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おっさんは少女に抗議される。


「クトー」

「どうした」


 少女の問いかけに、クトーは目を上げた。

 顔を動かした拍子に、銀縁メガネの落下防止用チェーンがシャラリと音を立てる。


 そろそろ、窓からは夕日が差し込み始める頃合いだ。


 彼女が姿を見せた時、クトーはパーティーハウスの中にある自分のデスクで、その日に片付けるべき書類を処理し終えたところだった。


 今日はごく平和だ。

 しかしそこに現れた少女……レヴィは、険しい顔をしていた。


「何か問題があったか?」


 まずい事が起こったのかとこちらから水を向けてみたが、彼女は首を横に振る。


「別にないわよ」


 それにしては浮かない顔のまま、レヴィは依頼達成書を差し出した。


「特に問題がないのなら、なぜ不満そうな顔をしている?」

「話より先に、これ処理して」


 レヴィの言葉に、書類を受け取ったクトーはざっと内容に目を通した。


 依頼達成書は、冒険者が報酬を受け取るために必要な書類だった。

 冒険者ギルドと呼ばれる組織と契約し、提供される依頼をこなして生計を立てる者の事を、冒険者と言う。


 働いた分だけ稼げるその日暮らしの職業だが、常人では手に負えない依頼などをこなせるようになれば巨額の金を手にする事も出来る仕事だ。


 クトーは、とある国の王都に拠点を構えている【ドラゴンズ・レイド】と呼ばれるパーティーの一員であり、そこで事務全般を請け負う雑用係をしていた。


 背はそれなりにあるが、腕前も屈強な肉体もあいにく持ち合わせがない。

 また他のメンバーが事務仕事を苦手としているため、拠点を構える前の根無し草の頃から後方任務に当たる事が多かった。


 雑用を主体にこなしているのは、その名残だ。


「特に訂正するところは見当たらないな。預かろう」

「うん」


 少し安堵したように、レヴィは声を漏らした。


 褐色の肌とスレンダーな肢体を持つ小柄な彼女は、長めの黒髪をポニーテールを結わえている。

 前髪の片方側にクトーがプレゼントした髪留めをしていて、今日も非常に可愛らしい。


「で、なぜ不機嫌そうなんだ?」


 クトーは『処理済み』の書類入れに依頼書を入れながら、レヴィに目を戻した。


「あのさ。最近、クトーにも暇が出来てると思うんだけど」


 猫のような緑の目に不満の色をありありとたたえながら、彼女は要件を切り出す。


「ああ。それがどうした?」


 クトーは、つい2ヶ月ほど前に長期休暇を取っていた。

 その時、たまたま温泉街クサッツに向かう道で彼女と出会い、パーティーにスカウトしたのだ。


 休暇を取らされたのは、事務仕事を全て自らこなしていたクトーの休みがないのを勝手に心配したメンバーの策略だった。


 その後、迎え入れたレヴィの説得を受けて、今はやり方を改めているところだ。


「メンバーの教育はそれなりに進んでいるぞ」

「知ってるわよ。皆がグチをこぼしまくってるから」

「そうなのか?」

「まぁ、今までサボってたツケだし。だからって私に聞いてくるのはやめて欲しいけど。分かんないし」


 レヴィ自身もあまり書類仕事は好きではないからか、少しうんざりしているようだった。

 だが、彼女は他の連中と違って割と真面目なので、事務仕事の覚えそのものは悪くない。


 無駄に自信があって無謀なのは、戦闘に関する事だけだ。


「それが不満か?」

「違うわよ。大体、分からない事はリュウさんに振るし」


 クトーが自分の事務仕事を振り分けるのを決めた時、最初に仕事を教え込んだのはパーティーリーダーであるリュウという男だ。


 奴も元々事務仕事が嫌いで、パーティーの経費管理すらろくにしなかった。

 しかしリュウは『完璧に覚えたら給料を増やす』と告げると、あっと言う間にこなせるようになった。


 叱責するとやらないが、餌を目の前に釣られるとやる気を出す気性を、逆手に取ったのだ。


 そこから少しずつローテーションを組んで事務仕事をメンバーに振り分ける事で、クトー自身も少しの間ならパーティーハウスを空けて冒険に出れるようになっていた。


 クトーは、レヴィの態度に煮え切らないものを感じて先をうながした。


「だったら、何だ」

「……仕事を振り分けれるようになった割に、私の訓練がちっとも進んでない気がするんだけど」


 レヴィは言いづらそうに、そう口にした。


 どうやらそれが彼女の不満らしい。

 が、クトーは即座に反論した。


「お前の訓練は進んでいる」

「どこが?」


 レヴィは返事に対してより一層不満を強めたのか、腰に手を当てて胸を反らした。

 もっとも彼女のそれは無きに等しいので、強調されるものは態度の大きさ以外に何もない。


 特に態度を気にしないクトーは、そのまま話を続けた。


「お前の受けている依頼をこなす事そのものが、訓練だ」

「……ランクの低い、楽な依頼ばっかりなのに?」


 レヴィが不思議そうな顔で言うので、クトーは逆に首をかしげた。


「一応、お前に見合ったランクの依頼なんだがな……」


  理由は分かったが、何にそこまで不満を感じているのかが分からない。

 なのでクトーは、自分に思い当たる理由を一つ挙げてみた。


「給与が他の連中よりも少ない事が気に入らないのか?」


 レヴィはまだ冒険者になったばかりであり、こなせる依頼の報酬が少ない。

 彼女が今日受けた依頼も『隣町へ向かう商人たちの護衛』で、賃金が安い日帰り仕事だ。


 なので、他のメンバーが得ている給与とは当然差がある。

 しかしレヴィは、それも否定した。


「別に報酬の金額なんか気にしてないわよ」

「……事務処理を教えている間も、依頼に出れなくとも最低ランク程度の報酬は上乗せしているが」

「だから違うってば」


 レヴィの不満は報酬ではないらしかった。

 彼女は、どこか苛立ったように早口で理由を告げてくる。


「私は単純に、近場の護衛とか低ランクの素材収集とかばっかりやってて、強くなってる気がしないだけよ。物足りないの」


 クトーは、その主張に眉をひそめた。


「物足りない?」

「そう」


 クトーは背もたれに体を預け、アゴに指を添えた。


 訓練内容そのものに問題はないはずだ。

 だが、彼女の物足りないという気持ちの理由は、なんとなく分かる。


 どう言えば伝わるか、と考えながら、クトーは再びレヴィに目を向けた。


「レヴィ。経験というのは何よりも重要な強さの基礎だ。それがお前に欠けているから、俺はEランクの依頼を与えている」

「でも、Dランクへの昇格試験が受けられる程度の依頼はこなしたわ」

「そうだな」


 レヴィの言葉に、クトーはうなずいてみせた。


 冒険者には、ギルドから1人1人にランクが与えられている。

 そしてこなした依頼の数や内容によって、そのランクは上がっていく。


 元々最下級であるFランクの冒険者だった彼女には、王都に帰ってすぐにEランク昇格依頼をやらせており、無事に達成していた。


 その上で、彼女にはEランクとしても十分過ぎる素養があり、毎日一つずつ依頼を達成させている為、昇格の資格も得ている。


 だがクトーは、最低でも後一月ほどは昇格試験を受けさせるつもりがなかった。


「お前は、戦闘に関して言えば、すでにCランクの魔物も相手に出来る程度には腕がある」


 レヴィの腕前はクトーと出会ってからメキメキと上がっており、正直に言えば現在のランクと彼女の腕は見合っていない。


 だから物足りない、という事なのだろう。

 が、それは同時に『今、この依頼をこなす理由』が見えていない事の証左でもある。


「Eランクの依頼は、一通り種類をこなした。採集に護衛、素材を得るための魔物との戦闘から森や山、草原の実地調査。その中でお前が未だに慣れないと思うものはあるか?」

「……採集、かな?」


 クトーの問いかけに、レヴィは軽く肩から力を抜いた。


「今でも緊張するか?」

「少しはね。目的のものを見分けるのは、今のところ間違ってないけど……」

「それが経験不足だ」


 レヴィは目がいい。

 最初に薬草の見分け方を教えた時に、彼女は自信がないながらも成否を言い当てた。


 だが物事は、自信を持って言い切れるようになって初めて『出来るようになった』というのだ。


「ただ出来るだけの現状こそが、今のお前の問題だ。例えば、戦闘に優れているだけでは冒険者として優れているとは言えない。何故か分かるか?」


 レヴィと、こうしたやり取りをするのも久しぶりな気がした。

 王都に戻ってから、彼女に付き合って外に出たのは数える程度しかないので、それが原因かもしれない。


 レヴィは腰に手を当てたままアゴを引いた。

 少し考えてから、質問の答えを口にする。


「……知識が足りないから?」

「それもある。が、知識が足りない、経験が足りない事の1番の問題は、自信のなさだ」


 出会ったばかりの時、彼女は魔物に攻撃が当たらなかった。

 それは、経験が不足していた事によって、敵の挙動が読めずに弱腰になっていたからだ。


「お前は、自力で依頼をこなしている数が絶対的に少ない。……つまり、場数を踏んでいない、という事だ。だから緊張する」


 優秀な人材が、きちんと物を考えて依頼をこなす場合。

 あるいは、自分の能力に見合わない困難な事態に直面した場合。


 普段の何倍もの経験値を得る事が出来るのは、まぎれもない事実だ。


 しかし彼女は、どちらかといえば頭で筋立てて物を考えるよりも、反復を繰り返す事で体に覚え込ますタイプだった。


「お前は、自分の手に余るような事態を俺とともに経験した。その上で、1人でも成果を出した。それは認めるべき事だ」

「……うん」


 なぜか少し困ったような顔をして、レヴィは腰に当てていた手を体の前に持ってきた。

 指先をこすり合わせてうつむいている彼女は、不満そうな顔のままではあるが、少し耳が赤くなっている。


 理由はよく分からないが、クトーは話を続けた。


「だが、場数を踏むというのは、それとはまた別種の訓練だ。あまり良くは言われないが、慣れ、というものは非常に大切だ」


 人は慣れてくると手の抜き方を覚える。

 しかし、同時に力を抜くべき場所も分かるようになるのだ。


 ずっと気を張って緊張していると、思う以上に人は疲弊する。

 新しい環境に慣れる事にその能力の大半を使ってしまい、本来発揮するべき力が発揮されなくなるのだ。


「お前は、持ち前の負けん気で困難を乗り切ることが出来る。だがそれに頼り続けていると、いずれ潰れる時が必ず来る。自分の力量に見合った仕事を堅実にこなせるようになるのが、力を身につけるということだ」


 クトーは、まだまだ発展途上のレヴィを育てる事を焦るつもりはなかった。

 だが、彼女は違うのだろう。


「後1ヶ月、その間だけEランクの依頼をこなせ」


 クトーははっきりと言った。

 目的に向かって邁進(まいしん)するあまり、地道な努力をおろそかにする者に、実力は身につかない。


 しかし先の見えないままに努力し続けられる者は少ない。

 だからクトーは、レヴィに目に見える区切りを与えることにした。


「その間、お前が自信のない収集の依頼を、出来るだけ多めに振り分ける。やり方を理解しているのだから、後は考えながらやるんだ」


 どうすれば効率が良いのか。

 どうすれば自分の目を信用出来るようになるか。


「最終的に、自分を育てるのは自分しかいない。全力でやれ。最後に俺と一緒に街の外に出て『資格がある』と判断すれば、昇格試験を受けさせてやる」

「本当!?」


 レヴィは、パッと顔を明るくした。


「約束しよう」

「絶対に、一緒に行ってくれるわね?」

「行かなければ、成果を見極められないだろう」


 何を当然の事を言っているのか。


 しかし了承して部屋を出ていったレヴィは、入って来た時とは打って変わって上機嫌そうだった。


「……? 昇格試験がそんなに嬉しいのか?」


 彼女の態度が急変した理由が分からないまま、クトーは疑問を頭から追い出して、自宅に帰る支度を始めた。

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