おっさんは仲間と、旅館に戻る。
「お前たちも誘い込まれたのか?」
あの後すぐに他の2人を探したが、すでに屋敷の中にはいなかった。
「そうっス。荷物用倉庫はずっと見張ってたんスけどね」
3人の中で一番真面目で年下のズメイが、説明を求めたクトーの言葉にうなずいた。
「リュウは?」
「倉庫で別れたス。追いかけろって言われて」
何か気になる事でもあったのか。
リュウの行動の意味を考えている間に、ズメイが話を続けた。
「入ってみたら倉庫が空で、逃げてくデブが見えたから追っかけたんスけど。なんかスタンダウト・シャドウが角を曲がるたびに出てきて追いつけなかったんス」
ズメイの説明に、ヘラヘラと笑いながらギドラが首を回した。
この中ではギドラが一番可愛い顔立ちなのだが、なぜ無精ヒゲなど生やすのかといつも残念に思う。
「あいつら、気功スキルで吹っ飛ばせば瞬殺なんだけどなー。ズメイが街を破壊すんなって言うからチマチマチマチマ……」
「めんどくせぇ事に、放置もダメだっつってな」
ボリボリと頭を掻いて、のっぺり顔のヴルムもうなずく。
そんな2人に、ズメイは渋面を向けた。
「どっちも当たり前スよ。大体こっちは、クトーさんにセンパイらが暴走しないように頼まれてんスから」
「だから大人しく言うこと聞いてんじゃん」
「めんどくせぇけどな」
この3人と出会った時、酒場で最初に酔ってクトーに絡んできたのも柔軟だが直情型のギドラだ。
顔立ちがコンプレックスらしい彼に、顔が可愛いと言ったら怒ったという、非常に納得のいかない理由で。
ギドラはセンスはあるが我流で人の言うことを聞かないので、クセの矯正に苦労した。
ヴルムは、基本的にやる気がないがわりと冷静だ。
皮の防具すら付けず剣一本で戦うのも、色々やるのがめんどくさいからだそうだ。
ゆえに私情を挟まず、効率が良いのが好きなので一撃必殺と受けの剣技を教えるのは楽だった。
ズメイは真面目だが少し頭が固い。
代わりに伝えた事は愚直なほどにきっちりやるので、クトーはこの3人で組ませる時は一番年下のズメイを他2人のストッパーにしていた。
リュウとクトーから『ズメイの判断に逆らうな』と残り2人に言い含めた後は、この3人は良いチームだ。
ズメイが盾で堅実に守り、ギドラが素早く柔軟に遊撃、そしてヴルムが隙を見て仕留める連携に、初見で対応出来る者は少ない。
ズメイが、クトーの言葉に質問を返して来た。
「で、お前たちも、っつーことは、クトーさんもっスか?」
「ああ」
敵はおそらく同士討ちを狙ったのだろう。
ブネは戦闘で、自分の配下では太刀打ち出来ないと判断したのかもしれない。
「いいようにハメられたな。無駄に終わったが」
「俺、気づかなきゃ下手すりゃクトーさんに殺されてたんすけどね!?」
ギドラが噛み付いてくるのを、クトーはあっさりと流した。
「そもそも俺程度に殺されるような腕前じゃないだろう。気づいたんだから問題ない」
「それで終わらす気っすか!?」
自分の首を撫でながら言うギドラに、クトーは腰のニードルを叩いた。
「お前たちのせいで、これを2本とメイスを無駄にした訳だが……これで終わらせないなら、弁済まできっちりするか?」
「はぁ!? その言い分は流石におかしくねぇっすか!?」
「まためんどくせぇ事言い出した……」
「クトーさん。不意打ち食らって金まで請求されたら、やってらんねぇス」
口々に反論してくる3人を一瞥して、クトーは屋敷を後にする為に歩き出した。
誰もいないのであれば、ここに留まる意味はない。
罠に使ったのだから、元の持ち主もとっくに逃げているだろう。
「リュウにも言ったが、第一に、俺に休暇任務を出したのはお前らだ。休暇任務がなければ、俺がこの場にいる事も、お前らと鉢合わせて戦闘になる事もなかった」
「めちゃめちゃ結果論じゃね!?」
「第二に、お前らがきちんと俺の教えを守っていれば、まず最初に敵が逃げ込んだら屋敷を囲んだはずだ。そうすれば外で会えた。やったか?」
「いやー……ザコ相手にそんなめんどくせぇことしないっしょ」
「第三に、どんな理由でだろうとリュウにくっついていけば面倒ごとになるのは目に見えていたのに、お前ら自身がそれを選んだ」
「たしかに、結局仕事と変わらないから後悔してるスけど、あの人を一人にしといたら何しでかすか分かんねぇスから……」
少し後ろを歩きながらいちいち反応を返してくる三人に、クトーは歩みを止めないまま肩越しに振り向いて、指を突きつけた。
「せっかくの休暇に『休む』という選択をしないお前らの責任だ」
「「「クトーさんがそれを言うのはおかしいっす!!」」」
「む」
このバカどもは、何を言っているんだ。
「俺はきちんと休んでいる。温泉に来て、美味いものも食べたしな」
「来る途中、絶対なんかの依頼を受けたっしょ!?」
「当然だ。歩くついでだからな」
「今もなんか、めんどくせぇことに巻き込まれてるっすよね?」
「大した事じゃない。潰れかけた旅館の経営を手助けして、潰そうとしていた相手を追っただけだ」
「人を育ててるとかいう話も聞いたっス」
「割と飲み込みが良い、素質がある奴を見つけたからな」
「「「で、どこが休んでるんすか?」」」
「む?」
クトーは、少し考えた。
商会連合のファフニールに、巨額の金が絡む依頼を受けている訳でもない。
国王ホアンから、国家陰謀に関わる極秘任務を引き受けている訳でもない。
リュウと共に、強大な魔王や荒ぶる邪竜へ挑む為に準備をして訳でもない。
「……やはり、どう考えても休んでいるが」
むしろこれで休んでいなければ、どう休めばいいのか分からないほどだ。
「ああもう、この仕事バカは……」
「クトーさん、めんどくせぇ状況好きだしな」
「休み取らせようとするだけムダだったっスね」
ひそひそ言ってるが、全部聞こえてるぞ。
「休んでいると言っているだろうが。レヴィは可愛いし、トゥス翁もクシナダも可愛い。ミズチの着物も眼福だ。これだけ可愛い人々が揃っている事は滅多にない」
一日中、可愛いものを見ている。
何よりの休暇だと思うのだが。
「この可愛い病患者め……」
「クトーさんの一番めんどくせぇとこだよな」
そのまま屋敷を出て、旅館の方へ向かう道に入る。
「ってかクトーさん、レヴィやトゥスとかクシナダとかって誰スか?」
「スカウトの少女と、イッシ山で知り合った仙人、それに旅館の女将だ」
クトーがズメイに答えると、ギドラがうがー! と頭を両手で抱えながら吼えた。
「またっすか!? クトーさんまたモテてんすか!? しかも可愛いとか! ミズチ拾ってきた時からずーっと思ってたっすけど、世の中不公平じゃないっすか!?」
「何を言っているんだ、お前は。後、もう少し静かにしろ」
すでに夜も遅い。
ぼちぼち眠っている人も多いだろう。
そんなギドラを放っておいて、ヴルムがどこかギラついた声音で問いかけてきた。
「クトーさん、めんどくせぇならその2人、俺がコナかけても?」
「訓練の邪魔をするな。それに女将は依頼人だ」
「2人とも懲りないスね。クトーさんの連れて来る女の子は可愛いけど、センパイらじゃやるだけ無駄スよ」
ズメイの言葉の直後に、ガンガン、と2つ、金属を叩くような音が背後から聞こえた。
「いてぇ! 何するんスか!」
「やるだけ無駄ってなんだコラ! 少なくともてめぇよりはモテるわ!」
「めんどくせぇ事さすな、このハゲが」
「いやでも、センパイらと違って彼女いるスし」
再び打撃音が聞こえるが、クトーは無視した。
いつもの事だ。
しかし旅館の近くに差し掛かると、何やら騒がしい声が聞こえてきた。
「なんだ?」
嫌な予感がしてクトーは駆け出し、旅館の入口にたどり着くと、料理長が厳しい表情で勝手口の外に立っていた。
心なしか、顔色が青白い。
「ヤツカワ料理長。何があった?」
「クトー……!」
料理長は駆け寄ったこちらの顔を見て、表情を緩めないまま告げた。
「若女将がさらわれた。レヴィ嬢が追っているーーー」
そう、重い声音で告げられたのは、最悪の話だった。




