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おっさんと少女は女将を案じる。


「レヴィ様……」

 

 聞こえた声は、泣きそうな色を帯びていた。

 うっすらと目を開けると、頭がかすかに痛む。


『どうにか目が覚めたみてぇだね』


 頬が冷たい、と思ったら、うつ伏せに倒れていたようだ。

 手をつこうとして、後ろに縛られている事に気づく。


「……どの位寝てたの?」


 どうやら自分に憑依したままらしいトゥスに尋ねながら、レヴィは身を起こした。


 口がうまく動かず、顔の半分が、ジン、とした痺れと痛みに覆われている。

 腕を使わずに体を起こすと、ベリ、と頭の皮膚が引っ張られる感触がして、頭をついていた床に血の跡が見えた。


『半刻ってとこだろうねぇ。痛むかい?』

「フライングワームにやられた時ほどじゃないわね」


 横を見ると、クシナダが後ろ手に縛られて座っているのが見えた。

 自分も同じ状態なのだろう。


 部屋は妙な模様が壁に描かれていて、窓がない。

 代わりに光石が灯されていて、低い天井の近くに通気口が見えた。


 正面に鉄格子があり、どうやら牢屋に閉じ込められているようだった。

 ベッドと毛布はあるものの、使うことはないだろう。


 ベッドの脇には、(かめ)が置かれていた。


『嫌味を言う元気がありゃ大丈夫、と言いてぇが、感謝して欲しいとこさね。わっちはお前さんに生命力を流してたんだけどねぇ』


 トゥスの言葉は、本当なのだろう。

 どうも相当な力で殴られたらしく、頭が少しぼんやりしている。


「ヤバかった?」

『骨にヒビが入ってたのは治ったと思うがねぇ……ま、受け答え出来るなら平気さね』


 この仙人、何も出来ないと言いながらかなり芸達者だ。


「面倒臭がりの割に、ずいぶん助けてくれるじゃない」

『後悔してるとこさね。お前さんら、面白ぇのは良いがちっとも大人しくしてねぇからねぇ』


 素直に礼を言っても良いが、トゥスは何を言ってもからかうに違いない。

 レヴィは、泣きそうな顔のクシナダに目を向けてぎこちなく笑みを浮かべてみせた。


「何? 別に平気よ」

「少しも平気じゃありません……! 顔が……」


 レヴィの軽口に、少し安心したような顔をしてから、すぐに首を横に振る。


「自分のミスだし」


 冒険者になる前から跳ねっ返りと言われて、怪我ばっかりしていた。

 トゥスが大丈夫だと言うのだから、大丈夫だろう。


 レヴィは、ここからどうするべきか、としばらく考えた。


「クトーに連絡は取れるかしらね?」

『宝珠も取られたねぇ』

「そう……見張りはどう?」

『ちょっと待ちな』


 ヒュルリと体から何かが抜ける感覚がしてトゥスの気配が離れる。

 透明になったまま周りを見に行ってくれたのだろう。


「えーと、女将?」

「はい」


 こちらを見るクシナダは、怯えてはいるようだが、自分を睨んだりしていない。

 お人好しね、と思いながら、レヴィは目をそらした。


「ごめんね」

「……あの、何がでしょう?」


 分かっていない様子のクシナダに、レヴィは言いづらいなぁ、と思いながら質問に答えた。


「あなたの護衛を任されたのに、失敗しちゃったからね……」

「トゥス様からお聞きしております。私も、彼女を疑っていませんでした……10年もうちで務めて下さっていた方なのです……」


 クシナダは、悲しそうに目を伏せた。


 あのナカイの事だろう。

 傀儡の恐ろしさを、レヴィは身に染みて感じていた。


 誰1人として信用出来ない、今日まで普通だった人の中身が入れ替わる、そんな事が簡単に出来るのだ。


『奴ら、なんか忙しそうにしてるねぇ』


 2人して黙り込んでいると、いつの間にか戻っていたらしいトゥスの声が聞こえた。


「こっちには来なさそうなのね?」

『しばらくは大丈夫じゃねぇかねぇ』

「そう」


 でも、そんなに時間に余裕がある訳じゃないはずだ。多分。

 レヴィはクシナダに、あえて軽く聞こえるような声音を作って言った。


「じゃ、逃げましょうか」

「え?」


 クシナダが目を見開くのに、レヴィは笑みを浮かべてみせる。


「あら、ずっとここにいたいの?」

「いえ、でも……どうやって逃げるのですか?」

「こうやって。ちょっと汚いけど、ごめんね」


 レヴィは、なるべくクシナダから見えないように、と体ごと背を向けた。

 そしてお腹の中にある異物感を意識しながら、胃の中身を吐き出す。


 喉からせり上がった固い感触が口の中から転げる前に歯を閉じて、嘔吐物だけを床に落とした。


「レヴィ様……!?」


 口の中が胃液で焼けて、気持ち悪い。

 レヴィは口の中に残ったものを、歯で挟んでクシナダに見せた。

 

「それは……?」

『カバン玉さね。お前さんが入ったところに向かう前に、念のためにレヴィに呑ませといて正解だったねぇ』


 武器はダガーも投げナイフも奪われていたが、予備のナイフやその他の荷物はこの中に入っている。

 体を倒してカバン玉を床にそっと置くと、レヴィは体をねじって指先で触れた。


 カラン、とナイフが床に落ちる。


「トゥス。お願い」

『人使いが荒いねぇ』


 取り出したナイフを握り、レヴィは憑依で強化された腕力で強く刃を当てて、自分の手を結わえた縄を切った。

 そのままクシナダも自由にすると、鉄格子の向こうを気にしながら、今度は通気口へ向かう。


 背伸びすれば届くくらいのところにある、通気口の木枠を、なるべく音を立てないようにしながら、力任せに引き抜いた。


「中に入って。ここからなら、外に出れるはずだから」

「は、はい……」

「後、これ」


 レヴィは、カバン玉から取り出した小型のノコギリをクシナダに持たせる。


「通気口の逆側にも格子が嵌ってたら、頑張ってこれで切って。トゥスをつけるから」

「あの、レヴィ様は……?」


 戸惑った顔でクシナダに問われて、レヴィは軽く笑みを浮かべた。


「残るわよ。2人ともいなくなったら、ごまかせなくなるでしょ?」


 時間を稼ぐのだ。

 レヴィが冒険者としてクトーに任された仕事は、クシナダの護衛。

 

 失敗したけど、それでもレヴィは彼女の身の安全を1番に考えないといけないと思った。


「そんな……」

「なんとかなるわよ。クトーを呼んできて」


 レヴィは、あえて笑みを浮かべていた。

 クシナダに不安を与えてはいけない、と思ったからだ。


 なんとかなると信じてもらえれば、クシナダも少しは混乱せずに動けるかもしれない。


「急がないと、気づかれる」


 早く、と言うと、クシナダはまだためらいながらも、どうにかうなずいた。

 彼女の体を支えて通気口に押し上げると、クシナダは少し窮屈そうではあったがどうにか通気口に入り込んだ。


「トゥス、お願いね」

『嬢ちゃん』

「頑張ってごまかすから。……女将を逃すのが最優先でしょ?」


 だから、少しでも気づかれるのが遅い方がいいに決まっている。

 自分のミスなのだから、危険も自分が引き受けて当然だ。


「いいから行きなさいよ。クトーが来るまで、持ちこたえてみせるから」

『無茶は、禁物さね』

「分かってるわよ」


 格子をごまかせる程度にはめ直すと、トゥスが体から抜けてクシナダを追った。


「……大丈夫よね、これで。よかったわよね」


 一人になると、レヴィは深く息を吐いた。

 大丈夫、きっと間違ってない。


 クシナダをこの場に置いておくより、逃げてもらったほうが絶対に良いはずだ。


 レヴィはそう思い込むことにした。

 自分だってこんな経験、した事ないのだ。


 顔の痛みは引かないが、まだやる事は残っている。

 カバン玉から毛布を取り出して丸めると、レヴィはベッドにそれを置いて上から元々置いてあった毛布をかけた。


 具合が悪そうだから寝かせた。

 誰かが来たら、それで誤魔化す。

 

 レヴィはベッドの横に座ってもたれると、投げナイフを握った。

 切った縄をぐるぐると自分の手に巻きつけて、縛られているようなフリをして座る。

 

「上手くいくかな……」


 不安に思いながらも、レヴィはジッと待つことにした。


※※※


「我々側のメリットが少ない気がするがな……?」


 賭けを持ちかけられたデストロの言葉に、リュウは眉を上げた。


「旅館じゃ足りねぇってか?」

「お前らが手を引けば、女将を解放してやろう」


 リュウが、ちらりとクトーに目を向けて来た。

 お前がやるか? と目で尋ねられて、少し考える。


 相手の目的が無償で旅館を手に入れる事ではなくこちらへの恨みを晴らす事に変更された、と仮定した場合。

 

 現状は不利だ。

 相手はすでにクシナダを、そしてもしかしたらレヴィをも手にしている可能性がある。


 また相手が賭けに乗った後、向こうの案内する場所に赴いたと仮定した時。

 交渉の内容に関わらず、こちらの命を奪うために、クシナダやレヴィを人質に手を出せないようにする事も容易に予想できた。


 だが、賭け事が好きである、という点を加味する場合には、相手側により益のある条件を提示すればリュウの戯言に乗って来るようにする事も可能だ。


 最重要なのは、クシナダの身の安全。

 そして相手を完膚なきまでに叩き潰す事だ。


 元々ルール破りをしている相手を許すつもりはなかったが、罪もない婦女子に直接手を出した事は万死に値する。

 ましてリュウの言う『楽しみ』は、決して行わせないようにする必要があった。


 恨みを晴らせ、かつ、相手にも報酬があるように見せかけて話を進める。

 そう決めて、クトーは口を開いた。


「こちらが手を引いて、事が終わってもその約束を守る保証があると思うか?」


 挑発するように、クトーは告げた。


「クシナダが殺されようと、そもそも依頼で繋がった関係でしかないので、どうでもいい」

「何だと……?」


 そう言ったのは、デストロではなく黙って成り行きを見守っていた料理長だった。

 彼には目を向けず、クトーはさらに言葉を重ねる。


「その場合、俺たちの依頼をフイにしたお前らを許す必要もないし、仮に利益がなかったとしても皆殺しにする。俺をコケにした事を、お前たちが後悔して命乞いをするようにな」


 デストロは表情を変えなかった。


「やってみるといい」

「傀儡だから、殺されても痛くも痒くも無いか。……甘いな、テイマー」


 クトーが推測を放り込むと、デストロがピクリと眉を動かした。

 

 案の定だ。

 レヴィが、以前と様子が違うと言っていたのもそれだろう。


 長く勤めているナカイの裏切り。

 脅しをかけられて取り込まれた可能性も考えられるが、相手が嗜虐的な思考をするというのなら、傀儡で操っていたとしてもおかしくはない。


「リュウのマジックギアスで体から抜けられない、というのがどういう事か、分かっていないようだな。本体が無事でも、今ここにいるお前は、デストロを殺せば死ぬ」


 初動は離れていても良いが、ギアスの効果を継続するにはリュウが体に触れている事が条件だ。

 だから彼は、ずっとデストロのそばにいるのだ。


 そしてテイマーの傀儡に気づけない理由は、本体と分体という形で完全に精神を分けるからだ。

 本来は操っている体を捨てれば解放されて本体へと戻るが、今は抜けられない。


「本体のために殉じる覚悟があるのなら、そうしろ。そちらが賭けに乗らなくても俺にデメリットはないからな」


 デストロの命を奪えば、今、分体となっているテイマーの精神体を維持している生命力がなくなる。

 彼の表情が、一気に険しくなっていた。


 手前勝手な者は、自分に害が降りかかると知れば保身に走る。

 クトーは相手の判断力が麻痺しているうちに、話をさらに畳み掛けた。


「さらに、条件を足そう。お前らの後ろにいるのは地主だな。賭け事が大好きだと言うのなら、そいつに聞いてみるがいい。……これだけの金を、手に入れる気があるかどうかを」


 クトーは自分の金を入れているカバン玉を取り出すと、中身を選別して外に出した。


 地面に積み重なるように現れたのは、不思議な輝きを放つ聖金(オリハルコン)と、青みを帯びた真銀(ミスリル)の延棒が腰の高さ程度。

 そして金貨を詰めた、ひと抱えある布袋が数十個。


 オリハルコンやミスリルは神秘の金属であり、そのままでは高価である事以外に何の使い道もない。

 が、ムラクのような職人の手にかかればオリハルコンはSランクモンスター素材に匹敵する、ミスリルはAランクモンスター素材に匹敵する装備を作る事が出来る。


 そうなれば、延べ棒の状態よりも価値はさらに上がる。

 金貨は当然ながら、最上位の通貨だ。


「地主が持つ財産に匹敵する程度はあるだろう。この財産を、お前らが勝てばくれてやる。時間が欲しければ猶予もやろう。……ただし条件は、クシナダに一切手を出さない事だ」


 あえてレヴィの名前は出さなかった。

 彼女が捕まっていなければ言う必要がなく、捕まっていれば相手が人質としてこちらの眼前に連れて来る可能性が上がる。


 目を見開いて財産に釘付けになっているデストロを引き戻すために、クトーはそれを再びカバン玉に収納した。


「選べ。今ここで拒否して報復を受けるか、準備を整えて俺たちとやり合い、勝って財産を手に入れるか」


 デストロたちはともかく、地主は逃げられない。

 答えは決まっているようなものだ。


「……俺の胸ポケットに、雇い主のシラミ様に繋がる宝玉がある」


 デストロは、少し間を置いてそう言った。

 シラミ、というのが、地主の名前である事は資料で知っている。


 屋敷にデストロたちが出入りしていた事、屋敷にクトーと3バカがおびき出された事以外に、はっきりと地主との繋がりを自白した事を、デストロは理解しているだろうか。


 クトーがリュウに頷きかけると、リュウは宝玉を取り出してこちらへ向けて放った。

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] ピンチの演出がうまい。 [気になる点] 飲み込める大きさだったっけ?カバン玉。 設定見落としたかもしれん。 [一言] どんどんいくぜ。
2021/03/24 21:44 退会済み
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