おっさんは、また裏を掻かれたようです。
「どうした?」
沈黙した【ドラゴンズ・レイド】の面々を見回して、クトーは眉をひそめた。
「……クトー」
静寂を破ってクトーに呼びかけたのは、足を組んで一人だけ椅子に座っているリュウだ。
特に緊急の状況でもないのに珍しく真剣な顔をした彼は、重々しく言葉を重ねた。
「お前、一体誰だ?」
「何の話だ?」
リュウの言葉に首を傾げたクトーに、リュウはぐしゃりと髪を掻き上げる。
「いいか。俺が知っているクトー・オロチは『不測の事態に常に備えるために、必ず数人は待機し、円滑に業務を回すようにスケジュールを組む』とかのたまう男だ」
「……それは俺の真似か?」
「似てるだろ? って今はそんな話をしてんじゃねーんだよ!!」
むっつりと口元を引き結ぶような表情を作っていたリュウは、いきなり怒鳴る。
相変わらず、テンションの上下が激しい。
「ふむ。休みはいらんということか?」
「休みは欲しいに決まってんだろ!? そうじゃねーよ!! テメェが何を企んでんだって言ってんだよ!!」
リュウがドン、と置かれた机に拳を叩きつけると、他の面々もうなずき、口々に言う。
「クトーさん、どないしたんすか。頭大丈夫っすか」
「クトーさんの口から、仕事を休むなんて話が出るなんて、天変地異の前触れス……」
「しかも全員……ダリィ、絶対なんか裏がある……」
「熱でもあるんじゃないの? ちょっと休んだほうが良いわよ、クトー。最近忙しかったし」
「ダンディな俺サマもそう思うぜ」
「休む……なら、ベッドでゆっくり子作り……」
「獣人と人間で子作りは出来ん」
3バカに加えてレヴィにセイ、フーの獣人組までもが口を揃えるので、クトーはとりあえずそう返答して、メガネのブリッジを押し上げた。
どうやら彼らにとっては、クトーが全休を選択したことがよほど意外らしい。
「どんな裏もないが。何を疑っているのだ?」
「「「だってクトーさんすよ!?!?」」」
「ヌフン……クトーちん、どんな企みがあるのか聞かせてくれるかなぁ……? ボクちんが素敵な痛みを得られるようなスゴい魔物とかがいたりする?」
『殴られたいのですカ、マスター』
「ゴルブォァッ!!」
ジグとルーは相変わらずだ。
パーティーハウスが壊れるので、壁にめり込みそうなほどに吹き飛ばすのはやめて欲しいところではある。
「せっかくボーナスを出しても、使う機会がなければ持ち腐れだろう。そこそこ貰ったはずだが」
魔王退治後、元々パーティーのマネープールから出すつもりだったボーナスだが、事後処理に際して、そもそもボーナスを出す以上の収入があったのだ。
魔王退治の報酬は、王都からの分は国庫の負担が大きすぎるので商会連合への経費支払いに供出という形でチャラにしたものの。
帝国、北の王国、小国連合からも個別に支払いがあり、最大のものは東の帝国からの祝い金と物品が届いた。
それが金額換算で、下手をすると王都の貴族街を買えるほどのものだったのだ。
あまりにも貴重な品々と膨大な金額だった為、一部はただで協力してくれた獣人総領ディナと、北の王国との不利交渉及び帝王を失ったことによってゴタゴタしていた帝国のタクシャに、黄色人種領を通じて譲渡した。
それでも、各所の折衝やら、シャザーラ預かりになったジェミニの街の復興支援やらをやる内に一部が返ってきた為、現在、マネープールが平時の5倍以上ある。
結果として、一部分配でも、金遣いが荒い連中が使い切れないほどのボーナスを出したのだ。
「今回の祭りで使われた金額は、一部がファフニールと王都に6:4の割合で入る。お前たちが金を落とせば、聖結界の強化などと合わせてホァンが出した分の助けになるだろう。これは正式な、レイドへの休暇依頼だ」
クトーは、片手でギルドの依頼書を提示して、コン、と手にした杖の先で床を叩いた。
「ーーー派手に使って来い。経済を回せ」
金は天下の回りもの。
ホァンの下で王都が富めば富むだけ、人々が潤い、回り回って自分たちの利益として返ってくるのだ。
クトーの言葉に。
レイドのメンバーに安堵の空気が流れた後、いきなりテンションが爆上がりする。
「お墨付きだァア!!」
「使い切ってやるぜェエエエエエエ!!」
「やりたい放題だァア!!」
「……言っておくが、使い過ぎて困窮しても給料の前払いはせんぞ」
クトーが眉根を寄せて首を横に振ると、メガネを首にかける為のチェーンが、シャラリと音を立てた。
しかし、ほぼ全員聞いていない。
意気揚々と飛び出して行き、残ったのはリュウとレヴィ、そしてギルドの休みを取らせてここに来させていたミズチである。
「結局、人の為か。最初からそう言っとけよ」
「元々、ここで休みを取らせるつもりでこき使ったからな」
戦いの後、三日と経たずにレイドの面々は各所を飛び回らせていたのだ。
「そちらの方が嬉しいんだろう?」
「クトーさんがそういう考えをするようになったのも、レヴィさんのおかげですね。ご自身も休みを取っておられるのでしょう?」
ニコニコと言うミズチに、クトーは淡々と答えた。
「取っていないが。俺は祭りの間は運営チームに回る。それに、祝勝祭のVIPとして招かれている首脳たちの現況報告会の予定に招かれ、空いた時間は店を出すというクシナダの手伝いを……」
「お前なぁ!!」
リュウがこちらの言葉を遮ってきた。
「人の話は最後まで聞け」
「聞かなくてもテメェが仕事まみれなのは分かったっつーの!」
「ちなみに首脳会議にはお前も来い。休みに入るのはその後だ」
「はぁ!?」
「あー、もう……」
レヴィが、こちらのやり取りに頭が痛そうな様子で額に指を添える。
「別に、運営なんかフヴェルとかもいるし、あなたじゃなくても有能な人揃ってるでしょ。ミズチさん、国王様に伝えといてくれます?」
「そんな事だろうと思ったので、事前に根回ししておきました」
「む?」
レヴィの要望と、ニコニコとしたミズチの答えに違和感を覚えた。
「どういう意味だ?」
「決まってんでしょ!? 経済回せってんなら、あなたも休んで遊ぶのよ!」
「もう運営に関する段取りは話をつけていますので、ご心配なく。報告会以外は行かなくていいです。クシナダさんの件に関しては……まぁ、クトーさんにとっては趣味の範疇でしょうし、大目に見ます」
ペロ、と舌を出すミズチに、クトーは渋面になった。
「……また勝手なことを」
「「お前が言えた話じゃねーよ!?」」
「大体、レイドへの休暇依頼だってんなら、お前もそれに含まれるだろうが!」
「当然ですね。もちろん受理の際に名前を記載してあります」
「ですってよ! 一人だけ依頼を反故にするつもり!?」
「うちの依頼達成率100%に、お前がミソつけんだな!?」
「むぅ……」
三人に口々に突っ込まれ、クトーは軽く息を吐く。
ミズチに任せずに、きちんと最終確認をしておくべきだった。
しかし、名前が含まれているというのなら依頼は達成せねばならない。
「仕方がないな。ーーーでは、俺自身も休みを取ることとしよう」
「はい」
「そんで良いんだよ」
「当たり前でしょ!」
答えた三人は、全員が笑顔だった。
「では、ちょうど良い。お前たち、明日か明後日の昼過ぎにでも時間を作ってくれ」
「あん?」
「良いですよ」
「何かあるの?」
キョトンする三人に、クトーはうなずく。
「ああ。一つだけ、手が空けばやりたいと思っていたことがあってな」




