小話②レヴィちゃんの合理的思考
王都の近くにあるフシミの街。
検問の近くにある冒険者ギルドの前で、レヴィは怒りをこらえて歯ぎしりをしていた。
「あいつら……!」
ムカムカとした気持ちとともに浮かぶのは、小憎らしい顔をした冒険者パーティーの仲間たち……いや、元仲間たちだ。
短気で太っちょのスナップ。
愚鈍で体の大きいノリッジ。
人を小馬鹿にするデストロ。
今にして思えば、親切そうな顔で近づいてきた奴らを信用したのが間違いだった。
南にあるサウス・コーヴェの街にある冒険者ギルドで出会い、王都に向かうって言うからついてきた。
でも、ここに来るまでの間にあいつらがやった事と言えば、大規模なキャラバンの雑用をしてついていったりとか。
ヌシと言われる魔物の退治された、あまり強い魔物のいないダンジョンで小遣い稼ぎしたりとか、そういう事ばっかりだった。
それにしたって、レヴィが何度か不意打ちされそうになってるのに気付いたからケガしなくて済んだ事もあったのに。
「攻撃が当たらないくらい、なんだってのよ!」
事あるごとにそれをバカにされた。
その上、自分たちなんて強い魔物が出たらすぐに逃げ出す。
しかも、魔物を退治してもその報酬をレヴィに渡さないのだ。
最初は倒してないから我慢していたが、この辺りに来てついに持ってきた路銀が底をついた。
どうしようもなくなって、分け前がない事に文句を言ったら預けていた服を勝手に売られてしまった。
あんなヤツら、信用するんじゃなかった。
悔やんでももう遅くて、今、レヴィが持っている路銀は銅貨2枚だけ。
朝ごはんにパンを買ったらおしまいだ。
どうにかしてお金を稼がなきゃ、と思ってギルドに来て、とりあえず中に入ってみた。
朝1番なので、依頼を受けに来た冒険者がいっぱいいる。
その中に紛れ込んで最初に掲示板の案内を見てみたが、ランクFの依頼でも、数字の方が5〜とかになっていてレヴィでは受けれない。
反対側に平積みされている台に向かうと、こっちではランク1(F)からの依頼があった。
薬草採取とか、木の実拾いとか、街のゴミ掃除とか、なんか子どものお手伝いみたいな依頼だ。
報酬もそんなものだった。
「こんなのじゃ、稼げないわよね……」
うーん、とレヴィは腕組みして悩んだ。
そしてひらめく。
とりあえず依頼を受けて街の外に出れば、魔物退治の依頼じゃなくても報酬が受け取れる、とデストロが鼻につく言い方で教えてくれた事があった。
「ふふん、私賢い……!」
自分の思いついた名案に自画自賛しながら、レヴィは適当に薬草採取の紙を取った。
ニコニコしながら窓口に向かう。
自分が、ちょっと本気になれば本当は魔物の1匹くらい余裕で倒せるのだ。
実は、投げナイフには自信がある。
なんかかっこ悪いからやらなかったけど、誰も見てないところでなら。
「……ちょっと投げナイフで魔物を倒して、路銀くらいは稼げるわよね」
窓口の列に並んで、レヴィは順番を待った。
お金がなくてもお腹は空く。
少しくらいかっこ悪くても背に腹は代えられない。
窓口の職員は、忙しいからかちょっと無愛想だった。
レヴィの格好と依頼内容をチラリと見て、冒険者証を、と言われて渡す。
冒険者証を見て顔をしかめて、横にある宝珠にそれをかざした後、面倒くさそうにこちらを見やる。
「失礼ですが、レヴィ・アタンさん?」
「何?」
「えー、依頼を受けたことは?」
「ないけど」
今まではいつもデストロ達が依頼を受けて、大体ギルドの外で待っていた。
窓口職員は、とりあえず手続き方法を教えてくれたので、その通りに書類を記入して行く。
「えー、では、最初に説明しておきますね……」
なんかダルそうに紙束を取り出す窓口職員に、ちょっとムカムカが溜まっていたレヴィは、出来上がった依頼書の片方を手に取った。
「別に説明とかいい。薬草採って帰ってくるだけでしょ?」
何の説明が必要なのか知らないが、そもそもレヴィは薬草採取をする気なんかまるでなかった。
さっさとその場を後にすると、後ろから、あ、と声が聞こえたが、無視する。
どうせ後ろも詰まってるし、追いかけてくる余裕はないだろうと思っていた。
少し進んで振り返ると、次の冒険者が窓口に並んでいる。
「ふん、どーせランクが低いからってナメてるんでしょ、見てなさい……!」
あの職員も、ちょっとレヴィがランクの高いの魔物でも退治してくれば態度を改めるに違いない。
「〜♪」
魔物退治で手に入るお金に思いを馳せながら、レヴィは最後の路銀で朝食のパンを購入して食べると、街を出た。
「1人って気楽ね!」
こんな晴れやかな気分で冒険に出るのは久しぶりだ。
レヴィは足取りも軽く、王都方面にある森に向かって歩いていった。
あの辺りなら、魔物がいるに違いない。
※※※
「って、ふざけんじゃないわよ!」
レヴィは、飛びかかって来たビッグマウスの爪を避けて、その背後から手に持ったダガーを振るった。
だが、視界の隅に別の1匹が飛びかかって来ようとするのが見えて足を止めてしまい、獲物に攻撃が届かずに空振りする。
「あー、もう!」
レヴィは別の1匹の攻撃が絶対に届かないくらいに飛び退った。
森に入ってしばらくして見かけたのは、レヴィにとって最強の魔物だった。
腰くらいまでの大きさがあるネズミのような魔物で、それこそうんざりするほど見た事がある。
この魔物は数が少なければ特に脅威でもなんでもないが、とある事情によりすごくムカつく。
『カラブリ! カラブリ!』
『ヘイヘーイ! アタラナイゼ!』
『ビビッテンヨー!』
この、悪口みたいに聞こえる鳴き声だけは、数が少なくとも健在だった。
元仲間の3人と対して変わらないような悪口に、レヴィは反射的に言い返してしまう。
「うるっさいわねぇ!」
嘲るような言葉にカッとなりながら突撃するが、近くまでは行けるのにダガーを突いても当たらない。
魔物のくせに、1匹を狙うと絶対に別の1匹がこっちに突っかかってくるのだ。
「邪魔すんじゃないわよ!!」
だが、そっちに対してダガーで斬りつけても、今度は突っ込んで来ずに逃げて行く。
「大勢で襲って来るなんて卑怯じゃない!」
だが、ビッグマウスはその言葉にもバカにしたような鳴き声を返してくるだけで、当然ながら正々堂々戦ったりはしないのだ。
ダガーはこれ1本しかない。
投げて1匹倒しても、拾えないとどうしようもなくなる。
ちょっとだけ逃げる事を考えたが、敵に背を向けるのは……特にこのビッグマウス相手にそれだけはしたくない。
「このぉお!」
結局、突っかかって行っては避けられ、相手が迫ってくれば避け、そんなお互い無傷の戦いを数十分ほど繰り返すはめになった。
でも、その膠着状態の終わりは、唐突に訪れる。
なるべく、3匹から距離を取るように転がった直後。
バキッ! と重たい音が聞こえた。
「へ?」
見ると、ビッグマウスの1匹が額を砕かれて倒れている。
何が起こったのかレヴィが把握する前に、横を疾風が駆け抜けた。
人だ。
そう思った直後に再び重たい音の二重奏が響き、残りのビッグマウスも動かなくなる。
「……無事か?」
声をかけてきたのは、銀髪の男だった。
背は高いが細身で、使い込んだ黒い外套を身につけている。
手に旅杖を握っていて、銀縁眼鏡の奥にある青い目は冷たそうな色を浮かべている。
その無表情な男は大して強そうには見えなかった。
なんか、窓口職員の男に似た印象で、そういう仕事をしている方が似合いそうな奴だ。
多分冒険者なんだろうけど、信用出来なさそうだ、とレヴィは思った。
大体この手のスカしている奴は、嫌味ったらしいに違いない。
「あなた、誰よ?」
レヴィは警戒しながら、その男に向かってダガーを構えた。
ーーーそれが後に、彼女の師匠とも呼べる存在になるクトーとの出会いだった。




