最強パーティーの雑用係〜おっさんは、無理やり休暇を取らされたようです〜
「見事……いや、流石だな」
クトーが、首筋に冷たい金属の感触を感じながら素直な称賛を口にすると、つり目気味のレヴィの目がハッと見開かれる。
なぜか信じられなさそうな様子を見せる彼女に対して、クトーは静かに言葉を重ねた。
「お前の勝ちだ、レヴィ」
すると彼女は、どこかバツが悪そうな顔で刃を引き、目を伏せる。
「私って、あなたと出会った頃からちっとも変わってないわね」
「む?」
レヴィはダガーを鞘に収めて兜を脱ぎ、ピンクのケープを羽織った冒険者姿に戻ると、納得がいかなそうにくしゃりと前髪を掴んだ。
そして、自嘲するような笑みを浮かべる。
「人の力に頼りきりで。あなたの【カバン玉】を盗もうとした時から、一緒。ズルいのよね……」
クトーは、勝ったというのにあまり嬉しくなさそうな彼女に向かって、メガネのチェーンをシャラリと鳴らしながら首を傾げる。
「一体、何の話をしている?」
「え?」
「敵に思った動きをさせず、自分に有利に戦闘を運ぶのは戦術の常套手段だと教えたはずだが」
レヴィは、最後に真っ向勝負を挑んできた。
力を得たのは彼女自身の努力と行動の成果であり、それを使うことは何も悪いことではない。
「お前は最後まで俺のやることを読み続け、持てる全力を尽くして上回った。まさか魔法を無効化されるとは思わなかったが、応じ切れなかったのは俺の読みが甘かったからに過ぎん」
クトーはレヴィの頭に手を置き、軽く撫でる。
「何も、恥じる必要はない。お前は、お前自身の力で俺に勝ったんだ」
本当に、強くなった。
手を離したクトーは、さらに言葉を重ねる。
「見習いは卒業だ。そして、レイドからもな」
「え?」
「借金はもうない。一人前にもなった。一人の冒険者として、好きに世界を回ると良い」
むーちゃんという聖白竜を従え、神魔の力を携え、世界樹の加護を受けた彼女は、この世で唯一の存在だ。
〝群竜の後継〟レヴィ・アタンの名は、これからますます世界に轟くことになるだろう。
レヴィの望みは、リュウのような冒険者になることだった。
魔王を倒し、リュウに勝ち、クトーを退け、そして名声を得た。
ならば、彼女を縛り付けておく理由はもうない。
そう伝えると、彼女はなぜか泣きそうな顔になった。
名実ともに人類最強の少女は、最初に出会った頃よりも少しだけ背は伸びて、その分だけ素直になり……その自信と魂に見合うだけの存在になったというのに。
クトーには、今の少し情けない顔をしたレヴィが、出会った頃のように頼りなく見えた。
「……どれだけ強くなっても、お前はいつまでも、そうして可愛らしいままなのだろうな」
「……!」
ーーー俺にとってはありがたいことだが。
何せ、愛でる分にはいくらでも可愛らしくても構わないのだから。
別にレイドのメンバーでなくなったからと言って、帰って来るな、などというつもりは毛頭ない。
クトーがそんな風に思っていると、レヴィは袖口で軽く涙を拭き取って、ビシッとこちらを指差して来る。
「バ、バカにしないでよね! 私はたった今、最強の男を倒したんだから!!」
「リュウのことか。そうだな」
そういえば、と彼に目を向けると、いつの間にか近くに来ていたミズチが回復してやっているようだった。
しかしそこに、またしてもレヴィの罵声が聞こえて来る。
「違うわよこの唐変木! あなたよ、あなた!」
「む?」
よく分からないことを言われ、クトーは首を傾げる。
「俺はただの雑用係だ。一対一なら、お前どころか他のレイドの連中にも負ける程度のな」
「それ最近、本気で疑問なのよね……あなたに勝ったとかいう話、一回も誰からも聞いたことないんだけど……」
「最近、直接他の連中と戦り合うことはないからな」
今ごろ王都では、まさにレヴィが今言ったような、タイマン勝負のトーナメントが繰り広げられている最中だろう。
「話は変わるが、レヴィ」
「何よ?」
「望みを言え。勝った時に約束しただろう」
彼女が勝てば、叶えられる範囲で願いを叶えてやると。
「あ、忘れてた……」
「いらんのなら、別に構わんが」
「いるわよ! えっと……」
レヴィは、言いたいことが決まっている様子だったが、なぜか躊躇うように口をつぐんだ。
視線をウロウロさせた後、パンパン、と自分の頬を叩く。
そして少し離れると、腰に手を当てて不敵な笑みを浮かべた。
ーーー演技をするのは構わないが、行程を全て見せてしまっては威厳も何もあったものではないのだが。
思わずそう思いながら、クトーは黙ってレヴィの回答を待つ。
口にされた望みは。
クトーにとって、かなり意外なものだった。
物でも、不可能な無茶振りでもなく。
「私はあなたに、依頼を出すわ。ーーー明日から1ヶ月間の、休暇依頼よ」
「休暇依頼? もう俺の許可を取る必要はないだろう。好きにしろ、と言ったはずだが」
「違うわよ。私が出すのは、あなたの休暇依頼よ!」
クトーは、眉根を微かに寄せた。
言っていることの意味が、分からなかったからだ。
「……それでお前に何の得がある?」
「もちろん、旅行に出かけるのよ。それに私がついていくの。自由になったんだから、それ自体は私の自由よね?」
完全に吹っ切れた様子で、顔の横で手を合わせたレヴィがにっこりと笑う。
「今の時期に、休暇か……祝勝祭の後始末もあるのだが」
「何よ。叶えられることなら、何でも望みを聞くんでしょ!?」
笑顔から一転、レヴィは、むぅ、と不満そうな顔をする。
相変わらず、よく天気のように感情がコロコロと変わる少女だ。
「そんなの、無理やりにでも休みもぎ取って来なさいよ! 約束でしょ!?」
「む」
確かに、それに関しては彼女の言う通りである。
「良いだろう。だがどこに行く? それによっては日程を合わせて仕事を終えてからでも」
「クサッツでもいいし、あなたの故郷でも私の故郷でもいいわよ。目的地なんかどこでもいいの!」
分かってないわね! とレヴィは地団駄を踏む。
「大体、後始末なんて誰でも出来るでしょ!? 表に名前が出てなくても魔王退治の立役者がやる仕事じゃないわよ。リュウさんにでも押し付けとけばいいじゃない!!」
「おい」
「あら、文句あります?」
ふふん、とアゴを上げるレヴィに、ツッコミの声を上げたリュウは、ニヤリと笑った。
そして地面にあぐらを掻いたまま、手を振る。
「いいや、ねーよ。なんなら正式なギルドの依頼として、ミズチに受理させるさ。なぁ?」
「すぐにでも」
「リュウ、ミズチ」
「まさか断らねーよな? 俺らの依頼達成率は、まだ100%のままだぜ?」
二度の魔王退治を経て、その上まだ保たれている仲間たちの努力を逆手に取られて、クトーは眉根にシワを寄せた。
またフヴェルが文句を言うのが目に見えていたが、条件は呑まざるを得ないだろう。
約束したのは、クトー自身なのだ。
「……仕方ないな」
「じゃ、もう一つのお願いね」
「む? もう一つだと?」
「あら、二人倒したんだから願いも二つでしょ?」
当たり前じゃない、みたいな顔をするレヴィに、クトーはリュウと顔を見合わせる。
「厚かましくなったな。それとも図太くなったのか?」
「それは元々だが……」
「本人の目の前で聞こえるよーに言ってんじゃないわよ!」
ぷくーっとますます頬を膨らませるレヴィに、リュウが肩を竦める。
「まぁいいよ。言ってみろ」
レヴィは深く息を吸い込んだ後、胸に手を当てて緑の瞳をキラキラと輝かせる。
「旅行から戻ったらーーー私を、改めて仲間に加えて欲しいわ」
「「……?」」
彼女の言葉に、クトーはリュウとともに眉をひそめる。
「……もうとっくに仲間だと思っていたが、違ったのか?」
「そうじゃなくて! 見習いじゃなくて、正式に【ドラゴンズ・レイド】のメンバーにして欲しいの。末席で良いから……」
話している間に復活したらしい子竜がパタパタと飛んでくるのを肩に載せた、レヴィは、膨れるのをやめて。
片手を腰に当て、ポニーテールを揺らしながら片目を閉じる。
「ーーー世界最強パーティーの、雑用係として。ね?」
Fin.
拝啓、読者様。
これにて、雑用係とツンデレ少女の物語は幕を閉じます。
三年間、ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
最後にいくつか。
クトーさんのプロポーズの言葉は『俺と永遠を添い遂げる覚悟はあるか?』です。色気もへったくれもないですね。らしいですが。
そして、新しい連載を始めています。
こちらも、よろしければお付き合い下さい。目次や各話下のリンクから飛べます。
雑用係のお話は、一応外伝は構想中です。
休暇に出たクトーとレヴィが森を抜けたら、そこは異世界だった。
そんなお話。書き始める時はおまけでもくっつけて更新して、告知させていただきます。
では改めまして、ここまでお付き合いいただき、誠にありがとうございました!
敬具。




