おっさんと少女は、お互いの動きを読み合うようです。
むーちゃんは、山林を形成する木々の上端ギリギリを擦るような低空飛行で、山の傾斜を辿るように山頂へと向かっていた。
それを翼を生やしたリュウが追いながら、時折咆哮を放つようにブレスを放つ。
むーちゃんはそれを、的確に体を傾けて躱していく。
「いつまで逃げんだァ!? 白毛玉!!」
「ぷにぃ!」
ちっとも仕掛けてくる様子のない子竜に業を煮やしたのか、リュウが挑発する。
だが、むーちゃんの行動は言いつけ通りだった。
ニンジャ姿に変化したレヴィは。
その様子を、上空から……崖の壁面からそのまま、空中を蹴って一気に駆け上がって、見下ろしていた。
空中を駆けるその技は、帝国七星にして黒色人種領領主マナスヴィンが使っていた、精霊の力を借りたもの。
ーーー〈風踏みの舞〉。
魔王や四将を相手にしていた彼が使っていたその技を、レヴィは見よう見まねで習得していた。
〈風〉の加護が強いニンジャ姿であれば、どうにか使える程度だったが……リュウは、こちらがこの技を使えることを知らない。
その上、彼はレヴィがクトーの相手をしていると思っているはずだ。
時間を掛ければクトーがこちらに来てしまうので、迅速に仕掛けなければならなかった。
意識を繋いだ分身がクトーの魔法によって吹き飛ばされ、轟音が辺りに響き渡る。
むーちゃんを追うリュウが、谷底で炸裂したその音に気を取られた瞬間に、レヴィは動いた。
「〝連竜槍刺〟……」
【毒牙のダガー】を逆手に構えると、倒れ込むように空中に身を投げ出す。
同時に、カブトと身に纏った鎧や衣服の形状が変化した。
青く染まったカブトの形状が耳からツノを備えた流線型に、鎧も同色に染まり、手甲と脚甲が追加される。
ニンジャ服はより体に張り付いたレオタードに、そしてダガーは、三叉槍に。
竜騎士へと形態を変えたレヴィは真下に向けた槍を両手で握り、そのままリュウに向けて一直線に滑落する。
「……《 対地閃竜槍刺》」
頭上からの不意打ちによって、一撃で仕留める。ーーー少なくとも、地面に叩きつけて優位に立てば。
極限まで圧縮した水気を纏い、降雨の如き速さでレヴィがリュウに迫る。
と、同時に。
再び崖のほうで、轟音が炸裂した。
※※※
レヴィの狙いを察した瞬間、クトーは次の行動に移る。
「〝吹き飛べ〟」
ふわり、とジャンプした瞬間、足元で先ほどと同様の暴風魔法を放つと、自分の体を風の圧で上空へと打ち上げた。
レヴィの気配を探ると、宙を一筋の青い流星が駆けていくのが視界に映る。
どうやら、何らかの方法で空からリュウに仕掛けたらしい。
ーーーリュウ、上だ。
共鳴を通じて呼びかけたクトーは、放物線の頂点で速度軽減の魔法を自身に掛けると、緩やかに落下しながらむーちゃんに【死竜の杖】を向ける。
「〝貫け〟」
最速、最高射程の魔法で仕掛けた貫通魔法は命中したものの、聖属性の子竜の体表で弾かれた。
「ぷにぃ!」
しかし体勢は崩せたので問題はない。
リュウの方も、クトーの呼びかけでレヴィの存在に気づき、間一髪で避けていた。
そのまま、レヴィは山林の中に突っ込み、リュウの代わりに貫かれた巨木がゴッソリと幹を抉られてベキベキと倒れ込んでいく。
避けたリュウは、レヴィが突っ込んだ位置に炎のブレスを叩き込んでから、話しかけてきた。
ーーー気配がなかったぞ!?
ーーー陰形の技術が極端に上がっているな。だが、喰らわなければ問題はない。炙り出すぞ。
山林に降りる直前に目を向けると、むーちゃんも体躯を元の二頭身に戻して木々の中に降下した。
おそらくはレヴィの指示だろう。
ーーー遊撃戦だ。上を取って、向こうが潜空出来ないように警戒しろ。
ーーーお前はどうすんだよ?
ーーー言っただろう。炙り出す。
遮蔽物のある場所での乱戦は、別にレヴィの専門分野ではない。
罠を仕掛けるという方面で言えば、むしろクトーのほうが彼女よりも適性があるだろう。
「接敵させなければ、こちらの優位は揺るがん」
枝を蹴り折って腰丈の深い草むらに着地したクトーは、【カバン玉】から呪符を取り出すと木の股に仕掛けながら駆け出す。
山の傾斜は西向き、風向きは右から。
レヴィの着地点を考えた場合、おそらくはクトーが風上に位置している。
利点としては、痺れ毒などを風で流せば動きを鈍らせることが出来る。
逆に不利なのは、臭いや音で位置を察知するのは、能力的にも位置的にも向こうのほうが確実に早い。
ーーーそれも逆手に取るか。
クトーは呪符と織り混ぜて、予備の香り袋から乾燥した葉を取り出して撒くと、火で燻した。
五感全てを撹乱し、こちらが先にレヴィを捕捉する。
上空のリュウと連絡を取り合いながら、クトーは着々と罠を仕掛けていった。
※※※
ーーー来んの早すぎるのよ!
リュウのブレスを避けた後、木の幹を駆け上がってむーちゃんと合流したレヴィは、思わず内心でそう吐き捨てた。
味方の時は、考える間もなくその指示が飛んで来るのを心強いと思うが、いざ敵となると動きが早すぎる。
あれだけ大掛かりな手を打ったのに、即座に挽回されるとは思わなかった。
しかも、リュウを撃墜したらそのままギリギリまで潜空出来ることを隠し通して、クトーを倒す時にも使ってやろうと思っていたのに、見られてしまった。
つまり、次は通じない。
「ぷにぃ……?」
「ちょっと待って。今考えてるから」
腕に抱いたむーちゃんが心配そうに顔を上げるのに、レヴィは唇で親指の先を食みながら相手の動きを予想した。
リュウはそのまま上にいるだろう。
見つかれば、地上のクトーと彼の挟み撃ちを受けることになる。
クトーは、確実に罠を仕掛けてくるはずだ。
クサッツの近くにある山で、散々イジメられたことを忘れてはいない。
でも自分だって、あの頃よりも注意力はあるはずだ。
「……相手が罠を張ってるのを、逆に利用出来れば」
だがどんな罠を張っているのか、それが読めない。
クトーの性格だったら、完全にこちらの動きを止めに来るだろう。
そこで、ふとレヴィは嗅ぎ慣れた香りを感じて身を硬らせた。
ーーー見つかった!?
近くにいるのか、と周りに集中しながら、同じように反応を見せたむーちゃんを見ると、顔を風上に向けているが緊張感はない。
ーーー香りで、見つからないようにブラフを張ってる?
多分、香を焚いているのだ。
香りの方向に向かえば罠がある。
ーーーつまり、風上にいるってわけね。
相手の仕掛けからそれを察したレヴィは、そこで思いついた。
なら、風上に移動して匂いを消せれば、能動的にクトーに見つかることはないはず。
そう読んだレヴィは、むーちゃんと共にこっそり移動しながら、どうにかクトーの不意をつく方法を考え始めた。




