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おっさんは黒幕と賭け事に興じる。


 レヴィは信じられない光景を目にして、思わず声を漏らした。


「何あれ……」


 クトーが放った閃光が収まると、あれだけレヴィが苦戦したドラゴンの姿が跡形もなく消え去っていたのだ。


 しかも、レヴィたちは何の影響も受けていない。

 いや、よく見ると、クトーのいる側とレヴィたちがいる側をうっすらと緑の透明な光の幕がさえぎっている。


 建物の表面も、同じ光に覆われていた。


 目の前にいる着物姿のリュウが何かをしているらしい事は、クトーとの会話で察せられたが……。


「お前な、やるなら先に言ってからやれよ!」


 そのリュウが悪態をつきながら、光の幕をすり抜けてこちらへ向かって来る。

 振り向いたクトーは、リュウに答えずに薙刀をレヴィの方に向けてきた。


 緑の幕が、その動きに合わせて一部だけ消える。


「癒せ」


 言葉と共に放たれた白い光が、レヴィの体を包み込んだ。

 緑の幕が再び閉じるのと同時に、不意に両腕の感覚が戻ってくる。


「え……? あ、れ?」


 驚いて自分の腕を見下ろすと、服は元に戻っていないが腕そのものには傷1つなくなっている。

 指を曲げてみるが、普通に動いた。


「うそ、何で?」


 さっきの魔法では癒えなかったのに。

 横でキセルをくわえて煙を吐いたトゥスは、心底おかしげにクトーを見ていた。


『今度は蘇生魔法級の魔力……攻撃も回復もお手の物とは、賢者も真っ青さね』


 蘇生魔法?

 さっきの魔法とは違うのだろうか。


 レヴィは疑問に思いながらも、近づいてきたリュウに別の質問を投げた。


「てゆーか、あの、なんでリュウさんがここに……?」


 そんなレヴィに、答えてくれたのはミズチだった。


「クトーさんと同じですよ。リュウさんも、休暇中にお節介にも依頼を受けて仕事しているのです」

「俺は金がなかったからだよ」


 ミズチの言葉に、照れているのか本気なのか分からない口調でリュウがヘラヘラと笑う。

 彼は昔見た時と何も変わっていないように見えた。


「クトーと同じ、って……?」


 レヴィは首を傾げた。

 なぜか、クトーと親しげな事と関係があるのだろうか。


 すると、レヴィには見覚えのない3人も特に遠慮のない口調で彼の事を話す。


「つーかクトーさん、今、1人でやるって言ったよな?」

「喚ばれた意味がわからん。めんどくさくなくていいけどな」

「なんか、だいぶキレてるスね」


 そんな風に話されているクトーと敵の方は、こっちの緩んだ感じと違って真剣だった。

 上にいる礼服の男が言う。


「轟炎魔法に、蘇生魔法……」

「何……? 上位魔法を使うとは、貴様、一体何者だ?」

「ただの冒険者パーティーの雑用係だが」


 呻くシラミにクトーが答えて、柄の中ほどを握った薙刀の刃先を床に向けた。


「それと、俺は上級魔法など使っていない」

「何?」

「今のはただの、火の初等魔法と中級の治癒魔法だ」


 クトーの言葉に、レヴィは思わず突っ込んだ。


「いや、何言ってんの……?」


 ドラゴンを焼き尽くしたり、腕を蘇生したりするような魔法だったのに。

 レヴィの突っ込みに、トゥスがヒヒヒ、と笑った。


『嬢ちゃんよ。魔法ってぇのは、実は上位だろうと初等だろうとイメージに違いはそんなにねぇ。魔力を込めれば込めるだけ威力が上がるもんだ。別に初等魔法だから弱い、ってこたぁねぇのさ』

「そうなの?」

『魔法の区分ってぇのは、分かりやすくいや、魔力を入れる器の大きさが違うみてぇなもんだからねぇ』

「お。そこの妙なの、よく分かってんな」


 リュウが感心したように腕を組み、トゥスがヒヒヒ、と笑い返した。


『妙なのはお前さんもだねぇ。しかしあの兄ちゃん、予想以上に桁外れさね』

「まぁ、常識的じゃねーのはその通りだ。上位魔法の行使に必要な神の加護を『仲間しか信じない』とか言って受けなかった偏屈野郎だからな」

「聞こえているぞ無謀バカ。俺は相手が神だろうと、よく知りもしない奴を信用する趣味はないだけだ」


 リュウに悪態をつき返したクトーに、レヴィは思わず頬をひきつらせる。


 ーーーちょっと! 相手は世界最強パーティーのリーダーよ!?


 でもリュウはその発言をまるで気にしていない様子で肩をすくめている。

 レヴィは先ほど感じた疑問を、トゥスに投げかけた。


「ねぇ、今の蘇生魔法じゃないの?」

『加護がねぇヤツには、上位魔法は扱えねぇって聞いたばっかりだろうに』

「そう、単なる中級の治癒魔法だよ」


 トゥスの質問に、リュウがうなずいた。

 レヴィはむぅ、と顔をしかめて、トゥスにむけて唇を尖らせる。


「もうちょっと、分かるように説明しなさいよ。じゃ、何でさっきの魔法で腕が治らなかったのに、今度は治ったの?」

『魔法を発動する時に練られた魔力の量が、全然違うからだろうよ』


 珍しく茶化さずに、トゥスが説明してくれた。

 仙人は爪の先で器用にオチョコを持つような手の形を作り、ヒゲをピクピクと動かす。


『オチョコとタルなら、液体はタルの方が並々と入るが、入れるのには時間がかかる。それは分かるんじゃねぇかい?』

「そうね」

『だが魔法ってぇ『器』の中に入れるのは液体じゃなく、幾らでも練り込んで小さく出来るモチみてぇな『魔力の塊』だ。そこまで練り込める奴がいねぇから、普通は器の方をデカくすんのさ』


 レヴィは、ちょっとだけ考えた。


 器の中に魔力を注ぎ込むのが、魔法の理屈であるらしい事はわかった。

 その器が大きいか、魔力を練り込めば練り込むだけ魔法は強固になって威力が上がる、って事も一応理解出来た。


「つまり、さっきの治癒魔法は魔力を練り込んでなかったって事?」

『練り込めなかった、が正解だねぇ。理由はお察し、魔力を練る為の道具である『媒体』が壊れちまうからだ。細い棒で強い生地をこねると折れちまうのと一緒さね』


 そこでようやく『媒体』というものの役目が分かり、レヴィはうなずいた。


「麺棒なのね。魔法の杖と形もちょっと似てるわね」

『……嬢ちゃん、お前さん頭大丈夫かい? 殴られすぎてネジ外れてんじゃねぇかねぇ』

「あなたがそう説明したんでしょ!?」


 キセルを呆れた顔でくわえたトゥスに言い返していると、リュウがこちらの会話に口を挟んで来た。


「レヴィ。お前、クトーが魔法をあんま使わない理由を知ってるか?」

「え? ……ううん。聞いたことない」

「ま、いくつか理由があるんだが。1つはトゥスの言う通り、呪玉が壊れるから……つまり金がかかるからだな。あいつはケチだ」


 リュウのストレートな言い草に、レヴィは思わず吹き出した。


「でも普通は、あのクラスの呪玉を破壊するほどの魔力なんて練り込めないんですけどね?」


 通常手に入る最高級品ですし、とミズチが微笑みながらも、リュウに揶揄(やゆ)するような目を向ける。


「今みたいにクトーさんの全力に耐えられる媒体を使うと、ただ魔法を放つだけで効果が上級魔法に匹敵してしまうくらい、あの人の魔力は桁外れなんです」

「それが魔法を使わない2個目の理由だな。あいつは加減が出来ない。……魔力の操作が下手なんじゃなく、操り方を覚えた結果、最低ラインが常人の遥か上になっちまったんだ」


 ドラゴンを一瞬で消し炭にするくらいにな、とリュウはクトーに目を向けた。


「俺が周囲への魔力による影響を遮断しないままあいつが本気を出すと、下手したらこの街ごと吹っ飛ぶ」


 レヴィはリュウに釣られて、自分を癒してすぐに敵に向き直っていたクトーの背中を見た。


 体格も大して良くない、一見して駆け出しの冒険者にしか見えない男を。


※※※


 一人でやると言ったのは失敗だったか、とクトーは思った。


 後ろで、リュウが余計な事をレヴィに吹き込んでそうな予感をひしひしと感じる。


 が、仕方がない。

 あまりにも余計な事を言っていたら、その時は10日ほど飯抜きでパーティーハウスの懲罰部屋にでも閉じ込めてやればいいだろう。


 クトーがそんな事を考えていると、シラミが呻いた。


「あれで……初等魔法だと……」

「別に嘘だと思っても構わんがな」


 半信半疑だったところで、特に害もない。

 そんなどこか信じがたそうなシラミに対し、クトーは1つ提案をした。


「そこに転がっているデストロから、話は聞いているか?」

「何……?」

「賭けの話だ」


 クトーの言葉に、シラミの表情がピクリと動いた。


「聞いたが、それがどうした?」

「賭けの条件を変えよう」


 クトーは、こちらの魔法を見てもなお余裕を崩さない礼服の男に目を向けた。


「ブネ。俺とサシでやり合え」

「ブネ……?」


 シラミも不審そうな顔で声を漏らしたところを見ると、彼も知らないようだ。


 礼服の男はしばらく黙り込んでいたが、不意に眠たげな目になると薄く笑った。


「バレましたか」

「他に役者がいないからな」


 こちらを襲った後に逃げたテイマーが、この段になって姿を見せないのはおかしい。

 デストロが儀式によって魔物化していた『本人』なら、残るはスナップとノリッジ、そしてナカイとこの男だけだ。


 もしテイマーが逃げていれば話は違っただろうが、カマを掛けてみたのが正解だったらしい。


「いつからだ?」

「最初からですよ。テイマーと側近の二人いると思わせておいた方が混乱させられますし、情報はどこから漏れるか分からないのでね」


 堂々と嘘をついていた、と認めるブネは、タイを緩めながら軽く首を傾げる。


「話の続きをどうぞ。私は準備をしておきますよ」


 言われて、クトーはシラミに目を戻した。


「お言葉に甘えておこう。……シラミ。ブネが勝てば、俺の財産はお前にくれてやる。金額は、今お前が持っている財産に匹敵するくらいのものだ」


 クトーの言葉に、シラミの目がギラついた。


 どうやらこの男、根っからの博打狂らしい、とクトーは悟る。

 この後に及んで保身よりも賭けに乗ろうとする心境は、正直なところ全く理解出来ないのだが。


「ブネが負けたら、こちらが同じだけお前の財産を貰う。どうだ?」


 しかしクトーは、そんなシラミの性格を存分に利用する事に決めた。


 叩き潰すなら徹底的に、完膚なきまでに、だ。

 何せ、クシナダの事だけでなく可愛らしいレヴィに傷をつけ、あまつさえ苦痛を与えたのだから。


 ただ殺して地獄に向かわせるだけでは、全く怒りが収まらない。


 シラミは、疑わしそうに鼻を鳴らした。


「ふん。本当にそれほどの金を持っているのか?」


 実物を見ないと信用できないらしい。

 そういう所はこすっからい。


 クトーは、デストロに見せたのと同じだけの山を、カバン玉から出して部屋の脇に積み上げた。


「これで満足か?」


 クトーの財産を一瞥したシラミは、頬を吊り上げる。

 燃えてきたらしい。


「いいだろう、では……」

「待て待て、俺も混ぜろ!」


 同意しようとした老人の言葉を遮って、声を上げたのはリュウだった。


「クトーに全賭けだ! 勝ったら、俺にも分け前よこせ!」

「……あのな」


 こすい奴がもう一人いた。


 肩越しに、クトーはリュウを冷たい目で睨みつけてやる。

 彼が手に持っているのは、クトー自身が出した金貨袋の1つにも満たない小さな袋だ。


「それで全部か? 持ってるそばから使うから、そういう事になるんだろうが。子どもか」

「俺の金なんだからどー使おうと俺の勝手だろうが。ンな事言ってると、魔力遮断してやらねーからな!?」

「む。卑怯な手を……」

「ちょっと!? あなたがそれ言うの!?」


 レヴィも、リュウの横から口を挟んで来た。

 そう言えば、クトー自身も何回か似たような事を彼女にした覚えがある。


「しかし、それとこれは話が別だと思うのだが」


 レヴィが可愛らしい格好をするのは、誰一人損はしない八方良しの大正義だ。

 しかし彼女は納得しなかった。


「まったく何も違わないわよ! この賭け、私も乗るわ! ちょっとでも借金の足しにする!」


 リュウが落とした袋の横に、さらに小さいレヴィの袋が重なり、続いて3つほど袋が投げられた。


「……お前らもか」


 当然のごとく、その追加袋の持ち主は3バカだ。


「トーゼンっしょ!」

「これほど楽に金が手に入るなら、めんどくせぇことしなくて済むっす」

「ノーリスクハイリターン、スからね」


 自分に賭けられていないのが面白くないのかそういうポーズなのか、上着を脱いでタイを緩めたブネが鼻を鳴らしながら階段を降りてきた。


「ナメられたものですね」


 そんなブネには答えず、クトーはミズチに言った。


「お前は賭けないのか?」

「冒険者ギルドの職員規定で、賭博は禁止です。バレたら消されてしまいますから。……代わりに審判をしましょうか?」


 ミズチはあっさり言い、シラミに目を向けた。

 軽く微笑みながら、身につけた指輪の宝珠に魔力を流してギルドの印章を浮かび上がらせる。


 ギルドを象徴するその印章は、物事を記録する効果を魔導具が発揮している証だった。


「冒険者ギルド・クサッツ支部のギルド長代行として、正式な決闘と見なします。決着は生死問わず(デッドオアアライヴ)。双方合意の上で、直接対決するのはクトー、ブネ。報酬は金銭で間違いないですね?」

「ああ」

「合意する」


 クトーとシラミの言葉に、ミズチが頬に手を添えて優しい笑みで宣言した。


「では、後はご自由にどうぞ」


 ミズチの宣言と同時に、ブネが、キュ、と音を鳴らしながらこちらへ踏み込んできた。

 

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