おっさんは〝阿修羅〟を未来に残すようです。
「ーーーという理由で、リュウが現在の状態で存在すると、いずれ魔王が復活し、下手をすれば邪神の復活、もしくは別の邪神を呼び寄せてしまうことになります」
クトーは、原初の勇者から得た知識を元に、魔導理論を絡めて説明を終えた。
が、その場に集まった者たちは軒並み顔をしかめていたり、表情が曇っていたり、欠伸をしていたりする。
「何か質問は?」
「いやあのな、そこのムッツリ野郎」
質問を求めると、ムーガーンの背後に控えていたフヴェルが、頭を手で押さえながら頬を引きつらせる。
「何だ?」
「魔導士ですらない連中が、その説明で理解出来るわけねーだろうがッ!!」
「……ふむ」
クトーは、右手の指でアゴを挟んだ。
どうやらミズチは話について来たようだが、それでも自信なさそうに笑みを浮かべている。
「っつーか、ニブルとジグはどうした!? あいつらもこの件に関係あるだろうが!?」
先ほどの会議にはいたがこの場にはいないギルド総長と、共同で解決策を準備した変態人形遣いの名前が、フヴェルの口から出てくる。
「ジグは、遊びに行ったな。……おそらくは最終調整をしているはずだが」
彼にとって自分の作品に関係する研究は遊びである。
祭りに参加してはしゃぎ回るタイプでもないので、読みは外れていないだろう。
「ギルド総長は『一度聞いた説明をもう一度聞いている暇はない』と、さっさと出て行きましたね」
ニブルについてはホアンが補足し、どいつもこいつも、とフヴェルが吐き捨てた。
「要は『竜の勇者の魂と龍脈は密接に繋がっていて、神々の制御がなくなったせいで、ほっとくと魔王や邪神が湧いてくるし、そいつら退治しても世界がぶっ壊れる可能性がある』ってことだ!」
「その説明では、概要しか伝わらないが」
「貴様の説明では概要すら伝わってなかっただろうがァ!! 分からん奴らに詳細に説明しても仕方がないんだよ、このボケ!!」
「阿呆扱いされるのは癪だが、そこの霜の巨人の言う通りだな」
ミズガルズは、軽く目を細めて先を促した。
「何が起こるかは、今の説明で理解した。それに対する解決策は思いついたのだろう? クトー・オロチ」
その問いかけに、クトーは小さくうなずいた。
「ええ。その為に、バラウールを使います」
先に説明した通り、この件の核となる問題は二つある。
一つは、リュウ自身の魂がそれに縛られているということ。
しかしこれに関しては、転生したリュウ自身が記憶を繋ぐことを放棄していることから、本人にとっては特段の問題にはならない。
永遠に勇者として戦い続けることになるのを断ち切りたい、というのはクトー個人の願いに過ぎないからだ。
問題は、ティアムたちの封印が消えたことで、次に彼が転生すると『真なる勇者』が再誕して世界に供給される竜気が爆発的に増えるということである。
もう一つの問題は、それに付随して魔王と邪神の復活や再来が起こるということ。
これらを解決するのが、バラウール……【思念の宝珠】に意思を宿したゴーレムの存在である。
「世界への竜気の流入を止めれば、世界が荒廃し、やがて滅ぶ。しかしリュウの魂を起動の鍵とする限り、転生時の竜気の増大と、対抗者の復活を抑制することは出来ない。なので」
クトーは、自分が『可能である』と結論づけた方法を、なるべく簡潔に口にした。
「ーーーリュウの魂に繋がる門をほぼ封鎖し、流入ルートを架け替えます」
その発言に、聞いていた者たちが沈黙して奇妙な間が生まれた。
「どうされましたか?」
「……勇者の力を封印して、世界の理を書き換えると言われて、誰が普通に納得すると思うんだ、貴様は。オレでも貴様の書いた論文と解説から原理を理解するまでに三ヶ月掛かったんだぞ」
理屈が正しくなければ未だに信じていない、と言われて、クトーは首を傾げる。
「力の円環など、意思なきただの装置に過ぎん。理屈が合えば過不足なく流れて当然だろう」
「ああそうだな、貴様にとってはな! このバケモノめ!」
「俺はただの人間だ」
別にもう、勇者や魔王の力を操れるわけでもない。
「まぁ、もう君の戯れ言に構う気はないけど」
どこか諦めたような様子でホアンが溜息を吐き、話を先に進める。
「バラウールを使うことで、それが可能になる理由は?」
「奴自身が言っていたことだが『バラウール』という存在は、並行した別の世界から来た者の魂を宿しているらしい」
詳細に話を聞くと、どうやら彼は『別の世界』でクトーやレヴィと面識があり、気づけばこちら側の世界に意識が繋がっていたのだという。
道理で最初から妙に人間臭く気安かったわけだ、と、その時に納得した。
「……並行世界とは?」
「この世界によく似た、しかし別の歴史を刻む存在らしい。ぷにおも同じような存在だと聞いていたので話を聞くと、どうやら『世界』というのはこの世界以外にも無数に存在しており、
線に対する面、面に対する立体同様、立体に対する……」
「やめろムッツリ。どうせ理解出来ん」
「……要は、『一繋がりの時間を持つこの世界』を『一本の線』とすると、それらが無数に存在し、一つの巨大な魔法陣を描き続けているのが、門の向こう側にある光の渦の正体だということだ」
細かい説明を全て省いて、正確ではないがある程度、理解しやすい話に直す。
「だからたまに、世界同士が交わる時、近づいた時に他の世界から魂が飛んでくる、あるいは外と繋がることがある」
飛んできたのがぷにおで、繋がっているのがバラウールだ。
「『それで、先は?』とリが訊いてるわ」
ルシフェラが本当に帰りたそうな様子で大帝の言葉を伝えてくる。
「門以外にも、この世界には無数の穴が空いている。そこから現れる竜気は極小だが、魂が飛んでこれる程度の穴がな。その穴を一つ、バラウールの宝珠を利用して広げる」
バラウールの思念が『外にある世界』と繋がっているということは、穴と繋がっている、ということでもある。
「まずは思念を利用して穴の拡張を行う。それが第一段階だ。その後観測結果によって『思念の宝珠』を改良・量産もしくはより巨大なものを建造し、竜気の流入を維持する装置を作る」
現状のままではリュウからバラウールに、竜気流入維持の役割が移るだけになるが、研究を進めれば。
「さらに仮説として、『この世界に存在する全ての魂は龍脈を通して『外』と繋がり、そこから活力を得ているのではないか』と俺は考えている。それが証明されれば」
クトーは自分が考えていることの、最終目標を口にした。
「この世界に存在する全ての魂に適正量の竜気を呼び込む役割を持たせ、同時にそれに縛られない状態を作り出すことは、理論上可能だ」
それは『古代人全員が、勇者の魂によって竜気を操れていた』という事実から、さらに理論研究を押し進めた上での回答だった。
「……それは、全員が『竜の勇者』となる、という意味かな?」
アーノが理解に苦しむ、という顔をしながらも、適切な疑問を投げかけてくる。
「ある意味では。しかし流入量を制限して世界の維持に還元される以上、竜魔法や勇者の装備を使えるほどの適性を得る者はごく少数になるだろう」
「危険な力を得る可能性を、全人類にランダムに与えることになるね。ひどく危険な話に思えるけど?」
完全に抑え切ることは出来ないの? というアーノの危惧に、クトーは首を横に振る。
「可能ではあるだろう。だが、やらない」
「なぜ?」
「揺らぎを消すことは、脅威への対抗手段が消えることと同義だからだ」
リュウの力は封印し、勇者と呼ばれる存在が生まれる『余地』を無くせば、万一にでも魔王と邪神が復活すれば、止められなくなる。
極限まで可能性を減らしていても、復活の可能性は0%にはならないのだ。
それに、別の目論見もあった。
リュウではない別の勇者。
サマルエではない別の魔王。
ーーーそして、彼らと絆を繋ぐ〝阿修羅〟。
邪神に対抗するには、それらの三者が必要だと、原初の勇者は言い遺したのだ。
「魔王や邪神が現れなければ、装置の完成をもって、誰にも依らず、世界の安寧は維持されるようになるだろう。だが現れた場合に備えて、俺はもう一つ策を講じる」
「その策って?」
アーノの問いかけに。
話の内容を知っているリュウが眉根を寄せ、ミズチが小さく顔を伏せた。
もし未来に阿修羅が現れれば、無駄になるだろうが、常に最悪を想定して備えるのが信条だった。
クトーは、淡々と答えを口にする。
「ーーー装置を完成させた後、俺は自分自身を装置と共に封印する」




