少女は、女将と幼女に会い、おっさんはおっさんの会話をするようです。
翌朝。
クトーと別れた後、クシナダと話し込んでしまって彼女の部屋に泊まったレヴィは、ミソと焼ける魚の香りで目を覚ました。
「お腹すいた……」
肌着のめくれたお腹をさすりながらむくりと起き上がったレヴィは、くぁあ、と大きくあくびをして、まぶたをこする。
ぷにー、と丸くなっていたむーちゃんの首元を掴んで肩に乗せて立ち上がった。
寝ぐせを手櫛で整えながら歩き、とりあえず髪を縛って食卓のある部屋を覗き込む。
そこで、もう着物をきちっと身につけて化粧を整えたクシナダが、湯気の立つ器を並べていた。
「おはようございます。ちょうど食事の準備が出来たところですよ」
「んー、ありがとー……」
「先に顔を洗って、眠気を覚まして来ては?」
「そーするぅ……」
さっぱりしたレヴィは、あぐらを掻いて食卓の前に座ると、思わず笑みがこぼれる。
「今日のご飯も美味しそうね!」
「簡単なものですが」
「どこが?」
白米に焼き魚、具沢山のミソ汁にダシ巻き卵、ツケモノまでついているのだが。
しかもちゃんと、むーちゃんの朝ごはんも準備されていた。
「簡単の定義が、クトーそっくりなんだけど」
「光栄ですわ」
ふふ、と笑ったクシナダが着物の膝に手を添えながら正座して、レヴィの前に座る。
いただきます、と声を揃えて食べ始めると、クシナダが問いかけてきた。
「今日はどこかへお出かけですか?」
「うん。なんかクトーに呼び出されたから、一回家に帰って着替えるわ」
すると、もぐもぐと口を動かしながらクシナダがジト目になる。
「何よ?」
「レヴィさんは、昨日もクトーさんと二人っきりだったのでは? ズルいです!」
きちんと口の中のものを飲み下してからそんな事を言ってくるので、レヴィは首をかしげた。
「な、何よズルいって。二人でどっか行きたいならクシナダも誘えばいいじゃない」
「そんな、殿方を誘うなんてそんなはしたない……!」
「いや、可愛いに狂ってる姿も十分はしたないわよ……?」
「それに、わたくしはクトーさんとそんな……ただ憧れているだけですし……」
「そうなの?」
頬に手を当ててくねくねと身をよじらせるクシナダに、レヴィは冷静に応じた。
この女将は、完璧なフリを普段はしているが、実際とんでもなく天然なので、この状態になった彼女をまともに相手すると疲れるのだ。
クトーもそうだが、二人とも礼儀にうるさい割にこういう態度は良いらしいのが、よく分からない。
「ですが、お昼までならまだ余裕がありますね」
「屋台の準備くらいなら手伝うわよ? 荷運びとか」
「では、呼子を」
「それはイヤ」
「なっ、何でですか!?」
「あんな服装、一回やったら十分よ!」
前回は着ぐるみ毛布で、今回は妙に可愛く作られた侍従服。
決して呼子をやるのは嫌いじゃないが、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
「仕方ありません……諦めます……涙を呑んで……」
「そんなヘコむような事じゃないわよね!?」
「夕飯までには戻って来られますか?」
「……なんかもう、ここに戻ってくるのが当たり前みたいに言うけど、いいの? ご飯代そろそろ払う?」
「別に必要ありませんが……ご飯は一人で食べるよりも、誰かと食べるほうが美味しいので」
「それは同感ね」
食事を終えると、レヴィはクシナダと玄関先で別れて自宅に向かった。
そこで髪をきちんと整え、旅装束を身に纏う。
フライングワームの軽装鎧に、冒険者服。
腰のポーチと【毒牙のダガー】。
その上に、ピンクのケープを羽織る。
トゥス耳カブトと投げナイフ、水遁の魔導具や日用品、一応保存食など、細々としたを【カバン玉】にしまって、準備は出来た。
「行こっか、むーちゃん」
「ぷに!」
外門に向かおうとしたが、レヴィはふと思い立って一本、道を逸れる。
「ぷにぃ?」
「いや、あの子の家も商売してるし、忙しくなる前に顔だけ見ようかなって思って」
首をかしげるむーちゃんにそう答えてから、レヴィはとある商家に向かった。
するとちょうど、家の前で掃除をしている少女の姿が目に入る。
「ローラ!」
「え? あ、おねーちゃん!」
こちらを振り向いた少女は、パッと顔を輝かせた。
彼女は、昔この家が賊に押し入られたのをクトーらと共に助け、その後魔王に魂と肉体を分けて封じられるという災難に遭った少女だった。
線の細い美人さんだが、どこか幸薄そうな様子も見えるので、ちょこちょこと顔を見にいくうちに仲良くなった。
最近は元気そうで何よりだと思う。
「またどこかに、冒険に行かれるんですか?」
目をキラキラと輝かせるローラは、異国や別の土地の話を聞くのが好きらしい。
性格は全然違うが、昔の自分とそっくりだった。
「お祭りの間は王都にいると思うけど。今日はこれからちょっと予定があるのよね」
「そうですか……あの、また落ち着いた時にお話を聞かせて下さい!」
「良いわよ」
「王都の上に開いた大穴の話とかも【ドラゴンズ・レイド】の皆さんが解決したんですよね!?」
「そーね」
と言っても、正直その件について話せる内容がそんなにない。
異界の帝城に入ってからの話は秘密にしなければいけないことも多いからだ。
「また、帝国の街の話とか聞いてくれる? この辺とは色々違うことがあって面白かったわ」
「ぜひ!」
そんなたわいもないやり取りをしてローラの家を後にすると、今度こそレヴィは、徐々に人が増えてきた街中をゆっくり歩きながら外門に向かい。
そこでちょうど、ミズチに出会った。
※※※
「なぁ、クトーよ」
「何だ」
一足先に山の麓付近の草原にたどり着いていたクトーは、話しかけてきた彼に応じた。
草原から突き出た大岩に座った彼は、ブラブラと足を揺らしながら王都の方を眺めている。
ミズチとレヴィは、まだ姿が見えない。
「……俺の代わりにお前が背負うんじゃ、やっぱ意味なくねーか」
「よほど気になるようだな」
クトーは、事あるごとにその話をするリュウに軽く眉根を寄せたが、ケウスの言葉を思い出す。
『仲間を納得させることが出来るのか』、と。
「邪神復活までにぷにおの言っていた〝阿修羅〟が現れなかった時の保険は、必要だろう」
「理屈は分かる。だが気に入らねぇんだよ」
「人はいつか死ぬ。死ぬ代わりに自分を封じるだけだ」
「なぜ、俺たちじゃいけない?」
リュウは、ゴロンと岩の上に寝転がった。
「お前が阿修羅とかいう存在なら、俺とお前と、そんで新しく生まれる魔王で邪神を殺しちまえば良い。後腐れもねぇだろ」
「そうして邪神を封じた後に、改めてお前の魂を解放するのか?」
「何か問題あるか?」
リュウの言葉に、クトーは疑問をぶつけてみた。
「ミズチと同じように歳を取り、同じ時を過ごすことに、興味はないのか?」
「……あ?」
ぽかんとしたリュウに、クトーはかすかに笑みを浮かべる。
「惚れているんだろう? 出会った時から、ずっと」
門の呪縛から魂を解き放てば、それが叶うのだ。
クトーの言葉に、彼は反応しなかった。
どこか呆然としているような様子に、クトーはメガネのチェーンをシャラリと鳴らして首をかしげる。
「どうした?」
「……お前の口から、そんな言葉が出たことに驚いてるんだよ……」
リュウは目元を覆ったが、口元が笑っている。
「お前、変わったな。レヴィと会ってから、特に」
「そうか?」
自覚はないが、そうなのかも知れない。
「前世で連れ添ったからって、ミズチが今世でも俺を選ぶとは限らねぇ」
「そうか?」
彼女の内心を完全に分かっているとは言いづらいが、リュウは気づいていないのだろうか。
ミズチがクトーに気のある素ぶりを見せる、と仲間から聞いた時、該当しそうな態度を思い起こしたことがある。
大体リュウが近くで見ている時と……最近では、レヴィが近くにいる時だけだ。
二人で話をしている時に、ミズチがそうした態度を取ったことはない。
同時に、リュウが近くにいる時は、大体彼女はリュウの近くにいる。
これほど分かりやすいこともないと思いはするのだが、当事者ともなると気づかないもの、なのだろうか。
そんな風に考えていると、リュウが反撃してきた。
「逆に聞くが、テメェはレヴィをどうするつもりだよ?」
「どういう意味だ?」
「俺にミズチのことを言うなら、テメェにとってのレヴィも同じだろって話だ」
「全然違う話だと思うが。俺はレヴィの保護者だ。……今日で、それも終わるかも知れん」
すると、リュウは呆れた顔でクック、と笑った。
「俺よりテメェの方がよほどアホウだな、唐変木。相手どころか、テメェの気持ちにすら気づいてねぇ」
「何だと?」
「『俺のレヴィ』なんだろ。それが答えだろうが」
「……?」
確かに、それを口にした覚えがあった。
サマルエの刃にレヴィが貫かれた時、激昂してそう口走ったのだ。
ーーーだが、答え?
レヴィに対して感じている気持ちは、それまでの仲間達に対する意識とは違う、という自覚はあった。
それは、初めて本当の意味での『弟子』という存在……自分の持てるものを伝える相手を得たから、感じていたものだと思っていたのだが。
違うのだろうか。
そんな風に訝しんでいる間に、リュウは『ほらな』と皮肉な笑みを浮かべながら体を起こす。
「来たな」
その言葉に、目を向けた先から、レヴィとミズチが連れ立って歩いてくるのが見えた。
黙って待つと、やがて声が届く距離まで来た辺りで二人は立ち止まる。
「遅くなったかしら?」
「いや、こちらが早かっただけだ」
結局リュウとの話し合いに決着はつかなかったが、それは後回しでも良い。
今重要なのは、レヴィをここに来させた意味だった。
「リュウ、ミズチ。準備を」
二人に声をかけて、クトーは魔導具を取り出す。
【女神の瞳】と呼ばれる、結界術に類する時魔法を操る媒体となるもので、リュウが寝転がる大岩を中心とした六芒星の位置に、すでに呪符を配置していた。
「何をするの?」
「異空間を作り出す。この場で全力を出せば、地形が変わってしまうからな」
「……どゆこと?」
クトーは不思議そうな顔をするレヴィに答えず、四人で岩を囲んで、瞳をその上に置いた。
〝絆転移〟と同様にミズチの力で共鳴し、竜の魂を持つリュウを中心に、自身の魔力と仮想魔法陣、ミズチの時の力を組み合わせて術式を発動する。
周囲の景色が歪み、地形が変わる。
周りの草原に岩の尖塔が地面から顔を見せ、山を覆う木が細い若木から成木へと変化して鬱蒼と生い茂り、反対側の地面が割れて深い谷と底を流れる渓流が生まれる。
やがて鳴動が収まって景色が元に戻った時には、まるで広大な円形の闘技場を囲う、極小化したあらゆる地形をない混ぜにしたような異空間が形成されていた。
「……なんか凄いわね」
呑気にそう呟くレヴィは、特に不安などは感じていないようだった。
相変わらず自信に満ちた態度で腰に右手を当て、興味深そうに周りを見回している。
「で、ここで何をするの? 訓練?」
「いいや」
クトーはレヴィとリュウに顎をしゃくり、大岩から少し離れた草原の中でも広めの場所で正面から向き合い、告げた。
「ーーー今からやるのは、卒業試験だ」
「へ?」
「お前は強くなった。そして、結果を得た」
彼女は先日、Sランクの冒険者資格を得た。
Fランクの冒険者として【ドラゴンズ・レイド】の見習いとして活動を初めて、一年と少し。
レヴィは前代未聞の速度で、前代未聞の特例階級飛ばしをして、前代未聞の巨大な功績を打ち立てた。
Dランクでありながら、Sランクの魔物を複数退治しただけでもあり得ない偉業だ。
その上、聖白竜を従えて〝世界樹の騎士〟となり。
ジョカ家の血統固有スキルを継承し。
最後には人竜と魔王の力すらもその身に宿して。
ーーー対魔王戦の立役者となった、17歳の少女。
それがどれほどとてつもない事なのか、彼女に自覚はなさそうだが……日を追うごとに、レヴィの名声は王都の中で、冒険者の間で高まり続けている。
クシナダに侍従服を着せられて呼子をしていた可愛らしい姿すら、その日の夜には酒の肴として、人々の口の端に上るほどに。
「何から卒業するの?」
「お前はもう見習いに収まっていていい人間ではない。事務処理の知識も、危機管理の能力も、最低限教えた。そして、こと戦闘に関しては、もう教えることはない」
クトーが、トン、と手にした【死竜の杖】で地面を叩くと、草が成長して花が咲き乱れる。
カトレアのーーートゥスが『ハヤメ』と呼んだ花が。
クトー自身が愛用している香り袋と同様の匂い が、辺りに満ちる。
「お前はもう、好きに生きて良い。それだけの力を手にしたからな。冒険者として、名声を得て、世界を巡るのが夢だったんだろう? ……卒業試験の内容は、二対二の戦闘だ」
「腕が鳴るなァ。手加減はしねーぜ?」
嬉しそうに笑みを浮かべたリュウも【真竜の大剣】を取り出して、肩に担ぎ上げた。
借金もなく、保護されるだけではなくなった彼女を縛るものはもう、ないのだ。
クトーは、ぽかんとしているレヴィに向けて、軽く杖に左手を添えて半身に構える。
「俺たちに勝て。ーーー〝群竜の後継〟レヴィ・アタン」




