おっさんは、ゴーレムにおせっかいを焼くようです。
ーーー祝勝祭二日目の昼ごろ。
クトーとレヴィは、王都中流階級層の中央付近にある建物を訪れていた。
畑のある地域の一角に立つそれは、バラウールの本体である巨大なゴーレムを安置した、王都を守護する聖結界の中心部である。
外観だけは少し前に完成していたのだが、周りにうず高く積まれていた資材の類いは既に祠の中にある異空間の入り口に運び込まれて綺麗に無くなっている。
「ちょっと様子が変わったわね」
「前の道を整備したからな」
レヴィが感心した様子で辺りを見回すのに、クトーは歩く速度を変えないまま答える。
板を敷いて均しただけの土の道は、今やすっかりレンガ造りの道になり、幅も広くなっていた。
ついでに用水路なども整備しており、周りの畑もより作業がしやすくなったと、この辺りに土地を持つ老人が感謝を述べにわざわざパーティーハウスまで来たなどと言うこともあった。
使ったのはクトーの金ではないので、国に感謝状でも出した方がいい、と伝えたらなぜか苦笑していたが。
「整備したのは、闘技場に続く道だからだ」
人が大勢ここに来るたびにごった返していたら、周りの者たちにも迷惑がかかる。
「それに普段、異空闘技場は兵士や冒険者の訓練にも使うし、ちょっとした祭典や催しにも使えるような構造にしてある」
「なんで?」
「闘技場と言っても、そもそも九龍王国では恒常的に人同士が戦い、その勝敗を対象に賭け事に興じるような催しは基本的に禁止しているからだ」
と言うよりも、法の整備をする時にクトーがホアンに進言したことだが。
多額の報酬で釣って危険な戦いを行わせたり、魔物を相手にするより楽に金を稼ぐ手段を求める連中が出てくるのは目に見えている。
国を胴元にすれば儲かりはするが、闘技場周辺の治安は荒れるし、長い目で見ればそんなものに頼らない方が国の地力もつく。
だからと言って闘技場を腐らせておくもの勿体無いので、堅実に、市民の楽しみや兵士たちの実戦的な訓練に使うようにと取り決めをしたのだ。
「……でも今回、街中で大々的に賭け事の呼び込みしてたわよね」
「ファフニールの件に関しては単なる例外だ。試合の勝敗に手を入れるような真似をしない、と言う条件も出している」
試合に出る連中を見れば、そんな心配は杞憂だったが。
金で釣られなくても危険なことはしそうだが、勝敗の操作を試みれば唆した奴を殺しかねない連中ばかりだ。
「さて、中に入ろう」
一応予選は終わっているが、そこを勝ち抜いた連中の本戦参加受付日が今日だから、ちらほら冒険者らしき者たちが周りを歩く商人や祭りを楽しむ人々に混じって見受けられた。
クトーの知り合いは大体シード枠なので、今日はここには来ないだろう。
兵士たちにきちんと身分を証明して中に入ると、レヴィが半球形を基調とした闘技場の姿を見て、くしゃりと前髪を掻き上げる。
「……ちょっとやり過ぎじゃない?」
「こんなものだろう」
異空間は、元々は殺風景な広い場所だった。
そこに、今はどデカイ闘技場がそびえていて、その周りに国の者たちや闘技場の管理をする者が忙しく動き回っているのが見える。
「俺たちが用があるのは、地下だ」
闘技場に入り、相変わらず好奇心旺盛なレヴィがあっちこっちをキョロキョロするのをスルーして、関係者以外立ち入り禁止になっている区画から、階段を下に降りていった。
すると、少し開いたドアの向こうから聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「ヌフン。クトーちんが組み上げたこの魔法陣、凄くイイよねぇ……これルーに応用出来ないかなぁ……竜気で殴られたらきっと凄く痛いと思うんだよねぇ……」
「治癒能力と一緒に、跡形もなく吹き飛んで消滅しろ変態野郎」
『殴られたいのですカ、マスター』
「おぐるぼぁッ!!」
ジグとフヴェルの会話に続き、聞こえて来るいつもの衝撃音。
「壊れたら、お前たちが責任を持って直せ」
部屋に入りながらクトーがそう告げると、彼らの様子を見て呆れたように頭を横に振っていた、2頭身の端末に宿るバラウールがこちらに目を向ける。
『よう、来たか』
「ぷにぃー!!」
自分の世話係であるバラウールに、レヴィの肩の上で毛ぐつろいをしていたむーちゃんが嬉しそうに飛んでいく。
『毛玉、お前さんは相変わらず元気だな』
「ぷにん!」
ポヨンポヨンと頭の上でボールのように跳ねる子竜を放っておいて、彼は自分の本体……これから試験起動を行う竜穴魔法陣の中央に位置する、自分の巨大なゴーレムに目を向けた。
『こんな事になるとは、人生何があるか本当に分からんもんだ』
「怖いか?」
『いんや。どうせ元々一回死んでる身の上だしな』
バラウールは。
本来の彼が存在していた並行世界において、クトーやレヴィと面識があったらしい。
向こうでは『ビッグマウス大侵攻』の折に、制圧に赴いたクトーに同道して共に戦ったことがあるのだそうだ。
またその後、デストロやノリッジ、スナップのパーティーに同行していた彼は、南の開拓村を旅立ったレヴィの保護者のような立場だったと、少し前に聞いていた。
もちろん、こちら側では彼女とも、クトー自身とも面識はない。
『お前さんはとんでもねぇ奴だが、ここまでとは思っちゃいなかったなぁ』
「そうか?」
クトーもレヴィも、性格は全く変わらない、とバラウールは言っていた。
『いつ始めるんだ?』
「もう少し待ってからだ。試験運転の開始前に、あと1人来客があるからな」
『ほー。誰だか知らんが祭りの楽しい時期にこんな陰気臭い地下に来るってのは、変わってるな』
そんな風に、のんびりとしていたバラウールだが……ミズチと共に現れた来客の顔を見て、硬直した。
「あ〜、クトーさーん」
現れたのは、丸メガネにショートカット、少したれ目気味の柔らかい美貌を持つ、おっとりとした口調で喋る小柄な女性だ。
フシミの街でギルド職員を務めている、サピーである。
ブンブン、と手を振る彼女に向かって軽く手を挙げると、レヴィが呻くように口にする。
「相変わらず大きいわね……」
そんな彼女が目を向けているのは、サピーの胸元だった。
外見に似合わずメリハリのついた体を持つ彼女は、白いカーディガンにフレアスカートという清楚な私服姿だと、ギルドの制服を着ている時より如実にそれが分かった。
「……」
軽くメガネのブリッジを押し上げたクトーは『お前もいずれ成長するかもしれん』と言いかけて、それを飲み込んだが。
「何か言ったら、本気でどつくわよ?」
「何も言っていない。それに今のお前に本気の一撃を食らったら、確実に無事では済まないが」
はからずも先ほどフヴェルが口にした『竜気で殴られれば、常人は跡形もなく消し飛ぶ』が証明されてしまう。
そもそも、何も言っていない上に思い留まったというのに、彼女のこの手の思考に対する嗅覚はどこから来ているのかさっぱり分からなかった。
するとそこで、衝撃から覚めたらしいバラウールが、ギギィ、と頭をこちらに向ける。
『テメェ、クトー……やりやがったな』
「会いたかったんじゃないのか」
バラウールの昔話を聞いた時に、彼は言っていた。
ギルド職員のサピーは、自分の娘なのだと。
こちらでも生きているか、と。
「答えを知るなら、見るのが一番早いだろう」
『生きてるっていうテメェの言葉を、そもそも疑ってねーよ。いらん世話を焼きやがって……』
クトーと出会わなかった、ということから、彼は自分の娘の存在をひどく気にしていたのだ。
何が起こったかは詳しく語らなかったが、向こうのバラウールはサピーをクトーに預けたらしい。
こちらでは、流れの冒険者に、ギルドに派遣されたばかりだったミズチが預けられた少女がサピーだった。
それがきっと、こちらの世界のバラウールなのだろう。
彼がどうなったのかは、調べていない。
今ここにいるバラウールが望まなかったからだ。
しかし、サピーとの対面はどう考えてもバラウールが望んでいた。
「私、なんでここに呼ばれたんですかぁー?」
「久しぶりに、お前の可愛らしい姿を見ておこうと思ってな」
「えー、照れますねぇ〜」
全く照れた様子もなく、ほわわん、と頬に手を当てる彼女に、クトーは横でソワソワしているゴーレムを紹介する。
「こいつに会うのは初めてだろう。バラウールという。ルーと同様、うちのパーティーメンバーの1人だ」
「ほぇ? バラウール、ですかぁ?」
サピーが驚いたように軽く目を見開くのに、クトーはシャラリとメガネのチェーンを鳴らして首を傾げた。
「どうかしたか?」
するとレヴィが横で『白々しい……』とボソリとつぶやくが、無視する。
サピーは彼女の呟きには気づかなかったようで、クトーの疑問に軽く答えた。
「それ、うちのお父さんと同じ名前ですぅ〜」
そう言って明るく笑ったサピーは、そのままバラウールに手を差し出す。
「はじめましてぇ〜、バラウールさん。これからよろしくお願いします〜!」
『あ、おう……ハジメマシテ』
ギルド職員としての経験からか、淀みなく話しかけ続けるサピーに、ぎこちなく答えるゴーレムの様子を眺めていると。
レヴィがつんつん、と脇腹をつついてきた。
「何だ?」
「……もしかして、これが目的だったの? わざわざ試験運転を祝勝祭の最中にやるなんておかしいと思ったら」
「普段は隣街にいるからな。用もなく呼びつけるわけにはいかんだろう」
連れて行くにしても、バラウールが逃げる可能性もあった。
「……会える時に会っておかずに、後悔した経験が、俺にもないわけではないからな」
「あー……そうよね」
「うむ」
実験は万全を期すが、それでも事故がないとは限らない。
その時に、バラウールにどんな影響が出るかもまた、分からなかった。
だからこそ、計画を話した時に二つ返事で承諾してくれた彼の、ささやかな願いを叶える程度には報いたい。
「ま、何やかんや言いつつバラウールは嬉しそうだし、クトーにしては珍しく良いことしたわね」
「どういう意味だ?」
「普段から、そのくらい他人に気を使えばって話よ」
むーちゃんがサピーに擦り寄り、それを話題に少し2人の会話が弾んでいる。
「グッジョブね、むーちゃん」
「ああ。見ていて可愛らしくもあり、大変素晴らしい」
「……」
「どうした?」
「いえ。本当にあなたって、どこの世界にいても変わらなさそうだなって思って」
クトーは、レヴィのため息に淡々と言葉を返した。
「お前にだけは、言われたくないな」




