おっさんは少女のランクを知る。
ギルドに足を踏み入れたクトーは、まだ賑わっているギルドの中を見回した。
「レヴィ。ここに置かれている依頼が、どう分けられているかは把握しているか?」
「字は読めるから。……薬草採取は一応、自分で受けたし」
最後に向かって徐々に声が小さくなるレヴィに、クトーはうなずいた。
冒険者ギルドの中は、どこの街にある建物でもほぼ同じ形だ。
三段程度の半円形に広がった階段を登った正面に、依頼受付と報酬支払いの窓口がある。
右には『常時依頼』のわら半紙を仕切りを付けて平積みした巨大な台が置かれ、反対側の壁面には二つの巨大なコルク製掲示板。
掲示板の方には、同じ依頼のわら半紙がいくつか重ねられてピンで止められており、『至急依頼』と『募集依頼』の看板が掛かっている。
『緊急依頼』は、出た時だけ立て看板で入口脇に掲示されるので今はない。
『至急』と『募集』の依頼に関しては、内容自体は変わらない。
依頼者が金額を上乗せして優先的に受けて欲しい依頼を掲示しているのが『至急』の依頼で、報酬が高いので先に受ける者が多い。
クトーはさっさと掲示板に近づくとそれぞれに視線を巡らせ、すぐに『至急』側の人垣を割って一枚の依頼書を手に取った。
「行くぞ」
「え? そんな適当で良いの?」
即座に依頼書を選んだことに目を丸くするレヴィに、クトーは首をかしげる。
「適当に取ったわけじゃない。中身は全て見た」
「はぁ!?」
何をそんなに驚いているのだろう。
一瞥すれば、大体の内容は把握できると思うが。
「目的地方面の依頼で、人が取らなさそうな分を選んだ」
クトーは旅路を急いでいる訳でもない。
なので、せっかく依頼を受けるなら少しでも困っている人間の手助けをする方がいい、と考えたのだ。
「嘘でしょ。あんなすぐに内容が分かるわけないじゃない」
それでもまだ疑わしそうなレヴィを連れて窓口に向かったクトーは、いくつか並ぶ中に顔見知りを見つけた。
たまに王都のギルドで顔を見かける職員だ。
「サピー」
「ほぇー、クトーさん? 珍しいですねぇ」
丸メガネにショートカット、おっとりした彼女は、普段は窓口職員だが王都ギルドとの連絡員も務めている。
地方ギルドで受けた依頼の中で、強い冒険者の目に触れる必要があるものや、なるべく人を集めなければいけない依頼があった場合、宝珠ごしのやり取りでは出来ない細かい詰めをする為の職員だ。
彼女は元メンバーではないが、ミズチに頼まれて一時期指導したことがあった。
「休暇中でな。路銀稼ぎをしている」
「えーっと、路銀稼ぎって休暇中にやる事じゃないんじゃないかとぉ……」
「ただ歩くより有益だろう」
なぜか苦笑したサピーに、クトーは掲示された依頼書を読んで気になっていた事を告げた。
「『至急』依頼のBランク討伐228は、すでに対象が場所を移動している。マガハラ地方からズモ地方へ向かっていて、最寄りの街は現在、オーツだ。書き換えておく必要がある。通常依頼のCランク人員募集092も定員に達しているはずだ。昨日か今朝、差し替えをした人間に注意しておいた方がいい」
「はぁー、分かりましたぁ」
サピーは口調とは裏腹に素早く綺麗な字で書きつけをした。
「助かりますぅ」
「正確でない情報は、人員コストのムダに繋がるからな。この依頼を受け付けてくれ」
クトーが依頼書を出すと、サピーは困ったようにこちらと依頼書を見比べた。
「……ランク合ってませんよぉ」
「少し事情があってな。後ろの少女に合わせている。それにこの依頼を受けようと思う奴は少ないだろうし、迷惑をかけるつもりはない」
サピーが、クトーの後ろに立って成り行きを見守っているレヴィに目を向け、納得したようにうなずいた。
「やっぱりー、休暇ってウソなんじゃないですかぁ? クトーさんが新しい人を育てるなら、それってもう仕事ですよねぇ」
「何故だ?」
ただ、旅の間に得られる報酬を得て、ついでに人の面倒を見ているだけだ。
主目的に対して邪魔にならない行為であり、パーティーでの事務でもないことを仕事とは言わないだろう。
「らしいですけどぉ……じゃー、受け付けますねぇ。報酬は現地支払いになるので、記載された依頼者のところに行って下さいねぇ」
「分かっている」
クトーはうなずき、依頼受付を無事に完了してギルドを出た。
※※※
「なぜ黙っている」
クトーは、街の門を抜けても押し黙ったまま横を歩くレヴィに話しかけた。
放っておいても服飾店に向かう時は勝手にしゃべっていたのに、どうしたのかと思ったのだ。
「本当に、あの時間だけで依頼書の中身、確認したの……?」
「そんなに不思議か? 俺はそもそもパーティーの雑用係だからな。事務処理の方が戦闘よりも得意なだけだ」
それでもレヴィは、納得のいかない顔でクトーを見つめる。
猫のようなきれいな目が、疑わしそうな色に染まって細められていた。
「この街に住んでるわけじゃないのに、ギルドの人と顔見知りっぽいし……」
「彼女は王都のギルドによく来るからな」
「それにパーティー組んでるなら、他の人はどうしたの?」
「休暇中だ。温泉街クサッツに行く途中でな」
「休みなのに依頼を受けるの?」
「ついでだからな」
何度同じやり取りをすればいいのか、とクトーは内心うんざりした。
誰も彼も、ついでに作業をこなして金が得られるならそれに越したことはない、とは考えないのだろうか。
若木のように伸びやかな褐色の足を動かして前に回り込み、森を出た時のようにクトーの前で後ろ歩きするレヴィを眺めながら、クトーは言葉を重ねる。
「コケるぞ。それに、依頼を受けたのはお前の借金返済のためでもあるだろう」
「それはそうだけど……」
「業務外でなければ、金を貸して面倒を見るようなことはしない」
公私混同はトラブルの元だ。
仕事中なら、レヴィにさっさと基本だけ教えて冒険者ギルドに預けるか、別な仕事の紹介状を持たせて王都にでも行かせただろう。
「返す気があるんだろう?」
「……なかったらついて来ないわよ」
「手伝いくらいはしてやる。最初から薬草採取なんかで勝手に稼げなどと言うつもりはなかった」
「ホント!?」
パッと顔を明るくして言うところを見ると、低ランクは魔物狩りが出来ないという話は覚えていたらしい。
「普通に歩け。そして魔物狩りを手伝う交換条件として、冒険者証を見せろ」
「あぅ……」
後ろ歩きをやめたレヴィにクトーが手を出すと、彼女は妙な呻きを上げた後に自分の胸元とこちらを交互に見る。
見せたくないなぁ、と顔に書いてあった。
「ど、どーしても?」
「ああ」
それでもレヴィはしばらく無言の抵抗をしていたが、やがてゴソゴソと胸元を探って冒険者証を取り出した。
チェーンで首にかけられたそれは、金属製の角のない板だ。
クトーは立ち止まって、軽くレヴィの持つそれを覗き込む。
あ……とレヴィが声を漏らすのに構わず、クトーは記された内容を読んだ。
冒険者証は、不正が出来ないように特殊な金属に、ある種の魔法で加工が施されている。
レヴィのそれには、【レヴィ 女性 スカウト ランク1(F) 討伐数3】とだけ書かれていた。
付いている討伐数3は、昨日退治したビッグマウスのものだろう。
ランクの数字は、こなした依頼の数と量、それに危険度によって上がる。
どの程度をこなせば数字が上がるのか、というのは、ギルドによって厳密に管理されている。
またある一定以上のランクになると、使える魔法や習得した技術、腕前などを審査された上でないと数字が上がらないという事もある。
アルファベットの方は、冒険者証に記された該当するランクの魔物を狩り続けるか、あるいはランク相当の依頼を一定数こなすことで維持される。
そして半年周期でギルドの定めたノルマに達しなければ、降格する。
これは低ランク依頼を高位の冒険者が独占することや、逆に高位の依頼を受けないことを防止するための措置だ。
実力に見合わない低ランクの依頼を受け続ける者は、ギルドの認定冒険者資格を剥奪される事もある。
ノルマをこなすと、ギルドの指定する一つ上のランク依頼を受けることが出来、達成した場合は晴れてランクアップだ。
生活安定の為にわざとアルファベットランクを上げない者もいるが、一度Cランクに上がればそれより下に落ちることはない。
冒険者として一人前と言われるランクが、Cランクとされている理由だ。
リーダーのランクと依頼達成率を、ギルドはパーティーの強さの指標としている。
なのでランク1(F)であるレヴィは、通常であれば討伐認定は受けられない。
ただしさっきレヴィに伝えたように、上位の冒険者と一緒であれば報酬の支払いと同時に討伐数がカウントされるのだ。
そして、レヴィの冒険者証の数字はおかしかった。
「……パーティーを組んでいたんじゃなかったのか?」
通常、魔物の討伐数は単独行動でなければパーティー単位での数字になる。
今回、レヴィはクトーとパーティーを組んだことにしたから討伐数がカウントされたのだが……魔物との戦闘自体が初めて、という訳ではないのは、レヴィの発言から分かっていた。
なのに何故、クトーと行ったビッグマウスの分しかカウントされていないのか。
クトーが疑問を感じながら目を上げると、レヴィの顔が目の前にあった。
何故か唇を震わせて、顔を赤くしている。
「どうした?」
「ななな、なんでもない! もう良いでしょ!?」
レヴィが冒険者証を戻しながら離れるのに合わせて、クトーもかがんでいた姿勢から戻った。
彼女が、ぼそりと言う。
「……近くで見ると、結構……」
「?」
結構、なんだと言うのだろうか。
目つきが悪い、とはよく言われるが、少し怯えさせてしまったのかも知れない。
顔が赤いのは何故なのかよく分からないが、近づき過ぎた事をクトーは少し反省した。
「冒険者ギルドで、パーティーにいた時に薬草採取以外の依頼を受けていたんだろう?」
「そうだけど……」
クトーが改めて質問すると、レヴィは表情を曇らせた。
分かれ道に差し掛かり、クトーたち以外は別方向に向かう。
人の姿が消えて二人きりになると、すぐに道が上り坂になった。
「受ける時、その場にいたか?」
「あの、依頼を受けるのはいつもパーティーの奴らの誰かだったし……登録とか、ちょっとややこしいって言われたから最初は人に頼んで……」
ゴニョゴニョと歯切れが悪い言葉に、クトーは納得した。
レヴィは最初から、属していたパーティーに良いように利用されかけていたのかも知れない。
登録手続きは、依頼を受ける手続きと大して違いはしない。
彼女は目が良く、昨日見た限り動きも機敏だ。
しかし、レヴィは利用価値がないくらいに攻撃が当たらない。
現状ではせいぜい囮にしか使えなかっただろうし、少人数のパーティーでは役割分担にも限度がある。
レヴィはお世辞にも、今のところは強いとも賢いとも言えない少女だ。
最初のパーティーは、利用しようと取り込んだはいいもののすぐに見切りを付けたのだろう。
「同情を引いても、貸しはチャラにはしないぞ」
「別にそんなつもりで言ったんじゃないわよ! あなたが聞いたんでしょ!」
言われてみれば、その通りだ。
しかしクトーが謝る言葉を口にする前に、レヴィはそっぽを向いてしまった。
拗ねているのだろうか。
「すまない」
「……いいわよ、別に」
そっぽを向いたままだが謝罪を受け入れてくれたレヴィに、クトーは依頼書を取り出して話を進めることにした。
「とりあえず、手頃そうな討伐依頼を受けて来たからな。これをこなして、お前のランク上げと借金返済を兼ねた路銀稼ぎをする」
「ランク上げ?」
「そうだ。せめてランクを5まで上げないと、いつまで経っても単独での成功報告が出来ない。それでは、借金返済の期間が伸びる」
自分が手助けをした戦闘の報酬をレヴィに与えて返済したことにするのも、出来ない事はない。
が、どうせ鍛えるつもりだし、やはり金のことだけはきちんとやらないとクトー自身が落ち着かない。
また次の街での装備品購入などを考えると、返済期間が倍で済まなくなる可能性もある。
クトーはポケットから、先ほど受けた依頼書を取り出した。
討伐依頼は、Eランクの依頼だ。
この依頼は今日の日付で書かれているものなので、まだ誰にも討伐されていないだろう。
レヴィも金の話になったからか、まだ少し不満そうな顔をしながらもこちらの話を聞く姿勢を見せた。
「今いる場所から、クサッツまでのルートは二つ。海辺にあるオーツの街へ迂回して広い街道を通るものと、イッシ山を越える道だ」
討伐依頼はイッシ山を抜けるために通るルートのもので、今歩いている道がそうだ。
山道の一つが、Eランクの魔物によって塞がれているらしい。
「こちらのルートはオーツ側に比べて道の起伏が激しいから、訪れる冒険者が少ない。訪れる者が少なければ、当然魔物は討伐されないままだ」
「うん」
「だからこそ、依頼を出した人物は冒険者ギルドを訪れたのだろう。困っている者を助けて、金になる依頼は良い」
冒険者に与えられる数多くの依頼の中で、クトーが一番好きなのは、こういう依頼だった。
イッシ山にはトゥス教と名乗る宗教の修行場があり、依頼はそこを預かっている長からのものだった。
修行場には子どもも多い。
道を塞がれて困っているのも事実だろうが、金を上乗せする必要のある『至急』の依頼なのは、修行者たちが襲われるのを心配してのことだと読み取れた。
「報酬が現地払いになっているのは、別の場所で同種の魔物を狩って来て『討伐した』とギルドで嘘をつかれるのを防ぐ為でもある。特定の場所での退治依頼ではよくあることだ」
「へー」
そうしたクトーの説明に、レヴィはなぜかやる気を見せた。
「つまり、頼りになる冒険者が必要ってことなのね! 私のような!」
「そういう事だ。お前が頼りになるかどうかは知らないが、適材ではある」
「適材?」
レヴィは、なぜか期待するように自分を指差した。
どんな言葉を望んでいるのかは知らないが、クトーは依頼書をひらひらと振った。
「そう。この魔物はお前と相性がいい。場所も好都合だ」
「ふ〜ん……」
気の無い返事だったが、どこかそわそわした様子でむず痒そうな顔をするレヴィ。
おそらく、あまり期待されたり褒められたりといった経験をしていないのだろうな、とクトーは思った。
嬉しそうなのは喜ばしく、機嫌も直ったようなので一安心だ。
しかしレヴィは、しばらくしてから、ん? と軽く首をかしげる。
「クトー。その魔物ってそんなに強くなさそうなヤツよね」
「Eランクだからな」
「じゃ、他の弱っちい冒険者でもやっつけれるんじゃないの?」
「普通ならな」
道が徐々に狭くなり、木々の姿がぽつりぽつりと見え始める。
そろそろ山が近いのだろう。
起伏のある道の先に、まだその姿は見えない。
「この魔物は、少し厄介な場所にいるようでな。登り口側の背後が崖で、しかも相手はEランクの中では大型だ。多分地の利がない状態では、Dランクを倒せるレベルじゃないと崖に追い込まれるんだろう」
落ちる心配をしながら戦っては、冒険者といえども普段の力は出せない。
さほど強くない魔物でも、状況によっては不利になる典型だ。
他にも、潜伏の魔法を使うモンスターや、群れになったモンスターと草原や森の中で遭遇した時などはランクが一つ上だと思ってかかれ、というのは冒険者の鉄則でもある。
環境が劣悪で相手が準備を整えていれば、平地で戦う場合では考えられないほど劣勢になるのは、それが魔物でも人間でも同じだ。
「じゃ、あなたじゃ倒せないんじゃないの? 素直に私に頼りたいって言ったら?」
戦闘に対するレヴィの自信過剰は相変わらずだ。
それはわざわざ訂正せずに、クトーはうなずいた。
「どう考えても構いはしないが。自分で言った通り、倒すのはお前一人で、だからな」
「へ?」
クトーは小さく笑い、面食らってまばたきするレヴィにピラピラと依頼書を振ってみせる。
「当然だろう? お前の借金返済のために受けた依頼だ」
「それはそうだけど」
二人で戦うと思っていたのか、レヴィはどこか納得がいかなそうだ。
「依頼料の山分けは、手数料と指導料だ。一人では不安か? 魔物の相手には自信があるように見えたが」
別に嫌味を言ったわけでもないのだが、レヴィは腰に手を当てて挑発するように小憎らしい笑みを浮かべた。
「自信はあるに決まってるでしょ! だって私は、あの最強の魔物を倒したんだから!」
「ビッグマウスを倒したのは俺だ」
しかも最弱の魔物だ。
山道に出る魔物は、当然ビッグマウスよりも強い。
ラージフットという魔物で、同ランクの冒険者にとってはそこそこ強力な踏みつけ攻撃をしてくる。
しかしラージフットには簡単な倒し方があり、クトーが少し手助けしてやればレヴィの当たらない攻撃の腕前など関係なく倒せる魔物だった。
そこでクトーは、レヴィの適性も見るつもりでいた。
装備品の類をフシミの街で揃えなかった理由だ。
レヴィの鍛え方に関する大体の目星はついているが、やはり確信を得ないままに無駄な買い物などしたくない。
彼女への倒し方の説明は、現場についてからで良いだろう。
彼女は、直接ものを見たほうが理解しやすいタイプに見える。
「度胸さえ据わっていれば、何事もなく終わる。安心しておけ」
「最初から心配なんかしてないけど」
特に迷いのないクトーに、レヴィは何を思ったのか疑わしそうに顔を覗き込んできた。
「なんでクトーって、そんなに自信満々なの?」
「……自信に関しては、お前に言われたくないが。ランク1でよくそこまで自分を信じられるな」
ある意味感心する。
そう内心で思うクトーに、レヴィはムッとした顔で言い返した。
「何よ、クトーだって私と大して変わらない駆け出しなんでしょ! 私の冒険者証を見せたんだから、あなたのも見せなさいよ!」
「断る」
冒険者証は、軽々しく人に見せるものではない。
さっきレヴィのものを見たのは、必要だったからだ。
そんな風に軽くレヴィをあしらって、クトーはさっさと先に進んだ。
「ちょっと! そんなの不公平じゃないの! いいから見せなさいよ!」
「ダメだ」
後ろから聞こえるレヴィの文句を聞き流しながら、クトーは坂を登りきり、視界の先に見えた山の美しい緑に目を細めた。




