導きの少女と、雑用係の真髄。
挑みかかるクトーに。
目をギラリと輝かせたサマルエは、覚悟を決めたように両剣を構える。
「ハハ、ようやく、本当に、邪魔者は消えたね!」
「貴様の邪魔になったのなら、レヴィの存在は俺にとっての幸運の女神に等しい」
クトーは踊る。
愚直に、静かに、定められた通りに忠実に。
レヴィの攻撃によって動きの鈍ったサマルエ相手ならば、最適にして最速で動けば、クトーでも渡り合える。
針の穴を通すように、繊細に。
一つのミスでも犯せば、ほんの少しでも隙を見せれば首を跳ね飛ばされそうな、サマルエの双剣を、クトーは避け、両翼の攻撃で意識を逸らし、尾の攻撃を混ぜながら受け流し、捌き切る。
「いつまで耐えられるかな……!? 僕を殺せなければ、世界は滅すぞ!? 誰もいなくなった世界で、転生することも出来ない竜の勇者の魂が、どんな顔をするのか見ものだね!?」
「そんなことにはならん」
放たれた双剣の刺突を、【始竜の偃月刀】の刀身と柄を杖術の技術で駆使して払い、飛び回る円月輪によって首を、腹の傷を、顔を……人体の急所を容赦なく狙っていく。
「こんな羽虫みたいな攻撃で、殺れると思うなよ!!」
「やってみなければ分からんだろう?」
「結局、君がどれほど気張ったところで、一番ワリを食うのは竜の勇者さ! 君の守りたい、大事なお仲間なんだよ!」
魔王も、ギリギリのところにいるようだった。
表情から余裕が消え、言葉で策を弄し始めている。
「どれだけ今世で救いをもたらそうと、魔王は本来一代限り、姉さん達の加護が失せれば僕も死ぬ! でも〝真なる勇者の魂〟だけは! 輪廻転生を繰り返すんだ!」
「だからどうした」
クトーは、呼吸を乱さないように、そして全霊で意識を張り詰めながら、魔王の炎の攻撃を氷の竜弾で相殺する。
「君に救えるのかい!? 輪廻永劫の彼方まで! 竜の勇者の魂は砕けない! そして同様に、未だに誰一人、あの『門』の向こうにある力には、届かないのに!?」
魔王の体を、円月輪が浅く薙ぐ。
同時に、大剣の先が肩口をかすめて礼服を裂いた。
「俺が届く。いずれな。そしてリュウを輪廻から解き放てばいい。簡単な話だ」
「あの力に届くのは、僕だッ! 君じゃない!」
お互いに放った至近距離の魔法が、お互いの体の間で炸裂して吹き飛ぶ。
全身から煙を上げながらも、クトーは膝を折らない。
同様にサマルエも、腹から流れる血を、体から立ち上る瘴気の流出を、もはや気にもせずに【真龍の大剣】に更なる龍気を込め始めた。
※※※
元に戻り、割れたトゥス耳兜が地面に転がるのを見ながら、レヴィは膝をついた。
人竜の姿が溶け、白装束のニンジャ姿ですらなくなり。
レヴィは、クトーに出会った頃と同じ、ピンクのケープに冒険者服の姿に戻っている。
『ぷにぃ!』
「だい、じょう、ぶよ……」
同時に融合が解けたむーちゃんが心配そうに肩にまとわり付くのに、笑みを返す。
兜から離れたことで、宝珠の力が消えたせいだろう。
だが、宝珠が力を失ったわけではない。
「ハァ……ハァ……!」
ーーーまだ、終わってない……。
地面に両手をついて、大きく肩を動かしたのも束の間。
レヴィは目に入り込む汗を首を振って払いながら、兜に手を伸ばす。
そこに嵌った白い宝玉に手を触れると、また、力が流れ込んでくる。
ーーーまだ、私は、やれる……!
割れた兜を手繰り寄せ、腹に抱えたレヴィは念じた。
ーーー武器、を。
その願いに【カバン玉】を取り込んだ宝玉は、しっかり反応してくれた。
現れたのは、一本の投げナイフ。
何の変哲も無い、鍛冶屋のムラクのところで、クトーに選別させられた、ごく普通のEランク武器。
それをレヴィは、片膝をついたまま右手に挟み、左の肩口に持ってくる。
投げやすいから、と。
クトーにおかしいと言われても、変えなかった投擲の形。
そのままレヴィは、二人が戦り合う戦場に目を向けて……集中する。
ここしかない。
結局、自分に魔王を殺せるなんて、レヴィは心のどこかで信じてはいなかった。
だから。
己の思い描くままに、己の願望を叶えるという《凌駕せし者》のスキル。
『その前に、一つ願いが叶うなら、対価としては十分よ』
得る時に、ぷにおに告げたのは。
レヴィが心の底から信じ、願ったのは。
『クトーが勝つための一手を、私が打つ。……それ、最高じゃない?』
魔王となる運命すら、全て、この瞬間のために受け入れた。
ーーー私はやれる。
己の願いを改めて心に思い描いたレヴィは、目を開き、そして実行した。
ーーー1発でいい。
この瞬間を、レヴィは予測していたのだ。
ーーー《全てを貫く1発》を、放つ。
それが、レヴィが【天地の実】に願ったことだった。
クトーに、最初に教えられた自分の長所は。
クトーに、最初に鍛えられた自分の長所は。
ーーー目の良さと、物を投げるセンスだから。
投げナイフは、龍気も、サマルエの防御も、何もかも無効化してクトーを救う。
そんなイメージを思い描きながら。
「〝時空改変〟ーーー《導きの一閃》」
レヴィは何の変哲も無い投げナイフをーーー横薙ぎに、放った。
※※※
「勝って、至高の『力』を得るのは僕だ、クトー・オロチィイイイイッ!!」
「言っただろう、興味はないと。……名誉にも、『力そのもの』にもな」
必要なら扱う。
力など、その程度のものに過ぎない。
「貴様がどう動くか。俺は読み切った」
先ほどからのやり取りで、魔王にもクセが見える。
搦め手を支えるのは、精神や肉体に余裕のある場合だけなのである。
消耗したサマルエは、もう自分の動きにあるクセを、隠し切れていない。
そして逆にクトーは……情報さえあれば、自分の体力や動きなど無視出来る手段を先ほど得た。
最小の動き、最小の労力で、最大限の効果を。
先ほど一度使ってみたことで、クトーは自分が使った自動戦闘の術式構造を、把握していた。
そして戦闘の間に、組み上げ、改良し続けていた。
魔王の動きに合わせて、全て分析し切り。
「貴様の夢を、終わらせてやろう。サマルエーーー」
自分の持てる、観察力と、魔法技術の全てを注ぎ込んで。
【情熱の実】によって得た、ありとあらゆる竜気魔法やスキルを、たった一度だけ行使出来る権利すらも組み込んで。
クトーは、今まで誰一人として行使した事がないであろう、独自魔法を発動する。
「ーーー《見神の教導》」




