少女は、またしても屋台マスコットになるようです。
「お待ちしておりました〜♪」
祭りの初日。
会議までの間、時間があったクトーは三人と連れ立って向かった先で、クシナダが明るい声を上げた。
赤い着物の袖をたすき掛けでまくり上げて、目尻に紅色を差した独特の薄化粧をしている。
晴天の中、涼しげな一重まぶたの顔に満面の笑み浮かべながら、大きく手を振る彼女にレヴィが応じる。
「やほー! 来たわよー!」
はしゃぐ二人の少女の可愛らしい光景の後ろでは、それなりに規模の大きい出店が展開されていた。
『料理店ののれん分けは考えていない』と言っていた彼女たちだが、あの後半年の間に、意外なことにファフニール……正確には彼の娘であるナイルと意気投合した。
結果、ファフニール商会との共同出資で、大通りに店を構えることになったのである。
食堂部分はオーソドックスな旅宿と同様。
だが、店構えはクサッツ建築の意匠を取り込み、従業員はキモノ、食事はクサッツ独特のものを出し、宿部分は土足ではない東方形式と、という東西折衷の宿はそれなりに評判になっている。
その食堂を祭り中は休み、天幕を張って店の前で弁当と焼き鳥を提供しているようだった。
相変わらずむっつりと厳しい顔をした料理長が炭火網の上で手際よく串を回していて、タレの焼ける良い香りが漂っている。
さらに。
「ノリッジとスナップは、きちんと働いているようだな」
彼の横で、キモノを着て手拭いを巻いたノリッジが、身をかがめて真剣な顔で鉄板焼きそばを作っており、スナップが大きな声で呼び込みをしていた。
ルーミィに鍛えられて惚れ込んでいた彼らだが、そのルーミィがミズガルズと婚姻を結んで王妃になるということで、彼女によって今後どうするかを問われたらしい。
ルーミィ麾下の軍でないのなら、と軍をやめて住み慣れた九龍王国への移住を彼らが希望したところ、こちらに話が回ってきたのだ。
二人もかなり強くなっていたので、冒険者としても十分に身を立てられるはずだった。
が、どうやらレヴィやレイドの戦闘を見て、Aランク以上の魔物を相手にしたりデストロの末路を見たことで『冒険者はもうやめて、ゆっくり暮らしたい』と感じ始めたらしい。
そこで、クシナダに紹介したのである。
「普通考えねーよなぁ……あの二人、最初はクシナダを破産させようとしてた奴らの手先だったじゃねーか」
「人は変わるものだ。それを認めたから、クシナダや料理長も雇ったんだろう」
リュウの呆れ顔に、クトーは淡々と答える。
断るな、と言った覚えはない。
「それに、初めに提案したのは彼らのほうだ」
どうやら気になっていたようで、クシナダの現状を訊いてきたのである。
それを伝えたところ『償いも兼ねて、彼女の王都の店で働きたい』と。
彼らを引き合わせた時、クシナダはさすがに緊張した顔をしており、料理長は親の仇でも見るような顔をしていたが、二人は少し青ざめた顔をしながらもしっかり頭を下げて謝罪した。
『最初はタダ働きでもいい』と告げた彼らが更生したことを、口添えして保証人になったのはレヴィだ。
「まぁ、全員が納得してんなら良いんだけどな」
「そうだろう」
忙しそうな屋台をチラチラと気にし始めたクシナダに、構わずレヴィが話しかけているのでクトーは口を挟む。
「レヴィ。あまり邪魔をするな」
「あ、そうね」
声を掛けると、レヴィはあっさりと引き下がった。
「繁盛しているようで何よりだ」
「はい。お陰様でさまざまな助けを借りることが出来て、感謝に絶えません」
「別に俺は何もしていない」
頭を下げるクシナダに、クトーはシャラリとメガネのチェーンを鳴らして首を傾げた。
助けを受けられているのは、彼女自身の人柄と力量が認められたからである。
活用できる人脈が広がったのも、彼女の頑張りあってこそなのだ。
「それでも、です。最初にクトー様のお力添えがなければ、こんなことにはなりませんでした」
最初に出会った時とは違う、嘘のように明るい笑顔を浮かべて立つ彼女の尊いほどの可愛らしさに、クトーは思わず目を細めた後。
チラリと、引き下がりはしたもののまだ話し足りなさそうなレヴィに視線を移す。
「まだ話し足りないのなら、少し手伝ってきたらどうだ? 昼時を過ぎれば時間もあるだろう」
「え?」
「会議にお前は参加せんからな。その間、一人では暇だろう」
「そうね……なら、ちょっと手伝おうかしら!」
呼び子は得意よ! と、以前の経験からそこに自信をつけているらしいレヴィに。
「本当ですか!? なら、良い案がありますっ!」
ぐっ、と両拳を握り込んだクシナダが、キラキラと目を輝かせて鼻息を荒くすると。
「……なんか、嫌な予感がするんだけど」
レヴィが、なぜか表情を曇らせた。
※※※
「あーもー、どおおおおせこんなこったろーと思ったわよ!!!」
一度クシナダの店に引っ込んだレヴィは、怒鳴りながら姿を見せた。
髪はいつもの一つ括りではなくツインテールになっており、白いリボンとフリルカチューシャが黒髪に飾られている。
首元にもリボンチョーカー、白くふんだんにフリルをあしらわれた給仕服はなぜかスカートの長さが太ももの半分程度しかない。
足は同じく白いオーバーニーとガーターベルト、足先はローファーと呼ばれる、靴紐を結ばないタイプの黒い革靴である。
エプロンも腰に巻くタイプの可愛らしいものになっており、本来の手拭きなどの用途という意味での『実用性』はあまり考慮していなさそうだが。
ーーーレヴィの褐色の肌と緑の瞳に、それらは大変よく似合っていた。
なぜか、彼女の肩の上にいるむーちゃんも同じくフリルカチューシャとリボンチョーカーをつけて、満足そうにプニプニと鳴いている。
「いかがですか、クトーさん! レヴィさんに似合うだろうと! いつか着せたいとっ! 王都で手に入れた生地やフリルで手縫いしたんですっ!!!」
大変満足そうなクシナダが、両手を胸の前で握り合わせて身悶える。
クトーはメガネのブリッジを押し上げ、深く……深く、頷いた。
「ーーー完璧だ。可愛らしく尊く、素晴らしく癒される装いだ」
「手によりをかけた甲斐がありました! 私ではあまり似合わなそうでしたし」
「そんなことはないと思うが」
顔立ちは東洋的だが、メリハリの効いた体つきをしている彼女が、例えばオフショルダーの似たような服装をすればとても可愛らしいだろう。
他に、例えば濃紺に白いエプロンをした従来の給仕服を着ても、キモノ姿同様に清楚さが際立ち、人目を惹くに違いない。
そんなことを考えながら、クトーは金貨を詰めた袋を【カバン玉】から取り出す。
「最高の仕事をしてくれた。ぜひ、報酬を支払わせて欲しい」
「人が着替えただけで、何を盛り上がってんのよっ!!」
「その割には素直に着替えたようだが」
おそらくは押し問答をしてクシナダの時間を取らせない配慮をしたのだろうが。
彼女がこうなっている時は引き下がらない、と、レヴィも分かっているのである。
クトーは軽くアゴを指で挟み、一つ要望を口にする。
「レヴィ、にっこりと笑うといい。八重歯が見えてより可愛らしいからな」
「ふざけんじゃないわよ!」
ゲシゲシ、と蹴られそうになるのをするりと避けて、クトーは改めて彼女の姿を目に焼き付けた。
「……うむ。俺も作ってみるか」
「ぜっっっっっっっっっっったい着ないわよこのバカッ!! 変態!! ムッツリ野郎!! さっさと行け!!!」
なぜか罵倒を浴びせられて、そこはかとなく納得がいかないながらも、クトーはリュウたちを振り向く。
「らしいので、行こう」
すると、笑いをこらえているミズチと、なぜかヌルい目でこちらを見ていたリュウは、それぞれに頷き、クシナダに手を振りながら歩き始めた。




