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おっさんは少女に、仙人の形見を手渡すようです。

 

 竜穴実験の試運転は滞りなく終わった。


 効果は極少だったが、安定的な運用が可能ということが確認されたので初動としては上出来だろう。


 クトーはその後、レヴィと共に露店を巡ることにした。


「あ、あの屋台の麺美味しそうね! なんか炒めてるわよ!」


 ウキウキと周りを見回していたレヴィが指差した先では、ジュー、と鉄板で何かを焼く音と、濃厚なソースの香りが漂ってくる。


「東の大国で食される、ヤキソバ、という料理だな。食べたことはないが」

「買ってくる!」


 ルンルンと跳ねるような足取りで向かって行くレヴィと、それにふよふよとついていくむーちゃんを見送り、待っている間。


 クトーは、大通りの喧騒に目を向けた。


 皆が顔を上げ、明るく言葉を交わしながらゆっくりと歩いて行く。

 呼び込みの元気の良い声や、若い女性の嬌声、騒ぐ男たちの歓声がそこかしこで響く。


 空に目を向ければ、火薬や魔法による火花が音を立てて上がり、晴れた空に鮮やかな色と音を散らす。


 ーーー平和だな。


 自発的に祝い事に参加することはほとんどないクトーだが、こうした景色を眺めているのは決して嫌いではなかった。


 少なくとも、今、この瞬間だけは、目にしている全ての景色が笑顔で溢れている。


 ーーー良いものだ。


 年老いて、自室の窓からこうした景色を眺め下ろしながら、編み物や彫り物をするのはさぞ心地よいだろう。


 そんな景色を想像しながら思索にふけっていると、ふと、肩を叩かれたような気がした。


 顔を上げると、そこで笑っているのは……。


「クトー!」


 そんなことを考えている最中、元気な声で呼びかけられて、我に返った。


 見ると、ヤキソバ以外にも焼いたソーセージや果物を絞ったジュースなどまで両手いっぱいに買い込んだようだ。


「相変わらずよく食べるな。昼食を済ますつもりか?」

「食べないと勿体ないじゃない。ていうか、あなたとむーちゃんの分もあるのよ!」

「ぷにぷに!」


 ぷぅ、とレヴィとむーちゃんがそっくり同じに頬を膨らませる。


 とんでもなく可愛らしい。


 レヴィがいくつか渡してくる手元を観察すると、たしかに、3つずつあるようだ。


「代金は?」

「もうそこまで貧乏じゃないわよ!」


 いらないわ、と鼻を鳴らして、レヴィは歩きながら串に刺さったソーセージを一本むーちゃんに渡し、自分も食べ始める。


「でも、このヤキソバっていうの、食べると手が汚れそうね」

「ならば、広場へ行こう」


 ベンチは埋まっているだろうが、花壇の縁に腰掛けられる程度のスペースはあるはずだ。


「座れれば、ハシもフォークも【カバン玉】に入っている」

「……なんで?」

「旅用のものは常に常備しているからな」


 いつ何時、必要になるか分からないからだ。

 というかそもそも、【カバン玉】を手放すことがクトーにはない。


「お前は持っていないのか」

「さすがに休みの日でお祭りに持ってこないと思うんだけど……? パーティーハウスにあるわ」

「これからは持っておけ。【カバン玉】自体が高価なものなのだから、全員が休みを取っていて誰もいないパーティーハウスに置きっぱなしにしていて、盗まれたらどうする」

「誰が【ドラゴンズ・レイド】のパーティーハウス狙って空き巣するのよ……命知らずにも程がありすぎるでしょ」

「物事というのは、予想外が常に起こるものだ」


 もしかしたら、あそこが自分たちのパーティーハウスと知らない者も、いないとは限らない。


「そんな万一に備えるの、貴方くらいよ。でも、分かったわ」

「ならばいい」


 そうして広場へ向かう間に、食べられるものはあらかた食べ尽くしたレヴィが、指についたケチャップを舐めてから果物のジュースに口をつける。


「あー、美味しい。やっぱりこういう時じゃないと食べれなかったり飲めないものって良いわね!」

「大概のものは作れるが。食べたいのならいつでも作ってやろう」

「そーゆーのはちょっと違うのよ! 相変わらず情緒ってもんが足りないわね!」

「ならば、作らなくて良いのか?」

「それは話が別」


 何作ってもらおうかなー、と考え始めた彼女に、クトーは首を傾げた。


 ーーーよく分からんな。


 作るのは情緒が足りないのに、結局作る必要はあるらしい。


 そうこうする内に広場につき、クトーはレヴィと共に空いている場所に腰を下ろした。

 他の場所よりさらに人がごった返しているが、多くは大道芸を披露する者に人垣として連なっているからだ。


 足元で、ヤキソバを乗せた油紙を目の前に置かれたむーちゃんが、口元を汚しながらそれを食べて『ぷにぃー!』と短い前足を頬に当てている。


 表情豊かで、大変にクトーが和んでいると。

 

「あ、あれ」

「む?」

「トゥスが好きだったお酒よね」


 ハシをヤキソバから離してレヴィがその先端を向けたのは、酒を売り歩いている者の押し車だった。


「行儀が悪いぞ。……あの瓶は、コメから作った酒のものか。よく見えたな」

「目はいいから」

「知っているが」


 どうも、物覚えも良くなっているのではないだろうか。


『クサッツのもんに比べたら味が悪ぃねぇ。だがまぁ、これはこれでオツなもんさね』


 クトーはそんな風に、トゥスが酒瓶を抱えて香りを吸い込み、顔を赤くしていたのを思い出した。


「霊碑に供えてあげましょうか」

「良いと思うが」


 前まで来た押し車の商人に手を上げ、瓶ごと買い上げる。

 毎度ぉ! と代金を受け取って笑顔を見せた商人が通り抜け、ヤキソバも食べ終えたところで、クトーはコートのポケットに手を伸ばした。


「そう言えば、お前に贈り物がある」


 レヴィは、こちらの言葉に眉根を寄せた。


「……また、妙に可愛いものじゃないでしょうね?」

「一応実用品と、翁の形見だ」

「え?」


 可愛い意匠であるのは当然すぎることなので、特に反応せずに、クトーはそれらを取り出した。


 そこまで大きなものではない。


 一つは、トゥスを象った木彫りである。

 あぐらを掻いてキセルをふかし、片目を閉じて唇の片端を上げた、いつもの皮肉な笑みを浮かべる彼の姿。


「我ながらよく彫れていると思っているが」

「まんまね……貴方って、芸術家の素質あるんじゃ? 出来ないことないの?」

「そこまでの才覚はないし、出来ないことは当然ある」


 人の思惑ならともかく、その気持ちを察するのは相変わらず苦手だ。

 受け取ったレヴィは、ほぁー、とその木彫りを色々な角度から眺めて、ふと寂しそうな顔をした。


「トゥス、こういうお祭り好きよね。一緒に見たかったわ」

「……そうだな」


 叶うのなら、一人たりとも欠けて欲しくはなかった。

 しかし、選択したのはトゥス自身だ。


 だからせめて、思い出にある彼の姿が色あせない内に、と作った。


「木彫りには、翁のキセルの吸い口を埋め込んである」

「あ……だから、形見なのね」

「ああ。本体は俺が貰う」


 魔王の異空間から帰った後、一度【カバン玉】を整理した時に、中に入っていたのである。

 入れたのは、トゥスだろう。


「もう一つはこれだ」


 トゥスの顔に似た意匠を縫い込んだ、ダガーの鞘とポーチを手渡す。

 大人しく付け替えた彼女は、照れ臭そうに笑いながら、小さく告げた。


「……ありがと」

「ああ」


 そうして二人で、霊碑……冒険者ギルドの王都支部の敷地に建てられた、魔王戦での戦死者を慰霊する碑のある場所へと向かう。


 そして、すでに花や様々な物品の置かれている前に立った。


 クトーはトゥスのように霞を吹かすことなど出来ないので、きちんと煙草葉を詰めて、新たな吸い口を新調したキセルに火を入れる。


 苦い煙を口に含んで吐き出すと、煙を上げるそれを一度、霊碑の前に酒瓶と共に置いた。


 ーーー旨いか? 翁。


 心の中で問いかけると、煙が風に揺れた。

 それを眺めながら、クトーはメガネのブリッジを押し上げながらレヴィに伝える。


「レヴィ、育竜場のある山への道は覚えているか?」

「そりゃ覚えてるわよ。ねー、むーちゃん」

「ぷにぃ♪」

「明日の昼過ぎ。闘技会が始まるくらいの時間に、その麓の道の近くで待っている」

「何かあるの?」

「少しな。旅装束を万全に整えて来い」


 クトーの言葉に、レヴィが少し表情を引き締めた。


「何か、あるのね?」

「心配せずとも、物騒なことではない。リュウとミズチも来る」

「……分かった」


 クトーの声から何を悟ったのか。


 レヴィは、キセルの煙を眺めながら、うなずいた。

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 墓参りか [気になる点] >レヴィと共に露天 風呂かと思たw [一言] どっかに旅立つのかな
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