【ドラゴンズ・レイド】
偃月刀を左に構えて、滑るようにクトーは間を詰め始めた。
《見神の教導》の効果は、クトー自身の行動を術式によって定義することによって、自身の知覚を超える動きを可能にするものだ。
その点では《黒の衝撃》とほぼ同様の術式である。
だが、相手が想定外の動きをすれば途中で止めることは不可能なあの技は、素の反射速度でこちらを超えている魔王相手に1対1で使うのは厳しい。
故にクトーは、この技にもう一つ、魔法を重ねた。
それは。
ーーー右だ。仕掛けてくるぞ。
《共鳴》による意識の交感を、極限まで高めた魔法ーーー《三位一体》である。
刹那を切るほどの僅かな時間で。
共鳴したリュウの意識が、超加速した自分の肉体に追いつかないクトーの知覚を、補助する。
ス、と体が動き、滑らかに偃月刀を持ち替えると、数瞬遅れてサマルエの大剣が柄の中程に叩きつけられた。
ーーー〝視〟ます。
リュウ同様に、こちらの意識と共鳴したミズチが、凄まじい量の情報をクトーの意識に送り込んできた。
それは、未来の情報。
あらゆる可能性に揺らぐ『これから先』を捉える、ミズチの持つ『時の神』の力によって、サマルエがこれから取りうる行動が視界に全て映し出される。
「ーーー!」
クトーは、それらの情報を分析した。
確定したサマルエの過去情報の蓄積から。
『この先にサマルエが取りうる行動』中で、可能性が最も高いものを瞬時に精査し、選択。
そうして……術式の未来に規定された〝自身の行動情報〟を書き換える。
リュウの研ぎ澄まされたカンが敵を読み、ミズチが必要な情報をもたらし、クトーがそれらを分析し、対応する。
いつもの、そして自分たちが最も得意な連携を極限まで圧縮したのが、この魔法なのだ。
二人も、何の説明もないままに、意識が繋がっただけでクトーのやりたいことを察していた。
今までの全ての経験を、力に変えて。
ーーー頭を狙って来てるぜ。
ーーー予測通りだ。
サマルエの次撃は、真正面から。
左手で振るった大剣が受けられた瞬間に、サマルエは大上段に振り上げた右の大剣を振り下ろしてくる。
だが、その太刀筋は読んだ通りの行動。
受けた直後に、クトーは偃月刀の柄尻を跳ね上げていた。
刃の側面から叩きつけるようにその軌道を逸らし、右に受け流す。
ーーー炎の竜、で仕掛けると見せかけて尾の攻撃だ。
ーーーああ。
肉薄するこちらの顔に、股下を通すようにして突き抜かれる尾による第三撃。
だが《見神の教導》によって予め規定しておいた魔法が、そこで発動する。
ーーー《絆転移》。
サマルエの利き手は、右。
必ず左、もしくは魔法の攻撃から入り、次撃をなるべく想定から外す方向から放ち、本命の攻撃では刺突を得意とする。
以前の戦闘でも同様であり〝神曲〟を先に使い、《極光機動》を隠し持っていたように『受け』の手を好む。
それは、長い歳月で同格以下の相手としかやり合わず、さらにその上で『負けること』を前提とした戦闘を長年行って来たゆえの弊害。
積極的な攻め手をサマルエは得意としていないのだ。
そして相手の動きに対しては、自分がやられると最も嫌な動きを、最初にケアしようと行動する。
頭が回りすぎるが故に。
サマルエが自分の背後と頭上、そしてクトーが先ほど転移した時に移動した先……尾の左右に、それぞれ炎の竜頭を向ける。
しかしクトーが転移で移動した先は、尾が伸びきっても届かない、ギリギリの位置。
つまり、先ほどまで自分が居た場所の背後だ。
眼前にある、伸び切った状態の尾を、クトーは斬り飛ばしながら前進する。
想定していなかった位置に現れたこちらに、魔王が大きく目を見開いた……と思った瞬間に、ニィ、と笑みを浮かべた。
※※※
ーーーそうだよね、クトー。君はそういう男だ。
全ての攻撃を完全に読み切られ、予測を外されてなお。
サマルエは、まだ微塵も諦めていなかった。
持てる限りの技を放ち、距離を詰め、あるいは離しながら様々な手を仕掛けていく。
だが、全て見えているかのように、クトーは尽く防ぎ、流し、徐々にこちらを詰めて行った。
どんどん活路を塞がれているのが、自分でも分かる。
ーーー敵に回すと、君ほど恐ろしい男も本当にいないよね。
初見でしか技が通じない……そしてそれが外れれば、次撃は通じない。
そんな相手が、この世に存在するなんて。
ーーーだけどね、クトー・オロチ。戦闘には、最後の最後までゲームのような詰み方はないんだ。
相手がこちらの活路を塞いでいる、ということは。
その塞がれた後に残る相手の一本道がこちらにも見える、ということでもある。
クトー・オロチは、真正面からの真っ向勝負を挑んできている。
ならば最後は、確実に自らの偃月刀で屠りに来るだろう。
ーーーその盤面が、最後の勝負だ。
サマルエは、最後の瞬間に向けて双剣に龍気を蓄える。
双剣による《魂魄回帰》の連撃と、死角からの奥の手。
自らの持てる全てを、叩きつける一瞬が、来る。
「この程度の力を持って、たった一人で」
クトーがこちらの技を薙ぎ払い、満身創痍の姿で、それでも優雅さを感じさせる静の動きで迫りながら、口を開く。
「勝利にたどり着いて、そこに何があると言う? ーーー魔王サマルエ」
彼も、最後の瞬間が近づいているのを感じ取っているのだろう。
あるいは、冷静に読み取っているのかも知れない。
だから、サマルエは嗤う。
「勇者の紛い物ではない、歯車でも装置でもない、本物の僕がいるさ!!」
「歯車で、装置で、何が悪い? 貴様は何も分かっていないな」
余力で形成していた最後の龍頭を切り払い、クトーが再び眼前に迫る。
ーーーここだ。
「仮に貴様が、紛い物のままだったとしても……」
サマルエが、渾身の龍気を込めた連撃を放とうと、両腕を振り上げると。
クトーもまた、偃月刀の先端に勇者の竜気と魔王の力による瘴気を濃縮し、偃月刀をしごき抜く。
「……そこには、今までを共に過ごしたトゥス翁やティアムが居たはずだ。貴様自身も、とっくに気づいていたんだろう?」
【四竜の眼鏡】を掛けた、銀髪の。
青く揺らがない瞳をした、無表情な男の問いかけに。
「何の話をしてるんだい? ーーー《神羅万象》!!」
サマルエは答えず、最後の連撃を放つ。
受けることは不可能。
こちらを貫こうとする刺突の体勢に入ったクトーに、避ける術はない。
さらにサマルエが切り飛ばされた尾を操り、背後から敵を貫く為の術式を起動しようとした、瞬間。
ーーー何の変哲もない投げナイフが、右腕に突き刺さる。
龍気の防御も、皮膚の硬度も、何もかも意味を成さず。
痛みが走って、挙動が遅れる。
「なーーー!」
思わず、サマルエが目を向けると。
ーーーくたばりなさいよ、クソ魔王。
まるで竜の勇者のような太い笑みを浮かべて、中指を立てているレヴィが、そこにいた。
※※※
クトーは、時が巻き戻される前は。
サマルエが〝核〟を外させたのは、死を恐れたのだ、と思っていた。
それはある意味正解で、ある意味では間違いだったのだろう。
魔王は死を恐れたのではなく、あの段階で死ぬわけにはいかなかったのだ。
まだ、残りの三柱の神が、残っていたから。
サマルエはおそらく、自らの手で彼らを殺すつもりだった。
その理由は、おそらくはクトーと同じ。
ーーー自らの仲間を、宿命の呪縛から解き放つために。
トゥス翁を。
メリュジーヌを。
そして、自らの姉を、救うために。
『自分だけではダメなのか』と。
〝永遠の円環を成す蛇〟に従属することを決めた後。
原初の勇者の記憶の中で、一人彼の魂に会いに行き、そう叫んだ彼は。
自らの大事な者を想っただけの、平凡な少年だった。
魔王は。
あるいは永い歳月を過ごす中で、忘れていたのかもしれない。
自分と運命を共にする、代え難い仲間の存在を。
だが、思い出したのだろう。
ーーーおそらくは、クトーと出会ったことによって。
魔王は、その役割を全うするためにこの場所に立っているのだ。
裏切りも、蹂躙も、享楽的な物言いも。
そう、思い返せば全て実に魔王らしい。
だが、ティアムの決断を聞いた時の表情が、おそらくは本来の彼の顔なのだ。
サマルエは、クトーと出会ったことで『もう終わってもいい』と判断した。
仲間たちや自分自身を……もう、苦しみから解放してもいい、と。
ーーー俺は決して、貴様の存在を許容はしない。
レヴィの動きは、リュウの助言と、ミズチが見せた未来によって把握していた。
彼女の投げナイフが右腕を貫いたことで、背後からこちらを狙う尾の一撃は、不発に終わる。
ーーー貴様の所業は唾棄すべきものだ、という想いに変わりはない。
そして左の大剣から放たれる斬威の一撃は、こちらにはわずかに届かない。
ーーーだが意思は汲もう。
クトーは、偃月刀に込めた防御不可能の一撃を、魔王の胸元めがけてしごき抜く。
彼にもう、避ける理由はない。
「魔王として滅べ、サマルエーーー〝太極・竜絆一威〟」
今度こそ。
【始竜の偃月刀】が、魔王の〝核〟を……擬似的に竜の魂として調整されたサマルエの魂を、貫いた。




