少女は、読み合いを制したようです。
ーーーいい動きだ。
防ぎはしたものの、クトーはレヴィをそう評価した。
レヴィの初手が読めた理由は単純で、後衛から潰すのは戦術の基本だからである。
さらにクトーが彼女を視認した瞬間、尖塔の向こうに背中から倒れ込んで、反撃を加える前にこちらの視界から消える。
ーーー状況判断も早い。
遠距離からの狙撃の際は、位置を知られたその場に留まるのが最も悪手だ。
よほど位置取りが良く一方的に攻撃出来る状況であれば別だが、遠距離での戦闘は魔法がある分クトーの方が圧倒的に有利である。
巨大化したむーちゃんのほうは、レヴィがこちらを討つまでリュウの抑えに徹するつもりなのだろう、クトーに対して目も向けない。
ーーーサシでの各個撃破を狙うつもりなら、好都合だがな。
レヴィとむーちゃんの連携で一番脅威と言えるのは、融合と宝珠の力による人竜化である。
その状態で〝極竜活性〟による超高速機動を行われれば、竜気を操ることが出来ず〝寸神尺竜〟で対抗できないクトーには、カン以外で対処の方法がない。
実際、初手で最も警戒したのはその動きだった。
あくまでも自分の力の範囲内でレヴィが行動するのなら、総合的にこちらが有利である。
「ーーー〝貫け〟」
試験とはいえ、クトーはレヴィの行動を待つつもりは一切ない。
彼女が姿を隠した岩の尖塔に向けて、即座に光の貫通魔法を放った。
【死竜の杖】によって最大限の威力を発揮することが可能になっているその魔法は、岩の根本を灼いて貫通し、尖塔が自身の重みを支えきれずに崩落する。
手応えはない。
あっても困るが。
崩落によって砂埃が舞い上がるのに、クトーは目を凝らす。
彼女が好み、クトーが不得手としているのは近接戦闘だ。
速度を利用してレヴィがその状況に持ち込もうと動くなら、先ほどのように煙幕と地形を利用して近づいてくる。
その瞬間を捉えるために集中していると、やがて二ヶ所が同時に、ゆらりと不自然に動いた。
「〝燃やせ〟」
クトーは銀縁メガネの縁の触れると、レヴィが飛び出してくる前に火球の魔法を放った。
※※※
ーーー殺す気!?
着地した後、即座にべったりと地面に身を伏せたレヴィは、頭上ギリギリを通過した光の魔法に肝を冷やした。
クトーは、本気で手加減する気がない。
初手を読み切られた以上、単純にやれる事をやっているだけでは勝てない、が。
ーーーそれでも奇策は、悪手。
それだけは何となく肌で感じたところで、レヴィは必死に頭を回転させて……思い至る。
『良いか。戦闘において自身が圧倒的に不利である場合、取る手の最優先は逃げを打つことだ。続いて撹乱、最後にどうしても対峙しなければならない時には、相手の嫌がることをしろ』
そんなクトーの教えは、多分彼自身にも適用される。
『嫌がること、というのは、相手の取りうる手を先回りして潰すことや、誘導、最も良いのは、相手にやりたいことを何もさせない状況に追い込むことだ』
そうして相手の動きを制しつつ、自分は自分の動きたいように立ち回る。
『隙を作り出せ。単純に、ではなく、自分のやりたい事をやるための空白だ。わざと技を打たせ、空振りさせるのも一つの手だ』
それを今、実行するのだ。
自分が考えること、それをクトーが予測するだろうと考え、その上で。
『相手が予測出来ない手を打て。一度見せた手は次に出したら破られると考えろ。自分が出来ることを把握し、常に相手の意識の外にあることをやるんだ』
クトーは、優先度の高い順に話をする。
つまりこの場でやるべきことは、相手の嫌がること……多分『崩し』だ。
試合では、お互いに構えて向き合った状態から闇雲に殴りかかっても、相手を倒すことは出来ない。
相手もしっかり足場を固めているからだ。
だから足を払ったり、重心を崩したり……と、そこまで考えたところで。
ーーー足場。
一つ手を思いついたレヴィは、トゥス耳カブトを取り出して跳ねるように起き上がった。
そのままカブトを被って、呪言を口にする。
[ーーー〝双拳乱打〟!」
茶色の光に包まれたレヴィは、瞬時に茶色に染まったトゥス耳カブトとレオタード形式の鎧、虎の手のようなナックルガードと、鋭いかぎ爪を備えたブーツを持つ拳闘士姿に変わる。
そして、重ねてスキルを発動した。
「……《白鏡花》」
それはこっそり練習していた、北の女将軍ルーミィの従者、ハイカの技だった。
実体の操り人形を生み出すシャザーラの分身の術と違い、鏡写しの蜃気楼を生み出す技だ。
実体を伴わず、動きの自由が利かない代わりに、速く、発動が分身の術より格段に容易い。
崩れ落ちてくる尖塔の破片を最小の動きで避けながら、舞い上がった砂埃と先ほどクトーの攻撃にぶつけて生み出した霧を利用して、二ヶ所に自分の姿を投影する。
すると予想通り、レヴィが『近接戦闘に持ち込む』と考えたのだろうクトーが、炎の魔法を放ったのが分かった。
ーーー無駄打ち、一つ!
『どんなに小さくとも、技を打たせれば隙が生まれる。隙が出来たら、そこに自分の次の動きを差し込め。相手の連携を崩せれば、さらに次の手を打てる』
得意で、意表を突く動き。
つまりやり慣れている上で裏を掻けるような。
同時に思い付けないなら、多分やるのは得意な動きのほう。
「ガァルァッ!!」
そのまま、鋭敏になった感覚でクトーの立ち位置と周囲の地形を把握し、一足飛びに崩れた尖塔を踏み越えると、跳びながら右手に土の気を走らせ、圧縮する。
さらに血統固有スキル【人身創造】によって土を右のナックルガードに纏い、瞬時に巨大化させた。
そしてキィィ、と空気を震わせる超振動前の高音が響き始めると、クトーの姿が揺らぐ。
自分の技が外れた直後に……あるいは外れることを予測して、動き始めたのだろう。
クトーの強さは、ここにある。
動きそのものではなく、予測の広さと初動速度が桁違いなのだ。
さらに、クトーは精神的に崩れない。
怒りや焦りといった感情を覚えてもなお冷静沈着で、どれほど攻められても粘り強く最善の一手を探り続け、勝利を引き込むのだ。
ーーーだから、隙を突いても避ける動きを見せるのは、必然。
さらにレヴィは、クトーのクセを見抜いていた。
彼は、受けて捌くことや一撃の重さよりも、同等の威力を持つ攻撃を硬軟織り混ぜて畳み掛けるのを得意としている。
その上で、威力を保った攻撃を出しやすい利き手……左手を、自分の進行方向に常に持って行く為にーーー。
ーーー基本的に、左に跳ぶ。
こちらの、予想通りに。
レヴィは突っ込む速度を緩めず、白いファーコートの裾を翻してクトーが避けた後の地面に、そのまま全力の一撃を叩き込んだ。
「〝極強音〟!!」
大きく、深く、一直線に。
放った超振動の一撃が、大地を縦に長く抉って弾き飛ばす。
その結果……クトーの着地点が、連鎖的に崩壊した。
レヴィ自身も巻き込んで。
ーーーそっちは、崖よ!
クトーは判断を誤らなかった。
ただ、いつもの動きを忠実に行っただけ。
しかし彼の意表は確実についた。
この異空間を作り出した時に生まれた谷の縁側に、彼は跳んだのだ。
レヴィは、その縁を斜めに裂くように一撃を放ったのである。
崩れ落ちる岩盤と共に、レヴィとクトーは谷底に落下していった。




