は、本来ガラスのように透き通った美しいものである。


 無風の晴れた日に見ると、まるで花弁を象ったグラスの中にオレンジのカクテルを注いだような姿をしている多年草。


 それはバッダース・フラワーと呼ばれる植物で、別名をオコリンボ(ぐさ)という。


 花弁の中に注がれたカクテルのようなものは油蜜(あぶらみつ)と言い、汎用魔導具の材料の1つになる特殊な蜜だ。


 この蜜を採取する事を、クトーは今回の目的に定めていた。

 晴れた日に採取するならさほど手間がかかるものでもないのだが……今は雨が降っている。


「油蜜は、水に触れると炸裂するんだ。そう易々と直接は取れん」

「そんな物騒なもん、雨の日に採らせようとしてんじゃないわよ! ふわッ!?」


 風向きが悪かったのか、炸裂した炎が少し離れていたレヴィに降りかかった。

 慌ててさらに後ろに下がる彼女に、クトーは軽く息を吐く。


「ただこの植物を見つけて採って帰るだけならFランクでも可能だ。悪天候での採取という至急依頼であっても対応出来て、ようやくEランク相当になる」


 依頼にはいくつか種類があるが、通常の依頼と至急依頼でランクが変わるものもあった。

 天候や地形状況によって発現する厄介な特性を持つ素材の収集依頼には、特にそういうものが多い。


 このオコリンボ草自体は、特性の発現が結構な頻度で起こる為に最初からEランクに指定されているが……実は頭を使えば、そこまで採取に苦労はしない。

 また爆発力は注がれた水量に比例するので、小雨程度の量では死ぬほどの爆発は起こらない。


 せいぜい軽く火傷するくらいだ。

 レヴィは、目の前にあるのに手が出せないオコリンボ草の群生地を前に、苛立ったように足を踏みならした。


「しかも、なんで花が燃えてんのよ!?」

「そういう植物だからな」

「説明になってない!」


 オコリンボ草のもう1つの性質が、油蜜がザラザラとした花弁の表面を伝って擦れると発火する事だ。

 

 少し強く風が吹くと揺れて燃えるのだが、これも群生地に故意に近づかなければ問題ない。

 今は雨で風も吹いているので花は燃えているし、この周辺だけ空気が暖かくバチンバチンと騒がしい。


 採取するには、1番厄介な状態だ。


「燃える草の採集なんて、今までの依頼になかったじゃない!」

「わざと振らなかったからな」


 換金率は良いが、レヴィ一人で行かせるには少々心配な素材でもある。


「オコリンボ草は非常に有用な素材だが、街中で育てるとなるとかなり危険だ。なので採取依頼が多い。いつでも取れるようになっておくと重宝するぞ?」


 それに試験なのだから、あまり簡単では意味がない。

 クトーはメガネのブリッジを押し上げ、ついでにアゴを伝う雨を手でぬぐった。


「花はすぐに燃えますしね。下手な場所に植えると火事になって被害が広がる可能性も高いです。でも、汎用魔導具の材料としてかなり需要があります」


 ミズチの補足を受けて、さらにクトーはオコリンボ草を睨みつけるレヴィの背中に向かって言葉を投げる。


「個人での栽培は、頑丈な塀で囲うだけの敷地を持つ者が、ガラス張りの天井を付けて屋内で栽培する以外には基本的に認可されない。が、管理に関しては、耐熱の装備を揃えるか、初等の耐火魔法を使える魔導師が1人いれば事足りる」

「今も魔導師が1人いれば足りるわね!? この場には2人いるけど!?」

「それではお前の訓練にならないからな。自分で使えないものは仕方がないだろう」


 レヴィの、短気に苛立つ悪癖はなかなか変わらない。


 オコリンボ草はランクが低く需要があるのに、栽培事業は基本的に大貴族や儲けている商売人、国家での運営が基本という、利権や利益の塊のような植物だった。

 

「それに、素材がある方が魔導具を作る金も安く上がるしな」

「加工代だけで済みますからね。クトーさんの節約はそういう感じですね」

「時間がある時に依頼を受け、受けた量よりも多めに取れば済むからな」


 時間と対価は等価だが、どちらも節約できるならそれに越した事はない。

 ミズチの笑い混じりの言葉に相づちを打ちながら、クトーはレヴィを見ていた。


 彼女は、うー、と唸りながら考えていたが、不意に背負った荷物を降ろす。

 レヴィはカバン玉を持っていないので最小限の荷物は自分で背負っているのだが、そこから出したのは食事用に持っている金属の器と予備の皮袋だった。


「そういえば、なぜカバン玉を持たせていないのですか?」

「分を超える金が必要な装備を、すでにレヴィは所持している。この上甘やかしては少しも実力が上がらない」


 頬に手を添えて首をかしげるミズチに、クトーは静かに答えた。


 カバン玉はそれなりに高価だ。

 本来なら、Cランク冒険者がパーティーでようやく1つ持てるくらいの金が掛かる。


 毒牙のダガーも、黒うさ型の着ぐるみ毛布の下にある装備も、Cランクの魔物であるフライング・ワームという竜から採取した素材を加工したものだ。


 その加工代すら、クトーがレヴィへの借金として負担していた。

 レヴィはその借金を、機転を利かせてリュウに振ったが、本来ならまだ代金を返済していただろう。


「カバン玉は自分で手に入れろと伝えてある。今の装備なら、Cランクまで買い替えが必要ないからな。計画的に金を貯めれば、Cランクに上がってしばらく依頼をこなせば手に入る」

「なるほど。装備の整備も、素材が竜種ならさほど必要ありませんしね」

「そういう事だ」


 欲しいものは自力で得るものだ。

 クトーはぬかるんだ地面に少し沈んだ旅杖を一度抜いて立て直しながら、言葉を続けた。


「必要だからと簡単に手に入るばかりでは、人は怠惰になる」


 旅には荷物の整理も重要だ。

 カバン玉を所持していても欲しいものが欲しい時になかったり、あるいはすぐに取り出せなければ、どれだけ荷物を持てても無意味でしかない。


 必要なものを選別する能力も、冒険者には重要なのだ。


「レヴィさん、何をするんでしょうね?」

「さぁな」


 取り出したものを見て、クトーは意図に気づいたがはぐらかした。

 

 こちらの会話はレヴィにも聞こえている。

 やろうとしている事は合っているように見えるが、口に出してしまっては聞こえた情報を元に正解だと思ってしまうだろう。


 自力で対処を思いつけるのも、見るべきポイントだ。


「見てなさいよ!」


 レヴィは金属の器をオコリンボ草を見ながら地面に置くと、フードを深くかぶり直した。

 そして皮袋を地面に置いて、毒牙のダガーを手に低く身を沈める。


「シッ!」


 鋭く踏み込み、根本近くでオコリンボ草の茎を薙いだレヴィは、すぐに反転して避難した。

 グラリ、と斬られたオコリンボ草がかたむき、器の中に燃えた花弁が倒れこむ。


 花弁が砕ける音とともに、バシャン、と油蜜が跳ねて器の外にわずかにあふれる。

 が、大半は金属の器の中に収まった。


「やった!」


 レヴィが歓喜の声を上げて、雨にパチパチと弾ける器に皮袋を被せた。

 音が収まると、慎重に横から手を入れて皮袋と器をひっくり返し、皮袋の中に油蜜を納めて器だけを取り出す。


「どう!?」

「ふむ」


 クトーはアゴに指を添えて、ミズチを見た。


「スマートではないですが、有用ですね」

「ああ。時間はかかるが有効な手段だ」


 クトーは、皮袋をかかげて達成感にあふれたレヴィが得意げな顔をするのを見て、歩き出した。


 こういう所は非常に可愛らしいといつも思う。

 彼女の頭にポン、と軽く手を乗せてから、クトーは告げた。


「合格だ、レヴィ。残りは手伝おう。……あまり時間をかけては寒いしな」


 群生地を見つけるまでの流れも、発想するまでの時間も決して悪くなかった。

 二ヶ月以上一人で依頼をこなした事は、着実に彼女の力になっているのだろう。


「ミズチ。残りを手伝ってくれるか?」

「喜んで」


 手袋を引っ張ってはめ直しながら言うクトーに、ミズチは笑顔でうなずいた。

 その後、耐火の補助魔法をかけて皮袋を3つほど満タンにするのに、それほどの時間は掛からなかった。

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