おっさんは、説明を任されたようです。
ムーガーンに誘われた風を装ってドアの中に入ると、会議室の裏手にある王族控え室に案内される。
そこにはすでに、北の王ミズガルズと鳥人族の長であるルシフェラ、それにタクシャらの姿があった。
「待ちくたびれたわよ、クトー」
烏の濡羽色の髪と羽毛を持つ美貌の鳥人は、子どものように唇を尖らせる。
なぜかソファの腰掛けではなく背もたれに座っているが、彼女の巨大な羽根だと普通に座るには人間用の椅子は窮屈なのだろう。
「会議も退屈だったし」
「皆そう言いますね。一応、重要な情報もいくつかあったはずですが」
「リが宝珠で聞いてたもの。私は座ってただけ」
自由には動けない東の皇帝リ・ワンの愛人でもあるルシフェラは、彼の目や耳の役割も兼ねている。
気まぐれな彼女は、彼の願いでなければ、とっくに帰っていそうな雰囲気を出している。
そこに、反対側のソファに座ったミズガルズが、肘掛けに立てた腕に顎を置いた姿勢のまま、笑顔も見せずにボソリと言う。
「ホアン王はまだか」
「もう間もなく来るかと。小国連の王たちに捕まっていましたが」
九龍王国は、一応、小国連宗主国なのである。
他国の王が直接顔を合わせて話をする機会などそうそうない上に、祭りや会議の主宰でもあるため、なにかと忙しいのだ。
だが、クトーの返答にミズガルズは鼻を鳴らす。
「有象無象など捨て置けばいいものを。どうせ夜会もあるのだろう」
「貴方であればそれも可能でしょうが……」
「貴様らの戦力を後ろ盾に持っておきながら、弱腰なことだ」
真正面から受け取れば侮蔑だが、軽口の類いだろう。
果断苛烈で知られるミズガルズからすれば、どんな相手でも弱腰と感じるに違いない。
タクシャが少し疲れた顔をしているのは、待っている間に調印の相談でもしていたのかもしれない。
入ってきた時にちょうど、後ろに控えたルーミィが侍従のハイカに何か巻物を渡し、彼女がそれを【カバン玉】に仕舞っているのが見えたからだ。
「どうした?」
こちらの視線に気づき、黒い軍服を完璧に着こなしたルーミィが小さく笑みを浮かべるのに、クトーは軽く首を横に振る。
「いえ、祝儀を述べるのを忘れていたと思いまして。北の覇王と、その正妃におかれましては、この度のご婚姻おめでとうございます」
「……貴様にそうした態度を取られると気色が悪いな。今まで通りに話せないのか?」
眉根を寄せて呆れつつも、ルーミィは嬉しそうにさらに口元を緩めた。
「性分ですので」
身分に臆することはないが、規律は破るためにあるのではなく守るためにある。
権力を持つ者が親しみやすいのは歓迎されるだろうが、ナメられて相手が言うことを聞かなくなっては国が立ち行かなくなるのだ。
であれば、一定の礼節は、横暴な相手でなければ権威を保つためには守るべきだと、クトーは考えていた。
「固いことだ。だが、今更か」
「違いない」
ルーミィが肩をすくめると、リュウが後ろでクックックと笑う。
「ていうか、身分を気にするならボクたちにも相応の態度を見せてもいいんじゃないかなー」
ミズガルズやルシフェラを気にしてか、それまで黙っていたアーノが軽口を叩くのに、クトーは淡々と答える。
「そうするべきだと感じるのでしたら、そうしましょう。黄色人種領辺境伯ア・ナヴァ殿」
「……慇懃無礼にしか聞こえないね。やっぱいいや」
身震いをして、アーノがすぐに前言を撤回する。
そんなつもりはなかったのだが、とクトーはシャラリとチェーンを鳴らしながら首を傾げたところで、ホアンが入室してきた。
「遅くなりまして、申し訳ありません」
ホアンに席を勧められ、ディナが静かに、タクシャが恐縮しながら空いたソファに腰掛ける。
残りの一つにホアン自身が腰を下ろす。
クトーはリュウたち、そして同時に入室してきた宰相のタイハクと共に、彼の背後に控えた。
「では、お時間をお借りしまして……クトーの方から、説明をさせていただきたいと思います」
「……?」
どういうことだ、とホアンに目線で投げかけると、彼は完璧な作り笑いのまま答えた。
「私の口から、この件に関しては整然と説明出来ませんから。何より、理屈が理解出来ない」
周りの者たちを見回すと、全員異存がないようで黙っている。
クトーは息を吐き、最初に言っておけ、と思いながら一歩前に出た。
「では、明日の件に関して説明しましょう。ーーー竜の勇者と、その力の分散について」




