おっさんは、鉄壁の守備を誇っています。
落下しながらも、レヴィは動き続けた。
ーーー次の一手!
共に崩落する岩を足場にし、同時に蹴り飛ばしていくつも砕きながら、下に位置するクトーに対して岩の散弾の雨を叩きつけて行く。
同時に降り注ぐ土砂に練り上げた天地の気を注ぎ込み、一蹴りにつき一体の実体分身を作り上げて散らして行く。
クトーの方は、確実に決まった不意打ちであるにも関わらず即応し、自分を包む防御結界を展開していた。
しかも結界表面に弾かれる散弾の向こう側で、何かを構えているのを視認する。
【死竜の杖】を変化させた、【天竜の狙撃銃】だ。
ーーー対応が早すぎんのよ!
心の中で悪態を吐きながら、レヴィは腰のポーチから魔導具の筒を引き抜いて投擲する。
「【水竜の霧】!」
一瞬で濃霧を発生させて視界を遮ると、もう一体分身を作り出しながら、横に跳ぶ。
キュン! と音を立てて濃霧を撃ち抜いてきた雷弾をギリギリで避け、宙を舞う岩を辿って崖の急斜面にたどり着いたレヴィは、さらに分身を展開した。
今度は、霧を利用した非実体のそれだ。
《白鏡花》を応用し、映し出した分身を反射させて数を増したところで、谷底を土砂が埋めて崩落がある程度治まる。
クトーは落ちただろう。
だが当然、死んではいない。
『相手を不利にしたいのなら、視界を塞ぎ続けろ。その上で、自分は確実に戦う場所の地形を把握し続けるんだ』
レヴィは、爪を立てて崖にしがみつきながら、眼下の地形を確認する。
大きめの岩が土砂の中にいくつかそそり立って、砂埃と下に流れた濃霧を割って頭を見せている。
現状、視界はほぼ利かない。
狭く、足場も安定していない状態、かつ、谷底を流れる川が一時的に堰き止められている。
水位が上がって、柔なところを流れ出すと、動く条件はますます悪くなるだろう。
『目が見えている人間は、基本的に視覚に頼っている。お前のように目が良ければ尚更だ。そうなると、他の五感で補助して動けるのは、事前に地形を頭の中に叩き込んでいる場合のみになる』
視界を完全に塞がれた状態で、周りの状況を理解していなければどんな人間でもパフォーマンスは落ちる。
当然、クトーもだ。
だから彼はまず、地形を把握しようとするだろう。
「行くわよ……!」
地形を把握して唇を舌で舐めたレヴィは、崖を蹴って動き始めた。
※※※
ーーー桁外れだな。
クトーは防御結界を展開して土砂に埋れたまま、レヴィの大技に感嘆していた。
もし自身が同じ現象を起こそうと思えば、【死竜の杖】か【五行竜の指輪】を使用して魔力を溜め込む必要があるだろう。
レヴィはそれだけの気を一瞬で放ち、最も効果的に使用したのだ。
しかも、防御結界を展開した上で落下中に狙撃したにも関わらず避けられ、最初の草むらの利用時点から、ほぼ彼女を視認できていない。
レヴィは徹底的に基本を守り、かつ、数手先を考えて優位を得るように動いている。
ーーーどう突破するか。
「〝抉れ〟」
クトーは考えながら【土遁の序】を使用して穴を穿つと、そこから堆積した土の上に飛び出した。
そのまま、狙撃銃を【双竜の魔銃】に変化させて姿勢を低くし、銃底に備わった刀身でトン、と地面を叩く。
「〝響け〟」
濃霧と砂埃で目先すら見えない為、探査の魔法で魔力の放射で地形を読み取る。
レヴィの気に類する気配が、何十とある。
それら全てが、岩の影や霧に紛れながらこちらに迫ってきていた。
方向は全方位ーーー囲まれている。
しかし、仕掛けてくるのであれば好都合だった。
「……〝五行輪廻の器に乞う〟」
クトーは身を起こして呼吸を整える。
。
タイミングを図り、レヴィの分身が数人、移動とは別の動きを見せた瞬間に両手の魔銃を構えて、その場で回転しながら引き金を絞った。
ばら撒いた複数の属性を持つ弾丸が、霧と煙を穿ちながら空中を走り、こちらに飛んできた投げナイフを風圧で弾き飛ばす。
そして幾つかの弾丸は、レヴィの分身を貫いていた。
攻撃が通るということは、こちらの射線も通っているということと同義だった。
手応えは確実にあったが、射抜いた相手は全て土砂となって崩れ落ちていく。
レヴィ本体は捉えていない。
彼女の性格を考えれば、岩陰にいて分身だけを突っ込ませはしないはずだ。
別の分身達が【毒牙のダガー】を構えて襲ってくるのを、銃底の刀身で受け、銃身でいなし、蹴りつけて吹き飛ばそうとするが……全て、反撃が触れた途端に消え失せる。
ーーー霧の幻影、ということは。
本体は第二陣、もしくは更なる伏兵の第三陣に紛れている……のなら、彼女の戦術は潰せる。
クトーは第二陣の分身がこちらに到達する前に、【五行竜の指輪】で形成した『器』に魔力を注ぎ込み、呪文を唱える。
「〝吹き飛べ〟」
発動したのは、中位の風魔法。
自分を中心に全方位に突風を発生させるものだが、クトーはそれを、本気で発動していた。
谷底の狭い範囲で左右に広がった暴風が崖にぶつかり、前後に広がっていく風の流れを掻き回す乱流となって吹き荒れる。
霧も砂埃も、土砂もそこに埋もれた岩も、全て諸共に前後に吹き飛ばした後。
吹き荒れた風の轟音の余韻と共に、視界が晴れる。
クトーの足元の土砂だけが小山のように残っており、左右を土に染まった水流が流れていく。
分身は全て乱流に巻き込まれて消滅したが……探査の魔法で察知していたレヴィの本体がいなかった。
ほんの僅かの間だけ疑問を覚え、クトーは即座に彼女の本当の狙いを悟る。
「……囮か」
気づくのとほぼ同時に、崖の上で激しい攻防の音が聞こえて、山手の方に遠ざかっていく。
おそらくレヴィは、クトーを分身で足止めしている間に崖を登り。
ーーーむーちゃんと共に、先にリュウを潰しにかかったのだ。




