おっさんは、七星から帝国の現状を聞くようです。
王城に着き、案内を受けて歩き始める。
会議室の近くにある控え室に通されると、すぐにノックの音が聞こえた。
応えるとドアの前に控えた兵によってドアが開けられ、数人が入ってくる。
「やっほー!」
「HaHaHa、久しぶりだな、ソウルブラザー・クトー!!」
入ってきたのは、帝国の黄色人種領辺境伯である小柄な少女と、黒色人種領辺境伯の大男マナスヴィンだった。
二人とも、今日は正式な帝国軍としての来訪だからか、純白の軍服を身につけており、胸には『七星勲章』が飾られている。
「来たのはお前たちだけか? シャザーラは?」
「あの子は留守番だよ。でも、もう一人いるよー」
アーノの答えと同時に、二人の後ろから、帝国七星第一星タクシャがゆっくりと姿を見せた。
「お久しぶりです」
タクシャは、リュウやミズチ、ファフニールに対しても丁寧に頭を下げた。
「タクシャ殿。ご健康そうで何よりです」
「おかげさまで」
魔王の一撃を喰らい、ミズガルズと共に一時は重症で寝込んでいたタクシャだが、後遺症はほとんどないようだった。
詰襟の軍服の下に隠れた胸元には、巨大な傷が残ったらしいが。
「帝政はその後、いかがですか」
「文官とは、軍人とは別の意味で難儀なものですね。これまでも折衝などの業務はしていましたが、考えることが武官とは違いすぎて、アーノや参謀、新造した幹部連に助けられてばかりです」
タクシャは、クトーの問いかけに苦笑した。
なにせ帝国は、政治を行っていた者たち……帝王以外にも、大臣や宰相を含む文官が丸ごと消え失せたのである。
そのため、一時的にタクシャが正騎士団長と摂政の地位を兼任することとなった。
当然、王族以外が集約した権力を握ることに対する反発、タクシャ自身も乗っ取りを防げなかったことに対する責を問う声もあった。
が、魔王征伐の功績、帝国七星と軍部の圧倒的な支持に加えて、商会連合、ギルド総本部、他国の後押し……特に、帝国と同等の勢力を誇る東の大国が声明を出したことが大きかった……もあり、押し切ったのである。
「新帝の戴冠式はまだですが、法の示す通りに存命だった第一王子の継承まで取り付けられたので、少し肩の荷は降りましたが」
先帝崩御の報は、魔王戦終結から日も置かずに開示された。
レイドの電撃侵攻や、七星であったナンダ兄弟の死、魔王に一時的に帝国が乗っ取られていたことなども合わせて、帝国内を駆け巡った衝撃と混乱は生半可なものではなかった。
タクシャの権力掌握は、そのドサクサによる帝国分裂を防ぐ目的で強行した側面もある。
幸いなことに後宮や王族の大半は無事だったが、先帝は子の人数も多く、新たな帝王の座を巡る王子王女らの祖父母が各地の有力者ということもあり、渦巻いた権謀術数はかなり闇の深いものだっただろう。
そこで、アーノがニコニコと口を挟んだ。
「まだ油断は出来ないけどねー。帝国は、だいぶ減ったけどタヌキやキツネがまだまだ多いからさー」
「お前もその一人だろう」
「傷つくなぁ、クトー。こんな可愛い子猫ちゃんであるボクを前にして」
「Hey、どこが子猫だ? 〝将軍獅子〟の間違いじゃないのか?」
にっこりと笑いながら両頬に手を当てるアーノに、マナスヴィンが的確なツッコミを入れる。
「マナスヴィン。口捻るよ?」
Sランク魔獣に例えられたアーノが半眼で彼を睨みつけると、Oh……、と肩を抱いてわざとらしく身震いした。
と言っても、それらを制するための裏の交渉に、タクシャの右腕である彼女が一役買っているのは間違いない。
大規模な内乱もなく、たった半年で戴冠までこぎつけたのは、ひとえに各地を奔走し帝国を支えたタクシャらの手柄である。
「摂政は、いつ頃まで続けるおつもりですか?」
「戴冠式が終わって、一年以内には引き継いで辞めようと思っております。今日の夜に、ミズガルズ殿と交易に関する最終調整と調印を行うつもりですし……まぁ、やはり不利な交渉ではありましたが」
こちらの失態と向こうの尽力を考えれば仕方のないことです、とタクシャは笑う。
帝国と北の王国の間には、峻険なファポリス山脈と、小国連を含む中央地域が横たわっているが、実は海路を使うと意外と近い。
帝国と北の王国も広大であり、近いのは帝国北東にある港と、王国にある西端の港の話なのだが。
それでも。
「ほぼ途絶えていた交易が開始するのは、悪いことばかりではないかと。ドワーフが採掘する良質な鉱物や魔導具が手に入れば、北の欲する食料を作るための開拓や農耕も捗ることでしょう」
「そうなれば良いですね。黄色人種領や黒色人種領には、まだまだ課題が多いですから」
クトーが相談を受けていたのは、その辺りへの予算分配や資金運用、開発計画に関する部分だった。
元々被差別地域だったそれらの領地は、それまで隣接地域への自己防衛に手一杯で開発に回す予算がそもそも足りておらず。
帝国としても、北との交易再開によって恒常的な輸出食料の確保が必要となったため、農牧用地の開拓を行うことになったのだ。
結果、アーノとマナスヴィンの功績を鑑みて、その二つの領地を開発することで落ち着いた。
相談の件に関しては、ビッグマウス大侵攻後の復興に関するノウハウが活きた形である。
「結局、人的被害に関する結果は出ましたか?」
「ええ」
そこで、タクシャは表情を引き締めて、アーノを見る。
すると彼女はおちゃらけた態度をやめて、本性である冷徹な顔の方で淡々と答え始めた。
「帝国側で、以前に魔王が王都へ侵攻した時辺りから資料を洗い直した。……結果、魔王の乗っ取りによる人的被害は、先帝を含む首脳部十数名ーーーそれだけだったよ」
「……やはりそうか」
クトーが頷くと、リュウとミズチが声を上げる。
「待て待て待て、十数名だと……!?」
「でも、以前こちらに侵攻してきた魔物の軍勢は、帝国兵のものだと……?」
「サマルエ自身がそう口にしていただけで、実際は違ったんだろう。奴は、今まで自らを狙う者と性根が元々腐った者以外は、誰も殺していない。直接的には、だがな」
こちらに対する嫌がらせに関する手口は、悪意に満ちてはいたが。
「……死んだ帝国の文官は、王族の出である者がほとんどでした。そのため、民を蔑ろにし、自らの富と権力に執着する者が多かったことは、否定出来ません」
タクシャがそっとそう口添えをするが、リュウはどこか納得いかなそうに反論してくる。
「だが、王都を取り返す時に大臣も王都民も大勢死んだだろ」
「先王を直接殺したのは先代の宰相で、奴は自ら、権力のために魔王軍四将を呼び出した。そして国を荒廃させたのは、魔獣将チタツだ」
「最初に戦った時は、こっちの連合軍を壊滅させたよな?」
「俺たちが魔王城に侵攻しようとしていたからな」
「ミズチも殺されかけたよな!?」
「ああ。魔王を殺すためにあの場に赴いたからな」
「じゃあ温泉街のことは?」
「死んだのは地主のシラミだけだ。ブネが使っていた体とデストロに関しては、ブネの仕業だろう」
「王都に帰ってからも、商家の娘を殺そうとしたじゃねーか」
「死んでいない。魂と肉体を切り離して封印しただけだ」
「……ミズガルズも、ムーガーンも、ナンダ兄弟と、パラカと、ネアル、カードゥーとケウス、も……」
名前を挙げていくが、徐々にその声のトーンが落ちていく。
「タクシャ殿から聞いたが、パラカは病死したのを意図的に秘匿していた。ナンダ兄弟は自らの欲のために堕ちた。他は生きている」
「……だが、四将が殺した連中は皆サマルエの指示だろうが!?」
「だから言っている。直接的には、だ。それに奴が『殺すこと』に関する指示を出していた、という証拠はない」
その事実に違和感を覚えたのは、魔王の目的を知った後だった。
「かつて紐解いた古い文献の中に、銀の髪を持つ流浪の民が遺したものがあった。その伝説の中には、神々の記述はあったが、魔王の記述がなかったと記憶している」
記述そのものがほとんどなかったのだが、ほんの数行だけ該当しそうな箇所として見受けられたのは。
「『調和ノ為、人ヲ試ス悪意アリ。神ノ輪廻ガ一ツ。人ニ、堕落ノ愚カサヲ示ス者。惑ワシ、囁キ、向ケラレタ敵意ニ敵対シ、シカシテ善意ニ死ノ御手ヲ下サズ』とな」
「……それがサマルエだってのか?」
〝虚構の神魔〟ーーー調和のために偽の魔王として立っていたサマルエの行動が、個人的な考えなのか、あるいは何らかの制約が掛けられていたのかを知る由はもうないが。
「もしそうであれば、奴の行動に納得がいくだろう。赦す必要はないが、そうした存在だったからこそ、帝国の大半は無事だったのかもしれん」




