おっさんは、おっさんに助けられる。
中に入ろうとしたレヴィは、遠くからバタバタと駆けてくるような音を聞いて足を止めた。
見ていると、道の向こうから息を切らして現れたのはノリッジとスナップだ。
「なんなんだ、あの化け物どもは……!」
「マジで冗談じゃねぇ、死ぬとこだったじゃねぇか!」
文句を言いながら近づいてきた2人は、レヴィの姿を見かけて動きを止めた。
「レヴィ……!?」
「な、なんでてめぇがここにいやがる!」
驚いた顔をする二人に、レヴィは眉をひそめた。
ずいぶん焦っているようだが、理由がよく分からない。
「何よ。別に私がどこにいようと勝手でしょ」
ただでさえ気が立っている時に、こいつらに会うなんて運が悪い。
レヴィがそう思っていると、トゥスが頭の中でボソリとささやいた。
『嬢ちゃん。……こいつら、知り合いかい?』
「私が前にいたパーティーの連中よ」
レヴィが言う間に、2人はそれぞれの獲物を引き抜いた。
いつもの斧と棍棒だが、防具を身につけていない。
「ンだよ……女将さらうの失敗したのか?」
「頑張ったのによ……」
その悪態に、レヴィは軽く目を見開いた。
女将をさらった、という事は、ノリッジとスナップがこの誘拐に加担していた?
そして、こっちを見ただけで獲物を抜いた。
何で、デストロと一緒にこいつらがこの街にいたのか……レヴィは、自分のたどり着いた答えに目を細めた。
「あなたたち、まさか……」
『ヒヒヒ。旅館を潰そうとしてた奴が、まさか嬢ちゃんの知り合いとはねぇ。仲はよくなさそうだが』
レヴィがトゥスの言葉に内心でうなずいていると、ノリッジとスナップは、こちらを小バカにしたような声を上げた。
「見たとこ1人か。……ってことは」
「てめぇさえ殺せば、まだバレねぇって事だな?」
「殺す?」
レヴィは逆に、2人に対して不敵な笑みを浮かべた。
ダガーをゆっくりと構えて、トントン、とつま先を地面で鳴らす。
「出来ると思うの? この私が、あなたたちなんかに負けるわけないじゃない」
『……この街に来て少しマシになったかと思ってたが、嬢ちゃんの自信過剰は相変わらずだねぇ』
失礼な仙人だ。
クトーならともかく、もともとこんな連中に負けるほど弱くない。
「私がこらしめて、牢屋に叩き込んであげるわ。勝手に人の荷物売り払ってくれた憂さ晴らしも兼ねてね」
「「調子に乗るなよ、ザコが!」」
吼えて突進してくる2人に対して、レヴィは左手で投げナイフを抜き打ちした。
ナイフは狙い違わずノリッジの太ももに突き刺さり、ガクンと姿勢を崩す。
「うぉ……!?」
「喰らいなさい!」
次に突撃したレヴィは、棍棒を振り上げているスナップのブタみたいな顔に飛び蹴りを喰らわせた。
相手をよく見る、そして動きを鈍らせない。
スライムを相手してからこっち、山のダンジョンでもそれを意識し続けたレヴィは、近接でもきちんと攻撃を当てられるようになっているのだ。
「ブボッ!」
「誘拐なんて、ふざけた真似してんじゃないわよ!」
崩れ落ちるスナップを放っておいて、レヴィは自分に刺さった投げナイフを抜こうとしているノリッジの方へ移動すると、今度はその頭に後ろ回し蹴りを叩き込んだ。
「ガッ!」
硬いブーツの踵で頭を蹴り飛ばされたノリッジが、踏ん張れずに地面に倒れる。
着地して警戒しながら少し離れたが、どちらも起き上がってこなかった。
「何よ、根性ないわね」
思った以上に呆気ない。
レヴィが倒れてうめく2人を見下ろしていると、トゥスが冷たい声で言った。
『出来るなら、このままトドメを刺しといた方が良いけどねぇ』
「……」
『無理なら、腕の腱くらいは裂いとくこった』
レヴィは、人を殺した事がない。
殺す事に忌避感があるのを察したのか、トゥスがすぐに続けた言葉に少し安心した。
「……分かった」
それにも抵抗があったが、頭を蹴ったくらいでは回復したら逃げられるかもしれない。
トゥスに強化された腕力で、レヴィはノリッジとスナップの利き腕の肩辺りにダガーを振るう。
人の肉を裂く生々しい感触とともに、2度の斬撃にそれぞれ黄色い光が宿った。
呻くことすらしなくなった2人を前に、レヴィは首をかしげる。
「何これ。ムラクのところで見たのと違うわね」
『痺れの効果さね。フライングワームの粘液は相手を溶かすが、牙には痺れを与える作用があるからねぇ』
2種類が効果があるらしい。
魔物素材の装備は、不思議なものだ。
「じゃ、中に……」
痺れて動けないなら、しばらく放っておいても大丈夫だろう。
振り向いたレヴィは、建物の入口に誰かが立っているのを見て動きを止めた。
「え?」
黒い礼服の男だ。
その姿が揺らめいたかと思うと、次の瞬間にはレヴィの横に立っていた。
『ッ嬢ちゃん!』
トゥスが珍しく焦った声を上げるが、全く反応できず。
頭に凄まじい衝撃を感じた直後に、レヴィの視界は暗転した。
※※※
クトーは、レヴィとクシナダの行方を探すためにミズチに連絡を入れていると。
「よぉ」
そこに、ヘラヘラと笑いながらリュウが現れた。
3バカは、レヴィとクシナダの行方を捜して周囲に散っている。
片手に剣を下げ、もう片方の手で誰かを引きずっているリュウを見て、一緒にいたナカイの1人が、ヒッ、と声を上げた。
「少し待て。……どこへ行っていた」
宝珠越しにミズチを待たせたクトーの問いかけに、リュウが引きずっていた誰かを持ち上げる。
「倉庫を見張ってるヤツがいたからな。捕まえてきた」
その顔を見て、クトーは眉をひそめる。
見覚えのある顔だったからだ。
「デストロ、か?」
縄で巻かれた上に、見慣れた赤い光がデストロの全身を覆っていた。
リュウの『魔力拘束』スキルで、魔法の使用を制限されているのだろう。
彼の与えられた女神の祝福の1つで、魔力を通さない結界を張るスキルだ。
デストロは拘束されているにも関わらず、落ち着いた無表情のままこちらを見ている。
「クシナダを攫ったのはお前らか」
「そうだ」
「何故だ?」
「さぁな」
とぼけるつもりか、とクトーが思っていると、リュウがデストロに言った。
「答えたほうが良いぜ」
「どうせ憲兵に突き出されたら、しばらく牢屋暮らしだ。それとも殺すか?」
うすら笑いを浮かべるデストロに、リュウも浮かべた笑みを冷たいものに変える。
「必要ならな」
「やめろ」
後々の処理が面倒になる。
ブネの死体に関しても、事情説明から半日かかったのだ。
リュウが無理にデストロの口を割らせる前に、クトーは事情を告げた。
「女将が攫われた。レヴィとの連絡が繋がらない」
彼女に持たせていた風の宝珠に対して、反応がなかった。
おそらくレヴィのいる場所に、魔力を遮断する壁か結界を張られているのだろう。
リュウのものと違い、素材や魔法陣が必要になる類いのものだ。
向こうからも連絡がないのは、忘れているのか、結界内に入った後で連絡を入れようとしたか、こちらが2度魔法を使ったタイミングで連絡を入れようとしたかだ。
風の魔法同士は干渉し、強力な魔法は魔力流を乱すために、通信が届かない事がある。
レヴィとクシナダの身を案じながら、クトーはデストロに問いかけた。
「なぜ今回の件でクシナダを攫う必要がある?」
リュウがその言葉に対して不思議そうな顔を見せる。
「そりゃ旅館が欲しいからだろ?」
「ならなぜ今までやらなかった? 無理やりにでも手に入れればいいのなら、旅館を潰すために回りくどい事はしないはずだ」
騒ぎを起こすのは、敵の本意ではないと思っていた。
今まで敵は、旅館の評判を落とさないように動きを見せたていたからだ。
クトーらの暗殺に赴いたブネが死んだのは予想外の事だっただろうし、無事にこちらを始末できれば死体を残す気はなかったはずだ。
殺さないまでも排除出来ればいい。
こちらを秘密裏に捕らえた後に、テイマーが傀儡の禁呪法を使って旅館の精算を終えてしまえば、何の問題もなくなる。
クトーらの動きを読み、仲間だと知っていたかどうかはともかくとして、相打ちを狙ったところまでは理由が分かる。
「こいつらには、クシナダを攫う理由がない」
「理由って、ああ……」
リュウが、なぜか合点がいったように頭を掻いた。
「お前、また悪いクセを見せたな」
「何?」
「理屈で物を考えすぎなんだよ。自分で動くっつーから、旅館に関してはなんか手ぇ打ってんのかと思ってたぜ」
理由が分かっているようなリュウに、クトーは首をかしげた。
メガネのチェーンが、シャラリと鳴る。
「クシナダを狙う合理的な理由があるのか?」
「お前が思いつかないんなら、ないんじゃね?」
リュウはあっさりと返して、肩をすくめた。
「……金が目的で旅館を狙って、金にならない理由で攫うのか?」
「だから、合理的じゃない理由なんだよ。あるいは、こいつらにとっちゃ合理的なのさ。お前、敵がちょっとお利口だったから勘違いしたんだろ、朴念仁」
「む」
やれやれ、とでも言いたげな顔で、リュウはデストロを見下ろした。
「大方、自分の狙いを台無しにされた腹いせか、楽しむために攫ったんじゃねーの?」
リュウは手で卑猥な形を作り、デストロの髪を掴む。
クトーは、彼の言葉に渋面を浮かべた。
「……まるで理解出来ん」
他人の考える事は、相変わらずよく分からない。
だが言われてみれば、たしかに小悪党はそうした何の意味もない行動をする事がある。
「博打場経営するような奴らの考える事は似たり寄ったりだろ。商売人ってのは、表も裏も、金儲けだけじゃなくて博打そのものが好きなんだよ。元々こいつら、儲けてる連中なんだろ? じゃ、この旅館を奪うのもゲームと考えてておかしくねぇ。……そうだろ?」
リュウが凶悪な笑みを見せると、デストロも軽く笑みを返した。
「ご名答だ」
「じゃ、さっさと吐こうぜ。今なら権力は絡んじゃいない。俺らをアジトで潰して、それから旅館を奪えばいい」
デストロは、チラリとこちらに目を向けて、すぐにリュウに視線を戻す。
「ギルドに連絡したんだろう?」
「やめさせるさ。連絡した相手はどうせ仲間だ。聞いてるだろ、ミズチ」
『はい』
ミズチが答えると、リュウはデストロに向かってにこやかに告げた。
「どっちが勝つか、賭けようぜ。お前らが勝てば旅館が手に入る。俺らが勝ったなら賞品は女将だ。……簡単な賭けだろ?」




