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おっさんは少女の体を気づかう。


 1ヶ月後、クトーは王都の外にいた。


 今日の天気はあまり良くないようで、薄く曇っている。

 特に遠い空の色が暗く染まり始めているのは良くない兆候だった。


 雨に打たれれば、濡れた服は気持ち悪いだけでなく体力を奪う。


「降らなければいいが」


 今日は休日であり、事務仕事の代理はリュウがやる事になっていた。


 今、クトーは礼服ではなく、使い込んだ黒の外套に身を包んでいる。

 薄い皮の胸当て、腕輪と籠手、片手剣を腰に吊って旅杖を手に持つ、いつもの外出用の格好だ。

 

 空から道の先に目を戻すと、前を歩くレヴィはずんずんと進んでいる。


「1人で先に行くな」


 クトーが声をかけると、レヴィは足を止めてなぜか鋭く睨みつけて来た。


 昨日までは非常に上機嫌だったのに、今は1ヶ月前に話をした時よりもはるかに不機嫌そうだ。

 精神状態が良くないままに冒険に出るのは、あまり良い事ではない。


「体調が悪いなら帰るか?」

「別に悪くないわよ!」


 噛み付くように言われて、クトーは軽く目を細めた。


「では、なぜそんなに不機嫌そうなんだ?」

「何で!? 何でって言う!?」


 レヴィは、ビシッとこちらに対して指を突きつけた。

 正確にはクトーの横に立つ女性に向かって。


「じゃあ逆に聞くけど! 何でミズチさんがいるのよ!?」

「あら」


 どこか楽しそうなミズチは、微笑んだまま指を曲げた手を口元に当てた。


「たまたまお休みでクトーさんを食事に誘ったら、レヴィさんとお出かけという話だったので」

「合否の判定は複数でやる方がより確実だからな」


 食事に誘われた時に断る理由を告げたら、ミズチはどこか冷たい気配を放ちながら同行を提案してきたのだ。


 確かにそちらの方が間違いないとは思ったが、彼女の休日を潰す事になる。

 しかしミズチは気にしないというので、ありがたく申し出を受けた。


「昇格すれば依頼の難易度も上がる。より確実な裁定を選択をするのは当然の話だと思うが……」

「ぐ……」


 ミズチも、今日は冒険者としての格好をしていた。


 彼女が身にまとう【ブラックローブ】は最高級素材で、羽のように薄く軽いもの。

 腰のあたりをベルトで留めているため布越しに体のラインがはっきりと出て、彼女の美しいプロポーションを強調している。


 肩に羽織るショールには飾りと一体化した時の神の護り石が輝き、手には世界樹から与えられた枝で作った、回復効果のある【世界樹の長杖】。


 ウェーブがかった青く長い髪は巻き上げてバレッタで留め、邪魔にならないようにしている。


「大丈夫ですよ、レヴィさん。昇格資格があるかどうかは、ギルド依頼課課長として公正に判断させていただきますから」

「ぐぐぐ……」

「それとも、私が付いて行ったらまずい理由がありますか?」

「べ……別にないですけど……」

「ならいいでしょう?」


 レヴィはどうもミズチに弱いようで、ね? と小首をかしげた彼女に反論できずに肩を落とした。


 ミズチの仕草は非常に可愛らしいので実年齢よりも幼く見えたりもするが、仕事の腕はクトーも安心して任せる事が出来るほどだ。


 元々は【ドラゴンズ・レイド】のメンバーであり、今はギルドに所属するためにパーティーを抜けてはいるが仲間の1人だ。

 冒険者ギルドに職員として勤める者が、特定のパーティーに肩入れしないための慣例だった。


 ミズチ自身は、契約期間を終えたら戻ってくると言っている。


「……2人だけだと思ったのに……」


 レヴィは、なぜか始まる前から疲れたような態度だった。


 もしヘマをした時に、ミズチに見られるのがイヤなのだろうか。

 戦闘以外の事に関するレヴィの自信のなさにも困ったものだ。


 首を振った時、ふと空気に湿り気を感じてまた空を見上げる。

 

「さっさと終わらせたところで、無駄そうだ」


 そんなクトーの予測通り、目的地へ向かう途中で雨が降り始めた。


※※※


「むしろ降って良かったかもしれん」


 クトーらは、草原に差し掛かったところで丸い液体のような魔物に襲われていた。


 飛びかかってきたその魔物を旅杖で振り払っていると、横で同じように魔物を相手にしていたレヴィが吼える。


「何を寝ぼけた事言ってんのよ!」


 彼女もダガーで魔物を引き裂くが、どちらの相手にしていた魔物も死ななかった。


 レヴィが毒牙のダガーで与えた『腐蝕』の効果によって黒く変質した部分を、魔物は形状を変化させて切り離す。

 ボトリと落ちた液体は、形を崩してシュウシュウと煙を立てた。


 魔物はぶよぶよと蠢いて、残った部分で再び球形に戻る。


「なんかコイツ、前に相手にした時と違うんだけど!」

「そうだな。だが焦らなくていい。とりあえず避ける事だけに集中しろ」

「なんで?」

「後で分かる」


 クトーたちの目の前にいるのは、スライム、と呼ばれる魔物だった。


 だがレヴィの言う通り、以前クサッツにある山で相手にした時と違って体にコアがない。

 代わりに3体目の、奥に待機しているスライムにコアが3つあった。


「あのコアの多い個体と他の2体は、地面を流れる水流でつながっている」


 クトーはレヴィに、この魔物の特性を説明した。


「あれはスライムが変質した、トライムと呼ばれる種類の魔物だ。雨天時に出没する珍しい亜種だから、しっかり観察しておけ」

「トライムぅ?」


 クトーは、訝しそうな声を上げるレヴィの姿をチラリと見た。

 彼女は雨を避けるために、魔物の外皮で作った外套を着ている。


 先ほどクトーが渡したもので、動きは多少鈍るが通常の外套より遥かに暖かいものだ。


「こっち見んな!」


 が、レヴィはクトーが目を向けた途端、キバを剥くように敵ではなくこちらを威嚇した。


 ーーーふむ。それでも可愛らしいな。


 クトーは満足だった。


 レヴィは今、着ぐるみ毛布を身につけているのだ。

 以前、温泉街クサッツで彼女用に仕立てたうさ耳型を黒く染め直したもので、黒うさ型の着ぐるみ毛布となっている。


「よく似合っているぞ」

「うるさい!」


 褒めているというのに、レヴィは心底嫌そうに顔を歪めていた。

 ちなみにクトーも着ているが、こちらはいつもの花柄竜の着ぐるみ毛布だ。


 数着あるうちの、部屋用ではなく外用の分である。


 黒うさ型を出した時、レヴィはせめて普通のものをよこせとゴネたが、あいにくと彼女の体格に合わせた着ぐるみ毛布はそれ一着しかなかった。


 彼女はまだ自前のカバン玉を手に入れていないので、今日持ってくる荷物は最小限にさせていたのだ。

 

 そのおかげでクトーは彼女に黒うさ型を着せる事に成功した。


 普通の外套のまま体温を奪われて、熱を出したりしては仕事に差し障りが出る。

 もし着るのを拒否して風邪をひいた場合は不合格だ、と伝えると、彼女は歯ぎしりしながら着ぐるみ毛布を身につけることを了承した。


 ーーー雨のおかげで眼福だ。


 そう思いながら、クトーはトライムに視線を戻した。


「では、講義の時間だ。……トライムはCランクの魔物に当たる。スライムと強さは変わらないが、違いとしては分裂をしない。代わりに、いくら傷つけても死なない」


 水の魔物であるスライムの、謎の生態の1つだ。


 ウゾウゾと、こちらを狙っているのかどうなのかすら定かではない動きを見せるトライムを前に、レヴィが質問を投げてくる。


「こっちの方が強そうなのにスライムと同じCランクなの?」

「初心者が油断して殺される、という点と動きが鈍い点は変わらないからな。ちなみに対処法は2つある」


 クトーは、顔の前で指を一本立てた。


「1つは、逃げること」

「はいはい。2つ目は?」

「最も有用な手段だぞ」


 口こそ反抗的だが話そのものは真面目に聞いているようなので、クトーは2本目の指を立てた。


「2つ目の手段は弱点を突く事だが……お前は何か道具の力でも借りないと無理だ」

「そうなの?」

「ああ。来るぞ」


 トライムは待っている間にもう一度攻撃をしかけてきた。

 グバァ、と口を開くように形状を変化させて躍り掛かって来るが、クトーとレヴィはあっさりと避ける。


「弱点って、コアじゃないの?」

「トライムは、3つを1度に潰さなければコアまで再生する」


 言いながらクトーは背後のミズチに目を向けた。


 彼女も自前の着ぐるみ毛布を身につけているが、こちらはリュウたちが使っているのと同様に飾り気もない灰色の品だ。


 それでも十分可愛らしいが、今度は彼女専用のものも仕立てておこう。

 最近は可愛らしいものに触れる機会が増え、休日も週に1日2日取るようにしているため趣味の裁縫に熱が入っているのだ。


 目線が合うと、ミズチはにっこりと笑ってうなずいた。


 杖先に嵌った呪玉に赤い光が灯っている。

 準備は出来ているようだ。


「やれ」

「はい。……灼き尽くしなさい」


 ミズチが、炎の上級魔法を解き放った。


 空気を焼くジジッ、という音と焦げ臭さとともに撃ち放たれた火炎弾がトライムに命中し、炎が炸裂する。


 爆風が、髪や服、メガネのチェーンを揺らしながら吹き抜けて、わずかな間だけ周囲が暖かくなった。


 炎が収まるとコアを備えたトライムの姿は跡形もなくなっており、爆風を受けた2体もバシャリと崩れ落ちている。


 レヴィが焼け焦げた地面とミズチを見比べて、複雑そうな顔をした。


「……なんかスゴい威力だったんだけど」

「ミズチは攻撃魔法に優れた魔導師だからな」

「弱点とか関係なかったような……」

「スライム種の弱点は、基本的に火属性だ」


 ミズチ級になると、レヴィの言う通り弱点は関係なく吹き飛ばせる。

 が、普通の魔導師が他属性の魔法を使うと倒せずに反撃を食らう可能性が高いのだ。


「クトーさんにそう言われると嬉しいですけど、ご自身の方がよほど並外れていますからね?」

「中級魔法までしか使えないが」


 しかも、金もかかる上に威力の調整が利かない欠陥魔法しか使えない。


 微笑んだまま困ったように眉根を寄せたミズチと、渋面のレヴィが顔を見合わせる。


 何か通じ合うことがあるようだ。

 仲が良いのは良いことだ、と思いながら、クトーはレヴィの講義を続けた。


「では質問だ。もしお前がトライムを倒そうとした場合、何が必要になる?」

「えー、トーチとか?」


 トーチは、木の棒に油を含んだ布を巻いた簡易の明かりだ。

 ダンジョンに潜る時などに冒険者がよく使う。


「有効ではあるが、決定打にはならんな。コアを焼こうとして突き込んでみても、その前に体液に触れて火が消える」

「じゃ、直接油をぶっかけて燃やす」

「同様に、トライムの体積は減るだろうな」


 レヴィは腕を組んで、うーん、と唸った。


「後は魔法くらいしかないんじゃない?」

「そうだな。で、使えるのか?」


 レヴィに魔法適性はない。

 魔力とは生来のものであり、訓練によって威力を高めることは出来ても魔力総量は訓練では変わらないのだ。


 魔力を持って生まれる者は、10人に1人いるかいないかというところだ。


「使えないけど。じゃ、火を起こせる効果持ちの武器とか」

「それも〈火〉の適性がない者には使えないな」


 魔法適性とは別に、人には単に『適性』と呼ばれるものがある。

 通常であれば、ランクの上がった素質のある冒険者が、神から祝福を受ける事で手にするものだ。


 火、水、風、地の4種に加えていくつかある属性の内、1つを扱うことが出来るようになる。


 レヴィは幼少時に、リュウによって〈風〉の適性を目覚めさせていた。

 〈風〉の効果を持つ毒牙のダガーで『腐蝕』を与えることが出来るのは、そのためだった。


 この、天地の気を取り込んで魔法に似た効果を発揮する武器や防具を『効果付き』と呼ぶ。

 適性がある者が使うと、普通よりも強力な武具になるのだ。


 レヴィは、軽く両手を挙げた。


「じゃ、結局は魔導師を連れてこないと倒せないじゃない」

「ある意味正解だな。しかし世の中には魔導具というものがある」


 クトーはカバン玉から、火を起こすだけの小さな効力を発揮する火の宝珠を取り出した。

 本来はこの程度のものでも、魔法適性がないものには扱えない。


「あまり見た事はないだろうが、その中でも汎用魔導具と呼ばれる使い捨ての魔導具を使えば、お前でもトライムを倒せる」


 汎用魔導具は、魔力を込められる素材を使って作った魔導具だ。

 込めた魔力は一度しか解放出来ないが、魔導師のいないパーティーでも回復魔法の恩恵にあずかれたりする、非常に便利なものでもある。


「使い捨てにしては値が張るが、予備に1つ持っておくくらいの備えはしておいて損がない」

「へー」


 クトーは宝珠をしまうと、歩き出しながら言った。


「魔導具の詳しい説明は、こうした品を扱う魔導具屋でしよう。前準備として集めるものも、それに変更だ」


 今回の件に関しては、依頼を受けての収集ではなかった。

 目的のものがある場所などの情報収集については、レヴィ自身も簡単なものであれば調べられるようになっているし、パーティーハウスにそうした情報はストックしてある。


 いずれは希少な素材のある場所の秘匿情報を集める手段も覚えなければならないが、Eランクの段階で覚えたところで依頼は受けられない。


 必要なこと、興味のありそうなことから順に覚えさせるのが、クトーの教育方針だった。


「何を集めるの?」

「火の汎用魔導具を作るのに必要な素材だ。それを審査する」


 レヴィの問いかけに答えるクトーに、ミズチがクスクスと笑った。


「確かに、審査にピッタリですけど。この天気だと難易度が上がってますよ?」

「悪条件も考慮している」

「?」


 ミズチとのやり取りを聞いて、レヴィが首をかしげた。

 

以降隔日更新です。

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